ご飯を語るな──と言われても、語らずにいられない 作:猫田やなぎ
深夜三時。
都市の境界がぼやけ始める時間。
その夜、味見野ナギの配信は──完全に狂っていた。
「……チーズ牛丼って、“魔術”だよね」
開幕から意味不明である。だが、常連たちは騒がない。
──もう慣れてしまったからだ。
>『ああ、そう来たか』
>『チー牛と魔術……当然の帰結』
>『何を言ってるかわからないけど聞きたい』
ナギはごく自然な調子で語り始める。
まるでこれは、最初から予定されていた講義であるかのように──
「まずさ、牛丼チェーンって、ある種の“結界”なんだよ。通りから隔てられた自動ドア。店内に足を踏み入れることで、我々は“俗世”から、“儀式空間”へと転移する」
>『牛丼屋=魔術陣だった……?』
>『自動ドア=異界の門』
>『照明の色味とか空間密度が“次元違う”感あるの、もしかして意図的……?』
「次に、券売機。──これは“願望の投影装置”だよね。欲望を可視化し、指先ひとつで“選択”し、物理的世界に変化を起こす。“チーズ牛丼特盛温玉付き”という呪文を唱え──いや、押す。これが魔術の発動。詠唱の代わりなんだ」
>『つまり俺たち、毎回「詠唱」してた……?』
>『ボタン押すだけで世界が変わる、それ魔術だわ』
>『てか“特盛温玉付き”ってマジで魔法名ぽい』
ナギの語りは止まらない。
むしろ熱を帯び、コメント欄のノイズが渦巻いていく。
「でも、一番重要なのは“受け渡し”なんだよ。カウンターから響く“注文番号”。それは、“
>『はわわ……完全に召喚儀式』
>『俺たち、名を呼ばれて、受け取る存在だったのか』
>『店員=巫女説、再燃』
「そして、その瞬間。──僕らは“代償”を払ってる」
ナギがマイクに近づく。声が低く、優しくなる。
「己の羞恥心。社会的視線。“ネットの笑いものになるかもしれない”という恐れ。──それらすべてを、代償として捧げてる」
>『……俺、儀式してたんだ』
>『これは祈り。牛丼屋での、魂の交換』
>『食べることで、自分の意思を世界に刻む行為』
ナギが、最後に囁くように言う。
「──チーズ牛丼。それは現代に残された、最も素朴で、最も深い“魔術”なのかもしれないね」
その瞬間、コメント欄が爆ぜた。
>『チギュアアアアアアアア!!!(魔術編)』
>『供物を喰らう者たちよ、我らもまた術者なり』
>『チー牛=現代の聖餐説、ここに確定』
>『※この配信はアーカイブ残してくださいお願いします』
こうして、「#チー牛儀式魔術論」というタグは、深夜三時のトレンドに静かに現れ──ナギの名は、再び界隈をざわつかせることになる。
聖杯は、今日も吉野家に存在している。
押すべき呪文は、そこにある。
おなかすきますね。