ジオンがこんなにも湿度高いのに、連邦はちょっと乾燥している気がしてェ……
サイド6の軍警には困ったものだ。
未だに存在を主張する左目元を擦りながらエグザべは上司であるシャリアとともに電車を降りる。
件の上司から頂いた絆創膏は、傷を隠すにはとても心もとない。
機密中の機密、
見捨てられなくて良かったという安心感と、こんな大事になることを想定していたようなスムーズな段取りに「だったらなんであんな無茶をさせたんだ」という憤り、双方がせめぎ合ったエクザベの心中の複雑さは計り知れない。
ニュータイプ同士と言っても、人と人。
結局のところ、言葉で交わしてもわからないことはわからないことだってある。
「で、この後はどうされるのですか? 艦に戻られます?」
「そうですね……」
駅のホーム。電車が走り出した風圧で乱れた前髪をシャリアは眉間に指を添える。
彼の考え事をしている時の癖。休戦中であってもソドンの中でもこの仕草をしている時は皆息を呑む。主に割りを食うコモリ少尉なんかは戦々恐々としてエグザべに涙目で「助けて」とアイコンタクトを送るのが艦内の日常だ。
──────すまない、コモリ少尉。
無茶振りされるのは俺も同じだ。
同じ艦、同じ階級のよしみ。お互い様、という精神で無事を祈るのがいつもの流れだが、残念ながらこの場にはエグザべ・オリベ1人しかいない。
身代わりがいない以上、もはや彼に逃れる術はない。何が飛び出してくるか身構えてくると、振り向いたシャリアの顔はぱっとした笑顔。
嫌な予感がしてならない。
こんな時は碌なことが起きないのは経験則でわかってしまう。
「まだ調べることもありますし、戻るのは夜にしましょう。良さそうな店も見つけましたし」
しかし出てきた言葉は意外なほどに当たり前の言葉。
要はご飯を食べよう、というだけであった。
少しホッとした……言い換えれば拍子抜けしたのがエグザべの正直な感想だ。
まあ昨日今日で色々とありすぎた。こんな頻繁にトンデモ事件に巻き込まれては身体が持たない。ゼクノヴァで行方不明になったMAVを5年も探し続けているシャリアだって人間なのだから、偶には腰を落ち着かせたい時もあるだろう。
「失礼、席を二人分予約をしたいのですが……」
ほら、こうして率先して自分から店の予約をしている。
下の立場として上官にやらせるのはマズイだろう、とエグザべはあわあわしているとシャリアは人差し指の側面を口につけながら笑顔が送られてきた。
ニュータイプでなくても、この意図は察することができるだろう。
ここは任せてください、と。
エグザべはじん、と目元が熱くなる。
散々な目に遭ってきた彼に、この優しさは染み渡ることだろう。
まあ、今のエグザべはパイロットスーツの入った鞄しかない素寒貧状態のため、お言葉に甘える選択肢しか存在しないのだが。
「名前、名前ですか……ふむ」
色々と無茶振りはしてくるものの、決して部下を見捨てず、なんだったら部下の苦労を労ってくれる上官。
ああ、なんて理想的な関係なのだろう。フラナガンスクールでは得られなかった関係性がここにはある。
コモリ少尉には悪いが、明日からまた頑張るから、と届かない言い訳を胸に、尊敬する上官へ礼をする。
「アムロ・レイ、でお願いします」
ん、今、とんでもないことを口にしたのでは──────?
この時感じた違和感を、エグザべはスルーしたことに後々後悔することになるのであった。
◆◆◆◆◆◆
“声”が聞こえた。
そんなうろ覚えな記憶を上書きする頭痛が襲う。キーンと耳鳴りが酷い。頭を酷く打ったようだ。
霞む視界。額から垂れる血が目に入った上に、土煙が舞い上がっているのも相まって、まるで砂嵐の中にいるような気分だ。
本物の砂嵐なんて経験したはずないのに。
そこでようやく、俺──────イセリア・ボゥは己の記憶に違和感を覚える。
今までの人生にはない─────しかしそれでいて自分の記憶として認識できてしまう他人の記憶。さしずめ前世の記憶といったところか。
物理的な打撃によって呼び起こされたのか。
よりにもよってなんで今なのか。そんな疑問は土煙が晴れた先に答えがあった。
荷台に座っている白い巨人。
V字に別れたアンテナは前世でも馴染み深い造形。
ガンダム。
創作上の存在でありながら、やがてオブジェクトとして現実にも作られたそれ。
その本物が輸送車に寝かされていた。
「くっ……アムロ……どこだ……」
ここでようやく
サイド7のコロニーで3歳下の妹であるフラウとともに過ごしていた。己の趣味が電子工学であることもあって、少し前に隣に引っ越してきたアムロと意気投合したのは懐かしい思い出だ。
何徹もしてフラウから二人揃って説教を受けた日もあったか。
不規則な生活を見かねてか、フラウに“お願い”をされて、俺たちの家に連れ込んで両親も交えて一緒に夕飯を食べるようにしたのも記憶に新しい。
父親が連邦の技術者で家にほとんど居ないこともあり、家で一人ぼっちにいることが多かった反動か、初めは内向的で心を開かなかったアムロ。
そんな生活にアイツも不満はなかったのだろうが、それでも家族の温もりというものは得難いものだったのか。徐々に俺達以外の前でも笑うようになった矢先──────前触れもなく避難命令が出された。
妹と一緒に引きずるように連れ出したアムロが、避難途中に父親のもとへ飛び出していったのをフラウとともに追いかけていた。
ああ、それで戦闘に巻き込まれたのか。
他人事のような感想を抱くのは、まだ今世の記憶と前世の記憶が混濁しているからか。
それでも無意識に爆発に巻き込まれそうになったフラウを庇っていたようだ。
「お兄ちゃん!」
「大丈夫だ、フラウ。俺は、大丈夫だ」
彼女の頭を抱えて胸に寄せる。
……俺の背後には自分たちの親だったモノがある。直視させるのは酷だと思った兄としての咄嗟の行為だったが、果たして意味はあるのかはわからない。
「……フラウ・ボゥ。イセリアさんと一緒に避難するんだ」
「そんな!? アムロも一緒に!?」
そんな俺達を見たアムロは、ガンダムへと駆けていく。サイド7を無茶苦茶にしたジオン相手に戦う決意をした。
……ここまでは知っている流れである。
ガンダムが大地に立ち、ザクを2体討ち取る。
史上初とされるモビルスーツ同士による戦闘が目の前で始まろうとしていた。
「……行くぞフラウ。ここにいると巻き込まれる……」
「でもお兄ちゃん! アムロが!」
「安心しろ。あいつは戦う男の眼をしていた。きっとあんなジオンをやっつけてくれるさ。そんな予感がする」
「そんな、どうしてそんなこと言えるの!?」
「……不味い、俺もそろそろ限界だ。意識があるうちに、早く。
あと、後ろを絶対に振り向くなよ。大丈夫だ。兄ちゃんがついているから」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
苦渋の決断といったところか。
俺を引きずるように他の避難経路へと歩みを進めたフラウ。
薄れゆく視界の端に映る白い巨人。
……ここからアムロの人生は大きく変わってしまう。後世にも語り継がれる華々しいエースパイロット──────そしてニュータイプとしての一歩。
冗談ではない。
当事者としている
伝説のように扱われても、結局やっていることは人殺し。戦争が終わっても、待っているのは自由とは程遠い飼い殺しの日々。
そんなもの、夢中になって機械を弄るアムロの姿を知っている
しかし同時に他人事として物事を捉えている前世がそう囁いてくる。
そんな相反する感情同士がぶつかり合う。
軋む心よりも先に肉体の方が限界を迎えたようだ。
懸命に保った意識は、消える花火のように眠りへと落ちていった。
「……はは、おかしいな」
最後に目に映った光景は、大地に立つ
きっと、目のピントが合っていないためブレて見えているだけだろう。
そんな安堵は、次に目覚めた時には都合の良い思い込みだったと思い知らされた。
「ジオンに、ガンダムとペガサスが鹵獲された?」
「ええ、そんな話を聞いたけど……」
宇宙に出たホワイトベースの一角。
カツ、レツ、キッカととも看病してくれていたフラウからそんな与太話を聞かされた。
アムロがガンダムで二機のザクを撃破した。
それと同時に、ガンダムとペガサス級強襲揚陸艦が敵に奪われたと言う。
現場近くに残されていた無人の赤いザクから推察されるに、奪取した下手人は“赤い彗星”のシャア・アズナブルの可能性が高い、とのこと。
意味がわからない。
では、今自分がいるホワイトベースは一体何なのか。外で戦っているアムロが操っているガンダムは何なのか。
まるで高熱の風邪を患った時に見る夢のように整合性の合わない事象が起きていて混乱する。悲しいことに、この場に答えを出せるものは誰もいない。
ただ、その違和感を飲み込んだ上で推論が導き出せる。
本来ならホワイトベースが宇宙へ出港して、真っ先に戦うのがシャア専用の赤いザクだったはず。
なら、この戦闘にシャアが来たら──────あちらもガンダムに乗って戦う可能性が高い。
「─────────っ!」
「お兄ちゃん!?」
フラウが静止する暇すら与えず、部屋を飛び出す。
傷口が開いたものの、幸いここは無重力の世界。歩けなくなっても移動が可能だ。
俺の傷はまた治せばいいが、アムロはそうはいかない。
この時期にアムロがシャアに対抗できたのは、ガンダムとザクの性能差によるものが大きい。
となると、ガンダム同士による戦いであれば話は別だ。
パイロットとして、ニュータイプとして覚醒していないアムロでは、歴戦の兵士であるシャアに歯が立たない!
「おい坊主!」
直感で辿り着いた格納庫。
作業をしている大人を無視し、唯一動かせそうだった赤いザクのコクピットに飛び込んだ。
……これは元々シャアが乗っていたもののようだ。
普通に考えて、ガンダムを鹵獲したならば、ザクは機密保持のために破壊するものではないだろうか?
いや、状況的にできなかったのか?
アムロのガンダムとザクの戦闘が起きたせいで?
まあいい。この機体なら速さは折り紙つきだ。
操作はわからないが、コクピット内の一部にマスキングテープが貼られている。ちょうど、鹵獲した機体の解析中だったのか。
なんて都合がいい。細かい操縦は無理でも、前に進むことはできそうだ。今はそれで充分だ。
『何をしている! 戦闘中だ! 怪我人が勝手な真似はよせ!』
「黙れ!!!! ハッチを開けろ!!!! このままぶち抜いても出撃してやる!!!!」
『っ、ええい! どいつもこいつも!』
ブライトさんを脅す形で無理矢理出撃した。
終わったら鉄拳でも営巣生活でも何でも受け入れる覚悟で、初めて飛び出した宇宙。
それは己の存在なんてちっぽけだと思わせられる広大さだった。
──────なんでこんな場所にいるんだろう。
今は未熟でも、あのアムロ・レイだ。
討たれそうになっても声をあげながらも絶対何とかするのが画面越しに見た彼。圧倒的不利とはいえ、窮地を切り抜けるはずだ。
──────うるさい、黙ってみていられるか。
何が後の撃墜王だ。白い悪魔だ。
俺が一緒に過ごしたのはただ機械弄りが好きな少年だ。
そんな友人が死地にいるのを黙ってみていられるか。
……通常の三倍のGに身体が悲鳴をあげる。
ただ、このやるせない怒りが痛みを忘れさせてくれた。
懸命な我慢の末、やっと辿り着いた二機のガンダムが鍔迫り合いをする光景が見えた。
細身のガンダムが盾を捨て、もう一つのビームサーベルに手をかけた瞬間──────勢いのまま細身のガンダムに体当たりをかましてやった。
「うっ……アムロ、大丈夫か?」
『イセリアさん!? 怪我は大丈夫なんですか!?』
「そんなことより、あっちのガンダムをどうにかするぞ!」
俺がよく知るガンダムに乗ったアムロが横に並ぶ。
他に敵影はなし。相手のガンダムも白兵用のビームサーベルしか所持していない。あちらもライフルを使っていたはずなのに、アムロが随分持ち堪えてくれたようだ。しかも周囲にはザクの残骸も漂っている。
……あの状況でも、アムロはきっちりザクを一機仕留めたらしい。
そんな不利な状況を悟ったのか、細身のガンダムはこちらに向かうことなく撤退していく。
──────皮肉なものだな。かつての愛機にチャンスを阻まれるとは。
前世の知るシャアと同じ性格なら、こんなことを言うだろうな。
そんな余分な思考が浮かんだ。
危機を脱したと確信した俺はアムロと揃って盛大に息を吐いた。
「た、助かったのか……」
「ああ……そうだ、な」
「イセリアさん!?」
緊張の糸が切れ、再び意識を手放してしまった。
目の前に、
その後目覚めたらブライトさんとフラウにこっぴどく叱られてしまった。宇宙に放り出されても甘んじて受け入れるつもりだったが、意外にもアムロが助け舟を出してくれたおかげで何とか謹慎で済んだ。
……この時のブライトさんの顔は筆舌に尽くせない感情が入り交じっていた。後悔はしていないが、本当に済まないと思っている。
しかし、ジオンの追撃は止まらない。
地球に降下するまで、ホワイトベースは何度もジオンとの戦闘に巻き込まれるのは前世の記憶どおりの展開だった。
追ってきたのはシャアではなかったため、アムロたちだけでも切り抜けた。
きっとガンダムとペガサスを本国に持ち帰るのを優先したのだろう。
不幸中の幸いか。
しかしそれはホワイトベース側での視点での話だ。
連邦全体にとっては、V作戦の技術が敵側に回ってしまったという大きな損失だ。いずれはジムのように量産されてしまうのだろうか。
となると、連邦側のアドバンテージはなくなってしまう。
「……どうなるんだ、この戦争は」
前世でも先行きの見えない戦争に、溜息を隠すことはできなかった。
地球に降りてからは、俺もモビルスーツに乗ることになった。
配備されたのはガンキャノン。シャアがガンダム鹵獲時にコクピットだけ破壊したことで原型を留めていたものを使わせてもらっている。
「急ピッチでしたから、砲門の整備までは間に合いませんでしたね……」
「仕方ない。火力は落ちるが、一つ使えるなら充分だ。
……本当ならいっそのこと切り離して身軽にしたいが、機体バランスが悪くなるか」
ままならないな、とそんな愚痴を言っても現実は変わらない。
パイロットだけが戦死した機体に乗るのは前世としては事故物件に住むような心地で抵抗があったため、コクピット周りを優先的に入れ替えしているのだから我儘は言えない。
これを使えば、カイさんのガンキャノンとハヤトのガンタンク、リュウさんのコアファイターに加えて追加戦力になる。少しでも皆の負担が減れば何よりだった。
前衛が不足している以上、ガンダムと共に前に出ることが多かった。近接武器がハンマーと、ガンダムが近くにいればサーベルを借りることでなんとか凌いでいたが、それでもガンキャノンは砲撃機。辛いものはある。
なんだかんだ、徒手空拳か、組み付いてゼロ距離砲撃が定番の近接手段になってしまうのだが。
……後にこの戦闘データが活かされて“軽キャノン”なんて量産機の計画が生まれたそうな。ジムの方が低コストで量産できたためそこまで普及はしなかったようだが。
閑話休題。
地球でもジオンの追撃は止まらず、避難民も降ろしてもらえないこの状況。ホワイトベースはやはり囮として扱われていることには変わりない。
ガンダムもまたその中心にいる。そんな中にずっと立たされるアムロ。
「僕だってできるからやってるんじゃないんですよ!」
「貴様……!」
「この、馬鹿野郎!!!!」
「お兄ちゃん!?」
ああ、地球に降りて初めての戦闘では出撃しないアムロに対して檄を飛ばしたこともあったか。
「自分が自分が、と言って、この状況や皆の気持ちを考えていないだろう、お前は!」
「何を……」
「もういい! そんなに戦いたくなかったらそこでウジウジ腐ってろ!」
「……貴方にそんなこと! 僕が戦っている間に寝ていたくせに!」
「ああ寝ていた! だからその分戦うさ! これから出撃する! お前が乗りたくない“ガンダムに乗って”、“皆と戦う”!
自分だけが戦っているつもりのお前と違ってな!」
「僕はそんなつもりで戦っていたんじゃない!」
「お兄ちゃん、やめて! アムロも!」
つい、我慢できなくなってブライトさんに代わる形で憎まれ役を引き受けたが、後になって思えば少し殴りすぎてしまったか。
「……行くのか?」
「……ホワイトベースは、貴方がいれば大丈夫でしょう?」
「本当にそう思っているのか?」
「……っ」
結局、ホワイトベースを飛び出してしまうことは避けられなかった。
ブライトさんが「アムロを降ろしてイセリアをガンダムに乗せる」なんて言ったらしい。
上手くいかないな、と思う
結果的にはこの方がアムロの成長に繋がると思う
ああ、心が軋む音がした。
「待ってくださいブライトさん! 一方的すぎます! 僕だって好きでホワイトベースを降りたわけではありません! 話を聞いてください!」
「聞くわけにはいかんな!」
「どうせランバ・ラルが攻めてきたら僕が必要になってくるくせに!」
「っ! 俺やセイラさん、イセリアだってガンダムを扱える!」
「リュウさん……」
「その辺よーく考えるんだな、アムロ」
「カイさんまで……」
戻ってきたアムロに待っていたのは独房入りという冷遇。
民間人が大多数を占める中でもホワイトベースは軍隊だ。
アムロが駆けつけてくれたおかげでランバ・ラルを撃退したとは言っても、ガンダムを勝手に持ち出して脱走なんてものを許しては規律が乱れてしまう。当然の対応だ。
「待ってください、ブライト中尉」
「イセリア……お前まで何かあるのか」
「確かにアムロのやったことは許されません。ですが、昨日の夜、脱走したアムロを俺は目撃しています。その上で止めなかった俺も罰を受けないと筋が通りません」
「……イセリアさん」
「……その現場にいたのはお前だけか?」
「はい。
本当はフラウも居たが、妹まで責任を負う必要もないだろう。
……大きな溜息を吐くブライトさん。きっとこちらの考えなんて見透かしているのだろう。
「……宇宙で鹵獲したザクを勝手に出撃させた余罪もあるな。お前も独房に入れ」
「わかりました」
こうしてアムロと同じ独房に入れられた。
身体チェックもせず、そのまま。
……見透かされていたか。リュウさんとカイさんも呆れた様子で口角が上がっていたし。
「い、イセリアさん……僕……」
何か言いたげなアムロだったが、別に
あの時は「お前ばかり辛い思いをしていると思っているのか」なんて言い方をしたが、実際アムロの負担が大きいのは紛れもない事実だから。
仕方ない部分はあるにせよ、それはアムロではなく、俺達が何とかしないといけない問題なのだ。
「ほら」
「これ……工具と、基盤?」
「さっきの戦闘で壊れたようだから、格納庫から拝借してきた。
……お前と一緒の時にやることなんて、これに決まっているだろう」
「うっ、くっ、ああぁ、ああああああ……」
泣き崩れるアムロを抱きとめる。
この一件だけじゃない。常在戦場。いつ襲われてもおかしくない状況が続く中や 、母親との再会など、アムロでなくても不安定になってもおかしくない。
少しでもそれを受け止めてやることこそ、俺の役目であり、やりたいことであると。
その認識は、
だが、それしかできなかった、という方が正しかったのかもしれない。
「ぐわっ!」
「リュウさん!?」
ランバ・ラルたちがホワイトベースに乗り込んできた時、山のようにジオン兵を斃してもリュウさんは守れなかった。
「マチルダさん、ホワイトベースに戻ってください! 安全が確保できるまでは外に出ないでくれ!」
「それはできないわ。こんなところでホワイトベースを傷つけさせるわけにはいかないもの」
「黒い奴らは俺とアムロで何とかできる! ホワイトベースは傷つけさせない!」
「……貴方、優しいのね。ありがとう」
「っ、マチルダさんっ!」
黒い三連星にはガンキャノンでは追いつけず、マチルダさんを突撃させてしまった。
──────気持ちだけで、一体何が守れるって言うんだ。
そんな事実を突きつけられる。
死なせないようにしても助けられずにジャブローまで来てしまった。
自嘲する
「……これは」
「君専用のガンダムだ」
だからこそ、力を手に入れた時は歓喜した。
戦い続ける中、前世が知るよりも相手のモビルスーツの水準は高くなっているように感じていた。
我らホワイトベース隊が敵のエースを斃している中でも、事実として全体の勢力図として連邦は苦戦を強いられている。
オデッサ作戦は成功しているはずなのに、なぜか士官たちの表情は晴れない。
ジオン側にガンダムの情報が行き渡っているのが関係しているのか。
前世でも分析しきれない何かが働いている。そんな気がした。
ホワイトベースに二機目のガンダムを配備させたのも、この鬱屈とした状況を打開してほしいという願望の現れかもしれない。
実際、無茶を言ってみたら話があまりに通りやすくて驚いた。足にサーベルをつけろと言えばつけてくれるし。連邦の技術士には正気を疑われたが。アムロには二度見された。
まあ、この頃のガンダムの運動性に足のサーベルは無駄と言われればそうなんだが……意表を突く選択肢は多いほどいいだろう。
「まさか、本当に俺がガンダムに乗ることになるなんてな」
いじけていたアムロに対して勢いのまま口にした言葉が、まさか現実になるなんて当時は考えもしなかった。
つい、独り言が出てしまう。
改めて、己の識別色である黒に塗られたガンダムを見上げる。
陸戦型というわけでもない、正当なガンダム。
……このガンダムは一体どこから出てきたのだろうか?
この世界では、一号機はサイド7付近の宙域で俺達と戦闘した後、シャアのガンダムを追撃、返り討ちにあったと聞く。
そして、二号機はアムロとシャアが使っている。
となると、これは三号機にあたるのか?
ティターンズのMk-Ⅱのように黒く染め直されているため、外見ではもう確かめようがないが。
いや、そもそもだ。
……何故、
生死の境を彷徨う戦場では考える暇すらなかった、ずっと棚に上げていた問題が頭を過る。
二号機が二機、という表現も妙だ。
普通ならアムロとシャアのどちらかが二号機もしくは三号機という数え方になるのに、どちらも二号機であるという確信が不思議と離れない。
しかし、
違和感を訴えているのは
答えを知っていそうなテムおじさんは、
心苦しいことに酸素欠乏症で話にならなそうだが、ダメ元で聞いてみよう。
まさかあのサイド7で自然と増えたわけでもあるまい。
物思いにふけっていると、強烈な重圧を感じる。
いよいよジオンのジャブロー攻略作戦が始まろうとしていた。
「赤い……細身のガンダム!」
「アムロ! シャアが来たぞ!」
「わかっています! イセリアさん、連携して対処しましょう! 合わせてください!」
いつか来ると思っていた、シャアとの再戦。
ジャブローを襲撃される形での、こちらが奇襲される不利な戦闘だったが、初戦とは雲泥の差だ。
しかしそれも杞憂だったか。
ニュータイプとして覚醒しつつあるアムロと、その動きに合わせてフォローする俺。
射撃戦が不利な地形に誘い込まれた際は、白兵が得意な俺が前衛を受け持ち、避ける軌道を読んだアムロが凹凸の激しい地形の隙間を縫ってライフルを置く。
この連携を前にしても、さすがは赤い彗星と言ったところか。こちらのガンダムに傷をつけることを諦め、基地への攻撃へと目的をシフトさせる。
少なからず損害は被ったものの、人的被害は僅かに抑え、赤いガンダムは撤退していった。
「つ……ついに赤い彗星に一矢報いたぞぉ!」
ジャブローの士官の一人が高々と声を挙げる。
アムロとともにガンダムから降りると胴上げされる勢いで囲まれてしまった。
「やりましたね」
すっ、とアムロが拳を差し出してくる。
柄でもないだろうに、と
表情を見るに高揚の勢いに任せてそんな真似をしているのだろう。
「ああ」
こちらも応えて拳を合わせる。
基地は散らかっているというのに、歓声が沸き立つ。俺達が地球にいる中でも、シャアはガンダムを巧みに使い、連邦が有する宇宙拠点を数々陥落させたと聞く。
奪われたガンダムとペガサスが恐怖の象徴と化していた中、連邦側もようやく希望として見ることができるのだ。
それは俺も同じだ。
リュウさんやマチルダさんは俺の力が足りなかったから命を繋げられなかった。
……あの日、俺は泣けなかった。ブライトさんだって傍目を気にする余裕もなく泣き崩れていたのに。
皆、俺が前を向き続ける強さを持っていると好意的に捉えてくれていたようだが……実際は違う。
本当は悔しくて、悔しくて悔しくて悔しくて、大声で泣き叫びたかった
“本来なら死んでしまう人達だ。しょうがない。”
そんな
……許せなかった。自分自身に。
直接会って、心を通わせた人達が居なくなってしまった。もしかしたら自分がどうにかすればそんな未来を変えられるかもしれないというのに。
絵や写真を見ているつもりなのか。目の前の現実としてこの目で見ているはずなのに。
こんなの、昆虫と何が違うというのだ。
今すぐに己に銃を突きつけたくなるほどの自己嫌悪を抱えてここまで生きてきた。
それでもと、救える生命があるのだと希望を夢見て。
今日、ジャブロー襲撃で命を落とす未来だった人達を見て、拳を握りしめた。
馴れ馴れしくアムロの肩を組んでいるスレッガー中尉を見る。
……次は彼の番だ。
拳を握りしめ、決意を新たにする。
今度こそ、死なせてたまるか。
「お兄ちゃん」
祝勝ムードの場を離れようとすると、いつの間にかフラウが俺の手を握っていた。
その表情は明るくない。
まるで、あの日のサイド7の時のように今にも泣きそうな青ざめた顔だ。
今の戦闘でどこかけがをしたのか、面倒をみていたカツ、レツ、キッカに何かあったのか。
聞いてもフラウは首を振るばかり。
では一体何なのか。聞き返そうとしたが、あえて飲み込む。
家族の問題なのかもしれない、と場所を変えて聞いてみればこんなことを口にした。
「……お兄ちゃんは、どこにもいかないよね?」
「どうした急に」
「わかんない。わかんないけど……お兄ちゃんがどこかに行っちゃいそうで、つい」
意図がわかりかねる
フラウとアムロは、アムロがニュータイプに覚醒していくにつれて距離が生まれてしまうことになる。
結果的にそれが、アムロへのコンプレックスを抱いているハヤトとの距離を縮めることになるのだが……おそらくそれを俺にも同じようなものを感じているのではないか、と。
「大丈夫だ。俺はここにいる」
目線を合わせて、笑顔でそう答えた。
俺がニュータイプになるなんて想像がつかないし、たとえニュータイプでも同じ人間には変わりない。
少なくともハヤトとの結婚式を見るまではいなくなるわけにはいかないな。
……だが、そんなものは所詮幻想だった。
この矛盾だらけの世界は、決して優しい夢を許してくれなかった。