今回の
しかし、今は殿下に私の気付いた
「つまり、今回の騒動はエリアーヌ・ハイアット嬢が仕組んだ物だと?」
「はい。どこからどこまでが彼女の思惑通りなのかは分かりませんが、少なくともこの事故の発生原因が彼女にある事は間違いないかと」
今回の事故について、エリアーヌ・ハイアットが魔術を使用したのは間違いないと考えている。
近くで見ていたので魔術を詠唱しているのは分かったし、それが何を目的にしたにせよ、碌な結果にはなっていないのはこの惨状を見れば明らかだ。
私の報告を聞いた殿下は、しばらく考える素振りを見せてから困ったように肩を竦めてみせた。
「…エリアーヌ・ハイアット嬢が、レーンブルグ公爵家の人間という事は知っているね?」
「ええ、存じ上げております」
いくら私が北部の貴族で中央の貴族について疎いといえども、学園にいる『公爵家』の人間くらいは把握している。そして、私がこうして殿下と二人っきりで話しているのも、彼女の立場が原因だ。
公爵家の人間が悪事を働いたからといって、私の独断で表立って責め立てればそれはもう面倒な事態に発展する。彼女は第二王子派の公爵家、私は第一王子派の辺境伯家…騒動にならないはずがない。
「かの家はクロックフォード公爵とも懇意にしていて…まだ確定ではないけど、クロックフォード公爵が彼女を私の婚約者として宛てがおうとしている事は?」
「風の噂程度には…言いたい事は理解しました」
「話が早くて助かるよ。何より、明確な証拠も無いだろう?」
エリアーヌが魔術を使ったというのを知っているのは、私と殿下とエリアーヌのみ…『
物証が無い以上、この件は舞台演出係の不手際として処理され、犯人であるエリアーヌ・ハイアットは無罪放免となるのだろう。
政治的な理由で人の悪事を見逃すのは良い気分ではない。だが、貴族の人間としてその必要性も理解はしている。結局、この国を動かしているのは貴族が中心だからだ。
「はぁ…本当に、面倒ですね。貴族間の関係も、損得勘定による処罰の有無も…」
「それが貴族だからね」
本当に貴族はクソだな。今回の件は目に余る…かと言って、レーンブルグ公爵家や殿下と争うまでの気力はない。
それに傍迷惑な話だが、結果として事態は無事に収束し、観客も一連の流れを演出として受け止め称賛している。そこに水を差されるのは生徒会長としても面白くないだろう。
結局、私も今回の行為を見逃すしかないのだ。自分の事ながら、貴族らしくなって喜べばいいのやら。
「貴方が白だと言うのならば、白なんでしょうね。少なくとも、この学園内では…ところで、ハイアット先輩がこんな事をした理由に心当たりは?」
「うーん、私の関心を引こうとしたのかな?それにしてはお粗末な工作だけどね」
そういえば、エリアーヌも殿下にラルフ役を務めてもらおうと説得していたか。殿下の予想が正しければ、本来ラルフを務める筈だった生徒の事故も、彼女の仕業という可能性が生まれるか?
そこまで過激な手段を使う人間だとは思いたくないが…演劇中に攻撃魔術を使うような人間だ。何をしても不思議ではない。
「それじゃあこの後は…レノ、悪いんだけどあの大きなセットの撤去だけ手伝ってあげてほしい。頼めるかい?」
倒壊したセットは大きく、モニカがある程度消火したとは言え現場には火花が飛び散っていた。万一を考えると私も事故の対応に回った方が良いか。
「分かりました。その後はどうしますか?」
「もう学祭も終盤だし、自由に回ってくれて構わないよ。私の付き合いで慣れない事をして疲れているだろう?」
殿下の言う通り、今の私はかなり気疲れしている状態だ。ここでの自由時間は有難いが、殿下から離れるのも不安だ。どうしたものか…
「……では、お言葉に甘えて、お暇をいただきます」
暫しの逡巡を経て、私は自由時間を貰う事にした。せっかくならお父様とも話しておきたいし、このタイミングならルイスとも直接話せるからだ。
今回の殿下の護衛は、想定以上にややこしい事態になっている。
フェリクス・アーク・リディル第二王子を狙っていると思われる正体不明の敵…高度な変装技術を持っているあいつが野放しになっている。そのせいで警戒すべき対象が多すぎる。
だと言うのに近衛兵は呼ばず、学園の警備員だけで済ませようとしているのだから、私やルイスにかかる負担は大きくなっている。
ここまで事態が拗れたとなると、流石にルイスと直接話しておいた方が良い。何処に耳があるかも分からない校内では、碌な作戦会議も出来ないが、それでも話さないよりは良い。
とりあえず、さっさと倒れたセットの撤去に向かうとしよう。頼まれた仕事はきっちりと済ませるべきだろう。
「これはもう廃棄でいいですか?」
「は、はい。問題ありません」
許可も貰えたので、運びやすい大きさに分解していこう。
工具を持ってくるのも手間なので、木材を適当な場所でへし折っていく。周りの視線が突き刺さるが無視だ。私はさっさと終わらせてルイスと話したいんだ。
手頃な大きさまで折ったら、後は持ってきてもらったロープで纏めて、廃棄場まで持っていけば終わり。後は業者がどうにかしてくれるだろう。
さて、殿下から任された仕事も終わったし、私は私の目的を果たすとしよう。
「リン、ルイスは何処ですか?」
『舞台裏の外れでグレン殿を折檻しております』
「なるほど、自業自得ですね」
迷わずルイスと合流する為にリンに話しかければ、すぐさま答えが返ってくる。ルイスはここからそう遠くない場所に居るようだ。
ルイスは多少暴力的な面はあるものの、嫌いな相手以外には必要がなければ暴力を振るったりはしない。そしてグレンには折檻を受けるに値する『やらかし』が幾つもある。
理由は分からないが、心当たりはあるので深く突っ込むこともない。なんにせよ、まずはルイスと合流してから考えるべきだろう。
「ルイス」
「おや、魔剣姫殿。お疲れ様です」
「れ、レノ!助けて!あーっ!師匠!ギブギブ!お、折れる!折れるっス!」
リンに言われた通りの場所に行くと、グレンがルイスに間接を極められていた。
どうせまた何かやらかしたのだろうし、放っておいても良いが…助けを求められたし、どんな理由で関節技を極めているのかくらいは聞いておこうか。
「
「いえ、それ以外の飛行魔術の件です」
「だから言ったでしょう、グレン。こうなるって」
「は、反省してるっス!だから、たすけ…いだだだだ!」
どうせ飛行魔術で実家に戻っている事がバレただけだろう。警告をした筈の、あの串焼きパーティーの日以降も繰り返していたのだろうか。だとしたら底抜けの馬鹿だな。
一先ずグレンは置いておくとして…まずは今回の『事故』についての情報を共有すべきか。
「それで、今回の件についてはどの程度知っていますか?」
「おおよその報告はリンから聞いています。お転婆なお嬢様が
「裏はありますかね」
「まあ、無いでしょうな。ただの癇癪でしょう」
ルイスの見解も私と相違は無さそうだ。
殿下の気を引くために起こした凶行…それが自身の想定を超えて、制御できない規模の事故になりかけただけだろう。
「しかし、結果論ですが代役がグレンで助かりました。あそこでエリアーヌを『劇的な演出』で救えたのは僥倖です」
「ええ、そうですね。それに、貴方がすぐそばに居た事も幸運だったのでしょう。あのセットがあのまま倒壊すれば、ハイアット嬢のみならず、観客にも被害が出ていたでしょうね」
「そ、それならそろそろ許してくれても…あだだだだっ!」
グレンの活躍によって、先の
「して、殿下の様子は?」
「少なくとも、私が見ている間は不審な動きは特に確認出来ませんでした。この間はクロックフォード公爵の言いなりになっていましたがね」
不満感を滲ませつつ呟けば、ルイスは事情を知っているのか深刻そうな口調で「ええ」と返す。
「その件もリンから聞きました…どうやら随分と荒れたらしいですね?」
「お恥ずかしながら…少しばかり、堪忍袋の緒が切れてしまいまして」
あの時の事を振り返ると、自分でもどうかと思うくらい取り乱していた。
慣れない環境のせいなのか、次から次へと降りかかるトラブルのせいなのか…はっきりとした理由は分からないが、あの時は酷く錯乱してたのだろう。
「さてと、馬鹿弟子への折檻はこの程度にするとして…グレンには、学園での生活について報告してもらいましょうかね」
「た、助かったっス…」
「…あ」
ルイスがグレンを解放しつつ、学生生活について聞きたいと言った瞬間、思わず声が零れてしまった。ちょうど劇と劇の間、グレンは凄まじいやらかしをしていた。これはルイスに伝えるべきだろうか。
「魔剣姫殿?何かありましたかな?」
「ええ、まあ…一応、報告しておきますか。実は、グレンがラルフの代役を務める事が決まった時に…挨拶に来たレーンブルグ公爵家令嬢、エリアーヌ・ハイアット様に対して、あまりにも不躾な物言いをしたのです」
私の報告を聞いたルイスがすかさずグレンの頭を鷲掴みにする。まだ締め上げてないようで、グレンから悲鳴が上がる事は無いが…グレンは視線を明後日の方向に彷徨わせている。
「よりにもよって公爵家相手に…魔剣姫がそこまで言うなんて相当ですよ?グレン、なんと言ったのですか?」
「あー…えっと……」
「『カッコいいアメーリアと、なんかイメージ違うっスね』、でしたっけ?」
「………」
「ああ!あだだだだだ!割れ、割れるっス!あ、頭!」
答え辛そうに吃るグレンの代わりに私が答えると、ルイスはギチギチと音が聞こえてきそうな程に手に力を込めた。締め上げられているグレンは踠く事しかできないでいる。
ルイスの表情は芳しく無い。流石に公爵家の人間に喧嘩を売るとは考えていなかったようで、対応に困っているのだろう。
「……後でこちらから、ハイアット嬢に弟子の無礼を詫びるべきですかね」
「流石に彼女も大事にする事は無いと思うので、当人間で解決するのが一番でしょう。そこは私が仲介しますから、ルイスは何かあった時に動いてください」
「そうですね…分かりました。弟子の不始末を他人に押し付けるのもどうかと思いますが、そちらの方が角が立たないでしょうし、魔剣姫殿に任せます」
エリアーヌは公爵家の人間であるが、今回の件は学生同士のいざこざだ。流石に親に泣きつく事は無いと思われるし、万が一泣きつかれたとて、相手方もこの程度の問題で七賢人と諍いを起こそうとは考えないだろう。
だが、このままこの問題を放置するのもいけない。なのでここは折を見て、グレンから謝罪をさせるとしよう。そこら辺は私と…ニールの協力も得つつサポートしよう。
「グレン…まさかお前がここまで常識知らずだとは、想像もしていませんでしたよ」
「そ、そんなにっスかね…?」
「あまりの無礼さに、柄にもなく頭を抱えそうになりました。冬休みは、期待しておいてくださいね?」
「…れっ、レノ!助けて欲しいっす!」
グレンの救援要請は黙殺する。恨むならグレンをこの学園に入学させたルイスを恨むべきだろう。
それにしても想定以上に話し込んでしまった。モニカの件など、話したい事はあるが…それはここですべき話では無いし、この後はお父様とも話したいと考えていたので、この辺りで別れるとしよう。
「まだ積もる話もありますが…私はこの辺りで失礼します」
「ええ、
ルイスの言葉に手を挙げて返事をする。入学してから半年も経たずにこの忙しさ…先が思いやられるが、私は私の仕事をしよう。
学祭も終盤に差し掛かり、来賓も一人、また一人と帰り始める頃…私はお父様を探し、見つけた。
「お父様」
「レノか。あちらはどうした?」
「お暇を頂きました」
私の『役割』について聞いてくるお父様に、問題無いと答える。
「そうか…学園生活は、どうだ?」
「まあ、何かと暇をする事は無いですね…」
七賢人が暗殺されかけたり、他学園との交流会で殺人と成り変わりがあったり…つい先程も事故が起きたばかりだ。今のところ上手く対処できているが、いつか私の目の届かない所で大惨事が起きても不思議では無い。
「先程の事故については?」
「気付いていましたか…ええ、まあ。ちょっとした事故に
お父様は私の言葉に含ませた物を正しく受け取ってくれたようで、苦笑いを浮かべながら「そうか、そうか」と呟く。
「何かと騒動が多いとは聞いていたし、レノも最近は疲れが溜まっているようだとも聞いた。無理はしないでくれ」
「ええ、分かっています…私もこの環境においては、予想以上に打たれ弱いようですし、適当な所で息を抜けるように工夫はします」
「ああ、そうしてくれ。お前はかなり仕事にのめり込みやすいからな…」
「はい、今回の件で私が自身の限界を見切れない事は理解しました。今までは
入学当初より、この学園は私にとって未知の環境である事は理解していたつもりだった。問題は、私がその環境に対してどれだけ耐えられるかを見誤った点だろう。
その結果があのザマだ。みっともなく駄々を捏ね、癇癪のまま暴れ散らかす…いくら周囲の環境が酷いとはいえ、あれは無い。
「しかし、レノが癇癪を起こすほど悪い状態なのか?場合によっては、私から多少強引な介入を…」
「……悪いか悪くないかでいえば、悪いでしょう。殿下の命令があれば動けなくなりますし、そうでなくても何かとトラブルが多いですから。それでも、お父様に動かれた方が不都合が多いので、お気持ちだけ受け取ります」
「そうか…」
私の言葉に、お父様は少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。私がお父様を頼りにする事は滅多にないし、力になれないのが気になるのだろう。
そうこうしている内に、いよいよ学祭の閉幕が迫ってきている。お父様もそろそろ帰る時間だろう。
「それでは、私はそろそろ帰るとしよう。無理はするな」
「はい、今日はご足労いただき、ありがとうございま…っ!?」
お父様に別れの挨拶を告げる最中、ほんの一瞬だけ私の耳飾りが震える。数人にしか渡していない、緊急時用の魔導具が使用された証だ。
この魔導具は、それぞれが別パターンの振動をするように仕組んであるので、誰が救援を必要としているのかが直ぐに分かる…今回は、モニカだ。
「レノ?」
「お父様、待機をお願いします」
「分かった。準備はしておく」
私の表情と指示で、何かが起きたのを察してくれたお父様が馬車の方へと向かう。あの様子であれば、我が家から連れてきた従者たちにも有事の備えをさせるはずだ。
駆け足で魔導具の発した魔力を辿りつつ、この状況を俯瞰しているであろうリンに呼びかける。
「リン、モニカの場所は?」
『3階の空き教室の中です。ルイス殿はシリル・アシュリー殿の保護に動いています。魔剣姫殿は殿下の護衛に…』
「馬鹿を言うな……失礼。ですが既に緊急事態が起こり、モニカは助けを必要としているのでしょう?」
『そちらは既にネロ殿が向かっております。魔剣姫殿、殿下の護衛に向かってください…『騎士としての務めを果たしなさい』と、ルイス殿からの伝言です』
こんな時にモニカを守れないなんて…クソ、今はあの黒猫を信じるしかないか。
「クソ、今のモニカの状況は」
『…不審者は撤退、沈黙の魔女殿は毒物を吸って行動不能。ですが、さほど強い毒ではないので、半日程度で復帰可能です』
「では、不審者の追跡は…」
『ルイス殿は、人命を優先して動くように命じられました。私は現在、沈黙の魔女殿の治療をしています』
どうやら既に事は終わり、私はまた出遅れたらしい。それに下手人をみすみす見逃したともなれば…散々だな。
「……クソッタレ」
『北部出身の人間は、こういった事態の時にクソッタレと吐き捨てるのが常なのでしょうか?』
「はぁ…私も殿下の護衛に向かいます。余裕が出来たらお父様に状況の終了を報告してもらえますか?」
『フェアニッヒ辺境伯ですね。わかりました』
ああ、クソ。何も上手くいかないな…もう私はモニカの護衛に就いた方が良いかもしれないな。