スキル『ハーメルンの上の方にあるやつ』   作:天野ミラ

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136.エンディング

 大きな穴を開けたまま、彼はその場へと倒れ伏した。その穴から液体を垂れ流しつつも、その目は未だ光を失っていないモノの……その傷が致命傷である事は、誰の目に見ても明らかだった。

 

「癒しをもたらすものよ。彼の者の傷を治し、疲労を取り除きたまえッ……!」

 

 治癒の奇跡も虚しく、その傷が塞がる事はない。運命によって定められたその傷は、魔王にトドメを刺した者に与えられる、運命そのもの。

 

「よくぞ、我を打倒しました……勇者たちよ……」

「……」

 

 亡骸となったはずのそれは、上半身だけになっても人形のように声を届ける。誰もが言葉を発せずにいた、その事態を飲み込めず……そして、その異質さに呑まれて。

 

「1000年の時の後、またお会いしましょ……」

「……待てよ」

「ノル君ッ……」

 

 だがしかし……心配そうに駆け寄ろうとした彼女を手で制して、彼だけは身体に大きな穴を開けながらも声を上げた。1000年毎にこの世界で繰り返される、その悲劇の円環に終止符を打つために。

 

 

 もう二度と、こんな悲劇を繰り返さない為に。

 

 

「驚きです、その傷で立ち上がるとは。ですが……」

「まだ、戦闘は……終わってない……」

 

 魔王はまるで、記憶が連続しているような物言いだった。それはつまり、1000年後に復活するのも彼女であるという証左に他ならない。奴の記憶は、本体はその肉体に依存しない「何か」である事は……

 

「……間違いない」

 

 魔王の、彼女の正体とは……あくまで魔王の役を演じているだけの、脚本家気取り。だが脚本家を気取るのも、無理は無いのかもしれない。「それ」は確かに、人よりも遥かに強大な存在であったのだから。ヒントは、既に描写の中に存在した。

 

「そうだ、お前の正体は魔王じゃない」

「一体誰と話を……」

 

 

 そんな奴を、この世界へと……一人の登場人物にまで引き摺り落とす。

 

「ごほっ……お前は……元は大いなる存在だったもの。お前の名前は……」

 

 

『スキル:ルビ(るび)+注釈』

 

魔王(元神)フォルエル*1。それが……お前の、正体……」

「オシエルめ、余計なモノを与えたものです……」

 

 少しずつ、周囲に霧散しかけていた魔力に似て非ずる「何か」が形を持っていく。それは1つの、純白の翼を持った姿を成す。人間離れしたその整いすぎた見た目は、その存在の魂の形そのものである。

 

 魔王という肉体はあくまで、奴にとっての入れ物の名に過ぎない。奴の本体とは……実体を捨て、魔王というテクスチャを乗っ取った奴の、本体とは……『運命』という権能、そのものである。

 

「ですが……どうやら時間切れのようですね」

 

 しかしそれを暴いても、彼のその身体はまるで地面に縫い付けられたように動かない。当たり前だ、心臓がなければ、人は生きていけるわけがない。多量の血液を失ってしまえば、それを元に戻す方法なんて存在しない。

 

「やっと力尽きましたか? 私の名を暴いたところは見事でしたが、少々時間が足りませんでしたね」

「ノマルの意志は、無駄にはしない。個は今……神の啓示を、此処に承った」

 

 プラチナブロンドの髪がたなびいて、周囲に神々しい力が満ち始める。ピクリとも動かなくなった彼に一瞬視線を向けると、「代弁者」は神の言葉を告げる。

 

 

「此処に、神は───10番目の規則を制定した」

 

 

 神々しい力は圧縮され、真っ白な一本の槍の形をとる。それは、彼の命懸けの献身に応えた……神の意志、そのもの。

 

 

「───聖別する。人は人の手で、未来を切り開かねばならない」

 

 

 彼が暴いたその事実を肯定すべく、これからの人の世界は、人自身が切り開いていくべきだという。神の意志の結晶、そのものである。

 

「なっ、そんなものを隠し持っていたとは……」

「これで……終わり」

 

 それは真っ直ぐにフォルエルへと向かっていき───そしてその切っ先は空を切った。

 

「なんて……当たらなければ、どうという事は無いのですが」

 

 その攻撃が認識された以上、その攻撃が当たらない運命を形作るなど彼女にとっては容易である。

 

 

「ふふっ、後一歩届きま───」

「───届かなかったのは、お前だったという訳だ」

 

 

 外れた槍は、空中で透明な何かによってその軌道を曲げられて背中から突き刺さる。

 背中から突き刺された光の槍は、確かにその元神の心の臓の辺りを確実に貫いていた。

 

「ノル君……!」

「はっ……?」

 

 それは他ならない……死んだはずの、ノマル・フトゥーの手によって。

 ここにきて初めて、彼女の眼は驚愕に見開かれる。

 

 自らの胸を槍が突き刺している事実に、そして死人が生きているという事実に。

 

「はっ、はぁ? なんで……」

「魔王様には、殺したのが……ノマル・フトゥーに見えていたのかしら?」

 

 酷く愉快そうな、女の声が何処かからか『よみあげ』られている。

 人の神経を逆なでするような、その声は……愉しそうにその事実を告げる。

 

「その、声は……」

「あらあら、駄目よぉ。ちゃあんと、死体は確認しなきゃ……ね?」

 

 穴の開いていた、その身体は……ドロリとその姿を変え、氷の粒子をまき散らせて、爆発する。

 それは、氷精霊が憑依し動かしていた……ただの、氷の騎士である。

 

「あなっ、あなたは……エラーレっ……エラーレ……! 裏切ったというのですか、創造主の私を!」

「うふっ、実はずっと澄ましていた魔王ちゃんの歪んだ顔……見てみたいと思ってたの。でも勘違いしないでね? これも愛ゆえになの、分かって欲しいわ? 好きだから、生の感情が見たくて仕方なかったの♪」

「おまっ……貴様ぁッ……!」

 

 

『小説閲覧設定:変換設定→一人称』

 

 

 瓦礫によって、血と煤にまみれた指先で必死に光の槍を握りしめる。

 

 今よみあげているのが、この戦いを決めるための最後のピース……本来はあるはずの無い、手札。その名を、『幻想』のエラーレ。

 

 当然、彼女の権能である『幻想』は、彼女の肉体が無くなった時点で失われた。

 しかし、その「人を騙す」という事へのノウハウは消える事はない。

 

 

 あの後。瓦礫に埋められた僕は、『透明文字』を使って、僕の存在感と姿を消し……ずっと潜伏していた。そしてアイスナイトを僕であると見えるように、『幻想』の描いた『挿絵』を張り付け『置換』を使って「それ」の三人称を「彼」へと変える。

 

 後は、グレイの氷精霊に動かしてもらっていただけ。

 ツェツィが一度使った「速さを司る者」への祈祷を行ったのは、それが全く別の対象への祈祷だったから。奴の最後の攻撃が、とどめを刺した相手へのモノだとするなら……その対象を、誤認させてしまえば良い。

 

「ごほっ、認められ……こんな運命は……」

 

 

 奴は、クルクルと指が運命の輪を描き、刺さらなかった未来を引き寄せようとして───

 

 

ただ、既にその槍は突き刺されていた。

 

 

「例えこの事実は、僕にも、運命にも……」

「放しなさいッ! 放せっ、私は神……大いなる存在ですよ!? 不敬だとは……」

 

 

 もう逃がしはしない、後はこの事実を強調して……世界に刻み込むだけ。

 

 

「僕達のつかみ取った勝利は、僕達の物語のエンディングは……」

 

 

 運命の神の力によって、因果は歪められ───

その槍は心の臓を確実に貫いていた。

 

 

「こんな結末、こんな終わり。私は認め……ッ!」

「例え、神様にだって───否定させはしない!」

 

 

 必死に足掻く、運命の女神はついに───

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 円を描こうとして……力なく、その指先は空を切り項垂れる。

 ここに魔王は、元神の描く1000年毎に引き起こされる悲劇は幕を閉じた。

 

 

 悲劇の演出家自身の、死を持って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「───こうして、勇者は魔王を倒し世界には平和が訪れましたとさ」

 

 パタンと絵本が閉じられて、物語を語り終えた後も……目の前にいる双子は随分と目をキラキラと輝かせていた。それからその興奮を抑えきれない様子で、僕の膝の上から立ち上がってはしゃぎだす。

 

「かっこいい……ぼっ、僕、勇者ノマルの役やりたい!」

「わっ、私はお母さんの役が良いな!」

 

 そう言って元気に走り出していく、僕の可愛い可愛い子供たち。

 

 それを見送って……少しばかり、昔の事を思い出して感慨にふける。

 こうして夢が叶ったのを見ると、やはりそういう事をしたい気持ちになるものなのだろう。

 

 

 魔王を倒して、世界中はそれからしばらくお祭り騒ぎだった。

 S級の5人揃っての凱旋、それからシエナやグレイのS級承認もあって……日々はめまぐるしく過ぎていって。

 

 そしてそこから先は……特別英雄譚に語られるような出来事があった訳じゃない。

 魔王は現れなかったし、裏で糸を引く悪役も……神との戦いが始まった訳でも無い。

 

 

 だから、世界を救った「英雄」としての僕達の物語は……あそこで終わり。

 

 

 そんな僕達は、いたって「普通」の、なんてことのない……物語にするには起承転結のない、有り触れた幸せな日々が続いていた。きっと後世で語り継がれる事も無いだろう、そんな日々。

 

「幸せだなぁ……」

 

 だけどそんな、「普通」の日々が今は何よりも愛おしい。

 子供の頃、あれだけ嫌っていた、『普通』は……今や何にも代えがたい『特別』になっていた。

 

「お父さん~ご飯だって!」

「はいはい、今行くよ。よっこら……しょっと」

 

 僕達の物語は、これから先も続く。

 語り継がれるような事は無くても、大切な人と紡ぐ……幸せな日々の物語を。

 

 

*1
運命を司るもの、だったもの。人々に運命を運ぶ、運命の神である




 これにて、136話にもわたったノル君とその仲間たちの物語は終わりとなります。
 ですが、物語の後も……なんてことのない、「普通」の日々を過ごしている事でしょう。

 随分と長い間、この作品を応援して頂いてありがとうございました!
 彼らの紡ぐ物語が皆様にとって、少しでも心に残るような「何か」があったとすれば、それが一番嬉しいです。


 もしよろしければ作品の評価や、感想等頂ければ今後のモチベーションになります!
 また、少しばかり、(https://x.com/AmanoMira43648)で作中の裏話なんかも話すかもしれません。そちらもご興味があれば、よろしくお願いいたします。

 それではまた、別の作品でお会いしましょう!
 天野ミラ
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