原作タグがヒロアカですが、今のところヒロアカ要素が薄い……。
ヒロアカ目的で入ってきた方は、もう少しお待ちください。
初めて信じてもらえた夜
ヴィランが床に倒れて、呻き声を漏らしている。
息はあるけれど、起き上がる気配はない。
完全に動きを止めていた。
教室はしんと静まり返っている。
誰もが声を出せず、ただその場に立ち尽くしていた。
壊れた机、焦げた床、割れた窓。
その中心に、小柄な少女が立っている。
電。
金色の瞳が夕日に照らされて、ほんのわずかに光って見えた。
セーラー服の裾は破れ、白い腕にかすかな傷。
けれど彼女は、まっすぐに立っていた。
凛と、揺るぎなく。
その隣にいるのは、僕。
怖かった。
足が震えていた。
だけど、「守りたい」と思った。
その願いが、形になった。
その証拠が、今ここにいる。
廊下の向こうから複数の足音が駆けてきて、教室の扉が勢いよく開いた。
「全員、その場から動かないでください!」
警察官、ヒーロー、先生たち。
現場対応班が次々と押し寄せる。
教室を見渡した彼らの目が、まず電へと注がれた。
制服姿の少女。
しかし、背中には重そうな金属製の筐体と装備。
「……誰だ、あの子は?」
「この学校の生徒じゃないな。見覚えがない」
「武装してる? しかし……敵意は感じないな」
ヒーローの一人がヴィランに近づき、状態を確認しながら呟く。
「致命傷はなし。意識……もないですね」
「とりあえず応急処置を頼む」
別のヒーローが電の前に立つ。ゆっくりと、威圧感を与えないように。
「君。名前は?」
電はまっすぐその人を見つめ、小さく答える。
「……わたしは、
「電……。このクラスの生徒?」
「ちがうのです。そもそも、電はこの学校の生徒じゃないのです」
「じゃあ、なぜここに?」
電は、ほんの少しだけ後ろを振り返った。
「……まもるくんが、呼んでくれたのです」
その名前を呼ばれて、僕は思わず前に出た。
「僕が……呼びました」
ヒーローがこちらを見た。
「君が?」
「はい。僕の……個性で。たぶん」
「この子は、君の個性によって現れたということかな?」
僕は電を見て、電も僕を見返した。
「……そう、だと思います」
ヒーローはそれ以上言わず、ただ一歩後ろに下がって言った。
「とりあえず、情報を整理しよう。この子は敵性なし、協力的。被害者側の少年が呼んだと証言。
おそらく彼の個性に関係する存在だ」
教師たちや保護者対応班が動き始める。
教室の片隅で震えている子たちにブランケットが配られ、担任が一人ひとりの無事を確認している。
僕の肩を、小さな手がつついた。
「まもるくん、大丈夫だったのですか?」
ふと顔を向けると、電が心配そうに僕を見上げていた。
金色の瞳が、教室の光を受けてやさしく揺れる。
「うん。僕は無事。ありがとう、電」
電はほっとしたように、ふにゃりと笑った。
「まもるくんが“守りたい”って思ってくれたから、電は来られたのです。
だから……わたしも、ありがとうなのです」
その言葉が、心の奥にあたたかく沁み込む。
誰かに「ありがとう」と言われることが、こんなにも救われるなんて。
しばらくして、先生がスマホを持ってきてくれた。
「お母さんに連絡、入ってます。つないであげて」
「ありがとうございます……」
スマホ越しに、お母さんの声が響く。
『鎮!? 無事なの!? 今どこ!? 怪我は!?』
「大丈夫、僕は無事。心配しないで」
『よかった……でも、どうして? 誰かと一緒にいるって……』
「うん。電って名前の女の子と一緒にいる。あとで、ちゃんと説明するよ」
外に出ると、空が橙色に染まりかけていた。
夕暮れの風が、服の裾を冷たく撫でていく。
隣に歩く電が、ふとつぶやいた。
「まもるくん、ほんとうにこわかったのですか?」
「……うん。すごくこわかった。僕は、なにもできなかった。ただ怖くて、動けなくて……」
「そんなことは、ないのです。みんなを守りたいと思えて、それを願った。
まもるくんの声は、ちゃんと電に届いたのです」
電の声は、やわらかく、心に触れてくるようだった。
守りたいって願った気持ちが、ほんとうに誰かに届いたんだ。
それが、ただそれだけで──嬉しかった。
◇ ◇ ◇
家の前に着くころには、空はすっかり夜の色になっていた。
玄関の明かりが、薄く地面を照らしている。
チャイムを押す前に、扉がぱっと開いた。
「鎮!!」
お母さんの声が響いた。
そのすぐ後ろに、お父さんの姿も見える。
お母さんが駆け寄ってきて、僕の肩を抱いた。
何も言わずに、ただ強く、ぎゅっと。
「ほんとうに、無事で……!」
「うん、ごめん……でも、ちゃんと無事だよ」
「本当に……本当に良かった……!」
お母さんは涙を堪えながらも笑っていた。
お父さんも一歩前に出て、僕の顔を見つめる。
そして、すぐ隣にいた電へと視線を移した。
「……君が、うちの鎮を守ってくれたのかな?」
電はすこしだけきょとんとして、それからこくんと頷いた。
「はい。わたしは
まもるくんを守るために、来たのです」
「君は……鎮のクラスメイトの子じゃ、ないよね?」
「違うのです。でも……まもるくんの願いに応えて、ここに来ました」
お父さんとお母さんが視線を交わす。
その目には、戸惑いと緊張が浮かんでいた。
「現場のヒーローの人たちが、保護対象として扱うって言ってた。
まだ詳しくはわからないけど、たぶん……僕の個性の一部なんだと思う」
「……保護対象?」
お父さんが低く繰り返した。
「うん。あくまで当面のって形だけど……個性由来の存在として、登録されるかもって」
困惑と動揺が、両親の表情に浮かぶ。
「とりあえず、話は中でしましょう」
お母さんがふっと息を吐き、落ち着いた声で言った。
「寒いでしょう。入って。……電ちゃんも、ね」
「ありがとうございます、なのです」
電は小さく礼をして、玄関に足を踏み入れた。
居間に入り、電は僕の隣に正座した。
ぴんと背筋を伸ばし、姿勢よく座っている。
お父さんが腕を組んだまま、ゆっくり口を開いた。
「鎮。これは……鎮の個性なのかい?」
「……うん。たぶん、そうだと思う」
僕は少しだけ視線を伏せて、それから言葉を続けた。
「妖精たちが……僕の願いに応えて、建造してくれた。
それで、電が来たんだ」
「建造……?」
お父さんの眉がぴくりと動いた。
「その、鎮の言う妖精が作ったってことかな? この子を?」
「うん。秘密基地で見つけた欠片を、妖精たちが『これを使えば、誰かが来られる』って言ってて……。
そのときは、何のことか分からなかったけど」
「待って鎮。妖精が“作る”? それって……ゲームみたいな話じゃない」
「この子が作られた存在だなんて、信じるというのも難しいしね……」
電は、静かに口を開いた。
「わたしは……自分でもどのように作られたのかは分からないのです。
でも、確かに言えるのは──電は、ここにいるのです」
その言葉に、お父さんはしばらく沈黙した。
お母さんは、複雑そうに口元を押さえたまま。
僕は、そのふたりを交互に見ながら、ぽつりとつぶやく。
「僕には見えてたんだ。
ずっと、妖精たちが。話して、笑って、励ましてくれてた。
電は、その先にある答えだったんだよ」
お父さんがふと息を吐いて、少しだけ笑った。
「僕たち……信じてあげられてなかったね」
お母さんも、申し訳なさそうに僕の手を握った。
「ごめんね、鎮。空想だと思ってたの」
「ううん。僕も、分かってたから。
でも、妖精たちは『まもるがいるからそれでいいの』って笑ってた」
お父さんがふと、周りを見回す。
「……今も、見えてるの?」
「うん。ここにいるよ」
僕は手のひらをそっと差し出して、そこに座っている妖精のひとりを見た。
お父さんとお母さんには見えないけど、妖精たちはにこにこしている。
お父さんが、静かに電の姿を見つめた。
「この子は……鎮の気持ちから生まれたってことだね」
「……うん」
お母さんはしばらく黙っていたけれど、やがて優しく微笑んだ。
「その子たちが……妖精も、電ちゃんも。ずっと鎮のそばにいてくれるなら、
私たちもちゃんと向き合っていかなきゃね」
電がその言葉に小さく微笑んで、ぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます、なのです」
その夜、僕の部屋には、もうひとつの布団が敷かれていた。
電はごそごそと布団にもぐり込み、静かに横になる。
「眠れそう?」
「はい。ふかふかで、あたたかいのです」
どこか安心したような顔だった。
「初めてなのに、なつかしい感じがするのです。
まもるくんのとなりにいると、昔から一緒にいた気がするのです」
僕は黙って天井を見ていたけど、少しだけ顔を向けた。
「来てくれて、ありがとう」
「わたしのほうこそ、ありがとうなのです、まもるくん」
ふたりの布団の間を、やさしい空気が流れていた。
「おやすみなさい、なのです」
「うん。おやすみ、電」
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