ご飯を語るな──と言われても、語らずにいられない   作:猫田やなぎ

1 / 23
「チー牛は、祈りである」

画面が切り替わる。

デビュー直前までのカウントダウンがゼロになり、配信が始まると、ふわりとした声が広がった。

 

「──こんばんは。味見野ナギです。はじめましてー。このチャンネルではご飯について語ります。……で、さっそくですが、今日はちょっと話したいことがあって」

 

3DCGで描かれたアバターが微笑む。白い制服風の衣装に、どこか中性的な雰囲気。

画面右上には、ポツポツと増えていく同接人数──現在、32人。

 

「“チーズ牛丼”ってあるじゃないですか。……あれって、すごくないですか?」

 

コメント欄が軽く動く。

 

>『えっ』

>『初配信でその話題!?w』

>『チー牛でデビューってなにそれ』

 

ナギの声は淡々と、だがどこか熱を帯び始めていた。

 

「白米、牛肉、そしてチーズ。それぞれ全く違う性質なのに、一つの器で共存してるんですよ。──これは、いわば“縮図”なんです。社会の、世界の」

 

>『なんか始まったぞ』

>『マジで語り出してて草』

>『でもちょっとだけ聞いてみたくなってる自分がいる』

 

「しかも、チーズは溶ける。でも完全には同化しない。それって、“異文化の融合”における理想的な距離感じゃないですか?」

 

視聴者数、44人。

コメントは加速度的に増え始める。

 

>『距離感てwww』

>『でも妙に納得してる自分がいて怖い』

>『何者なのこの人……』

 

「……温玉の存在も、見逃せません。彼は“緩衝材”です。チーズと牛肉の間に挟まり、熱を包み、口当たりを整える。でも──温玉は、語らない。乗ってるだけなんです。それって、僕たちじゃないですか?」

 

>『出た、自己投影』

>『温玉=俺理論』

>『こわいこわいこわい、なんで泣きそうになってるの俺……』

 

ナギは語る。

チー牛という存在が、人にどうラベリングされ、揶揄され、そしてどれだけ“自分を抑える選択”の象徴になってしまったかを──

 

「──だから、僕は言いたい。食べたいものを、笑われずに頼める世界を作りたい。“温玉付きチー牛特盛”を、恥ずかしがらずに注文できる世界。それが、僕の……“最初の祈り”です」

 

>『この人やべえ……』

>『頭が?」

>『チー牛哲学系Vtuberって新ジャンル爆誕してるんだけど』

 

配信終了時、同接は92人になっていた。

コメント数は累計1700を超え、クリップは即座に拡散。

翌朝、界隈のタイムラインはこう埋まった。

 

「味見野ナギの配信、見て」

「“俺、温玉かもしれない”って呟いたやつ、涙出た」

「チー牛から始まる哲学、こんなに沁みるとは思わなかった」

 

──その日、世界に新しいカテゴリが生まれた。

“飯系Vtuber思想家”──味見野ナギ、覚醒。




こんな感じでゆるーく短く書いていきます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。