ご飯を語るな──と言われても、語らずにいられない 作:猫田やなぎ
「はい、始まりましたー。今日も“飯について語る”配信、味見野ナギです」
ゆるい声と同時に、画面にいつもの配信背景が映る。
チャット欄がすでにざわざわしている。
>『昨日のおにぎり回、刺さったわ……』
>『今日こそ味噌汁かな!?』
>『おにぎり→味噌汁の流れ、黄金コンビやろ』
ナギが笑って、軽く首を傾けた。
「うん、昨日は“味噌汁について話す”つもりだったんだけど、視聴者さんのリクエストで“おにぎり”の話を先にしちゃってね」
するとチャット欄に、一人の視聴者のコメントが流れた。
>『昨日コンビニでおにぎり見てたら、ナギくんに語ってほしくなったんだよなあ』
>『お前だったのかwww』
>『よくぞ言ってくれた』
>『それがきっかけで泣かされた俺たち』
ナギがくすっと笑って、画面に両手を出す。
「ありがとうね。そのおかげで、いい話できたよ」
そして、湯気の立つ湯呑みを一口すするような間を置き──
「──さて、今日は味噌汁の話だよ。味噌汁ってさ、“カレーやパスタ”みたいな冒険じゃない。帰ってくる場所、なんだよね」
コメント欄が一気にしんとなる。
>『ああ、そういう感覚あるわ……』
>『“ただいま”の味なんだよ』
>『一発目から泣かせにくるのやめて?』
「外に出た心を、内に戻してくれる感覚。味噌汁は“魂の着替え”なんだよ。世界から帰ってきた自分に、“おかえり”って言ってくれる液体」
コメントが、少しだけ間を置いて溢れ出す。
>『わかる……味噌汁飲むと、なんか落ち着く』
>『心がほどける感じするよね』
>『うちの味噌汁、母ちゃんの声みたいだったな……』
そして、ナギが少し明るい声で話を振る。
「そういえばみんな、味噌汁の具って何が好き?」
>『なめこー!』
>『しじみ最強』
>『豆腐とわかめで優勝』
>『さつまいもって選択肢ある?』
>『うちの味噌汁には豚肉入ってた。つまり豚汁』
ナギが笑いながら答える。
「僕はね、王道だけど“豆腐とわかめ”が好き。安心するんだよね。あと、味噌は“合わせ味噌”かな。赤でも白でも好きだけど、合わせが一番飲んでるかも」
>『味噌の宗派論争開始』
>『赤味噌は重厚、白味噌はやさしさ、合わせは平和』
>『京風=白味噌、名古屋=赤味噌って聞いたことある』
>『信州味噌派はいませんかーー!?』
「まあまあ、好きな味噌で飲めばいいよ。柚子胡椒入れると、一気に味変して面白いし」
>『柚子胡椒わかる!』
>『七味派もいるぞ!』
>『すりごま入れるとうまいんだよ!』
>『バター落とすと異世界味噌汁になる』
>『なにその禁断のトッピング』
ナギは吹き出しながら、マグカップを掲げる。
「みんなの“味噌汁カスタム”やばすぎる……でも、そういうの好き。味噌汁って、“自分を整えるスープ”なんだよ。朝に飲むと、世界と繋がる準備ができて──夜に飲むと、自分に戻ってこれる」
そして、ふっと声を落として呟く。
「だから味噌汁は、帰る場所であり、その温度を確かめることで、“今、生きてる”って感じられるんだよ」
味噌を溶かす。
具材が浮かぶ。
湯気が立つ。
それは、世界を生きるために
一度、自分に戻るための魔法だった。