コングの挑戦   作:マウスブン

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戦いの終わり

試合終了を告げる長いホイッスルが、興奮と熱狂、そして極度の疲労感が渦巻くスタジアムに響き渡った。イングランドの選手たちの歓喜の雄叫びも、イタリアの選手たちの落胆のため息も、やがて訪れた静寂の中に吸い込まれていく。

 

ピッチ上には、勝者も敗者もなく、ただ持てる力の全てを出し尽くした選手たちが、次々と芝生の上に倒れ込んでいた。足を引きずる者、肩で大きく息をする者、天を仰ぎ微動だにしない者…、あまり疲れておらず玲王に近寄る者。

 

それは、イングランドが持ち込んだ規格外の「肉体的な強度」と、イタリアが誇る緻密な「戦術的な練度」が、試合開始から終了の笛が鳴るまで、まさにがっぷり四つで組み合い、互いを削り合った、壮絶な消耗戦の結末だった。

 

決勝ゴールを叩き込んだコングもまた、歓喜の輪が解けた後、ついに限界が訪れたかのように、ゴール近くの芝生に大きな体を投げ出し、大の字になって倒れ込んでいた。彼の巨体は、もはや指一本動かすのも億劫なほど疲労しきっている。

 

そして、偶然か必然か、そのコングのすぐ横には、試合を通して彼と最も激しく火花を散らし、死闘を繰り広げた男、ドン・ロレンツォもまた、同じように天を仰いで倒れていた。彼の表情には、敗北の悔しさと、出し尽くした者だけが持つ、ある種の虚脱感が浮かんでいた。

 

しばらくの間、聞こえるのは互いの荒い息遣いだけだった。やがて、ロレンツォが、まだ息を切らしながら、隣で倒れているコングに話しかけた。

 

「... Anf... anf... Ehi, gigante...(……はぁ……はぁ……おい、デカいの……)」

 

その声は、試合中の挑発的な響きとは違い、ただひたすらに疲れていた。

 

「... L'ultimo... colpo di testa... Non ci credo... Come cazzo si poteva parare una cosa del genere...? Merda..

(……最後の…ヘディング……マジかよ……あんなの、止められるわけ…ねぇだろ……クソッ……)」

 

そこには、純粋な驚きと、わずかな称賛、そして隠しきれない悔しさが滲んでいた。

 

コングも、倒れたまま、ゆっくりとロレンツォの方へ顔を向けた。彼もまた、言葉を発するのも億劫なほど疲弊していたが、片言で、しかし正直な思いを口にした。

 

「……はぁ……はぁ……お前も……ディフェンス……すごく、強かった……」

 

そして、わずかに口角を上げ、付け加えた。

 

「……でも、オレ、1回、勝った」

 

その言葉に、ロレンツォはフッと、自嘲とも、あるいは苦笑ともとれるような笑みを漏らした。

 

「..Già... per questa volta... Tsk, hai vinto tu... Ma la prossima volta non sarà così, mostro...

(……ああ、1回な……チッ、今日は、お前の勝ちだ……だが、次はこうはいかねぇぞ、怪物くん……)」

 

二人の視線が、一瞬だけ交錯した。試合中、あれほど激しくぶつかり合い、敵意を燃やした二人。しかし、その視線には、互いの力を認め合った者同士だけが共有できる、奇妙な連帯感のようなものが、ほんの一瞬だけ、漂ったように見えた。

 

会話は、それきりだった。二人は再び天を仰ぎ、ただただ深い疲労に身を委ねる。やがて、周囲からチームメイトたちが駆け寄り、互いを助け起こしたり、健闘を称え合ったりする声が聞こえ始めた。

 

 

 

激闘を終え、勝利の歓喜と極度の疲労感が入り混じる中、イングランドの選手たちは互いを称え合い、あるいは肩を貸し合いながら、ゆっくりとピッチを後にし始めた。コングもまた、しばらく芝生の上に大の字になって荒い息を繰り返していたが、やがてチームメイトに促され、重い体をゆっくりと起こした。全身の筋肉が悲鳴を上げている。それでも、勝利の味は格別だった。

 

控え室へと続く通路を歩いていると、満面の笑みを浮かべたクリス・プリンスが彼を待っていた。

 

「コング! ブラボー! 今日の君は最高に輝いていたよ! まさにUncut Diamond(ダイヤの原石)から、Brilliant Cut(ブリリアントカット)へと近づいた瞬間を見た気分だ!」

 

クリスは興奮した様子でコングの肩を力強く叩いた。

「決勝ゴール! あの土壇場でのヘディングは実に見事だった! それだけじゃない中盤での貢献、そして試合を通して見せた君の成長…特にあのロレンツォとかいうDFを相手に一歩も引かなかったエゴ! 全てがビューティフルだったよ! やはり僕の指導は完璧だ!」

 

いつもの自信満々な口調だが、その言葉にはコングへの純粋な称賛と喜びが込められているのが伝わってくる。コングは、少し照れたような、それでいて誇らしげな表情で、こくりと頷いた。

 

「……サンキュ、クリス。カッタ。ウレシイ」

 

勝利の喜びと、マスターからの称賛。疲労困憊の体に、心地よい達成感が満ちていく。しかし、その一方で、体の節々からは無視できない鈍い痛みが主張し始めていた。彼は無意識に自分の脚に手を当て、わずかに顔をしかめた。

 

「……でも、クリス……」

コングは、少し躊躇いがちに口を開いた。

「……ちょっと……カラダ、イタイ」

 

その言葉を聞いた瞬間、クリスの表情が一変した。先ほどまでの陽気な笑顔は消え、真剣な、そして心配そうな眼差しでコングを見つめる。

 

「What?痛い? 君が、か?」

クリスは驚きを隠せない様子だった。コングの規格外の頑丈さは誰よりも知っている。彼が自ら「痛い」と口にするのは、よほどのことだろう。

「無理もないか…今日の試合は、特にロレンツォとのマッチアップは異常なほど激しかったからな。どこか強く打ち付けたか、あるいは筋肉に異常があるのかもしれない…」

 

クリスは即座に決断した。彼の選手管理は、常に科学的根拠とメディカルチェックに基づいている。

「よし、分かった。念のため、すぐにメディカルスタッフに診てもらおう。どんな小さな異常も見逃すわけにはいかない。君は我々マンシャイン・シティの、そして僕の最高傑作になるべき存在なのだからね。最高のコンディションを維持することも、トッププレイヤーの重要な責務だよ」

 

そう言うと、クリスはコングの背中に手を添え、メディカルルームへと優しく促した。勝利の喜びに包まれるチームの中で、コングの体の状態に対する一抹の不安が、静かに影を落とし始めていた。大きな怪我でなければ良いが…。彼の次なる戦いに、影響が出なければいいのだが。

 

 

 

イタリアとの死闘を終えた翌日。コングはメディカルルームのベッドの上で、検査結果を待っていた。試合直後にクリスに促され、念のためにと受けたメディカルチェック。体全体の鈍い痛みはだいぶ引いてきてはいたが、まだ完全ではなく、どこか違和感が残っている。大きな怪我でなければいいが…そんな一抹の不安が、彼の心をよぎっていた。

 

そこへ、チームドクターが検査結果のデータが入力されたタブレットを持って部屋に入ってきた。彼はコングよりもわずかに低いが、それでも190cmはあろうかという長身の白衣の男性だった。ドクターはタブレットを一瞥し、少し驚いたような、それでいて安堵したような複雑な表情を浮かべると、ベッドサイドの椅子に腰掛けた。

 

「やあ、コング。検査結果が出たよ」ドクターは穏やかな口調で切り出した。

「結論から言うと、心配するような大きな怪我や、選手生命に関わるような故障は見つからなかった。まずは一安心だ、よかったな」

 

その言葉に、コングもわずかに安堵の息をつく。しかし、ドクターは続けた。

 

「君が訴えていた体の痛みについてだが…」

彼はタブレットの画面をコングに見せながら言った。

「診断結果は、いわゆる『成長痛』というやつだね」

 

「セーチョーツー…?」コングは聞き慣れない言葉を繰り返す。

 

ドクターは苦笑いを浮かべ、自分の長身を少し示すような仕草をしながら付け加えた。

「正直、私も驚いているよ。なにせ、この私(190cm)よりも大きな君に、『成長痛』だなんて診断を下すのは、長い医者人生の中でも初めてだからね。はっはっは、君、一体どこまで大きくなるつもりだい?」

 

軽く笑った後、ドクターは真剣な表情に戻る。

「まあ、冗談はさておき。君の年齢、そしてここ最近の環境の変化とトレーニング強度の急激な上昇、特にあのイタリア戦での常軌を逸したプレー強度だ。まだ成長途中にある君の骨や筋肉、関節に相当な負荷がかかっていたことは間違いない。痛みが出るのも、ある意味、当然の結果と言えるだろう」

 

そして、ドクターは最も重要なことを告げた。

「というわけで、コング。これはドクター命令だ。君の将来のためにも、ここで一度しっかり体を休ませる必要がある。今日から1週間、完全に運動は禁止する」

 

彼は念を押すように繰り返す。

「いいね? ランニングも、軽い筋トレも、ボールを使った練習も、一切ダメだ。今はとにかく安静にして、体の回復に専念すること。それが今の君にとって最も重要なトレーニングだ」

 

「……いっしゅうかん……うんどう、ダメ……?」

 

コングは、ドクターの言葉をオウム返しのように繰り返し、その意味をようやく理解した。1週間、運動ができない。それはつまり、次の試合に出場できないことを意味していた。

 

彼の表情から、安堵の色が急速に消えていく。代わりに現れたのは、ショックと、隠しきれないほどの深い悔しさだった。イタリアに勝ち、自分のゴールでチームを勝利に導いた高揚感は吹き飛び、戦いの場から引き離されることへの強いフラストレーションが彼を襲う。

 

もっと戦いたい。もっと強くなりたい。凛にも、ロレンツォにも、次は勝ちたい。その思いが、今の彼を突き動かしていたのに。体が、それを許さないというのか。

 

コングは何も言えず、ただ黙って、縦に2つ繋げたコング用のベッドのシーツを強く、強く握りしめることしかできなかった。

 

 

 

イングランド劇的勝利の興奮は、試合終了後も冷めることなく、インターネットの世界を駆け巡った。SNS上では「#ブルーロック」「#ネオ・エゴイストリーグ」といったハッシュタグが再びトレンドを席巻し、その中心には、決勝ゴールを含む獅子奮迅の活躍を見せたコングの名前があった。

 

「コングの決勝ヘッド!!あれは痺れた!!」

「ロレンツォ相手にあのフィジカルバトル!マジで怪物だろ…」

「最後のボール奪取、完全にロレンツォの真似だったよな!?試合中に見て盗むとかエグすぎ!」

「MFコング、完全にハマってた!守備範囲広すぎだし、攻撃の起点にもなってる!」

「コング動き回ってた!凪がこの試合も動きが少ないけど怪我か?」

「もうただのゴリラじゃない…キングコングだ #キングコング降臨」

「てか、あれだけ暴れて成長痛ってマジかw どんだけ伸びしろあるんだよ」

「次節、成長痛で欠場は痛すぎるけど、しっかり治して戻ってこい!」

 

称賛、驚愕、そして親しみを込めたイジり。コングの規格外のプレーと、その異常なまでの成長速度は、多くのサッカーファンの心を掴み、熱狂させていた。

 

その熱狂は、もちろんライバルたちの元へも届いていた。

 

フランスで試合映像をチェックしていた糸師 凛は、コングがロレンツォからボールを奪い返し、決勝ゴールを決めるシーンを、忌々しげな表情で何度も見返していた。

(……チッ、あのクソ猿が……ロレンツォ相手にやりやがった……)

表面上は悪態をつきながらも、内心ではコングの持つ底知れないポテンシャルと、自分との戦いの中でも見せた成長の片鱗に、これまで以上の強い敵愾心を燃え上がらせていた。

(次は絶対に息の根を止める。あんな化け物、俺が完全に潰す…!)

 

ドイツで同じく試合を分析していた潔世一もまた、コングのプレーに強い関心を寄せていた。

(イタリアの戦術に対応し、ロレンツォのマークを打ち破って、最後はあのゴールか…。フィジカルだけじゃない。守備での対応力、そしてあの学習能力…間違いなく進化している。今のあいつは、俺のメタビジョンをもってしても、簡単には攻略できないかもしれない。明確なライバルだ…!)

潔は、コングという新たな難敵の存在を強く意識し、その攻略法について思考を巡らせ始めていた。

 

そして、プロの世界の評価も、このイタリア戦を経て劇的に変化していた。世界各国のスカウトたちが送るレポートの内容は、以前の「ポテンシャルは高いが課題も多い」というものから、より具体的な称賛と獲得への強い推奨へと変わっていた。

 

「コング:規格外のフィジカルは、もはや疑いようのないワールドクラスのポテンシャル。イタリア戦で見せたサイドアタッカーとしての戦術的貢献、対人守備能力の向上は目覚ましい。特に、世界最高DFの一人であるロレンツォと渡り合い、最後には彼の技術を模倣してボールを奪い、決勝点に繋げたプレーは圧巻。学習能力と試合を決める力、そしてなによりフィジカルは本物。技術・連携面の課題は依然として残るが、それを補って余りある才能を持つ『怪物』。獲得競争は激化するだろうが、是が非でも確保すべき逸材」

 

それはもはや、単なる将来性への期待値ではない。現在のパフォーマンス、試合を決める力、そして計り知れない成長性に対する、世界からの正当な評価だった。世界のビッグクラブが、本気でこの未完の怪物を獲得するために動き出すことを示す号砲が鳴らされたのだ。

 

野生児は、その存在価値を、わずか数試合で世界に証明し始めていた。

 

 

 

 

スペインとの第4戦開始まで、あと1時間。ブルーロック施設内の心臓部とも言えるモニタールーム。壁一面に並ぶモニターには、様々なデータや映像が映し出されている。その中央で、奇妙な形状の椅子に深く腰掛けた絵心 甚八と、その傍らに立つアンリが、静かに分析作業を進めていた。

 

そこへ、呼び出しを受けたコングが、やや重い足取りで入室した。彼の表情は硬く、普段の獰猛さやエネルギーは影を潜めている。それもそのはず、先のイタリア戦で発覚した成長痛により、彼はドクターストップがかかり、今日の重要なスペイン戦への出場が叶わなかった。ピッチで暴れることができない現状は、彼にとって何よりも大きなフラストレーションとなっていた。

 

「……」

 

コングは無言で部屋の中央に立つ。絵心はモニターから視線を動かさずに、しかしコングが入ってきたことには気づいている様子で、顎で近くに置かれたパイプ椅子を示した。

 

「突っ立ってても試合には出れんぞ、コング。座れ」

 

コングは、言われた通りに無言でパイプ椅子に腰を下ろす。ギシリ、と椅子がきしむ音が、やけに大きく部屋に響いた。モニターの冷却ファンの音と、キーボードを叩くかすかな音以外、しばしの沈黙が流れる。コングはただ、床の一点を見つめていた。

 

不意に、絵心が問いかけた。モニターを見つめたまま、まるで独り言のようにも聞こえる、しかし鋭く本質を突く問いだった。

 

「おい、コング。お前、何のためにサッカーやってんだ?」

 

その問いに、コングはゆっくりと顔を上げた。絵心の意図を図りかねるように、その黒い瞳を見つめる。何のために? 考えたこともなかったわけではない。ジャングルでの過酷な日々。生きるために、狩りをした。強くなければ、生き残れなかった。そして、支援者の手で日本へ来て、サッカーという新たな「狩り場」を見つけた。この圧倒的な肉体が、ここでは称賛され、価値を持つことを知った。

 

コングの思考は、彼の経験に基づいた、極めてシンプルで、そして揺るぎない結論へと至る。彼は、真っ直ぐに絵心を見据え、片言ながらも、はっきりとした口調で答えた。

 

「……イキル、タメ」

 

そして、自分の太い腕を交互に、まるで確かめるように見ながら、言葉を続ける。

 

「カセグ、タメ。……コノ、カラダ。ツカッテ。カセグ」

 

生きるために。そして、より良く生きるために稼ぐ。そのための最大の武器が、神から与えられたこの規格外の肉体。サッカーは、その武器を最も効果的に使い、目的を達成するための手段。それが、現時点でのコングにとっての、サッカーをする理由だった。綺麗ごとなど一切ない、彼の根源的な欲求と自己認識がそこにはあった。

 

コングの澱みない、しかしあまりにも直接的な答えを聞いても、絵心の表情はほとんど変わらない。彼はただ、モニターに視線を戻すわけでもなく、じっとコングの目を見つめ続けている。その黒い瞳の奥で、彼は何を考えているのか。興味か、分析か、あるいは別の何かか。隣に立つアンリは、コングの言葉とその背景にあるであろう境遇に、少し驚き、そしてわずかに同情するような複雑な表情を浮かべていた。

 

「ほう……」

 

ややあって、絵心が初めて、少しだけ温度のある声で呟いた。それは肯定でも否定でもない、ただ、コングの答えを受け止めたという反応のようだった。彼の次の言葉を、あるいは新たな問いを、コングは黙って待つ。モニタールームには、再び静寂が戻っていた。

 

コングの「生きるため、稼ぐため。この体を使って」という、あまりにも直接的で、生存本能に根差した答え。それを聞いても、絵心 甚八の表情はほとんど変わらなかった。彼はしばらく黙ってコングを見つめていたが、やがて椅子に深く座り直し、再び口を開いた。

 

「ほう……生きるため、稼ぐため、か。結構なことだ。そのハングリー精神は、武器になるだろうな」

 

しかし、と絵心は続ける。その声には、どこか試すような響きがあった。

 

「だがな、コング。忘れるな。ここはどこだか分かっているか?」

彼は、壁一面に映し出されたモニター群を顎で示した。そこには、世界中のトッププレイヤーたちの映像や、ブルーロックの選手たちのデータが絶えず表示されている。

「ここはブルーロック。日本サッカーが世界一になるために創られた、イカれた施設だ。全国から集めた優秀なストライカーの原石を、蠱毒のように競わせ、蹴落とし合わせ、最後に残ったたった一人を、世界一のストライカーへと変貌させる、狂気の養成所だ」

 

絵心の黒い瞳が、再びコングを鋭く射抜く。

 

「お前に、その『世界一』になる野望はあるのか? ただ生き残り、稼ぐだけでなく、その他全ての凡人どもを喰らい尽くし、唯一無二の頂点に立つという、強烈な『エゴ』は、お前の中にあるのか?」

 

「セカイイチ……?」

 

コングはその言葉を、まるで初めて聞く外国語のように、ゆっくりと反芻した。世界で一番、強い? 世界で一番、上手い? それが、自分にとってどれほどの意味を持つのか、彼はすぐには理解できなかった。彼の思考は、必然的に、自身が生き抜いてきたジャングルの記憶へと遡っていく。

 

(世界一……わからん。考えたこと、ない。でも……)

 

彼は、ゆっくりと、しかし確かな言葉で語り始めた。

 

「オレ、タタカウ。イキル、タメ」

その目は、ジャングルの奥深く、厳しい自然を見つめているかのようだ。

「……カリと、同じだ」

 

彼は続ける。

「ジャングル、カリ、失敗スル。エモノ、ナイ。ミナ、ウエル。ダレカ、シヌ。

……オレ、ヤクニタタナイ。カリ、デキナイ。ソウナッタラ、ムラ、オイダサレル。ソレ、ヒトツデ、シヌ、同じ」

 

彼の言葉は淡々としていたが、そこには生きるか死ぬかの瀬戸際で培われた、揺るぎない現実があった。

 

「ツヨイモノ、イキル。タベレル。ヨワイモノ、シヌ。タベラレル。ソレ、シゼンノ、オキテ」

 

そして、彼は再び絵心を真っ直ぐに見つめ、力強く宣言した。

 

「セカイイチ、わからん。でも、オレ、サッカー、タタカウ。マケル、ダメ。ゴール、キメル、マモル。シゴト、スル。ヤクニタツ。ソレが、オレの、カリだ。イキル、タメの」

 

世界一という称号や名誉ではない。彼にとって重要なのは、「負けないこと」「結果を出すこと」「チーム(あるいは自分自身)の生存に貢献すること」。それが彼の戦う理由であり、彼の持つ独特で、強烈なエゴの根源だった。それは、ブルーロックが掲げるエゴとは少し形が違うかもしれない。しかし、その根底にある、結果への執着、敗北への拒絶は、紛れもなく本物だった。

 

絵心は、コングのその言葉を黙って聞いていた。彼の表情は読み取れない。だが、その黒い瞳の奥に、ほんのかすかな、しかし確かな興味の色が浮かんだように見えた。

 

(世界一への渇望ではない…生存本能に根差した、結果への絶対的な執着か。面白い…実に面白いエゴじゃないか…ブルーロック的、とも言える)

 

コングの、生存本能に根差した「狩り」としてのサッカー観。その独特な、しかし強烈なエゴの形を聞き終えた絵心 甚八は、数秒間、黙ってコングを見つめていた。そして、ふっと息をつくと、まるで興味深い研究対象を見つけたかのように、わずかに口角を上げた。

 

「……フン。世界一の野望、ねぇ。お前の答えは、俺の想定していたエゴの形とは、少し違ったな」

 

彼は椅子の上で体勢を変え、続ける。

 

「だが……まあよい。結果に絶対的に執着し、敵を喰らい、勝利という『獲物』を得ることで自らの生存価値を証明する。お前の言う『狩り』も、突き詰めればブルーロックが求めるエゴイズムの本質と通じる部分がある。面白いじゃねぇか、その歪んだエゴ」

 

絵心は、まるで最終決定を下すかのように言った。

 

「というわけだ、コング。お前は引き続き、このブルーロックという最高の実験場(ステージ)に置いておいてやる。せいぜい他の凡庸なエゴイストどもを喰らい尽くし、お前の『狩り』の価値を証明し続けろ」

 

そして、絵心は傍らに立つアンリに目配せをした。アンリは頷くと、少し分厚いレポートファイルを手に取り、コングへと差し出した。

 

「それから、これを受け取れ」絵心が続ける。

「本来ならば、ネオ・エゴイストリーグの全試合が終了してから各々に伝えるものだが……」

彼はコングの足元を一瞥する。

「お前には次の試合はないからな。ドクターストップだ。だから、特別に今、教えてやる。それには、お前に対する世界のプロクラブからの最新の評価、スカウティングレポートがまとめられている」

 

コングは戸惑いながらも、そのファイルを受け取った。表紙にはマンシャイン・シティのロゴと彼の名前が記されている。ページをめくると、ヨーロッパのビッグクラブを含む複数のクラブのロゴと共に、イタリア戦での彼のプレーに対する詳細な分析、評価、そして獲得への興味を示すコメントが並んでいた。フィジカル、成長速度への驚嘆、そして依然として残る技術面や戦術理解度への課題…。

 

そして、最後のページ。そこに記されていたのは、彼の新たな価値を示す数字だった。

 

【最高オファー額: 1億5000万円】

 

「!?」

 

コングは、そのゼロの数に目を見開いた。1億5000万円。それがどれほどの価値を持つのか、彼にはまだ正確には分からないかもしれない。だが、それが途方もない評価であることだけは、直感的に理解できた。

 

絵心が淡々と言葉を続ける。

「その評価額だ。他の選手の状況にもよるが、お前はこのブルーロックプロジェクトにおけるランキングで、Top23入りが確実な位置につけた、ということだ。U-20ワールドカップへの切符が、手の届くところまで来た。…まあ、おめでとう、とでも言っておいてやる」

 

しかし、絵心の言葉はすぐに鋭さを取り戻す。

「だがな、コング。勘違いするなよ。これはゴールじゃない、単なるスタートラインだ。お前のポテンシャルと、イタリア戦での結果に対する投資額に過ぎん。そのレポートにも嫌というほど書かれていただろうが、お前の課題は山積みだ」

 

彼はコングを真っ直ぐに見据える。

「満足するな。浮かれるな。成長痛が治ったら、さらに牙を研ぎ続け、結果を出し続けろ。それができなければ、お前の価値など、あっという間に暴落する。それがプロの世界であり、このブルーロックだ。……精進しろ、コング」

 

絵心からの、激励であり、厳しい現実でもある言葉。コングは、しばらく1億円という数字が記されたページを黙って見つめていた。そして、ゆっくりとファイルを閉じると、絵心を真っ直ぐに見返し、力強く、ただ一言だけ言った。

 

「……わかった」

 

その短い返事には、評価への驚きや喜びよりも、自身の「狩り」を続けることへの揺るぎない覚悟と、さらなる結果への渇望が込められているようだった。彼は椅子から立ち上がると、絵心とアンリに軽く頭を下げ、静かにモニタールームを後にした。

 

アンリは、どこか以前とは違う雰囲気を纏い始めたコングの後ろ姿を、感慨深げに見送っていた。この怪物が、ブルーロックで、そして世界でどこまで進化していくのか、彼女もまた、期待せずにはいられなかった。




原作に追いついたので一旦終わりです。(単行本で読む人もいますからスペイン戦とTop23人の選抜シーンはありません。)



後書き(勝手にQA) 単行本派はネタバレ注意。
Q:なぜイングランド? A:強みのフィジカル強化。どの国にするかが一番悩みました。(他国と辞めた理由、ドイツ:原作通りの描写が増えるので除外。イタリア・スペイン:弱点(戦術やテクニック)を補えるけど精々平均レベルに上がるしか思いつかないから除外。フランス:ありだけど、コングと周囲の関係が思いつかない。今よりソロで動く暴れ馬になった気がします。)

Q:敗戦が多くない? A:多い。原作でイングランド全敗だった&コングがいきなりロレンツォや凛を弾き飛ばすと成長しすぎ、でこの形。

Q:スペイン戦は? A:凪除いて皆疲れ切ってるので惨敗。凪は出場するも殆ど動かず。それ以上はノーコメント。

Q:今後どうするの? A:知りません。原作がないので数年は書けません。ノープランノーアイデア。
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