夕日が差し込む黄昏時、
ふと屋上のドアが開く音がした。誰が来るかは分かっていた。ドアに目もくれず景色を眺め続ける。足音が近づいてきた。少し浮足立った大きな歩幅で歩く懐かしい足音だ。態度には出さないが心が弾むのを実感する。
「だーれだ」
目ではなく首に感触があった。こういうのは普通目隠しをするだろうに、気持ちが抑えられなかったのだろう。首に回された手に自身の手を重ねてから言葉を紡ぐ。
「…おかえり。いいの?ルドルフに見つかっちゃうよ?」
「10年ぶりの再会で他の女の子の名前出すかい、普通」
嫉妬深いというか未練がましいというか執念深いというか…ともかく独占欲の強さはいまだ健在な様だった。そんな所もルドルフの姉御分なんだなぁとしみじみしながら、彼女の腕を優しく叩く。
抱き着いたまま顔を乗り出し一緒にトレーニング風景を眺める。
「…変わらないね、ここは」
「変わるもんか。努力する姿はいつも、どんな人だって美しいんだから」
「君も変わらないな」
当然だ。君と別れて以来、ずっと努力を重ねてきた。自分を…君との日々と功績を信じて研鑽を積んできたのだ。変わってたまるもんか。
「そりゃそうだ。いつまで経っても…あの頃が瞼に焼き付いて離れないんだから」
「担当がいるのに、いけないトレーナーだ」
首筋に息がかかる。熱烈な視線を向けられている。ああ…君はどうして…ずっと俺を誘惑してくるんだい。10年という長い年月を感じさせないほど幻惑的な甘さを2人は放つ。並々ならぬ思い。長く保管されたワインのような深く濃厚な感情が互いをつなぐ。
「ルドルフに嫉妬されちゃうね」
「どっちが、だろうね」
「「君を独占しちゃってるんだもん。
示し合わせたかのように言葉が重なる。それがなんだかおかしくて、クシャっと笑う。今日初めて、顔を合わせた。先の発表の時より
「両手に花なんて、罪な男になったね俺も」
「先生譲り…なんてね」
「あの人ほどの実力も無いのにそっちだけ継いでもなぁ」
英雄色を好む、なんて格言は彼の為にあるのだと思う。確かな功績と、そのデカさに匹敵する色欲を持つ俺たちの
中学生時代、親と険悪だった俺の面倒を見てくれたのがあの人だった。あの人の下で、レースを学びトレーニングを知り知識と技術の樹を伸ばしていた。
「それは卑下だよ。現に、君は初の担当で無敗の三冠バを生み出したんだ」
「気持ちは君が最初の担当だよ」
先生の下についてすぐ、君に出会った。先生も、俺たちの間に何かを感じ取ったらしい。事実上専属トレーナーになった。もっとも、トレーナー免許の無い俺が世間から認知されることはなかったが。
練習。そんなつもりは毛頭なかった。先生から貰った知識を最初からフル動員させ、君にすべてを賭ける勢いで日々を送った。今なら分かる。深く…入れ込み過ぎていた。一生懸命すぎた。良くも悪くも、君と何もかもを通わせすぎていた。
「ならなおさらさ。俺を…海外に送ってくれた。17歳にして、だ」
苦い記憶が…蘇った。
「本当…ついて行ってあげられなくてごめんね」
「おや?君が俺の傍に居たら勝ってた。そう豪語するのかい?」
凱旋門に挑む。2人で下した決定だった。前々から2人で海外遠征の夢は語り合っていたしワシントンDCインタナーショナルに呼ばれた際には計画を一緒に練り始めていた頃だった。寝食を共にする勢いで過ごしていた俺たちにとって、
それでも…現実的な理由が俺たちに立ちはだかった。
『先生!俺だって彼女と一緒に!』
『馬鹿言え!お前…高校はどうする!ワシントンみたいな数日の遠征じゃないんだぞ!!』
前哨戦も含めて4か月弱の長期遠征。正式な資格もない俺が着いていける理由はない。それに初の凱旋門挑戦という事もあり学園の援助体制もロクに受けられず、先生の自腹を切って行う貧乏遠征だった。俺を同行させられる資金的余裕も当然なかった。
当時はスマートフォンすらない時代。ビデオ通話なんて出来ないし、電話の海外料金は3分かければ4ケタを超える勢い。ホテルを転々とする関係上手紙を送ることも不可。コミュニケーションは…途絶えた。
「その言い方はズルいな…」
凱旋門賞の結果も散々だった。11着以下の公式記録が残らぬ当時の凱旋門賞。新聞を見た時、俺は学校にも行けない位泣き叫んでいた。
トレーニング計画が甘かったか。彼女のメンタルが疲弊してしまっていた為か。ライバルがそれを上回る実力だったか。憶測のみの反省会を延々と繰り返していた。
「これくらいは言わせてくれよ。俺だって寂しかったんだ」
程なくして彼女が帰国し数か月ぶりの再会を果たした。互いの憂いをぶつけ合うように。会えなかった分濃縮された想いを投げつけ合うように。深く重く溶け合うかの如く愛し合っていた。半年間、俺たちは片時も離れることなく時間を過ごしていた。
それでも後悔はまだ…胸の奥に巣食い続けていた。後悔は罪悪感に変貌し、俺たちはやがて疎遠になった。罪悪感を押し流すまでに3年はかかった。その頃には彼女は…海外へ旅立っていた。
「許して…くれるかい?」
「君から逃げていたのは俺も同じさ。…お互い様、なんじゃないかな」
出会った時俺は12歳。君は15歳。そして今は27と29。あの頃よりお互い大人になったんだろう。憂い晴れ、真っすぐな瞳で君を見れるようになったのだ。
「ルドルフを…海外で勝たせてあげてよ。俺の後悔、君に託す」
「受け取った…いや、もう受け取ってる。海外挑戦をもう一度するために、またトレーナーを目指したんだ」
後悔は抱えたままだ。でも後ろを見る為の後悔じゃない。前を向くための、次の為の後悔だ。その『次』を、俺はルドルフに託したい。運命を操る神様が、俺をまたシンボリの名を持つウマ娘と示し合わせたのはきっとその為だから。
君もその為に長い間、海外に向かってくれていたはずだから。
「頼もしくなったね」
「10年も経てばね」
自慢げにトレーナーバッジを見せつける。あの頃と違う決定的な証拠。もう君の隣に胸を張っていていい証拠。俺の笑顔に呼応するようにバッジが輝く。
「今度さ、先生に一緒に挨拶行こうよ」
「そうだね~。って言っても、俺はちょくちょく会ってるけど」
「まだ引退してない…んだよね?」
俺が高校を卒業する頃には還暦を迎えていた先生。でも実力も色欲もまだまだ衰えは見えない。まさに生ける伝説だ。ははっ…お互い、とんでもない人の下に居たようだ。
「まだピンピンしてるよ。お孫さんがそろそろ生まれるくらいの年なのにね。ていうか、まだ行ってなかったんだ」
「まずは君の所に行きたかったからね」
「そりゃ光栄だ」
彼女の体を抱きしめる。10年ぶりの体は、随分と華奢になっていた。
「痩せた?」
「デスクワークが多くてね。君は…太ったかい?」
「鍛えたんだよ」
一回りくらい大きくなった図体は、彼女の体をすっぽり包めるくらいになっていた。細く、守りたくなるくらい愛おしい彼女の体を撫でる。俺の手つきを感じて、彼女が笑った。
唇を塞ぐ。10年経ったとは思えない、若々しく熱烈なキスをした。時間は、愛の前に埋もれていった。
「若いね、君は」
「二個しか違わない癖によく言うよ」
再びキスをする。始めはリップクリームのプルっとした柔らかさだった唇も、いつしか互いの唾液でべとべとになっていた。
強く強く抱き合って、深く深く口づけを交わす。夕日が作る影は1つの塊になっていた。やがてまた、双頭の影になる。
「10年なんて時間は…引き裂かれた恋人の愛の前じゃちっぽけな存在なんだね」
「休憩時間だっただけさ。俺はずっと、別れたつもりなんてなかったよ。ず~っと、愛してる」
銀の橋の向こうにいる華に愛を告げる。変わらぬ愛を。熟成された気持ちを。
「酷い男だね、君は。…本当にズルい」
「愛してる」
サポキャラ元カノ概念はもっと流行って欲しい…俺に元カノいないんでリアリティあるもの書けないから他の方にお願いするしかないけど
妙に官能チックになったりしたのは申し訳ない。軽いキスで済ますつもりがいつの間にか舌入れていた
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