ご飯を語るな──と言われても、語らずにいられない 作:猫田やなぎ
今夜の配信は、何の前触れもなく始まった。
視聴者はすでに八千人を超え、コメント欄は「今日は何を語る?」とざわついている。
そしてナギは、椅子にふわりと腰掛けると、
ゆっくりと呟いた。
「……ラーメンってさ、無常じゃん?」
>『えっ……ラーメン!?』
>『今日、寿司じゃなくて!?』
>『チー牛どこ行った!?!?!?』
>『※注:これは“ご飯について語る配信”です』
>『ナギは飯さえあれば哲学できるんだよ』
ナギは笑って、配信の空気を掴んだまま、静かに語り始める。
「ラーメンの命って、ほんの数分しかない。スープが一番熱いのは、最初の一口だけ。時間が経つにつれて温度は下がっていくし、麺だって、伸びて変わっていく。──つまり、“今しか味わえない”んだよ。その一杯は、“この瞬間”しか存在しない」
>『ああ……また来た、ナギの時間論……』
>『熱=命スープ=人生理解った』
>『毎晩こんな配信が無料で見られていいのか』
ナギが語る言葉は、湯気のようにふわりと漂い、時にレンゲのように心をすくい上げていく。
「麺ってさ、スープに沈んで、どんどん柔らかくなって、やがて消えてくでしょ。──それ、時間だよね。伸びていくのは、老い。沈んでいくのは、変化。でもそれを口に運ぶたび、僕たちはそれを“受け入れて”いく。食べるたびに減っていく──それは、過ぎ去っていく時間。でも、減った分だけ、“自分の中に”入ってくる。それが、生きるってことなんだよ」
>『ぐわ……今、レンゲが心に刺さった』
>『一口ずつ、生を受け取ってるってことか……』
>『俺たちはラーメンで時を喰らっていた……?』
その時、コメント欄に流れる声があった。
>『ナギって何ラーメン好きなの?』
ナギはちょっと考えて、さらっと答えた。
「うーん、どれも好きだけど──選ぶなら、“こってり豚骨”かな」
>『ナギ、豚骨派かあああ!』
>『意外と脂を背負うタイプ』
>『味噌派、醤油派、塩派、勢ぞろいでラーメン選手権始まってて草』
>『でもナギが選ぶと全部“存在の話”になる』
>『こってり=情報量の暴力、わかる』
ナギは笑う。
「でも、味の好みって結局“今の気分”だよ。人生と同じで、その瞬間しかない」
そして、最後のスープの話へ。
「どんなに大事に食べても、最後には器だけが残る。レンゲで掬うスープも、底が見えたら、もう終わり──それが、“無常”なんだよ」
>『喰ってるそばから消えていく存在』
>『器の中の宇宙……』
>『湯気は立ちのぼり、味は変わり、麺は伸び、スープは冷める』
>『それでも俺たちは食べる──ラーメンという名の人生を』
ナギの声が、静かに締めくくる。
「人生はラーメンみたいなもんだよ。伸びるのも、冷めるのも、全部含めて、愛せるかどうか。それが、“生きる”ってことなんだと思う」
今夜の配信も、誰ひとりとして“ラーメンを食べてるだけ”とは思わなかった。
それは、一杯の中に詰まった“瞬間”を語る時間だった。
>『……明日、ナギが言ってた“今”を食べに、ラーメン屋行ってくる』
>『俺も。豚骨で、今を食べるわ』
>『今日もいい飯哲、ありがとうナギ……』
その夜、タグ「#ラーメン無常観」「#豚骨と生きる」がXを駆け巡った。
次なる一杯を求めて、人生というスープは、今日も静かに湯気を立てていた──
豚骨派です。