ご飯を語るな──と言われても、語らずにいられない 作:猫田やなぎ
画面が切り替わる。
デビュー直前までのカウントダウンがゼロになり、配信が始まると、ふわりとした声が広がった。
「──こんばんは。味見野ナギです。はじめましてー。このチャンネルではご飯について語ります。……で、さっそくですが、今日はちょっと話したいことがあって」
3DCGで描かれたアバターが微笑む。白い制服風の衣装に、どこか中性的な雰囲気。
画面右上には、ポツポツと増えていく同接人数──現在、32人。
「“チーズ牛丼”ってあるじゃないですか。……あれって、すごくないですか?」
コメント欄が軽く動く。
>『えっ』
>『初配信でその話題!?w』
>『チー牛でデビューってなにそれ』
ナギの声は淡々と、だがどこか熱を帯び始めていた。
「白米、牛肉、そしてチーズ。それぞれ全く違う性質なのに、一つの器で共存してるんですよ。──これは、いわば“縮図”なんです。社会の、世界の」
>『なんか始まったぞ』
>『マジで語り出してて草』
>『でもちょっとだけ聞いてみたくなってる自分がいる』
「しかも、チーズは溶ける。でも完全には同化しない。それって、“異文化の融合”における理想的な距離感じゃないですか?」
視聴者数、44人。
コメントは加速度的に増え始める。
>『距離感てwww』
>『でも妙に納得してる自分がいて怖い』
>『何者なのこの人……』
「……温玉の存在も、見逃せません。彼は“緩衝材”です。チーズと牛肉の間に挟まり、熱を包み、口当たりを整える。でも──温玉は、語らない。乗ってるだけなんです。それって、僕たちじゃないですか?」
>『出た、自己投影』
>『温玉=俺理論』
>『こわいこわいこわい、なんで泣きそうになってるの俺……』
ナギは語る。
チー牛という存在が、人にどうラベリングされ、揶揄され、そしてどれだけ“自分を抑える選択”の象徴になってしまったかを──
「──だから、僕は言いたい。食べたいものを、笑われずに頼める世界を作りたい。“温玉付きチー牛特盛”を、恥ずかしがらずに注文できる世界。それが、僕の……“最初の祈り”です」
>『この人やべえ……』
>『頭が?」
>『チー牛哲学系Vtuberって新ジャンル爆誕してるんだけど』
配信終了時、同接は92人になっていた。
コメント数は累計1700を超え、クリップは即座に拡散。
翌朝、界隈のタイムラインはこう埋まった。
「味見野ナギの配信、見て」
「“俺、温玉かもしれない”って呟いたやつ、涙出た」
「チー牛から始まる哲学、こんなに沁みるとは思わなかった」
──その日、世界に新しいカテゴリが生まれた。
“飯系Vtuber思想家”──味見野ナギ、覚醒。
こんな感じでゆるーく短く書いていきます。