ご飯を語るな──と言われても、語らずにいられない 作:猫田やなぎ
画面が切り替わると、いつもの配信部屋。
セーラー服の中性的な青年──味見野ナギが、のんびり手を振る。
「やあ、こんばんはー。ナギです。今日も“ご飯について語る配信”にようこそ」
>『きたぞきたぞー』
>『今夜は何を食べて語る!?』
>『ナギ、頼むから今日は胃に優しい話してくれ……(無理)』
ナギが笑みを浮かべながら画面を見たその時──
チャット欄にスパムが滑り込む。
>『✨登録してね✨副業で一日5万GET!』
>『パンツみせろwwwwww』
>『今なら100万プレゼント中→→https://www.○○○○.xyz/』
その瞬間──一瞬でコメントが消える。
>『あ、モデレーター強い』
>『今日も即BANありがとうな……』
>『平和はこうして保たれる……』
しかし、その直後──今度はアンチがチラリ。
>『マジでこの配信寒いだけなんだよな』
>『哲学ごっこ飽きたわ。普通に飯紹介しろよ』
>『飯+哲学とか意味不明なんだが』
>『うぜぇアンチきた』
>『こいつもBANしてくれーー』
>『嫌ならブロックしなさい』
>『モデさんやナギの手を煩わせるな』
>『まあアンチはしゃーない、無視無視』
ナギはそのやり取りを見て、肩をすくめるように笑った。
「まあ、色んな人がいるよね。あ、そうだ──みんな、カレーは甘口?中辛?辛口?それとも……激辛?鬼辛?」
>『急なカレークイズwww』
>『アンチを華麗にスパイスに混ぜるスタイル』
>『辛口以外のカレーなど認めない!!』
>『ごめん甘口だわ』
>『やっぱ中辛か』
>『鬼辛とか初めて聞いたわwwww』
>『明らかにやばそう』
>『体壊すやつ』
>『名前がすでに呪詛』
「あ、鬼辛は今作った」
>『今かwwww』
>『草』
>『太鼓の達人じゃねえんだからww』
>『で、ナギは何辛?』
「僕はね、甘口に蜂蜜とリンゴ入れる派」
>『甘過ぎィ!!』
>『お子様カレーより甘そう』
>『新事実:ナギはお子様舌』
>『激甘かあ』
>『激甘といえばぷよぷよ』
>『わかる』
「まあまあ。おいしければ、何でもいいんだよ。さて、そんなわけで、今日はカレーの話をしていくよ」
>『よしきた!』
>『カレー好きのワイ歓喜』
>『お子様舌で何を語るのwww』
>『絶対面白い(確信)』
ナギは、配信の空気が落ち着いたのを見て、再び静かに語り始めた。
「カレーってさ、いろんな素材が混ざってできてるのに、最後には“カレー”って名前で一括されるじゃん?にんじんも、じゃがいもも、玉ねぎも、全部バラバラだったのに──煮込まれて、溶け合って、同じルウをまとう。これって、“統一国家”の理想形なんだよ」
>『国家って聞くとチー牛思い出す』
>『最小国家な。あれもいい話だった……』
>『スパイスで統一される共和制……!』
>『全部がルウで一つになることで、国家が完成する……』
>『主張を捨てずに、ひとつの味を生む。まさに民主主義』
「日本のカレーって、もはやインドのカレーとは別物なんだよね。ルウでまとめて、小麦粉でとろみをつける。曖昧にして、なじませて、“なんでもあり”にする──」
>『つまり、日本型=包摂国家』
>『シャバシャバ=地方分権、トロトロ=中央集権』
>『ルウ=文化の接着剤だな』
「だからこそ、シーフードでも、カツでも、キーマでも──全部、“カレー”って名前で包んじゃう。これ、すごく日本っぽいんだよね。でさ、カレーの日って、給食でも家庭でも、空気がちょっと変わる。なんか“みんなが揃う感じ”がする。あれ、共同体を作ってる力なんだよ。ひと皿の中で、それぞれが混ざり合って、でも自己を失わない。噛めば、“あっ、これはにんじん”ってわかる。でも、にんじんはもう、カレーという国の一員になってるんだよ」
>『多様性と統一の奇跡、それがカレー』
>『家庭の味なのに、国家理論でもあるとかどうなってんの』
>『今日、夕飯カレーにしよ。いや、しなきゃダメだろこれ』
>『深夜に夕飯の話は草』
ナギは、チャットを見ながら、にこっと笑った。
「……だから、カレーは“国”なんだよ。みんな違ってて、でも一緒にいられる。辛さも、具材も、好きに選んでいい──それでも、ルウをかければ、それは“カレー”になる」
家庭をつなぎ、味覚をまとめ、社会をひとつにする。
それが──カレーだ。