ご飯を語るな──と言われても、語らずにいられない 作:猫田やなぎ
椅子に寄りかかる味見野ナギが、ふうっと小さくため息をついた。
画面越しのコメント欄がざわつく前に、彼はぽつりと呟く。
「結局さ……チーズ牛丼って、“国家”なんだよね」
コメント欄が一瞬で静まり返る。
その後、じわりと漂い出す狂気の波。
>『出たよまた始まった』
>『ついに国家論きたか……』
>『その発想はなかった、というかあってたまるか』
だがナギの声はどこか遠く、それでいて──
奇妙な説得力を持って響いていた。
「まず、“牛丼屋”っていう空間があるでしょ。外界から隔てられ、独自のルールが支配する場。──これはもう、国家の成立条件を満たしてる。領土=店内。国民=客。統治機構=店員。──な?」
>『やめろやめろマジで納得しかける』
>『つまり俺は吉野家国の一市民だった……?』
>『自動ドア=国境説、爆誕』
「でさ、券売機。あれが立法機関だと思うんだよね。“この国家において、何が合法的に選べるか”。それが表示されてる。定食、セット、単品──全部、“制度”なんだよ」
>『価値体系……法体系……!』
>『季節限定メニュー=特区制度』
>『紅生姜は福祉。無料で誰でも手に入る』
ナギが、楽しそうに笑う。
だけどその言葉は、どこか本気だった。
「注文の瞬間、契約が交わされる。
>『ジャン=ジャック・チーズ牛丼』
>『ロックもホッブズも草生える』
>『今まで昼飯食ってただけなのに国家論が背後にあったのか……』
「でも、そこで問題がひとつある。──“羞恥”による注文の妨げ。これは、国家における“内なる検閲”なんだよ。自分が望む制度(=チー牛)を、“周囲の目”という形の抑圧で、自ら封じてしまう。──まるで、表現の自由が機能していない社会のように」
>『なんてこった……俺は自分の国の制度を活用できてなかった……』
>『思想と言論の自由はどこへ行った』
>『チー牛は欲しかった。でも、言えなかった。それって──“専制”だよな』
ナギの声が、マイク越しに静かに響く。
「だからさ──チーズ牛丼を頼むってことは、“民主主義的意思表示”なんだよ。誰かが笑ってもいい。でも、僕はこれがいいって言える。──そういう国に、生きたいじゃん?」
コメント欄が、あたたかく、でもどこか涙ぐんだ空気に満たされていく。
>『今度から選挙と同じ気持ちで牛丼頼むわ』
>『俺の一票(チー牛)を、無駄にしない』
>『たかが昼飯、されど思想』
>『泣きながら食うわ。俺の主権、温玉付き』
そして、ぽつりと現れる一行。
>『チー牛、それは最小単位の国家体験』
その夜、「#吉野家国家説」タグがXを震撼させた。