ゆるふわお姉さんのGBN探訪録   作:守次 奏

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上京アイドルと商店街のおじいちゃんたち

 仕事一筋で生きてきた人ほど、定年を迎えると大概は無趣味で無気力になってしまう。

 その言葉を、ここ最近長年勤めていた会社を定年退職した壮年の男──カトウ・ゴロウは痛感していた。

 幸い自分は娘に勧められたGBNという新しい趣味を見つけることができたものの、定年を迎えた同期たちは「孫に構ってもらえなくて寂しい」だとか、「なにかいい趣味はないか」だとか、そういうメールを寄越してばかりだ。

 

「まさか、今のGBNを勧めるわけにもいかんしなあ……うーむ……」

 

 ゴロウは「ゴロゾウ」というダイバーネームでGBNを始めて数ヶ月ほどのオールドルーキーではあるものの、今、GBNが「マスダイバー」なる存在を巡って荒れていることは知っていた。

 幸い、自身は被害に遭ったことはない。

 だが、ゴロウのようにソロでプレイしているダイバーにとって、フリーバトルの雰囲気がギスギスとし始めてきたのは正直堪えるのだ。

 

「上司に詰められてばかりだった新人の頃を思い出して嫌になるねぇ……それに、どこもかしこも最近は荒れてるそうじゃあないか。うちと取引があった商社の支社ビルがこの前放火されたって聞くし……」

 

 ダイバーギアから立ち上げたニュースを見て、ゴロウは深い溜息をつく。

 GBNに触れたときは、こんな技術が普及した世の中はさぞかしいい方向に向かっていくのだろうと喜んでいたが、景気はともかく治安は正反対だ。

 現実だけでも嫌な話なのに、GBNの治安まで荒れていると聞けば、それは嫌にもなる。

 

 だからこそ、ゴロウはギスギスした話題が飛び交っている掲示板だとか、血の気が多い若者の多いガンダムベースを避けるように、都心から少し離れた商店街を訪れていたのだ。

 

「お、あったあった。ごめんくださーい」

 

 目当ての店に辿り着くと、アンティークな意匠が凝らされたドアをノックして、ゴロウは店内に呼びかける。

 別にそんなことはしなくてもいいのだが、どうにも営業マン時代の癖が抜けないのだ。

 自分はどうにも心から仕事が離れてくれないのだなあ、と苦笑しつつ、ゴロウは返答を待った。

 

「は、はいなのです! いらっしゃいませ、なのです!」

 

 慌てた様子で扉を開けた、ちょうど自分に孫娘がいたらこのぐらいだろうか──といった背丈の少女が、盆を前に抱いてぺこりと一礼する。

 その格好は噂通りにメイド服に獣耳と尻尾を組み合わせたもので、これが現代のサ店かぁ、とゴロウは思わずカルチャーギャップに息を呑んだ。

 この喫茶店──喫茶「ありあんろっど」を紹介されたのは、GBNでのちょっとした繋がりによるものだ。

 

 中々バトルに勝てなくて、しかして若者たちに混じって話を聞くのも気恥ずかしくロビーで黄昏れていたところ、同じくGBNを趣味としている同期と偶然遭遇して、この場所を教えてもらったのである。

 

「あー……えっと、わたくしカトウ・ゴロウと申しまして……いや、違うな。ごめんよお嬢さん、どうにも営業時代の癖が抜けなくて」

「営業の方なのですか? え、えっと! リンは、キドウ・リンと申しますのです! アイドルをやっているのです!」

 

 ぺこぺこと何度も頭を下げて、リンと名乗った少女は一旦トレイを傍に退けて、エプロンのポケットから手作りと思しき名刺を差し出してきた。

 

「アイドルグループ『デルフィニウム』……」

「もしかして、知っているのですか?」

「いや、ごめんよ。おじさんどうも最近の文化には疎くてねぇ……流行りのGBNも娘に勧められて始めたんだ」

 

 つい関係ないトークを挟んでしまう営業時代の癖に自分でも辟易しながら、ゴロウはリンに頭を下げ返す。

 

「そうなのですか……でも、これを機におじいちゃんにもリンたちのことを知ってほしいのです! よければG-Tubeで検索してみてください、なのです!」

 

 一度断られただけでは挫けず、ぱあっと弾けるような笑顔でそうアピールしてくるリンの姿に、営業時代の自分を思い返しながら、畑違いでも基本の心持ちは同じなのだな、とゴロウは懐古に浸る。

 だが、同時に「おじさん」ではなく「おじいちゃん」と呼ばれたことにショックを受けてもいた。

 まだ自分は定年を迎えたばかりだというのに。

 

「お、おじいちゃん……はは、そうだね……」

「おう、ゴロゾウ! まさかお前さん、まーだ若いつもりでいたのか!」

「セイジュウロウ!」

 

 学生時代のあだ名でもあるその名前を気さくに呼んできた、いかにも好々爺といった白髪の男性──セキグチ・セイジュウロウはカカカ、と笑う。

 卒業後に進んだ道は違えど、学生時代は悪友としてよくつるんでいた仲だけに、容赦がない。

 まだ髪を黒染めしている自分と違って白髪になることを受け入れているのも、常に泰然自若としているセイジュウロウらしかった。

 

「いやしかしだねぇ、俺は定年を迎えたばかりで……」

「なーに言ってんでぃ、定年退職したら男は皆ジジイだよ! カカカ!」

「せ、せめて孫の顔を見るまでは許してくれんか……」

 

 晩婚化が進んでいる現代なだけに、ゴロウの娘も未だにいい相手を見つけられていない。

 せめて80になるまでには孫をこの手に抱きたいと思っているゴロウは、日々複雑な想いを抱いているのだ。

 にもかかわらず、セイジュウロウには孫がいるというのだから、世の中は理不尽だ。

 

「お前はいいよなあ。可愛い孫がいて」

「カカカ、それもだが、ここで働いてる子たちは皆俺たちの孫みたいなもんだ。特に最近入ったリンちゃんなんか、孫の小さい頃にそっくりでな!」

「それで勧めてきたってわけかぁ、お前らしいよ」

 

 おじいちゃん同士の会話についていけず、頭に疑問符を浮かべているリンだったが、確かに身長が低く、顔立ちがあどけないのもあって、他の店員たちより「孫」といった印象は一際強かった。

 

「それもあるが、ここでは俺らみたいな老骨でも気にせずガンプラバトルについて話せるんでな、勝てなくて悩んでるならアドバイスを求めるのも一興ってわけだよ」

「へぇ、そいつはいいな」

 

 どうにもガンダムベースだとかゲームセンターだとかは若者の居場所という認識が強く、中々足を伸ばせずにいたゴロウにとって、「ありあんろっど」がそういう話や相談ができる場所だというのは、願ってもないことだった。

 

「リンちゃんも背丈こそ小さいが、腕は本物だぞ? この前なんかマスダイバーをやっつけちまったんだからな、カカカ!」

「そ、そうなのかい?」

 

 マスダイバーというのは基本的にガンプラのパラメータを強制的にいじっているから、絶対に勝てないものだとばかりにゴロウは思っていた。

 こんな小さな女の子がそんな相手を撃退したとはにわかには信じがたいことだったが、まさか、セイジュウロウが嘘を言っているとも思えない。

 そうなると、自分は結構すごい相手に話しかけてしまったのではないか……と、ゴロウは少しだけ萎縮する。

 

「た、大したことはしてないのです! ハヤテちゃんとコマチちゃんが協力してくれたから、なんとかなっただけなのです!」

「いやあ、それでもすごいもんだよ。リンちゃん、よければ席に案内してもらったあと、おじさんのガンプラを見てもらってもいいかな?」

「承知しました、なのです!」

 

 ぺこりと腰を折って、リンは立ち話をしていたゴロウをセイジュウロウが座っていた席の向かいへと案内していく。

 リンの辿々しく、いかにも新人といった初々しさが、やはりゴロウに昔を思い出せる。

 そこから慣れていくんだ、と、本当にセイジュウロウが言った通り、孫を見ている気分だった。

 

 すると。

 

「おお、ゴロウちゃん。来てたのかい」

「ギンジ……! 久々じゃないか! すっかりお前も老け込んじまって……!」

 

 そこに座っていたのは、またもやゴロウの見知った顔だった。

 記憶の中にある顔よりもすっかり老け込んでしまった壮年の男性──オキナ・ギンジともゴロウは学生時代の同期であり、よくセイジュウロウたちと3人で色々とやったものだと、ゴロウは昔を懐かしむ。

 懐かしさがもはや喉からせり出てきそうだ。この商店街にある実家の酒屋を継ぐと言ってからは、ギンジとはほとんど連絡も取れていなかったが、友人と久しぶりに会えるのは、やはり嬉しいものだった。

 

「なーに、ゴロウちゃんが若作りしてるだけで俺ら皆、すっかりジジイよ」

「カカカ、違いねえや。まあ座れよゴロゾウ、リンちゃんにガンプラ見てもらうんだろ?」

「お、おお。そうだったな」

 

 ゴロウは少し肩身が狭そうに椅子に腰掛けて、ずっと愛用してきた革の鞄から自身の愛機である、ガンダム・バルバトス(第一形態)をベースに、ザクⅡのスパイクアーマーを両肩へと取り付けた「ガンダム・バルバトスリバイヴ」を取り出して机に立たせる。

 正直、統一感のないガンプラだとはゴロウ自身も思う。

 特別な改造なんて肩アーマーぐらいしかしてなければ、素体はリサイクルショップの組み立て済みを買ったもので、武装も娘から分けてもらった雑多なものだ。

 

 だから勝てないんじゃないか、マスダイバーすら退けるリンに粗末なものを見せてしまったのではないか……と、少し萎縮していたが。

 

「とっても、あたたかいガンプラなのです」

「あたたかい?」

 

 リンの喉からこぼれ落ちた言葉は、予想もしていなかったものだった。

 このバルバトスは確かに雑多で粗末かもしれない。

 だが、ゴロウはそれを含めて気に入っていることも確かで──その事実を、受け止めてもらえた気がして、思わず問い返してしまう。

 

「はいなのです。基本が詰まってて、おじいちゃんの『好き』の形が伝わってきて……とってもあたたかいのです」

「ははは……ありがとね、リンちゃん。でも、おじさんのガンプラじゃ、中々バトルに勝てなくてね」

「基本はできているのです、だから……塗装だとか、細部の調整と慣れ次第でなんとかなると思うのです。リンも、GBNを始めたばっかりの頃は全然勝てなかったのです……でも、いっぱい練習して今はそこそこ上手くなれたのです!」

 

 満面に笑顔を浮かべて、リンは小さな胸を張る。

 ああ、そうか。

 ゴロウも負け続きの日々と悪化していく治安からくるストレスに苛まれて忘れていたが、あの日見たアムロ・レイの如く──いつかは華麗に、スマートに戦いたいという夢があったのだ。

 

「リンちゃん……」

「千里の道も一歩から、なのです!」

「ははっ、ありがとう。おじさん、もう少し頑張ってみるよ。人生に……無駄なものなんてなに一つないんだから」

 

 塗装だとか、パテによる肩アーマーの裏打ちだとか、難しそうで敬遠していたことにも少しずつチャレンジして、少しずつGBNに慣れていけばいい。

 歳をとるとどうも考え方が保守的になってしまっていかんな、と、ゴロウは反省しつつ、目尻に思わず浮かんだ涙を拭う。

 同輩たちも頑張っているのだ、幼い頃からガンプラに親しんできたわけではないとはいえ、始めることにきっと「遅い」はないのだから。

 

「いいこと言うのう、ゴロウちゃん」

「いい機会だ、この際若作りもやめてみたらどうだい、ゴロゾウ」

「なーに言ってんだ、これはまだまだ現役の証ってやつよ。いつかお前らも追い抜いてやるからな?」

 

 悪友たちからの冗談にそう返して、久しぶりにゴロウは心からの笑顔を浮かべた。

 ガンプラバトルを頑張るのもそうだが、まずは。

 手元に置いていたリンの名刺に印刷されたQRコードからG-Tubeのチャンネルに飛ぶと、ゴロウは感謝の意味を込めて、静かに「デルフィニウム」のチャンネル登録ボタンを押すのだった。




読者参加型企画第六弾になります。登場する「ゴロゾウ」こと「カトウ・ゴロウ」さんと「ガンダム・バルバトスリバイヴ」は「気分は形而上」様より、「セキグチ・セイジュウロウ」さんは「麻婆炒飯」様より、「オキナ・ギンジ」さんは「真莉藻」様よりお寄せいただきました( ˘ω˘ )
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