思ったよりも見ていただいた方々が多く、高評価もしていただいたので筆が進んだ次第です。
前話に比べて少々文字数が多くなってしまいましたが、大事なシーンなので大目に見ていただけると幸いです。
昼休みが終わる五分前の予鈴が鳴った。
教室の中では、まだおしゃべりが続いている。女子たちは数人のグループに分かれて雑談し、男子たちはノートを開いて「ここまで写させて」と騒いでいた。
僕は教室のすみにある自分の席に戻り、静かに椅子に腰かけた。
「なあ、聞いた? あいつさ、小さいころ“妖精”が見えるって言ってたらしいぜ」
「うぇ、妄想こじらせてんじゃん……」
「“妖精さんにプリンもらう”とか言ってたの、マジだったのかな〜?」
「うわ、ほんとにやべーやつじゃん」
その声は、僕に聞こえるように話しているのか、ただ無神経なのか、もうわからなかった。
でも、それが自分に向けられているのは間違いない。
(……もう慣れたはずなのに)
背中に小さな視線を感じた。
ランドセルの中から、帽子をかぶった妖精がそっと顔を出している。
「まもる、大丈夫……?」
僕はこくんと小さくうなずいた。
でも、それは強がりという言葉の意味そのものだった。
「ほんとは泣きたいんじゃない……? でも、がんばってるんだよね」
「……泣いたって、誰も見てないし」
「わたしたちは見てるよ。ずっと、まもるのこと見てるもん」
優しい声が胸の奥に沁みて、かえって目が熱くなった。
でも、ここで泣くわけにはいかない。チャイムは、もうすぐだった。
◇ ◇ ◇
放課後。僕は、いつものように“あの場所”へ向かった。
人目を避けるように住宅街の裏を通り、木立の間を抜けて、雑木林の奥へ。
目的は、ひとつだけ。
僕と妖精たちだけが知っている、誰にも知られない、誰にも見つからない場所。
「ただいま」
声に出してつぶやくと、ふわりと空気が温かくなる。
小屋のまわりを妖精たちが舞い、あちこちから「おかえり〜!」という声が重なった。
この時間だけは、世界が優しくなる。
僕はランドセルをおろし、そっと中から白いハンカチを取り出す。
その中には、あの黒色のかけら──艤装の破片が収まっていた。
冷たい金属なのに、触れると心の奥がほんのりと温かくなる。
それは、言葉にならない感覚だった。
「まもる、そのかけらは艤装の一部なんだよ。わたしたちの記憶にある、すっごく大切なもの」
「……でも、たったこれだけの破片なのに、不思議だね。何かがいるって、わかる気がする」
「うん。この子には、まだ名前も体もないけど……でも、眠ってるの。まもるの気持ちを、ずっと待ってるの」
僕は指先で、かけらの表面をそっとなぞった。
ひっかかるような傷がひとつあって、そこに指が止まる。
「この子……
「うん、そうだよ。まもるが“守りたい”って強く願ったとき、わたしたちは“建造”するの」
「建造って……作るってこと?」
「そう。でも、ただの機械を作るんじゃない。
まもるの願いから、ひとりの艦娘が生まれるの」
艦娘──。
どこか現実味のない響き。僕にはまだ、実感がなかった。
「電はね、小さいけど、すごくがんばり屋で、誰かを守るのがとっても得意な子なんだよ」
「……僕とは似ても似つかないや。いつも逃げてばかりで、守ろうと思える人なんていないよ」
「ううん。まもるは、もっともっと強くなるよ。だからこそ、この子も呼ばれたんだと思う」
かけらは静かに、でも確かに僕の手の中で重さを主張していた。
「ほんとうに“守りたい”って思えたとき、呼んであげてね」
「わたしたち、いつでも準備してるから」
僕は、そっとうなずいた。
胸のポケットにハンカチごと仕舞うと、不思議な安心感が体の奥から満ちてくる。
まるで、そのときが来るのを、どこかで予感しているようだった。
◇ ◇ ◇
それから数日たった、音楽の授業の時間だった。
リコーダーの練習をしていたその時、窓ガラスが割れたような音が聞こえた。
リコーダーの音が止まり、先生が廊下に出て原因を確かめようとする。
その瞬間、校内放送がノイズ混じりに鳴り出した。
『生徒の皆さんは──教室から出ないでください。くり返します……』
ザザッ……ブツッ。
音が途切れ、教室が静まり返った。
クラスメイトたちが、互いに不安げな視線を交わしている。
ドン……ドン……ドン……。
廊下の奥から、重い足音が響いてきた。
それはまるで、何か大きな獣が、ゆっくりと近づいてくるような音だった。
そして、ガチャリ、と無遠慮にドアが開いた。
黒いコート。
無精髭に、濁った瞳。
両手のツメは鋭く、大きく伸びていた。
明らかに、教師でも保護者でもなかった。
この空間には、あまりにも不釣り合いな存在──ヴィラン。
「……ああ、いい感じにガキばっかりだ」
その男が口にした瞬間、教室の空気がピンと張り詰めた。
「上の奴らが、ずっと俺のことを小馬鹿にしやがって……
命令してきて、文句言って、無視して……!」
ヴィランは床を蹴りながら、机の列を踏みつけて進んできた。
誰かの悲鳴が上がる。先生でさえ、腰が抜けたように動けない。
僕も……立ち上がれなかった。
(怖い……)
足がすくむ。
喉が詰まり、声が出ない。
ただ、指先がじんじんと冷たくなっていく。
「まもるっ!」
耳元で、小さな声が震える。
肩にしがみついた妖精が、必死に呼びかけてくる。
「“いま”なんだよ! いまなら“建造”できるかもしれないの!」
「でも……僕が、こんなときに……」
「まもるの“まもりたい”が本物なら、きっと!」
「守りたいだなんて……!」
何かが、胸の奥で張り詰めていた。
冷たい指先。重くなる足。呼吸すら、浅く、苦しい。
逃げたい、目をそらしたい……だけど、見えてしまった。
──机の影で、震えている背中。
うずくまる、小さな女の子。
誰にも助けを求められず、声を押し殺して、ひとりで震えていた。
まるで、あのときの──
(……僕だ)
忘れたくても忘れられない、自分の記憶が、まざまざと重なる。
誰にも信じてもらえなくて、笑われて、見て見ぬふりをされて、
それでも「妖精はいるんだ」って言って……誰にも届かなかった、幼い日の自分。
泣きたくても泣けなかった。
悲しいのに笑ったふりをした。
誰も味方がいない教室の中で、机の隅っこで小さくなっていたあのころ。
(また、誰かが……あんな思いをするなんて……)
指が震える。
歯を噛みしめる。
何かが、込み上げてきた。
(それだけは、もう……見ていられない)
僕は、見てしまった。
目をそらさなかった。
だったら──
(だったら僕が、“守る”しかない)
小さな手が、胸ポケットに伸びた。
“かけら”が、体温に触れて、静かに震える。
それは、まるで「大丈夫だよ」と僕の想いを聞いてくれているようだった。
「……守りたい」
心の奥底から、自然とこぼれた言葉。
叫びじゃない。願いでもない。
それは、たしかな“決意”だった。
たとえ誰にも信じられなくても。
誰にも見えなくても。
ひとりでも、嘘つきと呼ばれても。
それでも僕は、誰かを泣かせたくない。
それが、僕の名前──「鎮(まもる)」という名前に込められた、意味なんだから。
妖精たちが、ふわりと舞い上がった。
「建造、開始します!」
床から放たれた光が、教室いっぱいに広がる。
ヴィランが目を見開き、足を止めた。
「な、なんだ……ッ!?」
金属音と共に光の中から現れたのは、小柄な少女だった。
茶色い髪をアップヘアーに束ね、金色の瞳がまっすぐこちらを見つめている。
小柄な彼女には不釣り合いな、物々しい装備を背中に抱えていた。
「……駆逐艦、電なのです」
少女──電は、足音を立てずに一歩進んだ。
「まもるくんの“まもりたい”という気持ちが、わたしを呼んでくれたのです」
「てめぇ……ガキが! 驚かせるんじゃねぇ!」
ヴィランが突っ込んでくる。
鋭いツメが、電の正面から振り下ろされた。
ガンッ──!
硬質な金属がぶつかる音とともに、電の小さな身体が床へとたたきつけられた。
破片と粉じんが舞い、教室中に小さな悲鳴が広がる。
「電ッ!!」
僕が思わず叫ぶ。
でも、電はゆっくりと、確かに立ち上がった。
制服の肩口は破けていた。けれど、体に傷はない。血も出ていない。
むしろ、表情は落ち着いていた。
「……痛かったのです。でも……これくらい、大丈夫なのです」
静かに目を伏せながら、ほこりをはらい、まっすぐにヴィランを見上げる。
男は、明らかに動揺していた。
「なっ……おい、なんで無傷なんだ……! 思いっきり殴ったのに……!」
足がすくみ、ほんのわずかに後ずさる。
電は、それを追うように一歩前に出た。
でも、構えは解いたまま──武器も、下げたまま。
「……わたし、できれば……誰も傷つけたくないのです」
金色の瞳が、真っすぐにヴィランを見つめていた。
怒っているわけでも、見下しているわけでもなかった。
ただ、悲しそうに、けれど強く。
「大人しく、してくれますか……?」
教室が、また静かになった。
クラスメイトたちも、息をひそめて、見守っている。
でも──
「……クソがぁああああッ!!」
ヴィランが吠えた。
恐怖を、怒りで塗り潰すように。
足元を蹴り飛ばし、再び突進してきた。
今度は正面から、全体重をかけて──!
「仕方ないのです……!」
電が、構えを取り直した。
一瞬で距離を詰め、鉄の棒──魚雷を両手で握り、身体をひねる。
「これで終わり、なのです!」
鋭く、低く──まるで横殴りの稲妻のような一撃が、ヴィランの脇腹に叩きつけられた。
ドゴォッ!!
空気が弾けるような音とともに、男の体が教室の端まで吹き飛ばされた。
机と椅子をなぎ倒し、壁際に崩れ落ちる。
「っ……がはっ……!」
今度こそ、立ち上がる気配はなかった。
電は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
肩で小さく呼吸をしながら、倒れたヴィランを静かに見つめていた。
やがて、砲を下ろし、彼女はようやく振り返る。
「……終わったのです」
表情は、どこか寂しげだった。
僕は、足元の破片を踏み越えて、彼女のもとへ向かった。
「……ありがとう、電。僕、何もできなかったけど……」
「まもるくんが、“まもりたい”って願ったから……電は、来られたのです」
そう言って、電は微笑んだ。
その瞳には、ほんの少し、涙がにじんでいた。
教室の隅では、クラスメイトたちがただ黙って見ていた。
恐怖だけではない、驚きと、戸惑いと、何か言葉にできない感情を持て余しながら──。
このとき僕は、心の奥底で感じていた。
(僕は、誰かを守れたんだ)
それが、何よりも確かな、ひとつの答えだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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