ゆるふわお姉さんのGBN探訪録   作:守次 奏

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「昼飯時」を取り巻く人々

 ツチノコが見つかったと聞けば、探しに行きたくなるのが人の性であるというものだ。

 それほどまでに先日のアリナによる放送事故は、彼女と「ランチタイム」の知名度を上昇させて、一躍時の人へと押し上げていた。

 だが、目立つのが好きな人間もいればそうでない人間もいる。どちらかといえば、ユミカは後者だった。

 

 とはいえ、ものには限度があるというのもまた然りで、アリナは最近どこへ行っても「ランチタイム」の行方について聞かれるのにうんざりしていた。

 

「貴族主義、というかザビーネ様が広まるのは嬉しいけれど……私と『ランチタイム』って実際あんまり交流ないのよ……」

 

 あのとき申し込まれたアライアンス申請は生きているものの、だからといって一緒になにかしようと誘ったり誘われたりすることはない。

 アリナも企画で「ランチタイム」との対談だとか色々と考えてはみたが、とにかくあからさまに人を避けている今の彼女たちにそんなお誘いをかけても断られるだけだと悟っている。

 せめて感謝ぐらいはちゃんと伝えさせてくれれば、とは思うものの、それが「ランチタイム」の在り方ならば仕方がないと諦めていた。

 

 ここはGBNで、自由な空間だ。

 だが、自由には常に「他者の権利を脅かさない」ことが求められる。

 ときにはそれを履き違える無法の輩も出てくるものの、アリナは常識的な側だった。

 

「でも、あの光の翼が剣になるギミックは格好よかったわね! 参考にしたいわ!」

 

 悠々とリュミエール・ザンバーでベルガ・ギロスを斬り裂いたユミカとドラグストライクのことを思い返しながら、アリナが一人呟いた、そのときだった。

 

「……光の翼が、剣になる?」

 

 砂糖菓子の鈴を鳴らしたような声が、耳朶に触れる。

 背後から聞こえてきたその声につい振り返ると、そこに見えたものは、可愛らしくこてんと小首を傾げている儚げな女性だった。

 金糸で作られたような長い髪に、妖しくも美しい紫色の瞳。

 

 知らないダイバーだったが、アリナとは同性であるにもかかわらず、一目見ただけでつい惹き込まれるような危うい感覚を抱いてしまう。

 ファム・ファタール。

 そんな言葉が、アリナの脳裏をよぎって消えていく。

 

「えっと、『ランチタイム』についてなら私はそこまで詳しくないわ! ただ、その中にいたダイバーの……ストライクガンダムの改造機がそういう武器を使っていたってだけ!」

「そうでしたか。いえ、昔……ストライクガンダムではなかったですが、似たような武器を扱う方と死合っていたもので」

「はあ……」

「ですが、恐らくここは『当たり』のようですね」

 

 ぱん、と両手を合わせて、金髪の女性は満開の笑顔をその美しい満面に咲かせる。

 なにが「当たり」なのかはさっぱりだったが、本人の中で合点が行ったのならば別にこれ以上関わる必要もないだろう。

 だから、アリナは踵を返して去ろうとしたが。

 

「少々お待ちくださいな。貴女……『ユミカ』と『ドラグリッター』というお名前に心当たりは?」

「えっと……『ドラグリッター』の方は知らないけれど、確か……『ランチタイム』のフォースリーダーがそんな名前だった気がするわ。ごめんなさい、名前を聞く暇もなかったから」

 

 アリナの答えを聞いた瞬間、女性は笑顔が一転、瞳を潤ませ口元を覆って、10数年来の親友と再会したかのような表情を浮かべる。

 

「まあ……まあ……! やはり、『ここ』は『当たり』だったんですね……!」

「あ、当たり……?」

「ふふふ、こちらの話です。私はシェリー。貴女のご協力に感謝いたしますわ」

「は、はあ……」

 

 アリナはなにも協力したつもりはないのだが、手を取って喜びに勇む声で話しかけてくるシェリーが満足そうだったのと、そのアメジストにも似た瞳からなぜか視線を逸らせなかったから、思わず小さく頷いてしまう。

 シェリーはそれで満足したのか、コンソールを開いてログアウトしていった。

 アリナは呆気に取られて、小首を傾げながら、シェリーがログアウトしていった空間を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 少しだけ昔のことだ。

 多くのメディアに取り囲まれて、フラッシュの嵐の中でトロフィーとガンプラを掲げる自分自身。

 

 多くの賞賛を浴びた。

 多くの栄光をこの手に掴んできた。

 もはやこの国にも世界にも敵はいない、英雄とは自分のことで、敵対してきた相手から、畏れを抱かれて「日の本の怪物」と罵られてきたのもまた自分のことだ。

 

 だが、今になってみればその例えは言い得て妙だと思うところが、夢を見ていた女性にもあった。

 いくつもの頂点を総なめにして、数多のガンプラとそこに込められた想いとプライドを打ち砕いてきた果てに行き着いた黄金の道のゴールは。

 深く、あまりにも深すぎる虚無だったからだ。

 

 頂点を取るために血反吐を吐いて戦ってきた。

 ルールに触れないのであれば、やれることは全部やって、あらゆる手を尽くして、ただひたすらに勝利をもぎ取り続けてきた。

 そうすることで自分は幸せになれるのだと、そして多くの人にガンプラバトルの再興を見せつけることでGPDの栄光は永遠不滅のものになるのだと言い聞かされてきたから。

 

 だが、辿り着いた頂点から見た景色にはなにもない。

 上もない。前もない。

 あるのは己が踏み砕き、踏み躙ってきた「下」から聞こえる怨嗟と憎しみだけだ。

 

 その憎しみは自分を讃える声をいつしかかき消して、積もりに積もっていったことを、女性は今でも覚えている。

 恐怖と憎悪、そして嫉妬と羨望。

 なぜおれたちはお前になれなかった。なぜお前はおれたちの側にいない。

 

 幾度となくその声を聞き、その度にお決まりの答えを返していたら、いつしか──自分の周りに、人はいなくなっていた。

 だから、戦った。

 戦い続けた。戦って戦って戦って戦って戦って──その果てには、やはり、なにも。

 

 誰も、いなかった。

 それは、ライバルたちだけじゃない。

 勝ち続けたことで手に入れた「自分」でさえも、同じくどこにもいなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「深夜3時に呼び出したと思ったらなに? GBNで会いたいって」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら、アヤネはいきなり鬼電をかけてきた親友ことユミカをジト目で睨んでいた。

 草木も眠る丑三つ時を過ぎれば、ログインしているユーザーは必然的に少なくなる。

 こんな時間にGBNをやっている人間は間違いなく廃人にカテゴリーしてもいいだろう。

 

「別に? 強いて言うなら……アヤネの顔を見たくなったから、かな」

 

 アヤネの細い顎の下に指をやって、ユミカはほぼゼロ距離でイケボを作り、囁きかける。

 この女はいきなり真顔でこんなことを言うのだ。

 顔が良くて付き合いがよくなかったらビンタの一発もお見舞いしてやるところだった。

 

「もー! そんなふざけた理由で人を起こさないでよ! 睡眠不足はお肌の大敵なんだから!」

「ふざけてないって、アヤネだから……愛するアヤネだから、会いたくなったんだよ?」

「こいつ……」

 

 ユミカがどこまで本気でどこまでふざけているのか、瞳を見てもその真意はわからない。

 ただ、経験則としてなんとなくわかるのは、こういう唐突な呼び出しがあったときは、大体朝までダル絡みされるときだということだけだ。

 こりゃ朝までコースかな、と覚悟してアヤネが頬を膨らませながらユミカを見遣ると、伸ばした前髪に隠れていない左目に、涙が浮かんでいるような気がした。

 

「なに、ユミカ? 泣いてるの?」

「えっ? そりゃあもう……愛するアヤネにつらく当たられたら私、悲しくて泣いちゃうよ」

「また適当なこと言ってる」

「適当じゃないって」

「じゃあ、本気だってこと見せてよ」

 

 それは、言葉の弾みだった。

 あくまでもただ冗談のつもりで言っただけ。

 なにも期待していたわけじゃない。

 

 だが、次の瞬間、アヤネはユミカにきつく抱き寄せられていた。

 

「……愛してる。愛してるよ、アヤネ。アヤネだから愛してるの。本気、全部本気。ねえ、足りない? もっともっと、必要?」

「ゆ、ユミカ……?」

「アヤネが必要なら私、なんでもするよ」

 

 冗談を言っていると思いたかったが、それにしては声音がやけに切実だ。

 一体なにがどうしたというのか。

 アヤネは訳がわからないまま、ただただ困惑することしかできなかった。

 

 いつもなら軽い冗談として流している「愛してる」のその言葉が、今は返事を求めているかのように重たくて。

 

 ──思い出して、しまう。

 

『ねえ、そこのあなた! うちにガンプラ教えてくれる?』

 

 それは、ユミカと出会ったときの記憶。

 なにも知らずに、話しかけた思い出。

 最近流行っているからと、SNSでキラキラしているイマドキガンプラ女子を目指していた頃の、少しだけ黒歴史気味な追憶。

 

 だけどそれは、かけがえのない出会いの始まりだったことを、アヤネは思い出して小さく頷く。

 

「もー、なんでもするってアバウトすぎでしょ」

「でも、私はアヤネが望むなら」

「じゃあ今日の大学必ず来て、最近は代返に厳しくなってるんだからさ」

 

 アヤネはいつも通りに怒ったフリをして、人差し指をユミカの唇へと寄せて、言葉を紡ぐ。

 

「……わかった」

「うちはいつでも隣の席空けて待ってるからさ」

「……ありがと、アヤネ。愛してる」

「はいはい、愛してるならちゃんとした服着て大学きてよね、もー」

 

 それだけ告げて、ひらひらと手を振りながらアヤネはコンソールからログアウトを選択した。

 取り残されたユミカは、人もまばらなロビーを一瞥すると、同じくログアウトを選択して現実へと解けていく。

 明日は、アヤネのために早起きしなければ。あとは、アヤネが喜んでくれるように、少しでもまともな格好をしなければ。

 

 そんな些細な約束があることが、今はただ、ユミカにとっては何物にも代え難いほど、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 翌日、結局ユミカは寝不足のせいで遅刻寸前に、筆文字で「ほぼ平均」と書かれたTシャツと赤いホットパンツというラフな格好で、寝癖を放置したまま大学に来たことで、アヤネに雷を落とされたのはいうまでもないことだった。




ちょっとだけシリアス
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