先日、冨岡さんに錆兎のことを話したからだろうか。同じ育手の元に鍛えられた雨宮雫という少年に聞いた。
「最終選別の時、どうやって手鬼から生き延びたんだ?」
鬼殺隊全体に行われている柱稽古。炭治郎は桜柱・黒鈴莉々愛による稽古中で、その莉々愛の屋敷で隊士たちと共に夕餉していた。その屋敷の手伝いのためにいた隠の雫に聞いた。
「手鬼……なんの事だ?」
「えっ」
最終選別の時、あの鬼は言った。
『アイツの弟子はみんな殺してやるってきめてるんだ』
義勇は錆兎や村田によって奇跡的に生き延びたが、雫はどうやって生き延びたのだろうか。特徴的な狐の仮面である厄除の面ですぐ分かるはずなのに。7日の間にあの鬼と遭ってもおかしくないはずなのに。
雫は最終選別のことを思い出しているのか「あ〜…」と声を漏らした。次に出てくる言葉に気になりながら待つ。
「初日に初めて遭った鬼に突然襲われて、その時に仮面が割れた!」
「えっ!?」
「あの時は油断してたな!」
明らかになった内容が大変なことになっているのに雫は明るく笑っている。今となって笑い話とはまさにこの事。
確かに、あの仮面を付けていなければ鱗滝さんの弟子だと分からない。だから奇跡的に生き延びたのだと。
「最終選別も楽しかったなあ」
斬っても斬っても次から次へと湧いてくる鬼と戦った時はあんなに必死な思いしたのに、雫は楽観的な言動で済ませる。
でも、鱗滝からしたら生き延びて帰ってきた雫に物凄く安堵したのだろう。やっと生きて帰ってきた炭治郎を抱いた時にのように仮面の下で静かに涙を流す鱗滝のことを思い浮かぶ。
「あ、そういえばお前、岩斬ったんだろ?それ俺の提案だぜ!」
「えぇっ!?」
雫曰く、最終選別から帰ってきた時に鱗滝が泣きながら雫を抱きしめたのだ。あまりにも泣くから雫はこう言ったのだ。
『そんなに泣くならこの後入ってくる弟子に岩にでも斬ってやったらどうなんだよ!?』
衝動的な思い付きで口走ったが、まさか実現するとは雫は思わなかったのである。もっと別の方法で突破させるだろうと思っていたのである。
「そうだったのか…でも、雫の提案がなければ俺はあの鬼にやられていたかもしれない…ありがとな」
「おう!…礼を言うなら左近次に言えよな。左近次から色々と教えてもらったんだろ?」
「ああ…そういえばどうやって雨の呼吸に派生したんだ?やっぱり錆兎や真菰から助言をくれたのか!?」
「さびと?まこも?誰なんだそれ?」
手鬼と同様、あの2人とは出会ったことがないようだ。どうやって生み出したのかと雫に聞く。
「う〜ん…なんつうか…雨が降っていたからか?」
何故か疑問形で答える。雫は感覚で感じたことを答えていく。
雨が降っていた。もう3日以上も降り続けている。地面が滑り、視界が悪い。しかも水の呼吸が上手く使えないことに戦闘中に気付く。
「水の呼吸 捌ノ型 滝壷!!」
剣が鬼の頸にめがけて振り下ろす。しかし、正確に斬ることが出来ず、払い除けた鬼の腕によって軌道が逸れてしまった。
「クソッ!」
一旦、鬼から距離を取った雫。いつの間にか酷く飢えた鬼が次第に集まってくる。自分のものだと言い争う声も聞こえてくる。雨がずっと降り続け、水の呼吸も使えない。この絶体絶命な状況に追い詰められていた。それでも雫は諦めずに構える。
「水の呼吸 参ノ型 流りゅ…」
すると、雫は思い出す。参ノ型である流流舞、ずっと降り続く雨、自分の帰りを待っている想いの人。それらが合わさったからだろうか。あの日のことを思い出す。
「なあ、この漢字の読み方って凛音の名前に似てるよな!」
不治の病でいつも床に伏せっている想いの人が本を読んでいた。その本の中にある漢字に付いているフリガナが「リン」と書かれていたのである。
「ふふ、確かにね…その漢字の意味は知っているかい?」
「知らねぇ」
静かに上げたまま口角から口を開いた想いの人は「それはね…」とその言葉の後を言い出したことを鮮明に思い出した時、雫は構えを改めて直した。体勢をさらに低くし、身体をさらに捻らせ、後ろに流すように少し下がっていた剣の角度を少し上げる。
「雨の呼吸 壱ノ型……」
すると、鬼たちが一斉に襲いかかってくる。その中で雫はこう唱えた。
──"霖"
流れるような水の滑らかさから派生した、止まらない水、終わりが見えない、ずっと降り続く雨のように連続性のある攻撃を編み出す。まさに、"降り続ける"という意味を持つ霖のように。これが雨の呼吸を生み出した瞬間である。
「……そんな感じで生み出したなっ!」
雫の話を聞いていた炭治郎は「すごいな!」と感心する。その雫たちとの会話を聞いていた他の隊士達は「すげぇ」「竈門にもできるんだったな」「確か、日の呼吸だっけ?」「俺にもできねぇわ…」「俺も…」などそれぞれの感想を述べている。
「なあ炭治郎」
「ん?」
「無惨、絶対倒してくれよな」
クン…と漂ってきた匂いを嗅いだ炭治郎。その匂いは雫からしており、悔しさと希望が混ざった匂いだった。
「……ああ、一緒に倒そうな!!」
"一緒に"。呼吸が使えなくなった雫はもう刀を握ることはないだろうと思っていた。隠として鬼殺隊を支えることしか出来ないだろうと思っていた。それでも炭治郎は雫に元・剣士だったことを、戦えなくても戦う隊士の一員であることを認めてくれる。その言葉が雫にとって救われた。
「…おうっ!!」