ご飯を語るな──と言われても、語らずにいられない 作:猫田やなぎ
深夜三時。画面にナギの姿が映ると同時に、チャット欄が一気に花開いた。
「こんばんは。味見野ナギです。今日も、“ご飯について語る配信”へようこそ」
>『ナギ〜!』
>『今日も生きてる!!』
>『さあ語れ、米に乗せろ』
>『今日は何語るの?』
その声に応えるように、ナギは少しだけ間を置いた。
そしてふっと目を伏せ、寂しげに笑う。
「……この時間、吉野家閉まってるじゃん?」
何気ない一言。それだけでコメント欄が騒然となる。
>『何を今さら』
>『ナギが喋るとき、吉野家はいつも閉まってる』
>『24時間営業のところもあるけどな』
>『てか、ナギくんの近くの吉野家は24時間営業じゃない説』
>『特定しようとすんなwww』
>『チギュアアアアアアアアアア!!!』
ナギは肩をすくめて笑いながら、問いかける。
「みんなってさ──結局、何牛丼が好き?」
──そして、米に乗せられた闘争が始まった。
>『ネギ玉至高』
>『キムチ派!』
>『とろろ牛丼とかいう隠れエリート』
>『チー牛じゃないの!?』
>『俺はカレー丼!』
>『は?“牛”じゃねえだろそれ』
「牛丼の話をしてるときに、なぜか“別の丼”ぶっ込んでくる奴、絶対いるよね」
>『いるいる』
>『空気読まずに親子丼とか言い出すやつ』
──ここは、米の上。
世界中の食材が、一皿の上に自己主張を並べる戦場だ。
>『親子丼もありだろ』
>『カツ丼こそ王』
>『天丼なめんな、江戸の魂だぞ』
>『もういっそ全部混ぜよう(地獄鍋)』
ナギは笑って、宣言する。
「よし、今夜のテーマは急遽変更。“丼物No.1決定戦〜誰が一番、米にふさわしいか〜”!!」
コメント欄が爆発する。
>『言い方が神々しいな』
>『炭水化物に乗る者たちの戦争、開幕』
>『魂を乗せろ。米に乗せろ』
──この戦いに、勝者はいない。
だが語るに足る者たちは、確かにそこにいる。
「まず牛丼代表は“チーズ牛丼”でいいよね?」
>『ネギ玉民、黙る』
>『味噌だれ牛カルビ丼が泣いてる』
>『吉野家・すき家・松屋で内戦始まりそう』
「OKOK。じゃあ次は親子丼──親と子が一つの丼に……これもう、哲学寄りだよね。“カルマ”ってやつ?」
>『親子丼は泣ける。優しい味のくせに重い』
>『親子という名の罪』
>『それを食らう俺たちの業』
「次、カツ丼。“勝利の丼”。これ、完全にジャンプ系主人公。テンションが違う」
>『衣・肉・たまご・出汁……合体しすぎ』
>『力こそパワー丼』
>『食べると謎に元気出るの、何?』
「そして天丼。伝統と崩壊の狭間。“天ぷらにしてるから格がある”って、すごい力技だよね」
>『天丼、食いづらさすら誇り』
>『エビ天は貴族』
>『ナス天は文化人』
>『お前は誰だ!?→レンコン』
>『天ぷら界のヒエラルキー感じる』
「最後に……カレー丼。あれはもう、“文明”だよ。味の帝国。液体型国家。なんでも受け入れて、まとめあげる……ヤバい」
>『来た来た、文明論』
>『前にも語ってたよなw』
>『統一国家の理想形な』
>『やっぱナギはカレー好き』
>『でもカレー丼は事実美味い。あいつ、何乗せても勝てる』
ナギは満足げにひと息ついた後、笑いながら宣言する。
「──ということで!丼物No.1、決められません!!!!!!」
>『解散!』
>『知ってた』
>『結局全部うまいんだよな』
>『丼たちは争ってない、並んでるだけ』
ナギは、モニター越しの誰かに語りかけるように、ゆっくりと呟いた。
「丼ってさ……“孤独に効く構造”なんだよね。一人で食っても、ちゃんと全部まとまってて、“ここにある”って感じる。──それだけで、ありがたいよな」
──丼は、器である。
それはただの皿じゃない。
混沌を受け入れ、孤独を包み、記憶を盛る、世界の最小単位。
チャット欄に、誰かがそっと書き込む。
>『米の上に、世界があった』
>『チギュアアアアアアア!!!!(結局戻ってくる)』