ゆるふわお姉さんのGBN探訪録   作:守次 奏

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上京アイドルと奇妙な常連

 ウサギダ・アキナが喫茶「ありあんろっど」を訪れたのは、単なる気分の問題だった。

 以前に「魔法少女VSサメ怪人」シリーズを一気見させるという拷問もとい布教によって、すっかりファンになってくれた新進気鋭のアイドルユニット「デルフィニウム」の一人ことキドウ・リンが働いているという噂を確かめたかった好奇心もある。

 ただ、いつにしよういつにしようと後回しにした末、たまたま今日天気がよかったから決断に踏み切っただけの話でもあった。

 

「こんにちはー、リンちゃんいるかな?」

「い、いらっしゃいませなのです」

 

 なんとなくいたらいいな、ぐらいの感覚で入店したら、リンは猫耳メイド服という格好でアキナを出迎えてくれた。

 どうやら今日は芸能活動がオフだったらしい。

 ハヤテとコマチも一緒にいたらありがたかったのだが、流石にそんな偶然はないか、と、アキナは自嘲する。

 

「リンちゃんいるかなーって思って来たら本当にいるなんて私は運がいいね」

「そうなのですか? リンもアキナさんと会えて嬉しいのです。えへ」

 

 その童顔に見る者全てを虜にするような柔らかい笑顔を浮かべて、リンは小さな両手でアキナの右手をそっと包み込んだ。

 

 ──ああ、これは一人、また一人と堕ちていくし好きにさせるアイドルの素質があるわ。

 

 打算のないリンの善性からそう感じ取ったアキナもまた、「魔法少女VSサメ怪人」のファンになってくれたからという理由以上に好きになる理由を見つけてしまった。

 

「それでは、席までご案内するのです。メイド長、お客さんがお一人入ったのです!」

「ふふっ、承知いたしましたわ。リンちゃんも慣れてきましたわね」

「はいなのです!」

 

 メイド長、と呼ばれた九尾の狐をモチーフにしたケモ耳と尻尾の女性にアキナはつられて視線を向ける。

 まるでアニメか漫画から抜け出してきたようなプロポーションをしているその女性が確か、マトイ・マリモという名前だったことを、アキナは確かに記憶していた。

 今ではすっかり丸くなったものだなあ、と、声には出さず呟いて、アキナはリンの案内で窓際にある一人席まで連れられていく。

 

「お待たせしましたなのです、今、お冷やを持ってくるのです」

「ああうん、よろしくね」

 

 こう見えて私はコーヒーの味にはうるさいぞ、と思いつつアキナはメニュー表を開く。

 タブレット端末での注文が主流になった時代にレトロな紙のメニュー表を置いているのはなかなか風情があっていい。

 喫茶店の良し悪しを見極める方法はいくつかあるが、定番なのはやはりオリジナルブレンドを頼むことだ。

 

 生半可な実力ではオリジナルのブレンドは作れないし、作れたとしても出来が微妙なら次からは来ないという選択肢へ自動的に移行するから、極めてコスパがいい。

 せっかくだからケーキもセットにしてみよう。コーヒーが万が一美味しくなかったときの保険にもなる。

 そうほくそ笑んで、アキナはお冷やを運んできたリンに注文を取った。

 

「オリジナルブレンドとケーキセット一つ」

「かしこまりましたなのです、お嬢様!」

「ああ、それと」

「なのです?」

「ちょっと積もる話があるから時間もらっていいかな、リンちゃん」

 

 アキナの言葉に、リンは小首を傾げつつマリモの方を見やった。

 すると、マリモはいつものように楚々とした笑みを浮かべて小さく頷く。

 どうやらOKらしい。

 

 この「ありあんろっど」はメイド喫茶ではなくあくまでも純喫茶だが、時折こうして店員と客が長話をすることも珍しくはないのだ。

 だからこそ、マリモは笑ってリンがアキナと話すのを許可したのである。

 その分は他のメイドさんたちがカバーできる体制が整っているから、というのもあるが。

 

「いやー、リンちゃんはいい子だね。『魔法少女VSサメ怪人外伝「散華の涙!シズク、その手を血に染めて」』が一番好きだって言ってくれただけある」

 

 それはなんともなしにアキナが呟いた言葉だった。

 しかし、店内にいる一人の客は確かにそれを聞き逃さなかった。

 魔法少女VSサメ怪人シリーズは広く展開されているが、中でも人の心を持ったサメ怪人にスポットライトが当たる外伝は賛否両論が激しい。

 

 基本的に「サメ怪人は死すべき存在である」というのが魔法少女VSサメ怪人シリーズの世界観において通底している概念で、アニメ版で登場したシャークナイトの掘り下げも兼ねて展開された外伝シリーズにはアンチも少なくないのだ。

 

 だからこそ、男はその言葉を聞き逃さなかったのである。

 

「失礼する。貴女は──ヒムロ・シズクをどう思っている?」

 

 その男の出で立ちを一言で表すのならば、「奇妙」、「珍妙」という他になかった。

 マクギリス・ファリドが終盤で着ていたジャケットとよく似た白と青のそれに身を包み、「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」2期に出てくる仮面枠、「ヴィダール」がつけているのとそっくりな仮面をつけているからだ。

 矛盾の塊かな、と思いつつも、アキナはその一言に「深み」を感じ取っていた。

 

 熟練の「魔法少女VSサメ怪人」ファンであればあるほど、「ヒムロ・シズク」という水の魔法少女の扱いについては慎重になってくる。

 なぜならば、最初は鈍臭くて泣き虫な可愛い後輩系キャラクターだったのが、「ホムラ・カガリ」の死をきっかけに復讐の鬼と化して狂っていくという末路を辿っているからだ。

 そして、シズクはその過程でシャークナイトの妹である、心あるサメ怪人「サメフルール」を拷問の末に殺害するという手段をとっており、彼女の話題を出すと放映当時は常にレスバが起こる程度には賛否両論なキャラゆえだ。

 

「シズクのことは好きだよ。ホムラ・カガリは普段はしっかり者に見えて意外とポンコツなお姉さんで、戦闘では炎の魔法でサメ怪人をこんがり焼く強力名魔法少女として、バディを組んでたシズクからも慕われていたからこそ、魔法少女としても未熟で、性格も大人しくてちょっと鈍臭いシズクがそんな彼女を心の支えにしていたんだよね。だから、ホムラ・カガリがサメ怪人との戦いで命を落としてしまったことで闇堕ちする展開になってしまったのは仕方のないことだし、その業をシズクは命で償っている。だからこれ以上シズクのことを責めないでやってほしい、っていうのが私の本音かな」

 

 そんな「ヒムロ・シズク」のことをあえて直球にどう思うかと問いかけてきたこの仮面の男は、おそらく「こっち側」の人間だと判断して、アキナは隠すことなく思いの丈をぶちまけたのである。

 

「やはりか……貴女は『わかっている』と思っていた。例えるのであればマクギリス・ファリドとガエリオ・ボードウィンの友情が本物でありながらも道を違えてしまったように、シズクがカガリを慕うあまりに善悪の区別すら失ってしまう展開は胸が痛む……それゆえに善良だったサメフルールを殺害するという行き場のない怒りの発露に不満の捌け口を求めるファンは多かったが、シズクが闇に堕ちてしまうのは仕方のないことだった……だからこそ彼女は第3期の12話、物語の大きな転換点で特殊EDつきで死亡シーンが丹念に描かれるという、厚遇とも念入りに殺したとも取れる存在として我々の心に刻まれたのだ」

 

 仮面の男もまた、アキナに負けない長広舌をぶちまけて、シズクに対する思いへ共感を示す。

 シズクの死はあっけなく、あまりにも残酷でBPOからのクレームが大量に入ったものの、それでも「この死亡シーンが一番『魔法少女VSサメ怪人 3rd season』で書きたかった」と語る、監督が太鼓判を押した名シーンでもある。

 走馬灯のようにカガリとの日々が明滅する中、最後に闇の中へと手を伸ばしてくれたカガリの両手に包まれてシズクの魂は救われる、という展開に涙したものは決して少なくない。

 

「きみは……『わかってる』ね」

「貴女もそのようだ」

「こんどうちの……ああ、『Rabbit Doll』って個人経営の模型店で上映会やるんだけど、きみも来ない?」

「是非、同伴させていただこう」

 

 魔法少女VSサメ怪人ファンは惹かれ合う。

 惹かれ合わずにはいられない。

 アキナと仮面の男のトークを静かに聞いていたリンも、涙を浮かべながら小さく頷く。

 

「わかるのです……リンも、シズクちゃんのことは大好きだったのです。カガリちゃんを想うあまり道を踏み外してしまったのは確かなのです。でも、最後に……妄想とはいえ、カガリちゃんに許してもらえたのは救いだと思うのです」

「ふっ……君もわかっているな。よく『魔法少女VSサメ怪人』シリーズの監督は人の心がないと言われているが、むしろその逆だと私は考えている。人の心があるからこそ、凄絶な生と死の物語を紡げる──サメというテーマを通じて、人間の綺麗さも汚さも克明に描く凄腕の監督だ」

「だよねぇ、脚本家がよく『デッドエンドの監督』なんてふざけて呼んでるけど、デッドエンドをただ描くだけの監督だったら『魔法少女VSサメ怪人』シリーズはここまで大きくなってなかったんだよね」

 

 容赦こそないが、繊細かつ大胆に描かれる人間の生き死にと、そして「サメ」という概念に対する飽くなき挑戦。

 それこそが監督の描く世界であり、それに魅了されたファンが支えてきたからこそ、今やGBNとのコラボを果たすほど、「魔法少女VSサメ怪人」シリーズは大きな存在になったのだ。

 アキナと仮面の男、そしてリンは静かに頷き合った。

 

 感極まったリンはコマチとハヤテも上映会に呼ぶつもりでメッセージアプリを起動して文章を送信したが、既読がつくだけでそこに返信が来ることはなく、リンは少しだけ悲しい気分になった。

 マリモは、客と店員のそんなやり取りを楚々とした笑みを崩さずに見守っていたが、ユキノを始めとしたメイドたちは頭上に疑問符を浮かべざるを得なかった。

 確かにこの人は常連だけど、どうしてヴィダールの仮面を被り続けているのだろう、そしてなぜ「魔法少女VSサメ怪人」に異様に詳しいのだろう、と。




仮面の男、その正体は一体──!?
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