氷焔の獣ってなんですか?   作:荒島

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21 話したかっただけ

「うっわ、それで行ってきたんだ。あのインタビュー」

「なんで嫌そうな顔してるんだよ」

 

冬の気配が近づいている。

急に空気が冷たくなったある日、珍しくいるかから連絡がきた。

 

《食事、付き合って》

 

それだけの短いメッセージだった。リンク外で彼女からこんな誘いがくるのは、たぶん初めてだと思う。

合流して適当に入ったファミレス。

久しぶりに会ったいるかは、どこか不機嫌そうに顔をしかめていた。

 

「私んとこにも来たよ。そのインタビューの申し込み。全日本ジュニアの仕上げ中だったから、断ったけど」

「それは、また時期が悪い」

「ノービスやシニアと違って、こっちは忙しい時期なんだから、そのくらいわかって欲しいよな」

 

先日の全日本ジュニア選手権──いるかは2位だった。

 

あれだけ猛練習したのに、氷って言うものは、その努力に必ずしも答えてくれるわけではない。

積み上げてきたものに目もくれず、ときに残酷に、ときに気まぐれに、人をふるいにかけていく。

 

なんでもないような顔をしているけれど、きっと彼女は悔しいはずだ。

けれど、だからといって慰めを求めているわけじゃない。その気丈な振る舞いからは、強いフィギュアスケーターでありたいという、彼女なりのプライドが透けて見えていた。

 

「……で、収穫はあったの?シニアのトップいたんでしょ」

 

いるかのそんな一言に、つい先日のインタビュー対談の光景がフラッシュバックする。

会議室に集まったスケーター3人。

あの場にいた世代トップ選手──鷹堂凛一。


その圧倒的な存在感は、今も体に残っている気がする。

 

『────』

 

そこで聞いた彼の言葉が、耳の奥でまだ鳴っている。

 

「……まぁ、色々あったよ。それにノービス女王の子もいたしね」

「狼嵜 光か。多分、来年には推薦で全日本ジュニアに出てくるんだろうね」

「一回だけ演技見たけど、かなり手強いと思うよ」

「……そりゃね。でも──」

 

彼女はストローをくわえたまま、わずかに口角を上げた。

 

「誰に言ってんの。あたしが、下の世代の子に負けるとでも?」

 

愚問だったようだ。

その目に宿る火は、今も消えていない。そう思うと、俺はなんだか頼もしくて笑ってしまった。

 

「でさ、今日はなんで俺に連絡してきたわけ?珍しいじゃん」

 

「……別に、食事行く相手がいなかったから」

 

「そんなの友達と行けばいいのに……いや、待て。お前、友達いるのか?」

 

いるかの手が、ストローの先でグラスの氷をコツンと突いた。

その眉間に僅かに皺がよる。

 

「ぶっ飛ばすよ。他のクラブに友達くらいいるから。岡山とか福岡とか」

 

「いや、高校とかのさ……なんでもないです」

 

ギロリと睨まれたので、言葉を引っ込める。

一見、きつい物言いの印象がある彼女だ。高校でも少し壁を作ってるのかもしれない。

それにフィギュアスケートは学校を休んで練習をしたりもするという。いるかがどうかは分からなかったが、もしそうなら、高校での人間関係も深くはなりにくいだろう。

 

「……てか、岡山や福岡って遠いな」

 

「うるさい」

 

少し頬を膨らませたような表情のまま、いるかはジュースを飲み干した。

 

「別に、あんたに会いたかったとかじゃないし。ただ、ちょっと……なんとなく」

 

「なんとなく、ね」

 

「そう、なんとなく。たまたまヒマそうな人間が思い浮かんだだけ」

 

「別に暇じゃないんだけどな……なんか言いたいことでもあるのかと思ったよ」

 

今日はたまたまオフだっただけで、色々やることはある。

そう肩をすくめると、いるかの視線が、少しだけ下に落ちた。

 

ふと、会話が途切れる。

ファミレスのざわめきが、少し遠く感じられた。

実はさ、と話し始めるいるかの声が耳に届く。

 

「──両親と盛大に喧嘩して、むしゃくしゃしてたんだ」

 

いるかはグラスをテーブルに置いたまま、ぼんやりと天井の蛍光灯を見上げる。

声のトーンはいつも通り。でも、その言葉だけが、不思議と浮いて聞こえた。

 

「グランプリファイナル、出られなかったでしょ。それに、この間の全日本ジュニアも2位」

 

言葉の選び方は淡々としていたが、その一つひとつが自分自身に言い聞かせているようだった。

 

「もっと出来たはずだって、悔しかった。でも、あの人たちには、それすら足りなかったみたい」

 

「え……」

 

「“私がお金出してるんだから、もうちょっと頑張ってよね”って、言われた」

 

それは怒りというより、冷えきった記憶をなぞるような声音だった。

その一言が、テーブルの上に静かに置かれる。

 

「いいんだけどね、もう。昔からそんな感じだったし。大会で優勝したときだけ、あっちはすごく機嫌よくなる。でも、それ以外のときは……ま、無関心っていうか」

 

昔、いるかのお母さんを見かけたことがある。

当時は特に違和感なんて覚えていなかった。関わりも薄かったし、大人が間違えるはずがないと勝手に思っていた部分もあった。

その時から何かがあって変わったのか……それとも、その時からそうだったのか。

 

「私、ちゃんとわかってるんだ。応援されてるのは、“成果を出してるあたし”だけだって。頑張ったねって、そんな一言もないんだから……だから、つい喧嘩した。こっちが悪者みたいになって、余計に腹が立って」

 

少しだけ、いるかが視線を上げた。

 

「……別に、慰めてほしいとかじゃない。言わなきゃやってらんないっていうか。ただ、誰かに聞いてほしかっただけ」

 

「そっか……」

 

返した言葉は、あまりにも薄っぺらくて、自分でも情けなくなる。

でも、いるかの瞳はしっかりとまっすぐで、ぶれることはなかった。

 

「──私、次はちゃんと勝つよ。今度はもっと圧倒的に。誰にも文句言わせないくらいに」

 

「お前……かっこいいじゃん」

 

気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
強がってるわけでも、励まそうとしたわけでもない。ただ、思ったことが口をついて出た。

 

「……前を向いて、ちゃんと戦おうとしてるその姿。俺は、尊敬するよ」

 

いるかは、ストローを噛んだまま、ちらりとこっちを見る。

 

「……なにそれ。突然、真面目なこと言わないでよ」

 

そう言いながらも、わずかに視線が泳いでいた。たぶん、少し照れている。

呼吸を整えるように、彼女は小さく息を吐いて、続けた。

 

「だからさ、あんな人たちに頼らなくても、生きていけるってこと……もっと証明していきたいんだよね」

 

「証明、か」

 

「うん。別に、全部ひとりで何とかするつもりじゃないけど……少しずつでも、自分の力でやれることを増やしたい」

 

いるかは、テーブルのグラス越しにじっと前を見ていた。
淡々とした口ぶりの奥に、芯の強さがにじんでいる。

 

「……バイトもさ、その一環っていうか」

 

「うん」

 

「“誰かにもらったもの”じゃなくて、自分で稼いだお金で、自分の欲しいものを買うっていうのが……今のあたしには、結構大事なことでさ」

 

「……欲しいもの?」

 

前に尋ねた時、教えてもらえなかったもの。

しかし、彼女にとって隠す様なものでもなかったのか、あっさりと口を開いた。

 

「うん、ネックレス。アスリート用の磁気あるやつ。ずっと気になってたんだよね」

 

ほらこれ、と差し出されたスマホの画面にはお気に入りマークのついた商品が出ていた。

無駄な装飾がなくて、どこか競技者らしい凛としたデザインだ。

 

「おお、かっこいいな……って、高っ」

 

「自分で稼いだお金で買うんだから、文句は言わせないよ」

 

「でもいいな……俺もちょっと欲しくなってくるよ」

 

「……なに、お揃いにする気?」

 

「別にそういうつもりじゃ──」

 

にやっと、いるかが口の端だけで笑う。

さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ。

 

(やっぱり、こいつは強いな)

 

そんなことを思う。

 

悔しさとか、寂しさとか、色んな痛みがあるはずなのに、その痛みを言い訳にしない。
むしろ、その痛みごと背負って、前に進もうとしてる。俺には、そう見えた。

きっと彼女にとって、フィギュアスケートを滑ることは存在の証明なのだ。

 

──俺は、どうなんだろう。

 

自分のスケートにちゃんと意味を見出せてるか?なんのために滑ってる?

出来ている、と思っていた。世界なんて高い舞台を夢見て、自分がスケートを滑る意味なんて当たり前のこと分かっていて当然だと。

 

けれど、先日のインタビューを通じてそれが少し揺らいだ気がする。

いるかの言葉を聞いていたら、その揺らぎがひどく脆いものに見えて恥ずかしくなった。

 

『──勝ちを通過点にするような考えじゃ、何も掴めない。
勝利にすべてを懸けていない者の演技は、観客の心になんて届かない』

 

冷たい会議室。若いインタビュアーと、並ぶ選手たち。
白いテーブル越しに、彼は真正面から俺を射抜いていた。

 

その言葉が、妙に静かで、鋭かったのを今でも覚えている。




いつもありがとうございます!少し小説の方向性のアンケート取らせてください。
よかったら教えてくれると嬉しいです!

明日までの結果見て、今後の展開少し考えようかと…ついては明日は投稿お休みです。

原作の時系列でのエピソード早く見たいですか?

  • やっぱり原作ストーリー多めで見たい!
  • オリジナル展開でもじっくり書けばいいよ
  • 別にどっちでも…(中立)
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