ご飯を語るな──と言われても、語らずにいられない 作:猫田やなぎ
配信開始から、二分。
視聴者数はいつの間にか三桁を超え、コメント欄が流れ続けている。
ナギは、ゆるく椅子に腰掛け、マイクを引き寄せて呟いた。
「……みんな。今日はちょっと、語らせてほしい。──チーズ牛丼における、“信仰”の話を」
コメント欄がざわつく。
“それ”を察していた者と、完全に初見だった者の反応が、まったく異なる。
>『また始まったぞ……今夜も寝かせてもらえねぇ』
>『チー牛信仰きた!!』
>『俺は信じてる、チーズの導きを』
>『え、え?なにこの配信……?』
>『哲学系配信……?いや宗教じゃないこれ?』
>『怖くて帰りたい(でも聞きたい)』
ナギが微笑む。
「ようこそ、初見さーん。ご飯について語る配信だよー。……まあ今は、ずっとチー牛の話しかしてないけどね」
>『ご飯の話をする……(哲学90%)』
>『思想を語る配信では?』
>『みんなのチー牛愛を引き出す配信でしょ?』
ナギは照明を落とし、声のトーンを一段、下げた。
「かつて、“ノーマル牛丼”こそが唯一絶対の正義だった時代がある。みんながそれを食べ、それ以外を選ぶ者は“異端”として、白い目で見られていた」
>『あ〜わかる、変にトッピングすると“邪道”って空気あったよな』
>『純粋牛丼原理主義』
>『つらい時代だった……』
「でも、ある日“チーズ”が現れた。禁断の白い液体──“とろける贖罪”の象徴だよ。それを牛丼に乗せた者たちは、笑われ、蔑まれ、迫害された。──そう、"チー牛異端派"の誕生だね」
>『それ宗教改革というより魔女狩りなんよ』
>『チーズってそんな原罪扱いされてたの……』
>『つまり我々はプロテスタント・チー牛だった!?』
「だけど……チー牛たちは怯まなかった。彼らはこう言ったんだ──“救いは、チーズの上にある”と。そして、温玉派と合流し、“特盛派”を形成する。それが、今の我々──“チーズ福音連合”だよ」
>『チー牛宗教史が深すぎる』
>『チーズ+温玉=“贖罪と祝福”』
>『特盛派、国家を持ったとか言うなw』
ナギが、一拍おいて呟く。
「そして今でも、“原理牛丼主義”は存在してる。“本物の信仰に戻れ”って言うんだよ。ノーマルこそ至高だってね。でもさ──チー牛派は、こう答える。“我々の中にも、神はいる”」
>『かっこよすぎて泣いた』
>『牛丼でここまで燃える世界があってたまるか』
>『ルターが95ヶ条の牛肉貼り出してるの想像しちゃった』
>『俺は信じてる、チーズの奇跡を』
そして、ナギがぐっとカメラに寄り、囁く。
「信仰ってのはね、他人に何と言われようと、自分が“美味しい”って思える──その“心”の中にあるんだよ。……そうだろ?異端者たち」
コメント欄が、湧き上がる。
>『アーメン(温玉付き)』
>『チー牛 is my religion』
>『この配信、ガチで教会作れそう』
>『初見だけど、俺も今日から信者になります』
──そして、誰かが言った。
>『この人、飯を語ってるだけで世界を変えてない?』
その夜、タグ「#チーズ福音連合」が急上昇トレンド入り。
配信アーカイブは“深夜の黙示録”と呼ばれ、翌日だけで七万回再生を記録した。
──すべてのチー牛は、信仰である。
それは、胃ではなく、心に届く食べ物だ。
チー牛信者になろう!