都会は全くもって恐ろしいところだ。
と、思っていた時期もあるけれど、最近はそうでもないのかもしれないと思うこともある。
新宿行きの電車、その座席にちんまりと腰かけているリンは、商店街の人々との交流を思い返しながら頬を緩めていた。
「えへへ、リンも少しは都会に慣れてきたのかもしれないのです」
まだまだアイドルとしても、喫茶「ありあんろっど」の住み込みバイトとしても未熟だけれど、少し自信がついてきたような気がするのは、マリモをはじめとしたメイドたちに、ちゃんと褒められているからだろうか。
都会に来たばかりの頃は失敗ばかりで、同じユニットのハヤテとコマチにも呆れられていたが、最近はそういうことも減ってきた。
自宅が燃えてなくなったときはこの世の終わりかと思ったが、マリモに拾われ、スタジオ兼事務所のある新宿区に近いところに引っ越せたのも、結果的には運が良かったのかもしれない。
『ご乗車ありがとうございました。次は新宿、新宿です』
「あっ、降りなければなのです……!」
ぼんやりしている間にも電車は目的地にたどり着いていた。
あわてて席を飛び出してぱたぱたと走っていくリンの姿を、通行人は軒並みお使いの子供かなにかと勘違いした、微笑ましい視線を送る。
だが、これでもリンはれっきとした15歳だった。
†
「いつもどうもなのです、『デルフィニウム』の配信をご覧いただいている視聴者の皆様、なのです!」
「えー、今回の企画は、今をときめくG-Tuberとのコラボ配信よ!」
「どんどんー……ぱふぱふー……」
今日はアイドル活動の一環として、G-Tuberとのコラボ配信を行うことが決まっていた。
配信の一環で、相手のフォースネストを訪れていた「デルフィニウム」こと、リン、ハヤテ、コマチの3人は、ハロカメラに向けて自己紹介をする。
そして即座に相手にカメラを向けると、そこに映っていたのは。
「貴族主義支持者と『デルフィニウム』の支持者の諸君はご機嫌よう、アリナ・シュヴァルツェ・ローゼンベルクよ!」
デカデカとフォースネストに鎮座するクロスボーンガンダムX2の頭部を模したスタチューに乗って腕を組んでいる、アリナの姿だった。
アリナ・シュヴァルツェ・ローゼンベルク。
貴族主義を支持するG-Tuberとしてここ最近有名になってきた相手とのコラボ配信ということもあり、リンは思わず緊張していたが。
「あー、もう一回言ってもらっていい?」
「アリナはー……中二病の人ー……?」
「いきなり現れてなんなのよこのアイドルたちは! 貴族主義……というかザビーネ様は中二病でもなんでもないんだから!」
金髪のツインテールを逆立てて、いきなり失礼な態度でぶつかってきたクスノキ姉妹にアリナが盛大に噛み付く。
「あわわ、そんな失礼なこと言っちゃダメなのです、コマチちゃん! 人の名前はちゃんと覚えるのです、ハヤテちゃん!」
「えー? アリナ……シュバ……シュバルツブルーダーで合ってたっけ?」
「ゲルマンー……貴族主義ー……!」
「なんなのよこのガキンチョ共! 礼儀正しい子もいるみたいだけど! それとシュバルツ・ブルーダーはGガンダムのキャラよ! 私が好きなのはガンダムF91とクロスボーン・ガンダム!」
アリナも人のことは言えないぐらい背は低い方だが、「デルフィニウム」の3人はそれに輪をかけて背が低い。
センターのリンは138cm、左右を固めるクスノキ姉妹はそれぞれ141cmという小柄なアイドルユニットで、事務所の社長が赤い彗星のシャアなのではないかという不名誉な疑いをかけられているというところもある。
そんな事情はさておくとして、公式から来たコラボ案件とはいえ、幼い子供の相手をしなければならないのは正直なところアリナは苦手だった。
だが、これも貴族主義布教のためだと自分に言い聞かせて受けたのだが、結果はこのザマである。
「り、リンもガンダムF91は好きなのです!」
「あらそう、貴女とは気が合いそうね。ちなみにF91のどのシーンが好き?」
「や、やっぱり……『あれ、花なんだ。セシリーの花なんだよ! セシリーに決まってるじゃないか!』のシーンなのです!」
「そうね、確かに機動戦士ガンダムF91という作品を締め括る名シーンに違いないわ。だけど!」
「はいなのです!?」
「一番の名シーンはザビーネ様が『我々もバグやラフレシアになるつもりか?』とスペース・アークを見逃してあげた真の貴族主義者が持つ寛大な心を披露するところなのよ!」
ばっ、と大仰な仕草で自らの胸に手を当てて、「わかってないな」とばかりにアリナはリンへと説き伏せる。
確かにそんなシーンがあったようななかったような気がしないでもなかったが、リンはシーブックの活躍を追うのに夢中で、そこまで頭が回っていなかったのだ。
ハヤテとコマチも頭に疑問符を浮かべて、小首を傾げている。
「でもザビーネって感情処理できてないじゃん」
「フラッシュエッジ2……ビームブーメランー……」
「宇宙世紀ならバタフライ・エッジとかにしときなさいよそこは! 全く……お子様に貴族主義という尊い理想は早すぎたのかしらね」
ふぅ、と優雅に溜息をついて、アリナは両肩を竦めた。
アイドルは、どちらかといえば世俗的な概念だ。
大衆の意見を受け入れて輝く器。いうならばフル・フロンタルがごとき偶像だ。
勘違いされがちではあるが、一人のカリスマによる支配は貴族主義の目指すところとはむしろ逆なのだ。
ザビーネも貴族主義のシンボルとしての役割をセシリー・フェアチャイルドことベラ・ロナに期待していた節はあったが、それはあくまでも「貴族主義社会」が前提として存在しているからだと、アリナは考察している。
優れた人間による優れた統治、そして穏やかにその意見をまとめ上げるカリスマの存在。それが実現した暁にはきっと世界は争いからも解き放たれるのだろう。
「き、貴族主義のことはよくわからないのです。でも、リンたちはF91が好きで……使っているガンプラもF91がベースなのです」
「ふーん? そうだったの。確かにガンダムF91はこれまで直線的なデザインだったガンダムに曲線美という概念とF1の意匠を取り入れた挑戦的なデザインをしている傑作には違いないわ」
「そうなのです! 曲面が美しいからこそMETAL BUILDで最初にリリースされたバージョンはポリカーボネートの光沢が綺麗だったのです!」
自分の好みに一定の理解を寄せてくれたアリナに対して、キラキラと目を輝かせながらリンは早口で長広舌をぶちまける。
「あっ、それなら知ってるわ! パパがコレクションケースに飾ってるもの!」
「F91ガンダムはー……シーブック・アノーで行きますー……」
「今となっては手に入りにくいMETAL BUILDの初期ロットを飾ってるなんて羨まし……ぐぬぬ、中々やるわね!」
アリナも財団Bが展開しているその高級玩具で立体化されているクロスボーンガンダムX2が欲しかったのだが、プレ値がついていることから泣く泣く諦めている状況だった。
できることならベルガ・ギロス(黒の戦隊仕様)の発売と同時に再販がかからないものかと期待しているが、そもそもベルガ・ギロスの立体化予定が今のところない。
現実というのはいつも悲しく、虚しいものであった。
「えーっと、ちょっと時間押してるから巻いてかないと……そんなアリナに、今日は視聴者からのプレゼントが届いているそうよ!」
「なんの脈絡もないわね!?」
「定刻通りー……とっても大事ー……」
スタッフが出しているカンニングペーパーを見事に棒読みで読み上げたハヤテに対して律儀にツッコミを入れるアリナの心情を察して、リンは少し同情的な気分になった。
「し、視聴者さんからのプレゼントなのです! えっと……ダイバーネーム『THE Bi-ne』さんから、なのです!」
「ザビーネ様から!? い、一体なにが送られてくるのかしら……急に緊張してきたわ……!」
「多分人違いじゃない?」
「なりきりー……ロールプレイー……」
「だとしてもよ! 同じ貴族主義をリスペクトする者として、ザビーネ様に憧れる者としてはどんなプレゼントが届くのか、胸が高鳴って仕方ないわ!」
なりきりだろうがロールプレイだろうが、あるいはリスペクト勢だろうが、ザビーネと同じ名前を名乗っているダイバーからのプレゼントとあっては、流石のアリナも興奮を隠せない。
あの配信切り忘れ事故からこっち、アリナのチャンネル登録者数は鰻登りだった。
だが、実は視聴者からプレゼントをもらうというのがそもそも初めてで、それが嬉しかったのもあるが。
「え、えっと! これは……アリナさんの胸像なのです……」
「なんて?」
リンがウィンドウを開いて確認したストレージに入っていたG-スタチューは、紛れもなくアリナの胸像としか言いようのないものだった。
しかも無駄にGBN内で採掘できる「ルナ・チタニウム」を削り出して作られている。
あれを採掘するにはレアドロップ周回か、もしくはハードコアディメンション・ヴァルガの月でツルハシを振るうかしなければいけないという地味に入手が面倒なアイテムなのだが。
「キャハハハハ! とりあえず出してみましょうよ!」
「オープンザ……プラーイス……」
「えいやっ、なのです」
インベントリから立体化させたアリナの胸像は、ちょうどフォースネストの入り口あたりに置いておくとちょうどよさそうな大きさで、出来映えもかなりのものだった。
「これは……家宝にしなければなのだわ……」
「自分の胸像ってそんな嬉しい?」
「嬉しいに決まってるじゃない!」
「そっかー……そうなんだー……」
「なによその目は」
「と、とにかく! 今日のコラボ配信はこんなところで終わっておくのです! このあとはメンバーシップ限定のフリートークと凸待ちフリーバトル枠なので、気に入ってくださった方は引き続き見てください、なのです!」
リンは引き攣った笑顔を浮かべて、無理やり配信を締めくくった。
やっぱり都会というのは怖いところなのかもしれない。
そんな思いを抱きながら。
アリナ嬢カワイイヤッター!