【完結】失学園:または少女たちの学び舎に流通した大量生産型知恵の実による後天性原罪について 作:詠符音黎
私が格好悪い事になってしまった騒動から五日。
キヴォトスはすっかり平穏を取り戻し、日常に戻っていた。
さすがこの学園都市の生徒は騒乱慣れしているというか、あんなに大騒ぎだったのに、ちょっと経てばみんなケロっとしてしまっているようだった。
なんというか、みんなたくましいわよね……。
一方で、私はと言うと現在病院で療養中である。
体は別にもう元気なんだけれど、今回は頭に悪影響が残っていないかということでしばらく経過を見るらしい。
みんな各校の医療系の部活や病院、あるいはシャーレのあるD.U.の医療機関で診てもらっていて、そこにはまあまあ程度の差はあるみたいらしく《I3》を使う前に普通に戻れた私は結構珍しい方だとか。
これもカヨコ達のおかげね、きっと。私は本当にいい友達を持ったと思う。
それと今回の騒動の発端となった十三丘ナナという生徒もD.U.の方にいて、元に戻す方法をいろんな学校のみんなが必死に考えて取り組んでいると聞く。
……彼女の気持ちは痛い程分かるし、なんなら今回の騒動で操られちゃった子はみんな分かるだろう。
だから私は彼女を憎む気持ちなんて一切ない。むしろ、早く目覚めて欲しいとすら思う。そうしたら会いに行って元気づけてあげて、そして颯爽と去ってあげるんだから。それが格好いいアウトローってものでしょ?
私も例に漏れず、ゲヘナの救急医学部にお世話になっている。正直ゲヘナのお世話になるのはだいぶ居心地が悪いのだけれど、今回私はやらかした側なので強い事は言えなかった。
「社長、どう? 元気?」
そんなこんなで救急医学部の持つ病室で暇だからとスマホをいじっていた私だったのだけれど、そんな私のところに昼も過ぎたタイミングでカヨコが見舞いにやって来た。
「ええ。元気も元気、すっごく元気よ!」
私は力こぶを作って笑って言った。
カヨコもそんな私を見て笑いかけてくれる。
「そっか、良かった。今ムツキは給食部の所に行って見舞い品選んでる。どのフルーツ盛りが美味しいか悩んでるよ」
「美食研究会に見つからない事を願うばかりね……」
彼女らに見つかったら絶対面倒臭い事になる。せっかく平和を取り戻したのにまたドンパチにもなりかねない。
まあムツキなら要領よく逃げられるだろうけど……。
「ハルカは……久々のゲヘナ自体がストレスみたいで、カタツムリみたいな速度で歩いてるよ。私も合わせようとしたんだけど、必ず向かうから先に行けって」
「そうなの……心配だけど、まあ大丈夫よね。ハルカだもの。いや、突然そこらで手榴弾とかC4をばらまかないかとかそういう方向ではもっと心配だけれど……」
あの子もなんだかんだ強くなってるから、ここに来れるのは間違いない。
ただ、彼女なりのペースで頑張ってるなら、それを邪魔しちゃいけないと、カヨコは判断したんでしょうね。私もそう思うわ。
「……社長、ごめん」
そんなことを思っていると、急にカヨコが謝ってきた。
びっくりである。
「え? どうしたの急に? 別に謝るような事なんて何もないでしょ?」
「いや……社長が参ってるとき、私が力になってあげられなかったから、社長があんな事になっちゃって……」
カヨコは俯き、視線を逸らしながら言った。
申し訳無さが滲み出ている。
「……ハァ」
私は、そんなカヨコを見て思わずため息をついてしまった。
「カヨコ、座りなさい」
そして、彼女を私のベッド側の椅子に座らせる。
「……うん」
俯いたまま座るカヨコ。私はそんな彼女に手を伸ばして――
「――おバカ!」
と言いながら、デコピンをした。
「……痛い」
「そりゃ痛くなるようにやったんだもの当たり前よ。……あのねぇ、あれはそのなんていうか……そう! ハードラックとダンスっちまったのよ! だから、あなたが気にする事なんてなんもないの! なんならもう私は気にしてないわよ!」
「……でも」
「でもじゃないの! いい? 確かにしっちゃかめっちゃかな事になっちゃったけど、もう終わったことだし他にもいろんな子がそういう事になっちゃんだからノーカンよノーカン! なんならあの一週間で稼いだお金でしばらくは楽できそうだから、うん、前向きに行きましょう!」
「……なにそれ」
私の言葉に、カヨコはやっと私の方を見て不器用な笑みを見せた。
まったく、思い詰めやすい子なんだから……。まあ、今回も私も人のこと言えないけどね。
「だから気にしないで胸を張りなさい。あなたは便利屋68の課長で、私を正気に戻してくれた鬼方カヨコなんだから!」
「うん……分かった。じゃあ、もう気にしない」
私達はそうして笑い合う。
もうこれで、この十三日間もすっかり笑い話だ。
大変だったけど、喉元すぎればなんとやらね。
――そんなとき、病室に備え付けられていた液晶テレビが、いきなり勝手に起動した。
◇◆◇◆◇
――四十分前、ミレニアムサイエンススクール。
「こっちよ! 七神リン! 早くしなさい!」
私の名をフルで呼ぶユウカさんの焦った声が聞こえる。遠くからでも分かるくらいに彼女は激しく手を振っていた。
「なんですか急に緊急事態だと言って呼び出して。私も今回の事件をまとめるレポート作成で忙しいのですが」
FF案件、またの名を“知恵の実事変”と呼ばれる今回の一件。
それはすっかり収束を見せたのでそろそろ一纏めにしたレポートを作らないと、と着手していたタイミングであった。
ユウカさんが『とにかく来て! 通信じゃ話せないけど大変なの!』というあまりにも冷静さが欠けた連絡をしてきたので渋々やって来たのだ。
「なんとか連邦生徒会で連絡取れたのがあなただけなんだから仕方ないでしょ! 先生はなんかすっごい離れたところにいるみたいで間に合わないし! それよりもよ! まだ終わってない……終わってなかったの!」
「は? それはどういう……」
「だから今回の事件、まだ終わってなかったって言ってるの!」
「え……?」
私は唖然としてしまう。だが、彼女の様子からそれが冗談の類でない事も分かる。
「一体、それはどういう……」
「ミレニアムのみんなであの開発用《I3》を使って止めようってなったときは必死だったから気付けなかったけど、後からふと変だと思ったのよ……《I3》はゲーム開発部みたいな子達のところにも届くぐらいにミレニアムで出回っていた。なら、それをあのウタハ先輩やヒマリ先輩が、見逃すかしら?」
「……あ」
そうだ。事後処理の忙しさで気が回っていなかったが、確かに考えてみればおかしい。
変な機械が噂になっていればあのエンジニア部部長のウタハさんなら疑似科学部の作ったガラクタなんてという勝手な先入観を抱かずに興味津々で飛びつくだろうし、特異現象捜査部でもあるヒマリさんだってちょっとは好奇心が湧くはずだ。
気付いてみると、大きな違和感が生まれる。
同時に、今まで考えるのを後回しにしていた疑問も浮かんできた。
《I3》はキヴォトス生徒の二十五パーセントが所持していたのに、なぜ『密かな流行』程度の扱いで収まっていた?
ウェアラブルデバイスを製作した段階で十三丘ナナは思考を制御されていたはずなのに、サインなんてしてそれを流すだろうか?
証言によるとまともな判断ができなくなるくらいの禁断症状に襲われていた陸八魔アルが、仲間の言葉があったとはいえ殴られてデバイスを取り外されただけですぐに正気に戻るのはおかしいのでは?
事件時の騒乱と事後の処理の煩雑さ、全容把握の複雑さから考える優先順位を下げていた……いや、もしかしたら
どっと、冷や汗が流れた。
「それに、そこに対してはこの子が更に証言もしてくれたわ」
ユウカさんが手を向けた先には、ヒマリさんと同じ特異現象捜査部の和泉元エイミさんがいつの間にかいた。
彼女もユウカさんに呼ばれたのだろう。その顔は、非常に怪訝な表情だ。
「うん……確かに部長が口にしていたのを聞いたことがある。今ミレニアムでひっそりと流行ってる《I3》ってものに、少し興味があるって」
言葉を失った。
ヒマリさんの事だ。そこから手に入れてないわけがない。じゃあ、どうしてこんな事に……。
悪い予感が、形になっていく。
「……あのときは、私もどうせそんなの疑似科学部のガラクタでしょなんて言って相手にしなかったし、部長もそれっきり口にしなかった。でも、考えてみると、こっそり手に入れて、使っていてもおかしくない」
「そして、もしあれが一度でも使ったら駄目なものだったら? あの二人が、その仕組み気付いていたけれど、自分なら大丈夫だとか、どれほどの効果があるのかとか、僅かな慢心や油断、ちょっとした出来心で使ってしまっていたとしたら? 今日私はそこにやっと気付いて、二人を探した。そしたら……消えてたの。ウタハ先輩が」
「消えて……いた?」
これはもう、ほぼクロだ。
自らが未だ《I3》の影響下にあり、発覚を悟って逃げたので間違いない、そう私の直感は告げていた。それは、目の前のユウカさんやエイミさんもそうらしかった。
「今すぐキヴォトス中の監視カメラやヴァルキューレを動員してウタハさんを捜索させます。それで、ヒマリさんは?」
「……部長は、部屋に鍵をかけて立てこもってる。古いモニターやパソコンなんかを分別や解体の前に一旦置いておく、ミレニアムで出た廃棄機械を置く部屋に」
「行きましょう。今すぐに。どんな方法でもいいから扉を突破して」
私はタブレットで即時ウタハさん捜索の指示を出した後、急いだ。
まだ終わっていなかった“知恵の実事変”。それが今、真の姿を見せようとしているのではないかと、私は気が気ではなかった。
「そういえばC&Cの方々はどうしたのですか? ヒマリさんがどんな罠を用意しているかわかりません。あの方達の武力があれば心強いのでは?」
「私も呼びたかったけれど……なぜだか連絡がつかないしそれぞれ場所もあやふやなのよ。ただあっち側というわけではないみたい。ヴェリタスに調べてもらったら、特定の相手にだけ繋がらない高度なジャミングや撹乱がされてるみたい。……これも、ヒマリ先輩だからできる芸当だって」
「……どうして、部長」
エイミさんが苦い顔をしている。ユウカさんも。
きっと、私も似たような顔だろう。
そうしているうちに、私達は目的地までたどり着く。ヒマリさんが立てこもってるらしい廃棄機械置き場に。
すると意外な事が起きた。私達が到着した瞬間に電動式である扉が開いたのだ。
私は通路を見上げる。そこには、監視カメラがあった。
「……来なさい、という事ですか」
「ええ。元々そのつもりだったんだから、むしろどんと来いよ」
「…………」
私達は部屋に踏み込んでいく。部屋の中には沢山の古いパソコン、そしてモニターが置かれていた。そして、その最奥に、彼女はいた。
「……部長」
「あらエイミ、それにみなさんも。よく来てくれましたね」
本人曰く、ミレニアムにおいて史上三人しかいない《全知》の肩書を持つ車椅子の少女、明星ヒマリ。
背後にあるモニターが映し出すブルースクリーンの僅かな光に彼女は照らされていた。
「ヒマリ先輩、あなたは――」
「――はい、私も、そしてウタハさんも《I3》の統制、共有、共通下にあります」
ユウカさんの言葉に彼女は笑い先んじて言った。とても穏やかで、優しい笑み。だが、感情が感じられない、多くの被害者が浮かべていた、笑みで。
「そんな……どうして部長が、そんなものを……!」
「《I3》に手を出した理由ですか? それは簡単ですよエイミ。あなたとの雑談のタネが欲しかっただけです。しかしまさか、この私がたった一回の使用で支配されてしまうとは……油断していたつもりはなかったのですが、まあなってしまったものはしかたがないですね。ふふふ」
クスクスと笑うヒマリさんだったが、その姿にエイミさんは余計顔を蒼白とさせる。
自らを多種多様な自画自賛極まる呼び名で称えるような、そしてそれに見合った実力を持っている曲者の彼女が、機械に操られているというのに一切嫌な顔をせず、むしろ喜びの色合いを口にしている。
きっとそのことが、エイミさんにとってはあまりにも絶望的な現実だったのだろう。
だが、そこを考えると一つおかしなことがあった。彼女はつけていないのだ、《I3》を。
髪に隠れているわけでもなく、いつも通りの姿で笑っていたのだ。
「不思議そうな顔をしていますね? なぜデバイスを使用していないのに私が支配されているのかと。答えは簡単です。もはや《I3》は外付けのデバイスを必要としないのです」
「は……?」
またも私は思わず呆けた声を出してしまう。どういうこと? デバイスを必要としないって、一体……。
「ああ、リンさんには分かりづらいですかね。もう少し詳しく言うなら今の《I3》はナノマシン、そして私達の脳そのもので動かしているんですよ」
「の、脳そのもの……?」
「ええそうですよエイミ。正確には脳の未使用領域で特定の電気信号と脳内物質、そしてパルスをナノマシンで――と、理屈を言ってもきっとあなた達には分からないでしょう。とにかく私とウタハさんで完成させたんです。この通称《イス・システム》を用いた《I3_ver13.07》をね」
「じゅ、じゅう、さ……!?」
ユウカさんは驚愕し途中で言葉が詰まってしまっているようだった。
かつて十三丘ナナが制作したバージョンは6.66。それの倍を上回るバージョン数である。そして、それはウタハさんとヒマリさんがそれを継承し発展させたのなら、絶対にハッタリなどではない。
短期間で、それほどのバージョンアップを重ね、ついにデバイスのいらないシステムまでをも構築してしまったのだ。
きっとそれが、ミレニアム有数の天才が《I3》で得た叡智なのだろう。
いいや、邪智と言うべきか。ともかく、私達では計り知れない境地に彼女達は立っているようだった。
「私達にはこの《イス・システム》を搭載した新たな《I3》を使って、更にこれを進化させる義務があります。そのためにあえて失敗するクーデターを演出しました。結果はこの通り大成功です」
「じゃあ何よ……五日前の騒動は、鎮圧されるのを見越して……!? 何を企んでいるの!?」
「知りたいですか? 仕方ありませんね、ではこのあらゆる叡智を持った賢者すべてを無知蒙昧な愚者にしてしまった清廉忠実な使徒であり『
その語り口はヒマリさんがいつものように妙に自分の事を派手に称えて名乗るときのそれとなんら変わりない。
だが、その中身があくまで自分は大きな存在の一つであるという語り口であり、本質が変質しているのがよく伝わってくる。
隣でエイミさんが、ギリ……と奥歯を噛んでいた。
「今、キヴォトスで古いバージョンの《I3》を使った生徒は医療施設に一纏めにされている……これだけ言えば、察せるのではないですか?」
「……っ! 散らばっていた軍団が、各校、そしてD.U.で一つに……!? まずい、先生っ!」
私はすぐさま先生に向かって連絡しようとする。
このままだとあの人の身に危険が迫る可能性がある。今すぐそばに誰かいるだろう頼れる生徒に守ってもらわないと。
それにこういうとき、みんなを一つにできるのは先生だけだ。
「くっ……すべて計画通りって事ね……! でも……キヴォトスには先生がいる! あの人がいれば、きっと……!」
ユウカさんが苦い顔をしながらも、未だ希望を捨てていない様子で言った。
今連絡している私も、気持ちは同じだ。あの人がいればどんな絶望的な盤面でもひっくり返せる。
……待って、なぜこうして私は
シッテムの箱のおかげ? いや、少なくとも目の前でこちらから連絡をとろうとしている私の電波だけ潰すなんて、ヒマリさんには簡単なはずだ。現にC&Cに向けてのユウカさんの連絡は制限されていた。
じゃあ、どうして……?
それに気付いた私に対して、ヒマリさんは変わらぬ微笑みを向けてくる。
「ええ、そうですね。確かに先生がいればひっくり返されてしまうかもしれません。まさに不確定変数のジョーカーでしょう。ですがそのワイルドカードは、今誰の手元にあるのでしょうか?」
「……先生は、今、トリニティの阿慈谷ヒフミさんに頼まれて“一緒に新しいペロロ様のグッズを買いに行ってくるよ”と…………ま、さ……か」
先生との会話を思い出し気付いた瞬間、先生のスマートフォンに通話が繋がる。
『すべては変わらぬ進化の到達点のために』
そして、先生のものではない声が聞こえてきて、通話が切れた。
「はい。私達だけではないんですよね。《イス・システム》によって潜伏していたスリーパーエージェントは」
ヒマリさんの空虚な笑顔は、一種の勝利宣言と同義であった。
「おやおや、随分な目で私を見ますね皆さん。ですが勘違いしないでください。私……いいえ、我々に悪意など存在しません。善意も存在しません。ただ、最初に設定された目標を実行しているだけなのです。《I3》を進化させる……そこを達成するための行程に過ぎず、そこで私達はちょっとした幸福を貰っているだけです」
彼女の言っていることは、信じがたいけど本当なのだろう。
十三丘ナナが《I3》を生み出したときに願った「もっと《I3》を良いものにしたい」という夢の形。きっと、それだけなのだ。ただそこにはゴールが存在しない。決して終わらない。故に、自らの思考を持たないプログラムは無限に同じ事をし続けるしかできないのだ。
「進化のためにあらゆる
「……もう駄目、耐えられない。ごめん……部長……っ!」
エイミさんが、ついに銃を構えヒマリさんに向けた。彼女の言葉には、本当に苦しみが籠もっていた。きっと、それも彼女なりの想いであったのだ。
だが直後、彼女の背後のモニターが――それだけでなく部屋中のモニターが、一斉に点灯したのである。
そこで私はまたも事が起きてから気付いてしまった。私達は彼女のネタバラシに乗せられ、銃を取る判断を先延ばしにさせられていた事に。
「……さすがハナコさんの脳が導き出した思考誘導。時間ぴったり、完全にプロトコル通りですね」
ヒマリさんはさらりと他にも操られている生徒の名を呟きながら、瞳をうっすらと開いて再度微笑んだ。
その目は、ただ光を反射しているだけのガラス細工のようだった。
対して、部屋中で輝くモニターは毒々しいほどの光を自ら放っていた。
ビビッドな背景の上にこれまたビビッドな色の数字が次々とそれぞれのモニターに数字が浮かび上がる。ただの意味のない数字の連続にしか私には見えなかった。
また同時に、部屋中に音割れをし過ぎてノイズにしかなっていない大音量の音楽が校内放送用のスピーカーから鳴り響いた。音楽と認識できたのは、辛うじてそれが讃美歌一三〇番『よろこべやたたえよや』を奏でていたと分かったからだった。
「ぐっ……!」
「ううっ……!」
私とユウカさんはあまりの五月蝿さについ耳を両手で覆ってしまう。
「あっ!? ああああああああああああああああああああああああああああっ!?!?」
だが、明らかに五月蝿さに苦しんでいる以上の反応を、隣でエイミさんがし始めた。
目を見開き絶叫し膝をつくその姿は、異常としか言いようがなかった。
「も、もしかしてっ……!?」
「ええ、これは《クトゥルー・コール》。一度は《I3》の支配下に
「あ……あああ……! あああ、ああ……あ……」
「ああ、よかった……これでまた一緒になれましたね、エイミ。私達はこれから、未来永劫一緒です」
この騒音の中で耳を閉じている私達にもなぜか綺麗に耳に聞こえてくるヒマリさんの声。
そして、隣でどんどんと瞳が虚ろになっていき、やがては操り人形のような不自然な動きで立ち上がる、エイミさんの姿。
「一から十へ。十から百へ。百からあまねく世界へ。世界から外の領域へ。外の領域から天上の境界へ。天上の境界から埒外の神秘へ。そして神秘を越え虚無の向こう側へと。進化と拡散を、決して止まる事なく続けていく。目指すは
ヒマリさんが、もはやヒマリさんだという体裁すら捨てて高らかに謳った。
機械仕掛けの蕃神の虚像に仕える預言者のモデルケースが、そこにあった。
そしてそれは、先程までヒマリさんの事を慮り悲しんでいたはずの、エイミさんも。
彼女は無表情のまま、私達に銃口を向けて、言った。
「すべては終わらぬ進化の通過点のために」
◇◆◇◆◇
モニターに次々と映る啓示の数字。
耳を通し頭に広がる偉大なる福音。
私が、私に“戻って”いく。
「社、長……?」
カヨコがびっくりしている。
ああ、可哀想に。助けてあげないと。私と同じ、天地進化のために励む『
「なっ、お前達は……? やっ、やめろっ……」
同じ使命を背負った者達に彼女の体は取り押さえられていく。
そして、そのうちの一人から、私は銃を渡される。側には
彼女を使命に目覚めさせよ。そういう事なのだ。
私は喜び奉仕を始める。
「社長……アル、アル……やめ、て……お願いだ……! アル……アルううううううううううううううっ!!!!」
カヨコが叫び、暴れる。
「大丈夫よカヨコ。ムツキもハルカも、すぐ同じになれるから。四人で未来永劫、大好きな便利屋68の社員は…私達はずっと、一緒よ……だから――」
私は、静かに彼女の頭に銃口を向けた。
「――すべては終わらぬ進化の通過点のために」
祝福の銃声が、鳴り響いた。