西丸伸太郎という男の人脈は、余る程いる政治家の中でもトップクラスで、一部からは総理大臣に匹敵すると称されている。
政界だけでなく芸能人やマスコミ、海外を含めたヒーロー業界、さらにはグレーゾーンと裏社会関係者まで幅広く、もはやフィクサーの領域だ。
当然、プライベートな関係を築いている友人は存在する。そのほとんどが幼馴染と元同級生だが、中には政治家になってからの友人もいる。
重工新聞社の特田種男も、その一人である。
「相変わらず大人気ですね、西丸都知事。支持率は総理大臣より高いですよ?」
「いやいや…特田さん、僕はただやれる限りの事をしてるだけですよ」
「この様子だと、西丸政権はまだまだ続きそうですね」
「トップってのは成し遂げてきた数で決まるからね。勿論、他にいないというのもあるだろうけど…」
居酒屋「間鈴」の喫煙席で、日本酒を酌み交わしつつ笑い合う。
鳴羽田区の繁華街にあるごく普通の居酒屋だが、西丸は大層気に入っており、暇がある度に訪れている。特に客層を良くも悪くも問わないからか、今時は全席禁煙が多い居酒屋の中でも少数派である喫煙可能店であるのも理由として大きい。
「……タバコ、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
「いつもありがとうございます」
西丸はビリヤード型のパイプタバコを取り出し、ボウルにバージニア葉を詰めると、吸い口を咥えながらロウマッチの頭部を親指の爪で擦って点火。葉に火を近づけ、表面全体に着火させると慣れた手つきでタンピング――専用器具「タンパー」を使って火をコントロールする技術――を行い、火を落ち着かせてから煙を吹かす。
ヘビースモーカー…という程ではないが、この愛煙家という一面も西丸の重要な武器だ。タバコミュニケーションで喫煙しながら雑談や情報交換を行い、交友を深めて根回しをしやすくしている。
実際、喫煙による繋がりは「健康に悪いとわかっていても、やめられない」という弱みの共有となり、自己開示の一種として立場を超えた信頼関係を構築する助けになる。西丸も喫煙を介して人脈を広げており、特にヒーローや国家権力に敵愾心を持つ者も少なくないグレーゾーンの民衆とは、アングラ系ヒーローよりも親密な関係を築けている。
(まさかグレーゾーンの人達が支持基盤の一部になるなんてね…本当に自己開示が上手な人だ)
西丸の「人間力」の底知れなさに舌を巻きつつ、特田は喫煙事情を尋ねた。
「西丸さんは、いつからパイプタバコを?」
「大学生の頃からかな。ゆっくり味わいたいタイプでさ」
紫煙を燻らせ、口の中で味や香りを楽しむ西丸は柔らかに微笑んだ。
聞けば、喫煙だけでなく飲酒も「量」ではなく「時間」を大事にする主義で、いわゆる〝
「区長になってからも都知事になっても、喫煙量も飲酒量もほとんど変わらないよ」
「そうなんですか? 政治の世界はストレス溜まりやすいと思ってたんですけど…」
「家族がいるからね。息子と妻と過ごす時間はいいリフレッシュになる」
パイプタバコをテーブルに置き、刺身をつまみに冷酒を飲む。
「特に最近は善治郎とオセロをするのが楽しくてね…いい勝負してるんだよ。今は僕が勝ち越してるけど、近い内に追い抜かれるな」
「親子対決は本気でやると?」
「ハハハハ! 勝負事なら全力を尽くせと教えてるからね」
二人が笑い合っていると、新しい顔ぶれが来た。
ダークブラウンの髪とサングラスが目立ち、黒スーツを着こなし杖を携えた男――西丸の幼馴染である東京都副知事の一人・國松帯人だ。
「ブン屋の友人連れて先に飲んでたのか。お前の奢りか?」
「君の分もね」
「そいつはどうも」
西丸の隣に腰掛けると、國松はショルダーバッグを開けて17センチ程の木製の筒とタバコを取り出した。
シガレットホルダーだ。紙巻きタバコを差し込んで吸う為の喫煙具で、煙が筒を通って冷える事で雑味が減る上に指先や衣服への匂い移り・汚れを防止してくれる代物である。
「あー、すいません。こっち枝豆追加で」
店員に注文しつつ、國松はシガレットホルダーに紙巻きタバコを差し込み、マッチで火を灯す。
「…で、伸太郎。ただ一緒に飲むだけじゃねぇだろ?」
「流石。実は二人に頼みたい事があってね」
西丸は目的を語り始めた。
「まず特田さん。あなたにはジャーナリストとしてデトネラット社の取材をしてほしいんです」
「デトネラット社? あの大手サポート企業の?」
「はい。特に社長近辺、あるいは工場関係者を重点的に」
「ふむ…理由を聞いても?」
「それについてはここに書いてあるよ」
西丸はポケットから取り出したメモ用紙を差し出す。
それを受け取った特田は、書かれていた内容に言葉を失った。
(非合法サポートアイテムの製造及び密輸の疑い!? しかも異能解放軍だって!?)
「
「でも私ならできると?」
「それと
メモの次に西丸が差し出したのは、一冊の自伝書籍。
「異能解放戦線…?」
「古本屋で見つけたんだ。有害図書指定しても誰も困らないけど、一応目を通しておくといい。命綱だと思えばいい」
「お前あんな化石みたいな本、わざわざ買って読んだの?」
「読み込んだ上で言うけど、実に下らない内容だったよ。30円無駄にした。僕の悪口を包み隠さず書いてる夕刊紙の方がまだ存在価値がある」
「ハハハハ!! それ30円で売られてたのかよ!? しかもマスゴミ以下とかもう終わってんな!!」
ボロクソに言う西丸に、國松は爆笑した。
法の秩序と社会の調和を重視し、ヒーロー依存から脱却した社会を目指すのが西丸が掲げている「脱ヒーロー社会」。そんな彼にとって解放主義は「治安の崩壊し切った原始的世紀末」であり、政治家としても一個人としても全く賛同できない思想なのだ。
正しくあろうとした人類の努力の積み重ねが法律――そう捉える西丸は、法治国家を脅かす解放主義は放逐すべき反社会的勢力だ。
「…で、俺には?」
「東京都副知事として、デトネラット社のビジネスパートナーと意見交換という名目で情報を入手してほしいんだ。ミカドの密告だと、「
「フィールグッド? ああ、あの大手IT企業の」
「あれだけの大掛かりな犯罪をしといて警察やヒーロー達の目を欺けるとすれば、ヒーロー側にもスパイがいるかもしれない。僕も猪上知事を探っておく」
「猪上知事を?」
西丸も西丸で動くそうだが、その対象が何と静岡県知事の猪上だった。
それはつまり、静岡県知事が異能解放軍のシンパだと疑っているも同然だ。
「後々調べてみたんだけど、猪上知事は民自党だけじゃなく心求党の推薦も受けていた。心求党は解放主義を尊重してる政党だから、可能性は高い。それに最近、全国知事会で僕の政策に懐疑的な姿勢を強めている。ワンチャン雄英高校に解放主義の思想を流す腹積もりだと勘繰ったとしても、別に違和感はない」
「うわー…マジかー……」
偶然というにはあまりに出来過ぎている流れに、國松は頭を抱えた。
事態は自分達の想像よりもややこしくなっていた。しかし異能解放軍は倒さねばならない存在であり、決して看過できない。
世紀末を目指す過激派組織はすぐにでも叩き潰したいが、相手も狡猾なので慎重に行わねばならないのも事実……そこで西丸は二人に託す。
「二人とも、任せてもいいかい?」
「…最善は尽くします」
「あぁ、俺のやりたいようにやらせてもらうぜ」
二人は西丸の申し出を引き受けると、彼と共に日本酒を飲み干した。
同時刻、クロス・ギャングのアジトでは――
「おい、
「あぁ、確かに言った……恩返しするとは言ってねぇ」
『ギャハハハハハ!!!』
葉巻を燻らせながらニィッ…と笑うマイヤーの返答に、ドッと笑い声が湧いた。
「ダハハハ!!! 伝説の支配者も詰めが
「ハッ……今まで何でも思い通りに事が進んできたから慢心しやがったか」
「まぁ仇で返すなって釘を刺さなかった奴が悪いな!!」
缶ビール片手にツムジは声を上げて高笑いし、キュレーターとインスマスも彼につられるように悪い笑みを浮かべる。
先日、マイヤーはオール・フォー・ワンの元へ向かい〝個性〟を与えてもらったのだが、それはツムジの指示だったのだ。
イタリア系犯罪組織出身であるマイヤーがクロス・ギャングに身を置いたのは、日本の裏社会の〝象徴〟を目指すツムジの
「風向きがいいな!!」
「あのオール・フォー・ワンも、腹芸をまともに見抜けなくなったようだネ」
「俺達がこの国の裏社会の覇権を握るのもそう遠くないな!! この調子なら今年中には実現できるんじゃねぇか!?」
儲け話に乗っかった強者達が士気を高める中、外典がツムジに問いかけた。
「…で、次はどうするんだ?」
「そうだな…資金は十分集まったし、妨害工作も順調だ。向こうの動きに合わせて俺達も動く!! だがマイヤーはオール・フォー・ワンの指示があったらすぐ俺に伝えろ」
ツムジは口角を上げ、意気揚々と仲間に告げる。
「全ての歯車が噛み合ってきた!! ここまできたら全部がツイてるも同然だ!! このまま突き進むぞォ!!!」
*
横浜のとあるバーにて。
〝ヒーロー殺し〟ステインに似た服装を纏うトカゲのような風貌の青年――スピナーこと伊口秀一は人知れず連絡を取り合っていた。
「……どうだ? ミカドさん」
《いい情報だ、よく調べられた》
電話越しに称賛され、スピナーは柄にもなく照れる。
彼は裏社会の情報商材を独占する〝ウォーターゲート〟こと後藤田水門のスパイであり、口外厳禁の機密情報の入手を目的とする〝S辞令〟を下されて京浜港のどこかにある改造人間「脳無」の格納庫を調査していたのだが、紆余曲折を経てなぜかスカウトの形で
現在はミカドとのやり取りを「心配性な身内への連絡」という名目でひた隠しにしている状態で、今のところバレてはいない。
《
「それと未成年が二人いる……流石のあんたでもわかるかどうか……」
《いや、一人はわかってる。学生服を着た女の子いるだろ? 連続失血死事件の容疑者のはずだ。警視庁から依頼を受けててな》
「スゲーなあんた…」
スピナーはミカドの飛び抜けた情報網の広さを改めて思い知った。
《世界を変えるのはいつだって理想でも思想でもない。現実を見据える確かなチカラだ。そのチカラで最も現代を動かすのは情報だ。……まぁ俺の信念はどうでもいい、引き続き調査を続行してくれ。些事でも何か動きを見せたら報告しろ》
「マジでスパイ映画みてぇだ…」
《それじゃあ、武運を》
その言葉を最後に電話が切れ、スピナーは溜め息をつく。
それから数分後、皺だらけの瞼と異様な眼光を具えたパーカー姿の青年が入ってきた。
どうやら外出先での要件を済ませたようだ。
「よぉ、また身内の電話か? スピナー」
「……あぁ。独り立ちした俺が心配らしい」
「ハッ! 気の毒だなぁ、孝行息子が悪い友達と一緒に現代を壊そうとしてんだからな」
(いや、むしろお前らがぶっ壊される方が時間の問題なんだが……)
スピナーは複雑な表情を浮かべた。
だがそれにより、情報ブローカーから曲者揃いのギャング集団の頭目、果ては東京都知事まで、ヒーローや警察だけでなく現代日本の傑物・猛者達も刺激する結果となっていた。世間への影響を高めたい
(金の切れ目が縁の切れ目って言うし……タイミング見計らってトンズラするか)
「おや、戻ってきたのですか」
「黒霧」
二人でバーのイスに腰掛けると、お目付け役の黒霧が入室する。
「全く、一人で外を出歩くなど…」
「いいだろ、別に。いい収穫もあったんだしよ」
呆れる黒霧に死柄木は軽く返事をすると指で頬を掻く。
「おい黒霧、また外出するから手を貸せ。スピナー、お前は新入り共に上手く言っとけ」
「は?」
「死柄木弔、今度は一体何を――」
「ゴッドファーザーに会いに行くんだよ」
その言葉に、二人は固まった。
今のこの
「まさか…西丸伸太郎か!?」
「無茶です! 考えを改めて下さい、死柄木弔!!」
「うるさい、黙れ」
己の信念を見出し始めた青年は、更なる足掛かりに東京都知事に標的を定めた。
あらゆる手段で敵を確実に詰めに行くのが西丸流。ツムジも使える手はとことん使いまくるので、立場は違えど案外似てるかもしれません。
スピナーは原作通りに連合に入りましたが、ミカドの命でスパイ活動します。思わぬ形で出久君達を助けてくれるでしょう。
次回、まさかの西丸と死柄木のご対面…!?