氷焔の獣ってなんですか? 作:荒島
「うっわ、それで行ってきたんだ。あのインタビュー」
「なんで嫌そうな顔してるんだよ」
冬の気配が近づいている。
急に空気が冷たくなったある日、珍しくいるかから連絡がきた。
《食事、付き合って》
それだけの短いメッセージだった。リンク外で彼女からこんな誘いがくるのは、たぶん初めてだと思う。
合流して適当に入ったファミレス。
久しぶりに会ったいるかは、どこか不機嫌そうに顔をしかめていた。
「私んとこにも来たよ。そのインタビューの申し込み。全日本ジュニアの仕上げ中だったから、断ったけど」
「それは、また時期が悪い」
「ノービスやシニアと違って、こっちは忙しい時期なんだから、そのくらいわかって欲しいよな」
先日の全日本ジュニア選手権──いるかは2位だった。
あれだけ猛練習したのに、氷って言うものは、その努力に必ずしも答えてくれるわけではない。
積み上げてきたものに目もくれず、ときに残酷に、ときに気まぐれに、人をふるいにかけていく。
なんでもないような顔をしているけれど、きっと彼女は悔しいはずだ。
けれど、だからといって慰めを求めているわけじゃない。その気丈な振る舞いからは、強いフィギュアスケーターでありたいという、彼女なりのプライドが透けて見えていた。
「……で、収穫はあったの?シニアのトップいたんでしょ」
いるかのそんな一言に、つい先日のインタビュー対談の光景がフラッシュバックする。
会議室に集まったスケーター3人。
あの場にいた世代トップ選手──鷹堂凛一。
その圧倒的な存在感は、今も体に残っている気がする。
『────』
そこで聞いた彼の言葉が、耳の奥でまだ鳴っている。
「……まぁ、色々あったよ。それにノービス女王の子もいたしね」
「狼嵜 光か。多分、来年には推薦で全日本ジュニアに出てくるんだろうね」
「一回だけ演技見たけど、かなり手強いと思うよ」
「……そりゃね。でも──」
彼女はストローをくわえたまま、わずかに口角を上げた。
「誰に言ってんの。あたしが、下の世代の子に負けるとでも?」
愚問だったようだ。
その目に宿る火は、今も消えていない。そう思うと、俺はなんだか頼もしくて笑ってしまった。
「でさ、今日はなんで俺に連絡してきたわけ?珍しいじゃん」
「……別に、食事行く相手がいなかったから」
「そんなの友達と行けばいいのに……いや、待て。お前、友達いるのか?」
いるかの手が、ストローの先でグラスの氷をコツンと突いた。
その眉間に僅かに皺がよる。
「ぶっ飛ばすよ。他のクラブに友達くらいいるから。岡山とか福岡とか」
「いや、高校とかのさ……なんでもないです」
ギロリと睨まれたので、言葉を引っ込める。
一見、きつい物言いの印象がある彼女だ。高校でも少し壁を作ってるのかもしれない。
それにフィギュアスケートは学校を休んで練習をしたりもするという。いるかがどうかは分からなかったが、もしそうなら、高校での人間関係も深くはなりにくいだろう。
「……てか、岡山や福岡って遠いな」
「うるさい」
少し頬を膨らませたような表情のまま、いるかはジュースを飲み干した。
「別に、あんたに会いたかったとかじゃないし。ただ、ちょっと……なんとなく」
「なんとなく、ね」
「そう、なんとなく。たまたまヒマそうな人間が思い浮かんだだけ」
「別に暇じゃないんだけどな……なんか言いたいことでもあるのかと思ったよ」
今日はたまたまオフだっただけで、色々やることはある。
そう肩をすくめると、いるかの視線が、少しだけ下に落ちた。
ふと、会話が途切れる。
ファミレスのざわめきが、少し遠く感じられた。
実はさ、と話し始めるいるかの声が耳に届く。
「──両親と盛大に喧嘩して、むしゃくしゃしてたんだ」
いるかはグラスをテーブルに置いたまま、ぼんやりと天井の蛍光灯を見上げる。
声のトーンはいつも通り。でも、その言葉だけが、不思議と浮いて聞こえた。
「グランプリファイナル、出られなかったでしょ。それに、この間の全日本ジュニアも2位」
言葉の選び方は淡々としていたが、その一つひとつが自分自身に言い聞かせているようだった。
「もっと出来たはずだって、悔しかった。でも、あの人たちには、それすら足りなかったみたい」
「え……」
「“私がお金出してるんだから、もうちょっと頑張ってよね”って、言われた」
それは怒りというより、冷えきった記憶をなぞるような声音だった。
その一言が、テーブルの上に静かに置かれる。
「いいんだけどね、もう。昔からそんな感じだったし。大会で優勝したときだけ、あっちはすごく機嫌よくなる。でも、それ以外のときは……ま、無関心っていうか」
昔、いるかのお母さんを見かけたことがある。
当時は特に違和感なんて覚えていなかった。関わりも薄かったし、大人が間違えるはずがないと勝手に思っていた部分もあった。
その時から何かがあって変わったのか……それとも、その時からそうだったのか。
「私、ちゃんとわかってるんだ。応援されてるのは、“成果を出してるあたし”だけだって。頑張ったねって、そんな一言もないんだから……だから、つい喧嘩した。こっちが悪者みたいになって、余計に腹が立って」
少しだけ、いるかが視線を上げた。
「……別に、慰めてほしいとかじゃない。言わなきゃやってらんないっていうか。ただ、誰かに聞いてほしかっただけ」
「そっか……」
返した言葉は、あまりにも薄っぺらくて、自分でも情けなくなる。
でも、いるかの瞳はしっかりとまっすぐで、ぶれることはなかった。
「──私、次はちゃんと勝つよ。今度はもっと圧倒的に。誰にも文句言わせないくらいに」
「お前……かっこいいじゃん」
気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。 強がってるわけでも、励まそうとしたわけでもない。ただ、思ったことが口をついて出た。
「……前を向いて、ちゃんと戦おうとしてるその姿。俺は、尊敬するよ」
いるかは、ストローを噛んだまま、ちらりとこっちを見る。
「……なにそれ。突然、真面目なこと言わないでよ」
そう言いながらも、わずかに視線が泳いでいた。たぶん、少し照れている。
呼吸を整えるように、彼女は小さく息を吐いて、続けた。
「だからさ、あんな人たちに頼らなくても、生きていけるってこと……もっと証明していきたいんだよね」
「証明、か」
「うん。別に、全部ひとりで何とかするつもりじゃないけど……少しずつでも、自分の力でやれることを増やしたい」
いるかは、テーブルのグラス越しにじっと前を見ていた。 淡々とした口ぶりの奥に、芯の強さがにじんでいる。
「……バイトもさ、その一環っていうか」
「うん」
「“誰かにもらったもの”じゃなくて、自分で稼いだお金で、自分の欲しいものを買うっていうのが……今のあたしには、結構大事なことでさ」
「……欲しいもの?」
前に尋ねた時、教えてもらえなかったもの。
しかし、彼女にとって隠す様なものでもなかったのか、あっさりと口を開いた。
「うん、ネックレス。アスリート用の磁気あるやつ。ずっと気になってたんだよね」
ほらこれ、と差し出されたスマホの画面にはお気に入りマークのついた商品が出ていた。
無駄な装飾がなくて、どこか競技者らしい凛としたデザインだ。
「おお、かっこいいな……って、高っ」
「自分で稼いだお金で買うんだから、文句は言わせないよ」
「でもいいな……俺もちょっと欲しくなってくるよ」
「……なに、お揃いにする気?」
「別にそういうつもりじゃ──」
にやっと、いるかが口の端だけで笑う。
さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ。
(やっぱり、こいつは強いな)
そんなことを思う。
悔しさとか、寂しさとか、色んな痛みがあるはずなのに、その痛みを言い訳にしない。 むしろ、その痛みごと背負って、前に進もうとしてる。俺には、そう見えた。
きっと彼女にとって、フィギュアスケートを滑ることは存在の証明なのだ。
──俺は、どうなんだろう。
自分のスケートにちゃんと意味を見出せてるか?なんのために滑ってる?
出来ている、と思っていた。世界なんて高い舞台を夢見て、自分がスケートを滑る意味なんて当たり前のこと分かっていて当然だと。
けれど、先日のインタビューを通じてそれが少し揺らいだ気がする。
いるかの言葉を聞いていたら、その揺らぎがひどく脆いものに見えて恥ずかしくなった。
『──勝ちを通過点にするような考えじゃ、何も掴めない。 勝利にすべてを懸けていない者の演技は、観客の心になんて届かない』
冷たい会議室。若いインタビュアーと、並ぶ選手たち。 白いテーブル越しに、彼は真正面から俺を射抜いていた。
その言葉が、妙に静かで、鋭かったのを今でも覚えている。
いつもありがとうございます!少し小説の方向性のアンケート取らせてください。
よかったら教えてくれると嬉しいです!
明日までの結果見て、今後の展開少し考えようかと…ついては明日は投稿お休みです。
原作の時系列でのエピソード早く見たいですか?
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やっぱり原作ストーリー多めで見たい!
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オリジナル展開でもじっくり書けばいいよ
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別にどっちでも…(中立)