ご飯を語るな──と言われても、語らずにいられない 作:猫田やなぎ
──昼過ぎ、ナギは枕を抱えながらスマホを手に取り、目を細めつつXでエゴサを行う。
「……あー……やっちゃったなあ……」
出てきたタイムラインには、昨夜の酔っぱらい配信に対する感想が並ぶ。
『ナギくん酔ってテンションやばかったけど語りは安定すぎて草』
『昨日の「定食は国家」発言、まじで今年一番のパンチライン』
『切り抜きで見たけど、酔っても説法の精度ブレてないの凄すぎる』
『うーん、酔って配信はちょっとどうなのって思った』
『酒入ってても視点ブレてないのすごい……』
『ナギ、もはや哲学者系Vtuberだった説ある』
「……まあいっか。楽しかったなら。僕が一番楽しかったし」
ナギは布団に沈みながら、スマホを顔に落とした。
そして深夜、いつもの時間、いつもの配信が始まる。
「どーも、味見野ナギです。……えっと、まずは昨日の配信、騒がしくしてごめんね」
苦笑交じりに頭を下げるナギに、コメント欄が即座に反応する。
>『いや、めっちゃ笑ったから大丈夫』
>『むしろ勉強になったわ』
>『暴言吐いたわけでもないし、楽しかったよ!』
>『黒歴史というか、金字塔だった』
「ありがと~……まぁ、今後はね、配信中のお酒は控えめにするよ。たぶん」
>『そこはたぶんじゃないww』
>『でも面白かったのは事実だからなー』
>『昨日の切り抜き、もう10個くらい上がってるよ』
>『今日は何の話するんですかー?』
「……じゃあ今日は、『コンビニ弁当という、現代資本主義の最適解』について語ろう。まずさ──コンビニ弁当って、現代社会の“必要悪”だよね」
ナギが言うと同時に、コメントが走る。
>『いきなり刺してくるなぁ』
>『必要悪ww』
>『でもわかる。便利すぎて逆に怖いときある』
「“最小限の時間と労力で、最大限の摂取カロリー”を実現する。これはもう、“働かせるための燃料供給装置”なんだよ。つまり、コンビニ弁当は“生きるための飯”じゃなくて、“働かせるための飯”」
>『うわ……それだ……』
>『昼に唐揚げ弁当食って、夜まで無理矢理働いてた俺はまさに』
>『搾取されてんのに気づかせない優しさ……それが弁当……』
「“どれでも選べる”って、自由に見えるよね。でも、“選ばされてる自由”って知ってた?陳列は完全に戦略。棚の位置、目線、原価、カロリー設計──“どこで手を止めて、何を取るか”が、既に決められてる」
>『棚の罠だ……』
>『選択権があるように見せかけて、最初からルート固定』
>『自由って怖いわ……』
「“いつ行っても、同じ弁当が、同じ棚に並んでる”──それって、安心じゃなくて、世界の“停滞”だよ」
>『進化しない冷蔵棚』
>『変わらないから安心する。でも変わらないことが恐怖でもある』
>『まじでコンビニって現代の思想そのものだな……』
「そして、一番大事なこと──コンビニ弁当は、“一人で食べる”ように作られてるんだよ。分け合わない前提。対話が起きない構造。スプーン、箸、温め、全部一人用──現代人の孤独に、完璧にフィットする形」
>『“誰かと食べる”という文化が、ごっそり無い』
>『完全に“一人で完結すること”を前提にされてる』
>『最適化されすぎた食事=孤独の完成形』
「コンビニ弁当は、文明が作った“孤食ツール”なんだ。──でもね、“一緒に食べる”っていう文化がなくなったら、心の中の“食卓”が、空っぽになっちゃうんだよ」
ナギの声が少しだけ静かになった。
電子音の鳴るドア。
同じ棚、同じ配置。
プラスチックに包まれた“自由”。
それでも僕たちは、またそれを手に取る。
だって──それが“今の生き方”に、いちばん合ってる”から。
味見野ナギ、今日も“飯を語る”──
その言葉の中に、誰かの“おにぎり”の記憶が宿ることを願って。