リサがフォース「アステリズム」を脱退したときに、彼女を連れ去っていったマスダイバーの男──その名前を、アズサは覚えている。
「フェアディー……」
GBNの深い部分までを探る権限はアズサにないが、その男をスキャニングモードで「見た」ときは、当然だがIDもダイバーランクも伏せられていた。
しかし、名前を覚えている以上、どこかに情報は転がっているはずだ。
ここ最近、マスダイバーは二極化しつつある。
それは行動の過激化やブレイクデカールの性能向上による凶悪化といった表面的なことだけではない。
マスダイバーの中に、ブレイクデカールを「配る」人間と、「受け取る」人間が存在する。
黒幕が企んでいることはアズサにはわからないものの、フェアディーは間違いなく「配る」側の人間だ。
そして、ブレイクデカールを「配る」人間の目撃情報に関してはいくつかの自治フォースの告発や、怪しげな掲示板の書き込みである程度把握できる。
直近では、高難度クリエイトミッションである「ロータス・チャレンジ」に突如として乱入したマスダイバー二人組のうち、一人が「配る」側の人間だ──というリークが掲示板に寄せられていたが、真実のほどは定かではない。
ただ、そいつは「フェアディー」ではない。だから、アズサにとっては関係のないことだった。
「どこにいるんだろう……私のリサちゃんを奪ったあの男は……」
奇妙なことに、リーク元が怪しい「配る」側の目撃情報にまで手を伸ばしても、「フェアディー」というマスダイバーの足取りはわからない。
だから、コスモゲイザーに搭載されている、ストライクフリーダムから流用した「光の翼」を展開しながら、今日もアズサはその目で、その足でフェアディーの足取りをゼロから追いかけているのだ。
思えば、色々なディメンションを渡り歩いてきた。
儚げな花が咲く、バトルエリアとは無縁の花畑にコスモゲイザーを駐機させて、アズサは機体から降りる。
今日はこのディメンションにしては珍しく、雨が降っていた。
いつもは月が照らす夜に儚げな花が淡い光を放っているような神秘的な光景が楽しめる場所だったが、今日に限ってはそれも望めない。
「♪〜」
だが、アズサは雨が好きだった。
思わず鼻歌を歌ってしまうほどに。
雨が降れば、皆外に出ることはなくなる。そうすれば、半身不随で厄介者扱いされている自分も、少しは家族に構ってもらえる。
それが怒りでも憎しみでも、蔑みでも同情でもいい。
アズサにとって、リサと出会う前、人と繋がるというのはそういうことだったから。
アズサは上機嫌なまま、開いたウィンドウにG-Tubeを投影する。
「えっと……あったあった。『キャッチィXの丸裸チャンネル』」
それは素性の怪しい暴露系G-Tuberが運営している、良くも悪くもグレーゾーンな情報を提供する動画チャンネルだった。
当然、視聴者層の民度も最悪で、匿名掲示板では非難の声が相次いでいるようなチャンネルだ。
だが、今のアズサにはそれぐらいしかフェアディーを追うための情報源がない。
チャンネル主である「キャッチィX」と名乗る仮面の女性自身にも謎が多すぎるため、情報源としての信用度は極めて低いが、その情報そのものは、割と正確なところがあるのは大きな利点だ。
新着欄に「フェアディー」の名前が挙がっていないかを確認して、アズサはそこにその文字列が見当たらないことにがっくりと肩を落とす。
キャッチィXですら足取りが追えていないのか、それとも単純に動画のネタとしてあたためているだけなのか。
いずれにしろ、期待が外れてしまったと、アズサは小さく溜息をつく。
「うーん、難しいなぁ。名前も顔もわかってるのに、どうしてこんなに目撃情報がないんだろう……」
「ほぁ、どーもー。おげんきございますよー?」
がっくりと肩を落としているアズサに、デフォルメされたカエルの意匠が盛り込まれた、レインコートに長靴といった装いの少女が声をかける。
声のした方へと、アズサは思わず振り返る。
レインコートのフードから覗く髪は青緑色をしていて、アシンメトリーにカットされた前髪の左側には、これまたデフォルメが効いたカエルの髪飾りが付けられていた。
「えっと……初めましてですよね? 私はアズサです。元気じゃ……ないかもしれません」
「ほぁ、そうでしたかー……元気じゃないのはー、よろしくないですねー……」
せっかくの雨ですのにー、と、少女は足元に生えている雑草についた水滴を払うように小さく足を動かす。
ディメンションを放浪していると、人と会うのはそう珍しくない。
そして、ファーストインプレッションというのは大体正確なものだ。
もちろん、話を重ねなければ見えてこない人柄もあるが、「いい人」と「悪い人」の区別を初見でつけられる程度には、アズサも様々なダイバーと出会ってきた。
「えっと……嫌でなければ、あなたのお名前も聞かせてもらっていいですか?」
「ほぁ……そうでしたー、自分だけー、名乗らないのはー、よくないことでしてー……はてさてー、エルカはエルカでございますですよー」
エルカ、と名乗った少女はどこか楽しげに雨傘をくるくると回しながら、のほほんとした笑みを浮かべる。
やはり、アズサの感じた通り、エルカは「悪い人」ではない。
もしかしたら、友達になってくれるかもしれない──そんな、淡い期待を抱いてしまう程度には、心への踏み入り方が上手だった。
「あめはー、良きでございますー。しとしとぴっちゃん。止まない音なのに、心地いいでございますー。しとしとぴっちゃんー」
「あはは、エルカちゃんも雨、好きなんですね。実は私もなんです」
家族が構ってくれるから、とは言えなかった。
それでも、どこか通じ合える気がしてアズサはエルカの心へとそっと手を伸ばす。
そんなアズサの怯えと期待が入り混じったような感情を受け止めるかのように、エルカはのほほんとした笑みを浮かべたまま、答える。
「あめはー、縁を繋ぐものー……あるいは、縁をそそぐものゆえにー……」
「縁を、繋ぐ?」
「そういうことでございましてー。誰もー、外に出ないことでー、生まれる縁もあればー、雨の中で踊るのがー、自由だとはー……誰かが、言っていたのでー」
なんだか達観したものの見方だな、とアズサは感じる。
外に出ないことで生まれる縁。
大昔と違って今は、家の中からでも電脳世界を介して大勢の人と繋がれるようになった。
ただ、それは雨の日に限らない。
晴れの日でも曇りの日でも、GBNはアクティブユーザー2000万人という膨大な人口を抱えている。
それは、誰かしらと繋がろうと思えば、いつでも繋がれるということだ。
だが、雨の中にしか、家の中にしか生まれない縁があるとするのなら、それは間違いなく「家の中」にいる人間とのそれだろう。
家族。
アズサにとってはあまりいい繋がりではないが、それでも縁の形であり、人との繋がりであることは事実だった。
エルカにとってはそれが喜ばしいものなのだろう。
ならば、共に喜ぶべきだとアズサは思って小さく頷いたが、どうしても眦に滲む涙がこぼれてしまう。
なにもしてくれないよりは、いっそ憎んでくれた方がいいと、そう思っていたが、リサとの関わりを経験してからは、そのぬくもりがどうしても恋しくなってしまうのだ。
「むー、つらいことがあったのでございますねー……ならばー、このエルカでよければー……お話を聞くのでございましてー」
「……あはは。ありがとうございます、エルカちゃん。えっと、私……リアルでは下半身が動かなくて」
「なんとー……それは、びっくりでございますー」
「でも、GBNなら自由になれる、って教えてくれた友達がいたんです。最初は、歩く感覚がわからなくて何度も転んだりしたんですけど、それでも、その子が……リサちゃんが教えてくれた通り、GBNはとっても自由で」
──私がずっと憧れていた、だけど諦めざるを得なかった、宇宙にも行けちゃうんです。
アズサは洗いざらい、思いの丈をぶちまけるようにエルカへと全てを話していた。
無限に広がる宇宙に浮かぶ満点の星々、生きている星、死んでいる星。
それら全ての輝きが宝石箱を開け放ったかのように煌めく宇宙が、夜空が、アズサにとっては憧れだったのだ。
「ほぁ……それはなんともー……」
「えっと、今、リサちゃんは……悪いマスダイバーに連れ去られちゃったんです。でも、探しても探しても見つからなくて……」
「それはそれはー……おつらいことでございますー……して、下手人のお名前はわかっているのでございましてー……?」
間延びしたエルカの問いかけに、確固たる殺意を滲ませながら、アズサはぼそりとその名前を呟いた。
「フェアディー」
その名を呟いた瞬間、世界が凍りついた。
フェアディーという名前を、エルカは知っている。
なんなら顔も覚えているし、言葉を交わしたこともある。全ては、自分の身勝手な願いを叶えるために。
「エルカちゃん……?」
「そうですかー……そうで、ございますかー……」
「……?」
「大抵のことはですねー、まーなんとなるようになっておりますのでー……そう、エルカは思っていたのでございますがー……」
「っ、まさか!」
「……なんともならないことも、あるものなのですねー」
エルカは心から悲しげにそう呟き、眦から一雫の涙をこぼした。
フェアディーは、自分の願いを叶えてくれる代わりに要求してきた。
そのブレイクデカールを使え、と。そうすれば、君の父親の願いだってきっと叶うはずさ、と、言葉巧みにエルカの心につけ入って。
そして、今まで忘れていたもう一つの密命をエルカは思い出す。
『このブレイクデカールには僕が特別な細工を施してあるんだ。その全部をここで喋ることはできないけど……君にはわかるはずだ。だから、君がもし「アズサ」という女の子を見つけたら……僕に協力してほしいんだ」
コスモゲイザーを、破壊してくれないかな。
それが、マスダイバーに身をやつしたエルカに課せられた使命だった。
楽天的な性格が祟って今の今まで忘れていたことが、こうも裏目に出るとは、思ってもいなかったが。
『……勝負で、ございますよ』
「……っ……!」
エルカは、ハイゴッグと思わしきガンプラを呼び出してブレイクブーストを起動させた。
紫色のオーラがガンプラから立ち上り、さっきまでは小雨だった雨が暴風雨に変わって、雷鳴を轟かせる。
アズサは、本音を言うのであればエルカと戦いたくはなかった。
だが、エルカがフェアディーの手先である以上、戦わないわけにはいかないし、逃すわけにもいかない。
アズサもコスモゲイザーに乗り込んで、エルカのガンプラと対峙する。
だが、操縦桿を握る手はかつてないほどに震え、嫌な汗が滲んでいた。
『……どうにも、ならないでございますね』
「私は……私は……っ……!」
『個人ランキング77位、「アステリズム」のアズサ……この「ジライヤ」と、いざ尋常に』
──勝負でございます。
先に仕掛けたのは、アズサの「ジライヤ」だった。
エルカはトリガーを引き、ハイゴッグの腕部メガ粒子砲をコスモゲイザーに向けて撃ち放つ。
そして、全身の隙間や排熱孔からスモークを噴出して、霧を作り出した。
「くっ……!」
『隠密忍法・雨霧……で、ございましてー』
恐らく「ジライヤ」は自前でステルスのプラグインを持っている、というのがアズサの見立てだった。
その上で霧に紛れての隠密や奇襲を得意としているのだろう。
だが、二桁ランカーであるアズサにとって、気配を読むのもステルスを逆にキルすることも別に難しいことではない。
「それでも、私は……っ……!」
いくら、エルカがフェアディーへと繋がる手掛かりだとしても、いくら、エルカがマスダイバーであったとしても。
短い間とはいえ、心を通わせた「友達」を撃てというのは、あまりにも残酷すぎる。
アズサは「レーゲンボーゲン」と名付けた左腕に接続したユニットと右手に持っていたビームガンを合体させて、装填されたダインスレイヴの矢を引き絞る。
ヴォアチュール・リュミエールにより加速されたダインスレイヴは、電磁加速を上回る破壊力を誇っており、掠めるだけでも大きなダメージを相手に与えることが可能だ。
それをアズサは、何度も正確無比なエイムと腕前で敵機のコックピットに当て続けてきた。
エルカを撃ち抜くことも容易い。だが。
『来ないのであればー、こちらからー……!』
刹那、霧に紛れての牽制を続けていたジライヤが、突如として距離を詰めてくる。
格上相手に秘策もなしに特攻を試みるほど、エルカは愚かなダイバーではないはずだ。
ならば、ブレイクデカールの力によって強化された必殺の一手を放ってくる。
アズサはそう読んで、弓を引き絞ったまま歯を食いしばった。
『秘技……「ウラガエル」。隠密武者ジライヤ、それこそがこのジライヤの真の姿ー……!』
「私、は……」
『本気で来なければー……! エルカを撃たなければー……っ!』
──アズサちゃんが、嫌な思いをするだけでございます。
そう呟いたエルカは、哀しげに笑っていた。
どうにもならないことだとわかっているから、どうしようもないことだとわかっているから。
ただ、それでも攻撃をやめなかったのは、自身の醜い部分だと誰よりもエルカ本人が理解していた。
最近、左遷された上に事業が上手くいっていない父親が、GBNでなにかを企んでいることを、エルカは密かに知っていた。
大企業、それも本社の重役だった父親が突如として支部に移動となって課長クラスに格下げされたということも。
恐らく父親の願いは、その人事を決行した社長に対する報復なのだろう。GBNを嗜んでいることでも有名な、かの「提督」に。
だから、細やかでもいいから協力したかった。
間違ったことだとはわかっている。父親の方が見当外れなことをしているとはわかっている。
それでも、エルカにとって、父はただ一人の家族なのだ。
『ジライヤ……大手裏剣……っ……!』
「……リュミエール・フレシュ」
隠密武者ジライヤが投擲した2枚の大手裏剣を壊すように、アズサは虹の矢を撃ち放った。
それは当然のように2枚の大手裏剣を破壊したが、余波で隠密武者ジライヤが纏っていたハイゴッグの装甲が、元々のベースである武者農丸に施された鎧のような装甲が、引き剥がされていく。
だが、撃墜判定は降りていなかった。
『なぜ……!』
「もうやめましょう、エルカちゃん」
『……っ……!』
「私に、フェアディーのことを教えてください。そして、全部の罪を……運営に話してください。そうしたら、きっと」
『きっと、なんだというのですか!!!!』
エルカの怒気を孕んだ叫びに、アズサはびくりと背筋を振るわせる。
『なにもかも……もうどうにもならないのでございます……』
「確かにエルカちゃんは間違えました! それでも人は、何度だってやり直せます! だから!」
『アズサ、ちゃ──』
エルカがそこまで呟いたところで、無情にも隠密武者ジライヤのコックピットに、突如としてビームサーベルが突き立てられた。
『……悪いが、逃すわけにはいかなくてね』
百式を改造したと思われる白亜の機体は、エルカを撃墜するなりそう呟いてミラージュコロイドで姿を消す。
「待ってください! エルカちゃんは──!」
『「フェアディー」への貴重な手掛かりだ。子供相手にこんなことをしたくはなかったが……幼い子が悪事の片棒を担がされているのを、見逃すわけにはいかないというのもある』
「っ……!」
『私はロジャー。ロジャー・フォーカス。恨んでくれて構わない……それでは』
「待ってぇっ!!!!」
アズサが手を伸ばした次の瞬間には、ロジャー名乗った男の気配は消えていた。
彼が名乗ったのは、子供に対して残酷な仕打ちをするせめてもの償いなのだろう。
だが、そんなものは気休めにもならない。
アズサが機体を降りて、膝から崩れ落ちた、その瞬間だった。
『ちぃっ、一手先を行かれた……!』
ガンダム・アスタロトオリジンの主翼パーツを航空機のように延長し、全身のカラーパターンをジャーマングレーに、そして白を差し色にしたその機体──ワールドランキング7位と8位を行ったり来たりしている、「ブルムフランメ」の愛機が着陸する。
ガンダムアスタロト・ファルケと名付けられたその機体のことは、アズサも知っていた。
呆気に取られてアスタロト・ファルケを見上げながら涙をこぼすアズサに、ブルムフランメはかける言葉が見つからなかった。
『……綺麗事は言わないわよ』
「……」
『だけどね、フェアディーを追うなら一つだけ私から言えることがあるわ』
「それ、は……」
『戦いは、もう始まっている』
それだけ言い残して、ブルムフランメはロジャーを追いかけるように機体を加速させ、飛び去っていった。
戦いは、もう始まっている。
それがなにを意味するのか、アズサにはわからなかったが、ただ一つ、水面下では巨大ななにかが──アズサには計り知れないほどのものが動いていることだけは、かろうじて理解できた。
読者参加型企画その2、第一弾です。
登場する「キャッチィX」は「気分は形而上」様に、「エルカ」「ジライヤ」は「アルキメです。」様に、「ロジャー」は「二葉ベス」様に、「ブルムフランメ」と「アスタロト・ファルケ」は「笑う男」様にそれぞれお寄せいただきました( ˘ω˘ )