ゆるふわお姉さんのGBN探訪録   作:守次 奏

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「昼飯時」とツチノコ探し

「えへ、えへへ、えへへへ……」

 

 思わずにやにやとした笑みが三段活用で漏れてしまうぐらいに、ニイハマ・レイカことニィレヤは、学校の昼休みに「話題の動画」として今注目を集めているそれを眺めていた。

 G-Tubeのトレンドを席巻するその動画は、この前助けたアリナというG-Tuberが配信を切り忘れていたことで、その経緯がノーカットで放映されてしまった──という、いわば放送事故なのだが、相手が悪名高い「スカーデッド」だったこともあり、スカッと動画としての需要を集めていたのだ。

 既に切り抜きショートも作られており、ユミカとニィレヤがキリーのベルガ・ギロスにトドメをさすまでを映したそれは、爆発的に再生数を高めている。

 

「レイカ、ちょっとだけいいことしたのかもしれません……えへ」

 

 ニィレヤは、おどおどしがちだが、他人が思うよりも結構承認欲求が高い方だった。

 自分たち「ランチタイム」の活躍が世間に認知される、イコール、いっぱい褒められるという方程式が既に頭の中で成立しておりご満悦なのだ。

 思えばユミカに拾われてから、パッとしなかった自分の人生が変わった気がする。そう思うと、ニィレヤはユミカに足を向けて寝られない気分だった。

 

「あら〜? レイカちゃん、その動画は……」

 

 学食から帰ってきたのか、だぷん、と豊満な胸部装甲を揺らして、同じクラスのシオリがニィレヤのスマートフォンを覗き込む。

 

「あっ、この前の切り抜きですっ。シオリちゃん」

「ええ。放送事故として話題になっていますね」

「えっと、レイカ、いっぱいコメントで褒められてて、えへ、えへへ……」

「よくわからないですが、よかったですねぇ。ご褒美にぎゅーってしてあげます」

「ふにゃあ……」

 

 ばっ、と両手を広げて脅威の胸部装甲でニィレヤを受け止めたシオリは、自らの胸に顔を埋めてぽわぽわとした笑みを浮かべているニィレヤの癖っ毛を優しく、そっと撫でる。

 元動画と切り抜きが予想以上にバズったことは知っていたが、シオリはどちらかというと承認欲求の類が薄い……というよりは誰かをデロデロに甘やかしたい側であるため、特に関心は持っていなかった。

 ふかふかでふわふわなバストに顔を埋めて緩み切った笑顔のニィレヤと、そんな彼女を甘やかしている自分に対するクラスメイトの視線もまた同じだ。

 

「くっ、ちくしょう……! ニイハマのやつ、羨ましすぎる……!」

「俺もシオリママのおっぱいに顔を埋めて甘えたい人生だった……」

「シオリちゃんは私の母になってくれるかもしれない女性だ!」

 

 そんな声を上げて一様に地団駄を踏む男子共に対する女子の視線は氷点下を突き抜けていた。

 誰が悪いというわけではない。

 誰かを憎んでいるという話でもない。だが、シオリの中学生離れした胸部装甲の前には、大半の女子は嫉妬を抱くが、同時に戦意を喪失してしまうのだ。

 

「男って本当バカね……」

「そう言いながらあんたも牛乳飲んでるじゃない」

「噂だと豆乳の方がいいとか……」

 

 そんな女子たちの視線も意に介することなく、シオリはニィレヤを猫でも扱うように頭から喉まで優しく撫でまわし続けていた。

 

 

 

 

 

 

「う゛ぇー……冗談じゃない……」

 

 ニィレヤが有頂天になるほど現状を喜んでいたのに対して、ユミカは居心地がとにかく悪いといった様子で、手狭なフォースネストの机に突っ伏していた。

 動画が変にバズってしまったせいで、どこに行っても「あの『ランチタイム』の」扱いされるのは、ユミカにとってちょうどよくない。

 あまり悪目立ちせず慎ましやかにやっていくのが「ちょうどいい」と考えているユミカには、今のどこに行っても握手やらフレンド申請を求められる環境は地獄に等しいのだ。

 

「ほんっとね……うちももう懲り懲り」

 

 そして、ユミカほど自堕落ではないアヤネにしても、この状況は好ましくなかった。

 目立つということは、良くも悪くも他人から目をつけられるということだ。

 そして、第三者というのは、母数が増えれば増えるほど、そこに悪意こそなくとも変なのが紛れ込んでいる確率が高くなる。

 

「ユミカ、これ見た?」

「えーなになに……フォースアライアンス申請……『ディナータイム』から?」

「うちらのパロディフォースみたいだけどさ」

「はあ……えっと、『初めまして、「ランチタイム」のお嬢さん方。我々は「ディナータイム」。貴女がたの活躍に目を奪われた者です。特にフォースリーダーのユミカ嬢、貴女の大きなお尻に敷いていただきたく』」

 

 そこまで読んで、ユミカはウィンドウを閉じた。

 確かに自分は人よりもお尻が大きいし、それをどっちかというと長所だと感じているが、見ず知らずの変態をその下に敷く趣味はないのだ。

 ユミカは読み飛ばしてしまったものの、「ディナータイム」の面々からの要望はそれぞれ「ユミカの尻に敷かれたい」、「アヤネに踏まれたい」、「ニィレヤを撫で回したい」「シオリの胸に埋もれたい」という変態の編隊だった。読み飛ばされて当然だった。

 

「そろそろニィレヤちゃんとシオリちゃんもログインしてくるだろうけど、どうするの?」

「どうって言われてもなぁ……人のいないディメンションとかないの、アヤネ?」

「流石に同接1200万人のGBNで、そんな場所ないでしょ……」

 

 溜息をついて2人が机に突っ伏した、そのときだった。

 

「いえ〜? そうでもないですよ?」

「お、遅れましたっ」

 

 シオリとニィレヤが、フォースネストへとログインしてくる。

 

「遅れたとかは別に気にしてないから大丈夫だけど……そうでもないって、なにが?」

「人のいないディメンション、です。実は案外あったりするんですよ?」

 

 ユミカの問いかけに、シオリは楚々と微笑んだまま答える。

 少なくとも主要なディメンションに行けば「話題の人」として扱われる以上、しばらくはシオリが言うところの「案外あったりする」場所に行く他にないだろう。

 ユミカとアヤネは小さく頷いて、シオリへと尋ねる。

 

「それで、そのディメンションっていうのは?」

「はい。『ディメンション・トワイライト』といって、北欧や北極圏をモチーフにしたディメンションなのですけれど」

「けれど?」

「あまりにもミッションが少ないので、ほとんど立ち入る人がいないとか……一応、一年中白夜で、景観はとてもいいのですが」

 

 なんでそんなディメンションを作ったんだ、と突っ込まざるを得ない場所だったが、確かにミッションが少なく、景観が綺麗なだけならダイバーからの需要は少ないだろう。

 

「ありがと、シオリちゃん。それじゃ今日はその『ディメンション・トワイライト』に行ってみよっか」

「えっ? ば、バトルとか……しないんですか?」

「うん、今の状態はちょっとちょうどよくないから」

「そ、そうなんですか……ニィレヤはてっきり、ゆ、有名になったからユミカさんも嬉しいのかなって」

 

 誘いをかけたニィレヤの口から飛び出してきた予想外の言葉にユミカは目を丸くする。

 嬉しい。確かに名を上げることを目的とするダイバーなら、自分たちが有名人になって悪い気はしないのだろう。

 実際、ユミカ自身もそう思っているところがないとはいわない。ただ。

 

「んー、嬉しいことは嬉しいけど、ちょうどよくないから」

「そ、そうなんですね……! ちょうどよくない……!」

「そ、何事もちょうどよく。ちょうどいいのが一番だから」

 

 結局のところ、ユミカの行動原理はその一言に尽きるのだ。

 

 

 

 

 

 そんな理由でやってきた「ディメンション・トワイライト」はシオリが語った前評判通り、ダイバーの姿が全くといっていいほど見当たらなかった。

 代わりにNPDのペンギンが群れを作って闊歩していて、ユミカたちを見かけると、好奇心から近寄ってくるという生態行動が再現されている。

 そのうちの1匹を抱き上げつつ、ユミカはよく作り込まれてるなぁ、とそのふわふわ具合に感嘆する。

 

「おお……ここがペンギンパラダイス」

「可愛いっ! うち、この子フォースネストに持ち帰りたいなぁ……」

「だ、ダメですアヤネさん、ペットNPDはちゃんとショップ経由で買わなきゃ……」

「うふふ、可愛らしいですわね」

 

 アヤネもまた、ペンギンの雛を抱き上げてご満悦の様子だった。

 慌てるニィレヤと、それを後方から母親のような慈愛の視線で見つめているシオリがペンギンパラダイスの中にいるという構図は、見る人間が見れば絶好のシャッターチャンスだと思うことだろう。

 だが、ここには誰もいない。最近、どこにいても人に追いかけまわされていたから、ユミカにとってはそれが最高にちょうどよかった。

 

「はぁ、癒される……ん?」

 

 ペンギンを思う存分モフったことで活力を取り戻したユミカが見たものは、海岸線に椅子を敷いて釣り竿を垂らしている、たぬきのようなハロだった。

 まさか珍獣のNPDかなにかだろうか。

 しかし、NPDが釣りをするとも考えづらい。

 

 そうなると、ユミカたちと同じく現実に疲れてこのディメンションに流れ着いてきた手合いだろうか。

 好奇心からそっとにじり寄って、ユミカは警戒されない範囲で双眼鏡を構える。

 そして、ズームアップしたそのたぬきハロとしか言いようがない存在をくまなく観察した。

 

「んなっ!」

 

 あまり釣果が芳しくないのか、一度釣り竿を引き上げると、たぬきハロはもう一度別な場所に当たりをつけて竿を投げる。

 果たして北極圏がモチーフのこのディメンションで魚が釣れるのかどうかはわからないが、本人(?)は至って真剣な様子だ。

 ユミカは小首を傾げて双眼鏡を下ろすと、たぬきハロへと気配を殺して歩み寄っていく。

 

「んなっ……」

「やっぱこの辺だと釣れないものなんですか?」

「んなっ!?」

 

 背後から問いかけられたことでびっくりしたのか、たぬきハロは一瞬全身を硬直させたが、ぎぎぎ、とぎこちなく振り返って自分を覗き込むユミカを見る。

 特に敵意や害意の類はなさそうだ。

 単純に疑問から自分に問いを投げかけている──そんなところだろう、とユミカの分析を一瞬で終えて、たぬきハロは小さく頷く。

 

「んなっ!」

「釣れないんですか」

「んなっ!」

「それでも釣り竿を垂らしてることに、意味はあるんですか?」

「んなっ……」

 

 哲学的な問いだった。

 確かに釣果は全く上がっていないが、それでも竿を垂らしてただ海を見つめたくなる気分のときもある。

 単純に、今がそのときだというだけだ。

 

「んなっ!」

「よくわかんないけど、私もなんか釣ってみようかな」

 

 言葉は通じなかったものの、そこに確かな釣りへの執着があることを悟ったユミカはインベントリから折りたたみチェアと釣り竿を取り出して、たぬきハロの隣で釣り糸を垂らす。

 やはりとでもいうべきか、一向に釣れる気配はなかった。

 だが、ただこうしてぼんやりと水面と釣り糸を眺めているだけでも、なんとなくあたたかいものが胸の内に込み上げてくる。

 

 ここ最近、ツチノコを見つけたが如く追いかけまわされていた反動だろうか。

 誰に邪魔されることもなく、誰かから干渉されることもなく、ただ静かに水面と釣り糸だけに意識を集中する。

 たったそれだけのことなのに、凝り固まった筋肉がほぐれていくように、硬直した思考が解けていくような感覚が、ユミカの中には生まれていた。

 

「ありがとう、たぬきハロさん」

「んなっ!」

「言葉はよくわかんないけど、結構助かったかも」

「んなっ!」

 

 特に意思疎通が図れているわけではないが、「頑張れ」と背中を押されたような気がして、ユミカは少しだけ満たされた気分になる。

 なにをどう頑張ればいいのかはわからないが、とにかく自分にとってGBNが「ちょうどいい」場所なら。

 そのちょうどよさを維持することをゆるく頑張っていけばいいんじゃないだろうか。

 

 釣り竿と折り畳みチェアをインベントリにしまい込み、ユミカは微笑と共に立ち上がった。

 結局、たぬきハロの本名も言いたいこともわからなかったが、人生そういうこともある。

 思う存分にペンギンの雛をモフり倒して、フォースメンバーで雪合戦をして。

 

 ユミカは今日も、有名人になろうと、ツチノコ扱いされて追いかけまわされようと関係なく、「ちょうどいい」GBNを満喫していた。




なお、ユミカが遭遇したのもGBNのツチノコみたいなレアキャラであることを彼女は知らない──

今回のGBNのツチノコにして、たぬきハロこと「ぽぽん」さんの原案は「二葉ベス」さんよりお借りしています。この場を借りて感謝を。
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