無口に愛を紡ぐ教室へようこそ   作:Mr.♟️

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30〜櫛田デート前編〜

 

今日は櫛田桔梗と白銀琥珀のデート当日。2人は白銀の部屋にいた。

 

「何してるのかな」

 

無遠慮に部屋の中を物色している櫛田を、白銀は静かに咎める。櫛田はピタッと手を止め、振り返って白銀と視線を交わした。

 

「......うん、琥珀くんも男の子だもんね。見られたくないものくらいあるよねっ!」

 

もしこれで白銀が少しでも動揺する素振りを見せたなら、櫛田はさらに徹底的に部屋を漁るつもりだった。

 

彼が隠しているいかがわしい本やDVDを見つけ出せば、今後からかうための絶好の弱みになるからだ。

 

「そうだね」

 

当然ながら、白銀は表情一つ変えない。しかも、彼は櫛田の鎌かけをあっさりと肯定してみせた。その予想外の反応に、櫛田は怪訝な表情を浮かべる。

 

「もしかして、本当に......あるの?」

 

白銀は何も言わず、ただ静かに目を閉じた。それは暗黙の肯定と受け取れる。

 

櫛田は再び部屋の物色を再開した。からかうネタを探すという目的もあるが、それだけではない。

 

もし見つけ出すことができれば、白銀がどのような対象やシチュエーションに対して性的興奮を覚えているのか、そのパーソナルな性癖を丸裸にすることができる。

 

さらに今日はデートの約束をしている手前、少々羽目を外しても白銀が自分を部屋から追い出すことはないと踏んでいた。

 

白銀はゆっくりと目を開き、無言のまま櫛田の動きを観察している。

 

クローゼットの中、机の引き出し、本棚の隙間。隅々まで探したものの、櫛田は目的の物を何一つ見つけることができなかった。唯一探していない場所──ベッドの下を除いて。

 

そこだけ探せていない理由は単純だ。白銀自身がベッドの上に腰掛けており、彼の足が邪魔でベッドの下を覗き込むことができないからだ。

 

「ねぇ、琥珀くん。そこ、どいてくれるかな?」

 

「うん。全然嫌だけど」

 

「へー、そういうベタな隠し方するんだ」

 

ベッドの下にエロ本を隠す。仮に隠しモノがあったとしても、あの白銀がそんなテンプレのような真似をするはずがないと櫛田は考えていた。

 

だが、今の白銀の不自然な拒絶を見て、その考えは疑念へと変わる。ただ少し立ち上がって退くだけの要求を拒むということは、そこに見られたら不都合な『何か』があるという明確な証拠だ。

 

どうやって白銀をそこから退かすか。櫛田の頭脳が回転し始める。

 

「どいてくれないと、外に出た時ずっとベタベタするよ?」

 

決まった。打者がホームランを確信してバットを放り投げるように、櫛田は勝利を確信した。これで渋々立ち上がるはずだと。

 

 

 

 

 

だが、現実は彼女の思い描いた通りにはならない。

 

「構わないよ。こういう交渉は、僕がされて嫌なことを提示するべきじゃないかな?」

 

「は、はぁ......?なにいってんの」

 

思いもよらぬ甘いカウンターに、櫛田はカッと頬を熱くして思考を停止させた。物理的な打撃であれ無形の言葉であれ、無防備な状態でのカウンターのダメージは凄まじい。

 

無論、白銀は彼女が動揺することを完全に予測した上で言葉を返している。なにより、夏の暑い盛りに外でベタベタと密着されるなんて、白銀でなくとも御免被りたいはずだ。

 

「それにしても、君は随分ムッツリだね。そういったモノを見たいだなんて」

 

からかうような白銀の物言いに、櫛田はムッとしてそっぽを向いた。そして抗議の意思を示すように、机の上に置いてあった油性ペンを持ち、どこかに落書きしようとキャップを外す。

 

流石に自室を汚されるのは容認できず、白銀はベッドから立ち上がり、櫛田の手からペンを取り上げた。

 

「小学生でもやらないよ。そんな嫌がらせ」

 

白銀が動いたその瞬間を、櫛田は見逃さなかった。

 

彼女は俊敏にしゃがみ込み、空いたベッドの下を覗き込む。暗くてよく見えない中、躊躇なく手を突っ込むと──指先に、1冊の雑誌のような感触が触れた。

 

「人のことをムッツリなんて呼ぶ琥珀くんは、どれだけいい趣味をしてるんだろ〜〜ねっ」

 

櫛田は勝ち誇った笑みを浮かべながら、それをベッドの下から引きずり出した。

 

が、その表紙を見た瞬間。彼女は再びピタッと石像のように固まり──油の切れた機械のように、ギギギと首を回して白銀を見上げた。

 

彼女の手に握られていたのは、いかがわしい本ではない。

 

近々開催されるファッションショーで発売予定の、櫛田自身が表紙を飾っているモデル雑誌だったのだ。

 

「......ね、ねぇ、琥珀くん」

 

「さて、そろそろ行こうか。少し早めの昼食になるけど、お店を予約してるんだ」

 

動揺する櫛田の言葉をあっさりと無視し、白銀は部屋の扉を開けて彼女に出るよう促した。

 

櫛田の雑誌をわざとベッドの下という怪しい場所に隠しておいたのも、彼女の好奇心を誘導し、最終的に『自分が特別な対象として見られている』という優越感と満足度を与えるための、白銀の仕込みだ。

 

 

言葉を無視されたにも関わらず、櫛田は一切怒る素振りを見せない。顔を真っ赤にしたまま、大人しくトコトコと歩いて部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すれ違いざま、顔を伏せた櫛田が蚊の鳴くような小声で問いかけた。

 

「ち、ちなみに、その......何回、使ったの......?」

 

「何の話か、よく分からないなぁ」

 

白銀は白々しく知らんふりを決め込み、悠然と歩き出す。

 

その後ろを、頬をぷくっと膨らませて不機嫌アピールをしながらも、決して置いていかれないように櫛田が小走りで追いかけていった。

 


 

私はお寿司屋さんに連れてきてもらっている。

 

カウンター席しかない、見るからにお高いお寿司屋さんに。

 

「好きなように注文して食べたらいいよ。注文する順番は〜とか、このお店はそういう細かいことは言わないから」

 

「へいっ!なんでも握りやすっ!どんな食べ方をしてくださっても結構です!私は物言わぬ石像だと思ってくだされば!」

 

「あ、あはは、優しい大将さんなんだね。でも、どうしようかな。あんまりこういうお店来たことないから、何を注文するか迷っちゃうな〜」

 

こんなお客側に寄り添うというか、全ての価値観を無条件で合わせてくれるお寿司屋さんなんてあるんだ。

 

今までこういうお店には来たことないけど、大将の態度が当たり前じゃないことくらいはわかる。

 

「うん、常連だからね。僕のはお任せで。いつも通り、ポイントは気にせず良いネタを握ってよ。櫛田もそうする?」

 

「うん。琥珀くんと同じのが食べたいかなっ」

 

あ、なるほど。プライベートポイント払いのいい上客だから、こんなに大歓迎されてるんだ。

 

「彼女が喜びそうなの中心でお願いできるかな」

 

「承知しやしたっ!」

 

待って。物言わぬ石像を自称させるほど媚びへつらわせるって、一体どんだけ使ったのよ。

 

 

 

 

 

「へいっ!まずは中トロになりやすっ!」

 

目の前の笹の葉に置かれたのは、艶やかな赤とピンクのグラデーションが美しい中トロだった。

 

口に入れた瞬間、とろけるような脂の甘みが口いっぱいに広がり、シャリと見事に解け合って消えていく。

 

「ん〜っ、今まで食べたお寿司でいちばん美味しい!」

 

「喜んでもらえてよかったよ。このお店に、誰よりも先に櫛田と一緒に来たいと思ってたんだ」

 

「ふ、ふ〜〜〜ん。そうなんだ」

 

琥珀くんの言葉に頬が熱くなるのを感じながら、私は立て続けに出される握りを堪能した。

 

濃厚な甘みが舌に絡みつく、こぼれんばかりのウニの軍艦。

 

プリッとした弾力と海老本来の旨味が凝縮された車海老。

 

皮目を軽く炙られ、香ばしさと上質な脂の旨味が鼻を抜けるノドグロ。

 

ふっくらと柔らかく煮上げられ、甘辛いツメが絶妙な穴子が口の中でほどけていく。

 

さらに大将の握る手は止まらず、次々と絶品の握りが笹の葉に置かれていく。

 

細かく丁寧な包丁が入れられ、スダチと塩でさっぱりといただく透き通ったイカ。噛むほどに上品な甘みが溢れ出してくる。

 

たっぷりと脂の乗ったアジ。上に乗せられた生姜とネギの薬味が、青魚特有の旨味を最大限に引き立てている。

 

肉厚でぷりぷりとした食感がたまらない、大きなホタテの貝柱。

 

まるで美しい霜降り肉のような大トロ。中トロ以上に濃厚な脂が、舌に乗せた瞬間に文字通り溶けて消え、思わず幸せなため息が漏れてしまう。

 

 

そして10貫目、コースの締めとして出されたのは、ふんわりと甘い玉子だった。

 

すべてを食べ終えた時点で、私はすっかりこのお店の味の虜になっていた。

 

 

 

けど、それ以上に私の心を占めていたのは、隣で涼しい顔をしてお茶を飲んでいる琥珀くんの言葉だ。

 

ねぇ、知ってる?

 

 

綺麗なものを見た時、美味しいものを食べた時、悲しい時、一番最初に思い浮かぶ人が好きな人って話がある。

 

つまり、つまりね。

 

その理論に当てはめたら──琥珀くんは私のことが..........

 

 

 

 

ガラッと、重厚な引き戸が開く音がした。

 

あ、そろそろお昼時だし、人がきてもおかしくないよね。

 

入ってきたのは、生徒会の副会長である南雲先輩と、2年生の吹奏楽部の先輩だ。デートかな?

 

「先輩と会ったのに、挨拶もなしか?随分偉くなったんだな、白銀」

 

は?なんか、感じ悪くない?

 

「奇遇ですね、南雲先輩。この前は楽しいイベントをありがとうございました」

 

「なんのことか分からないが──楽しめたならなによりだ。今後はイベントが起きないといいな」

 

「そうですね。ですが、気をつけた方がいいですよ。ほら、昔から言うじゃないですか──お天道様が見ている、と。天罰が当たらないといいですね」

 

「琥珀くん、私とのデートに集中して欲しいなぁ。その話、今しないとダメ?」

 

ちょ、ちょっとちょっと、なんでバチバチしてるわけ?あんた、副会長と別に仲悪くなかったんじゃないの?

 

険悪な空気を誤魔化すように、私はわざと甘えた声を出しながら琥珀くんの腕に軽く触れる。

 

そしてそれは、拒まれることなくぎゅっと軽く手を握られた。

 

「そうだね。南雲先輩と話すより、櫛田の方が大切だよ。そろそろ出ようか」

 

な、なんなの。最近......優しすぎない?

 

こんな甘い扱いをし続けるなんてさ──私から襲っても、文句言わないよね?

 

お会計を済ませる琥珀くんの横顔を見ながら、私は密かにそんなことを考える。

 

 

 

 

 

だ、だって、一之瀬が琥珀くんに情熱的に押し倒されたって自慢げに言ってたから、それを越えることをしないと......!

 

 

 

お店から出た。琥珀くんが振り向いて口を開く。

 

「次は映画でも見に行こうか?」

 

「うん。ちょうど見たい映画があ──るんだけど、旧作だから映画館でやってないんだよね。ネットカフェで見ようよ」

 

チャンス。映画館だと、暗がりで手を握るくらいのことしかできない。

 

でも、ネットカフェなら違う。

 

個室のフラットシートなら、2人用でも狭いし自然とくっつきやすい。ホラー映画か何かを流して、怖がるふりをして密着すれば不自然じゃない。

 

そしてその流れのまま、琥珀くんの事を押し倒して──誰かに取られる前に琥珀くんの初めてをもらう。

 

(大丈夫。ちゃんと可愛い下着に履いてきたし、きっと、大丈夫)

 

今日私は、琥珀くんにとっての唯一無二になる。『特別な存在』にね。

 


 

櫛田写真集一部

 

 

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あーあ。一之瀬さんが変なマウント取るから...。
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