「そういえばニィレヤちゃんとシオリちゃんはガンダムベースからログインしてるんだって」
「そうなんだ。門限とか色々あるんだろうなー、うちらもその頃は色々厳しかったし」
時刻は大体深夜1時ごろ、ロビーのあるディメンションを、ユミカとアヤネは歩いていた。
と、いうのも単純で、通話しているうちにたまにはバーにでも行こうかという話になったから、GBNで用事を済ませることにしたのだ。
深夜に出歩くのは色々と危険なご時世である今、こうして電子空間で代用できるのは嬉しいところなのかもしれないと、ユミカはぼんやり思う。
「アヤネと二人っきりになるのも久々だね」
「ん、そうだね。てかユミカ、たまには大学来てよ」
「必修のときは出てるってば」
「必修以外も!」
「えー、だって……なんか嫌じゃん、大学って」
「なんか嫌って、なに」
「それは……その、なんとなく」
ユミカは別に人間嫌いだとかコミュ障を拗らせているとかそういうわけではない。
ただ、ジト目で睨んでくるアヤネになにか言葉を返そうにもちょうどいい言葉が浮かんでこないのだ。
強いていうなら一日中ウェイウェイしている陽キャ集団のノリはキツいなー、とは思っているが、精々それぐらいだ。
「そんなんじゃ社会不適合者になっちゃうよ?」
「そのときはアヤネが養ってくれるって私、信じてるから」
「絶対嫌なんだけど」
「そんなひどいこと言わないでよー、私はアヤネを……愛、してるんだからさ」
「っ!!!!」
不意打ちで囁きかけられた愛の言葉に、アヤネは顔を真っ赤にしてユミカの背中をべしべしと叩いた。
この女のそういうところがどうしようもなく嫌いで、どうしようもなく愛おしい。
背反する二つの感情にアヤネの胸は真綿で締め付けられるような痛みを感じる。
「……絶対他の女にもそれ言ってるでしょ」
「やだなあ、私の友達なんてニィレヤちゃんとシオリちゃんを除いたらアヤネだけだよ」
友達が多ければ多いほどいいというものでもないし、その逆もまた然り。
ユミカにとっては、アヤネとだらだら友達付き合いをしていることが一番「ちょうどいい」のだ。
友達100人できるかな、なんて歌がこの世にはあったりするが、100人も友達がいたら人間関係で疲れ果ててしまうことだろう。
「私にとってアヤネは最高にちょうどいいんだよ」
「それ、都合のいい女として見られてるみたいでなんかヤなんだけど」
「最上級の褒め言葉だよ? 私基準で」
「……ならいいか。もー本当に、今回だけだよ?」
「ふふっ、ありがと。アヤネ。愛してる」
「だから人前でそれやめてってばー!」
ユミカは別に大袈裟なことを言っているとも思っていなければ、嘘をついているつもりもない。
愛という言葉がどこに区分されるのかはさておくとしても、間違いなく自分がアヤネに向けている感情は愛だと自覚しているからだ。
もっとも、半分ぐらいは反応が面白いからからかっているのも本当のことだが。
そんな他愛もない話を重ねている間に、目的のバーへと二人は辿り着いていた。
自動ドアを潜ると、シャンデリアに照らされたパーティー会場のような雰囲気の、広々とした店内の景色が視界いっぱいに飛び込んでくる。
少しだけ暖色気味の照明も相まって、都心の一等地に建てられた高級なそれと遜色がないほどの景観だ。
「わー、本格的」
「ここまで作り込まれてると、リアルのお店涙目じゃん」
ユミカとアヤネはウィンドウを立ち上げると、ダイバールックをラフな格好からそれぞれ真紅のドレスと白を基調として、薔薇の意匠があしらわれたドレスに着替える。
流石にこの雰囲気の店内で、いつものジャケットとハーフパンツという格好で平然としていられるほど、ユミカもデリカシーがないわけではなかった。
ボディラインをくっきりと浮き上がらせる真紅のドレスに身を包んだユミカは、店内でも一躍注目の的だ。
ユミカは黙っていればその辺のグラビアアイドルが裸足で逃げ出していくようなプロポーションの持ち主なのだからそれもそうなのだが、アヤネはなんとなく複雑な気持ちになる。
「……? どうしたの、アヤネ」
「なんでもなーい。行こ、ユミカ」
「もしかして妬いてる? 可愛い」
「ち、違うし! もー!」
少しだけご機嫌斜めなアヤネにエスコートされて、ユミカはカウンター席に腰掛ける。
GBNにおいて、アルコール類を摂取した際における感覚のフィードバックは実装されていないから、酒を頼むのはあくまで雰囲気でしかない。
ただ、その雰囲気で手軽に酔える人間もいるし、リアルでは飲めないからこそ、その雰囲気そのものが好きだという人間もいる。
要するに人それぞれ、ということだ。
なにを注文するかと、ユミカとアヤネがメニュー表を開いていたそのときだった。
カウンターを滑って、カクテルが注がれたグラスが二人の前に静止する。
「あちらのお客様からです、お嬢様」
NPDのバーマスターがそう言って視線で示した先には、言わずと知れた金髪に黒いジャケットの青年こと不動のチャンピオン、クジョウ・キョウヤと、フェレットなんだかオコジョなんだかよくわからないもふもふのダイバールックに身を包んだ、フォースランキング第2位の「第七機甲師団」を率いるロンメルがいた。
「チャンプもこういうことするんですね」
「いや、これは大佐からだよ」
「なに、ちょっとしたプレゼントみたいなものだ。そう身構えず受け取ってほしい」
「わー、本当にモフモフだ……えっと、ロンメル大佐! うち、モフっていいですか!?」
「構わんよ、好きにしたまえ」
「わーい!」
ごろん、と寝そべったロンメルを、アヤネは遠慮なくモフモフと抱きしめたり撫で回したりと忙しそうだった。
それを見ていたユミカとキョウヤは、苦笑しつつ、互いの持っていたグラスを近づけて音を鳴らした。
なにに乾杯したのかはユミカも、きっとキョウヤも知らないが、強いていうなら出会えたことに、だろうか。
「ユミカくんだったね、噂は聞いているよ」
「あはは、ありがとうございます。どんな噂ですか?」
「君たち『ランチタイム』が売り出し中だってことかな」
別に売り出しているつもりはないのだが、ニィレヤがバトルをしたがるのもあって、ここ最近はフォース戦に顔を出す頻度が上がってきたというだけの話だ。
「売り出し中っていうか、友達と遊んでるだけですよ」
「しかし、君たちの戦績は目覚ましいものがある。僕としても興味深くてね」
「はは……」
ここ最近のフォース戦における勝率が8割ともなれば、注目もされるということか。
チャンピオンはガンプラバトルが三度の飯よりも好きな人種と聞いていたが、どうやらその噂は本当のようだ。
今も「戦ってみたい」という意思がその瞳から滲み出ている。
「チャンプと戦ったら、私なんて瞬殺ですよ瞬殺」
「果たしてどうかな? やってみるまで結果はわからないものだよ」
「まさか、バトルのお誘いですか?」
話しかけてきたのが、投げつける白手袋の代わりだったとしたら、話は変わってくるが。
ユミカは少しだけ剣呑な目つきで、キョウヤを睨んだ。
戦って負けることは別にいい。ただ、今はそういう気分じゃない。
そういう気分じゃないときにガンプラバトルをやったって、楽しくないのだ。
「半分はそうかもしれないね。ただ、今すぐ君たち『ランチタイム』とバトルがしたいわけじゃない」
「と、いうと?」
「いつか、気が向いたときにでも覚えていてくれれば嬉しい。そういう話だよ」
キョウヤは苦笑しつつ、ウィスキーが注がれたグラスを軽く傾ける。
からん、と氷がぶつかる透き通った音が心地いい。
思ったよりは戦闘民族じゃなかったことにユミカは安堵しつつ、大雑把な味わいのカクテルを一息に飲み干した。
「っぷはー、すみませんね、品のない飲み方で」
「構わないさ。それじゃあ、僕はここでお暇させてもらおうかな。大佐もそろそろ時間だろう?」
「うむ、そうだね。今度私をモチーフにしたミニゲームが出るらしい。気軽にモフモフしたければそちらもプレイしてくれると助かるよ」
「ありがとうございました、大佐! ミニゲーム楽しみにしてます!」
ぱあっと満面の笑顔を咲かせて、ロンメルとキョウヤに手を振るアヤネの姿に、ユミカは少しだけ心がささくれ立つのを感じる。
そういう関係でもないのに、そういう関係を求めてるわけでもないのに、嫌だと思ってしまう。
多分アヤネが自分の「愛してる」を嫌がるのもそういうことなんだろうな、と思いつつ、ユミカは立ち上がってアヤネを後ろから抱きしめる。
「ユミカ?」
「ん……はむっ」
「うひゃあっ!? なにすんのさ、もー!!!!」
思わずアヤネの耳たぶを唇で優しく食んでいたユミカの頭に、容赦のない空手チョップが降り注ぐ。
「痛たたたた……」
「いきなりなにすんの本当に……セクハラだよセクハラ」
「ごめん、自分でもよくわかんないことした」
「ユミカ?」
「……んー、あんまちょうどよくないなぁ。私たちも今日はここで落ちよっか」
「別にいいけど……」
「じゃあね、アヤネ」
「うん。明日はちゃんと大学きてよね、ユミカ」
ユミカは誤魔化すようにひらひらと手を振って、GBNからログアウトした。
自分の中にあるささくれ立った感情との向き合い方がよくわからなかったのだ。
別にアヤネがロンメルに対してガチ恋しているだとか、そんなことは断じてないのだろうけれど。
暗い部屋の中、ダイバーギアが照らす明かりだけを頼りに、ユミカはいつも通りの下着姿のまま椅子から立ち上がって、冷蔵庫に向かった。
「えっと……あったあった」
大分前に買って、そのまま死蔵していた安い缶チューハイ。
それを手に取ってプルタブを開けると、ユミカは一息にその中身を飲み下す。
安っぽい合成甘味料の味と、アルコールの喉を焼くような感触。そして遅れてやってくる酩酊が、ユミカの感覚を鈍らせていく。
「あー……」
なにを言いたかったのか。
なにを思っていたのか。
そんなことも曖昧にしてくれるから、お酒の力は偉大だ。
そして、そのままふらふらと布団に向かって歩き出すと、ユミカは倒れるように潜り込んだ。
壊れるほど愛しても云々という歌がこの世には存在するが、壊れるほど愛したら伝わるものも伝わらないのは当然じゃないだろうか。
でも、ときには壊れるほどの愛情が欲しくなるのも人間という生き物なわけで。
「めんどくさいなー……生きるって」
机の上に飾ってあるドラグストライクを一瞥して、ユミカはそう呟く。
壊れないように、壊さないように。
それがきっと、ちょうどよく生きるということなのだとわかっていても、割り切れないことが出てくるのが人生だ。
だから、どうしようもなくなったら酒の力を借りて不貞寝する。
これもまた、きっと大人の特権だ。
どこかの
果たしてユミカの感情は百合なのかい、百合じゃないのかい、どっちなんだい!