妖精が見えた少年   作:HYDRATION

2 / 9
週に一回といったな?あれは嘘だ、なんてね。
思ったよりも見ていただいた方々が多く、高評価もしていただいたので筆が進んだ次第です。
前話に比べて少々文字数が多くなってしまいましたが、大事なシーンなので大目に見ていただけると幸いです。


「まもる」ということ

 昼休みが終わる五分前の予鈴が鳴った。

 教室の中では、まだおしゃべりが続いている。女子たちは数人のグループに分かれて雑談し、男子たちはノートを開いて「ここまで写させて」と騒いでいた。

 

 

 

 僕は教室のすみにある自分の席に戻り、静かに椅子に腰かけた。

 

 

 

「なあ、聞いた? あいつさ、小さいころ“妖精”が見えるって言ってたらしいぜ」

 

 

 

「うぇ、妄想こじらせてんじゃん……」

 

 

 

「“妖精さんにプリンもらう”とか言ってたの、マジだったのかな〜?」

 

 

 

「うわ、ほんとにやべーやつじゃん」

 

 

 

 その声は、僕に聞こえるように話しているのか、ただ無神経なのか、もうわからなかった。

 でも、それが自分に向けられているのは間違いない。

 

 

 

(……もう慣れたはずなのに)

 

 

 

 背中に小さな視線を感じた。

 ランドセルの中から、帽子をかぶった妖精がそっと顔を出している。

 

 

 

「まもる、大丈夫……?」

 

 

 

 僕はこくんと小さくうなずいた。

 でも、それは強がりという言葉の意味そのものだった。

 

 

 

「ほんとは泣きたいんじゃない……? でも、がんばってるんだよね」

 

 

 

「……泣いたって、誰も見てないし」

 

 

 

「わたしたちは見てるよ。ずっと、まもるのこと見てるもん」

 

 

 

 優しい声が胸の奥に沁みて、かえって目が熱くなった。

 でも、ここで泣くわけにはいかない。チャイムは、もうすぐだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 放課後。僕は、いつものように“あの場所”へ向かった。

 

 

 

 人目を避けるように住宅街の裏を通り、木立の間を抜けて、雑木林の奥へ。

 目的は、ひとつだけ。

 

 

 

 僕と妖精たちだけが知っている、誰にも知られない、誰にも見つからない場所。

 

 

 

「ただいま」

 

 

 

 声に出してつぶやくと、ふわりと空気が温かくなる。

 小屋のまわりを妖精たちが舞い、あちこちから「おかえり〜!」という声が重なった。

 

 

 

 この時間だけは、世界が優しくなる。

 

 

 

 僕はランドセルをおろし、そっと中から白いハンカチを取り出す。

 

 

 

 その中には、あの黒色のかけら──艤装の破片が収まっていた。

 

 

 

 冷たい金属なのに、触れると心の奥がほんのりと温かくなる。

 それは、言葉にならない感覚だった。

 

 

 

「まもる、そのかけらは艤装の一部なんだよ。わたしたちの記憶にある、すっごく大切なもの」

 

 

 

「……でも、たったこれだけの破片なのに、不思議だね。何かがいるって、わかる気がする」

 

 

 

「うん。この子には、まだ名前も体もないけど……でも、眠ってるの。まもるの気持ちを、ずっと待ってるの」

 

 

 

 僕は指先で、かけらの表面をそっとなぞった。

 ひっかかるような傷がひとつあって、そこに指が止まる。

 

 

 

「この子……(いなづま)って名前なんだよね?」

 

 

 

 

「うん、そうだよ。まもるが“守りたい”って強く願ったとき、わたしたちは“建造”するの」

 

 

 

「建造って……作るってこと?」

 

 

 

「そう。でも、ただの機械を作るんじゃない。

 まもるの願いから、ひとりの艦娘が生まれるの」

 

 

 

 艦娘──。

 どこか現実味のない響き。僕にはまだ、実感がなかった。

 

 

 

「電はね、小さいけど、すごくがんばり屋で、誰かを守るのがとっても得意な子なんだよ」

 

 

 

「……僕とは似ても似つかないや。いつも逃げてばかりで、守ろうと思える人なんていないよ」

 

 

 

「ううん。まもるは、もっともっと強くなるよ。だからこそ、この子も呼ばれたんだと思う」

 

 

 

 かけらは静かに、でも確かに僕の手の中で重さを主張していた。

 

 

 

「ほんとうに“守りたい”って思えたとき、呼んであげてね」

 

 

 

「わたしたち、いつでも準備してるから」

 

 

 

 僕は、そっとうなずいた。

 

 

 

 胸のポケットにハンカチごと仕舞うと、不思議な安心感が体の奥から満ちてくる。

 

 

 

 まるで、そのときが来るのを、どこかで予感しているようだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 それから数日たった、音楽の授業の時間だった。

 

 リコーダーの練習をしていたその時、窓ガラスが割れたような音が聞こえた。

 リコーダーの音が止まり、先生が廊下に出て原因を確かめようとする。

 その瞬間、校内放送がノイズ混じりに鳴り出した。

 

 

 

『生徒の皆さんは──教室から出ないでください。くり返します……』

 

 

 

 ザザッ……ブツッ。

 

 

 

 音が途切れ、教室が静まり返った。

 クラスメイトたちが、互いに不安げな視線を交わしている。

 

 

 

 ドン……ドン……ドン……。

 

 

 

 廊下の奥から、重い足音が響いてきた。

 それはまるで、何か大きな獣が、ゆっくりと近づいてくるような音だった。

 

 

 

 そして、ガチャリ、と無遠慮にドアが開いた。

 

 

 

 黒いコート。

 無精髭に、濁った瞳。

 両手のツメは鋭く、大きく伸びていた。

 

 

 

 明らかに、教師でも保護者でもなかった。

 この空間には、あまりにも不釣り合いな存在──ヴィラン。

 

 

 

「……ああ、いい感じにガキばっかりだ」

 

 

 

 その男が口にした瞬間、教室の空気がピンと張り詰めた。

 

 

 

「上の奴らが、ずっと俺のことを小馬鹿にしやがって……

 命令してきて、文句言って、無視して……!」

 

 

 

 ヴィランは床を蹴りながら、机の列を踏みつけて進んできた。

 誰かの悲鳴が上がる。先生でさえ、腰が抜けたように動けない。

 

 

 

 僕も……立ち上がれなかった。

 

 

 

(怖い……)

 

 

 

 足がすくむ。

 喉が詰まり、声が出ない。

 ただ、指先がじんじんと冷たくなっていく。

 

 

 

「まもるっ!」

 

 

 

 耳元で、小さな声が震える。

 

 

 

 肩にしがみついた妖精が、必死に呼びかけてくる。

 

 

 

「“いま”なんだよ! いまなら“建造”できるかもしれないの!」

 

 

 

「でも……僕が、こんなときに……」

 

 

 

「まもるの“まもりたい”が本物なら、きっと!」

 

 

 

「守りたいだなんて……!」

 

 

 

 何かが、胸の奥で張り詰めていた。

 冷たい指先。重くなる足。呼吸すら、浅く、苦しい。

 逃げたい、目をそらしたい……だけど、見えてしまった。

 

 

 

 ──机の影で、震えている背中。

 

 

 

 うずくまる、小さな女の子。

 誰にも助けを求められず、声を押し殺して、ひとりで震えていた。

 

 

 

 まるで、あのときの──

 

 

 

(……僕だ)

 

 

 

 忘れたくても忘れられない、自分の記憶が、まざまざと重なる。

 誰にも信じてもらえなくて、笑われて、見て見ぬふりをされて、

 それでも「妖精はいるんだ」って言って……誰にも届かなかった、幼い日の自分。

 

 

 

 泣きたくても泣けなかった。

 悲しいのに笑ったふりをした。

 誰も味方がいない教室の中で、机の隅っこで小さくなっていたあのころ。

 

 

 

(また、誰かが……あんな思いをするなんて……)

 

 

 

 指が震える。

 歯を噛みしめる。

 何かが、込み上げてきた。

 

 

 

(それだけは、もう……見ていられない)

 

 

 

 僕は、見てしまった。

 目をそらさなかった。

 

 

 

 だったら──

 

 

 

(だったら僕が、“守る”しかない)

 

 

 

 小さな手が、胸ポケットに伸びた。

 “かけら”が、体温に触れて、静かに震える。

 それは、まるで「大丈夫だよ」と僕の想いを聞いてくれているようだった。

 

 

 

「……守りたい」

 

 

 

 心の奥底から、自然とこぼれた言葉。

 叫びじゃない。願いでもない。

 

 

 

 それは、たしかな“決意”だった。

 

 

 

 たとえ誰にも信じられなくても。

 誰にも見えなくても。

 ひとりでも、嘘つきと呼ばれても。

 

 

 

 それでも僕は、誰かを泣かせたくない。

 

 

 

 それが、僕の名前──「鎮(まもる)」という名前に込められた、意味なんだから。

 

 

 

 

 

 妖精たちが、ふわりと舞い上がった。

 

 

 

「建造、開始します!」

 

 

 

 床から放たれた光が、教室いっぱいに広がる。

 

 

 

 ヴィランが目を見開き、足を止めた。

 

 

 

「な、なんだ……ッ!?」

 

 

 

 金属音と共に光の中から現れたのは、小柄な少女だった。

 

 

 

 茶色い髪をアップヘアーに束ね、金色の瞳がまっすぐこちらを見つめている。

 

 

 

 小柄な彼女には不釣り合いな、物々しい装備を背中に抱えていた。

 

 

 

「……駆逐艦、電なのです」

 

 

 

 少女──電は、足音を立てずに一歩進んだ。

 

 

 

「まもるくんの“まもりたい”という気持ちが、わたしを呼んでくれたのです」

 

 

 

「てめぇ……ガキが! 驚かせるんじゃねぇ!」

 

 

 

 ヴィランが突っ込んでくる。

 鋭いツメが、電の正面から振り下ろされた。

 

 

 

 ガンッ──! 

 

 

 

 硬質な金属がぶつかる音とともに、電の小さな身体が床へとたたきつけられた。

 破片と粉じんが舞い、教室中に小さな悲鳴が広がる。

 

 

 

「電ッ!!」

 

 

 

 僕が思わず叫ぶ。

 

 

 

 でも、電はゆっくりと、確かに立ち上がった。

 

 

 

 制服の肩口は破けていた。けれど、体に傷はない。血も出ていない。

 むしろ、表情は落ち着いていた。

 

 

 

「……痛かったのです。でも……これくらい、大丈夫なのです」

 

 

 

 静かに目を伏せながら、ほこりをはらい、まっすぐにヴィランを見上げる。

 

 

 

 男は、明らかに動揺していた。

 

 

 

「なっ……おい、なんで無傷なんだ……! 思いっきり殴ったのに……!」

 

 

 

 足がすくみ、ほんのわずかに後ずさる。

 

 

 

 電は、それを追うように一歩前に出た。

 でも、構えは解いたまま──武器も、下げたまま。

 

 

 

「……わたし、できれば……誰も傷つけたくないのです」

 

 

 

 金色の瞳が、真っすぐにヴィランを見つめていた。

 怒っているわけでも、見下しているわけでもなかった。

 

 

 

 ただ、悲しそうに、けれど強く。

 

 

 

「大人しく、してくれますか……?」

 

 

 

 教室が、また静かになった。

 クラスメイトたちも、息をひそめて、見守っている。

 

 

 

 でも──

 

 

 

「……クソがぁああああッ!!」

 

 

 

 ヴィランが吠えた。

 

 

 

 恐怖を、怒りで塗り潰すように。

 足元を蹴り飛ばし、再び突進してきた。

 

 

 

 今度は正面から、全体重をかけて──! 

 

 

 

「仕方ないのです……!」

 

 

 

 電が、構えを取り直した。

 

 

 

 一瞬で距離を詰め、鉄の棒──魚雷を両手で握り、身体をひねる。

 

 

 

「これで終わり、なのです!」

 

 

 

 鋭く、低く──まるで横殴りの稲妻のような一撃が、ヴィランの脇腹に叩きつけられた。

 

 

 

 ドゴォッ!! 

 

 

 

 空気が弾けるような音とともに、男の体が教室の端まで吹き飛ばされた。

 

 

 

 机と椅子をなぎ倒し、壁際に崩れ落ちる。

 

 

 

「っ……がはっ……!」

 

 

 

 今度こそ、立ち上がる気配はなかった。

 

 

 

 電は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 肩で小さく呼吸をしながら、倒れたヴィランを静かに見つめていた。

 

 

 

 やがて、砲を下ろし、彼女はようやく振り返る。

 

 

 

「……終わったのです」

 

 

 

 表情は、どこか寂しげだった。

 

 

 

 僕は、足元の破片を踏み越えて、彼女のもとへ向かった。

 

 

 

「……ありがとう、電。僕、何もできなかったけど……」

 

 

 

「まもるくんが、“まもりたい”って願ったから……電は、来られたのです」

 

 

 

 そう言って、電は微笑んだ。

 その瞳には、ほんの少し、涙がにじんでいた。

 

 

 

 教室の隅では、クラスメイトたちがただ黙って見ていた。

 恐怖だけではない、驚きと、戸惑いと、何か言葉にできない感情を持て余しながら──。

 

 

 

 このとき僕は、心の奥底で感じていた。

 

 

 

(僕は、誰かを守れたんだ)

 

 

 

 それが、何よりも確かな、ひとつの答えだった。




最後までお読みいただきありがとうございます。

推しの艦娘などコメント欄で書いていただけると、作品に出す……かもしれません。

感想、評価、お気に入り登録などしていただけると幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。