「ひとつ!」
「ふたつ!」
「ななつ!」
「ここのつ!」
今日も
サイド6を出て洗礼のように現れるリック・ドムの群れ。
練度は決して低くないが、地上での黒い三連星に比べれば確かに劣る。この程度ならアムロと連携しなくても各個撃破は容易だ。
中隊に届くくらいの数でも、もはやそれでは止められない。
アムロも鬱憤を晴らすかのように絶好調な活躍を見せている。撃墜数では僅差で負けてしまったか。
終盤はドムの頭を蹴り上げていたし。お前も足にサーベルをつけないか? いらない? そっか。
「……しかし、数だけは多かったな」
そう呟いてしまうほどリック・ドムの数が異常なほど多かった。
ざっと数えただけでも30機。前世の知る数のおよそ2倍はあった。
このタイミングで襲撃してくるのはコンスコン隊だが、もう一小隊追加されたのか。
ガンダムが二機存在すること以外も、前世の知識よりも展開が少しずつ異なってきている。
地球から宇宙に上がるときにジオンから襲撃を受けなかったこととか。ザクレロなども見ることはなくサイド6へと到着したのもそうだし、何ならサイド6に居た時も感じていた。
アムロと行動を共にすることが多かったため、シャアとララァとの邂逅にも立ち会った。
初めて見る実物のシャア。特徴的なマスクは存在感を放っていた。
『……アムロ。ふむ』
『どうしました?』
『いや、君たちとは初めて会った気がしなくてな?』
アムロが名乗った時、シャアからこんなこと言われて青褪めてしまった。
まあ、ここでバレたところでこの後の直接的な対面はア・バオア・クーになるのだから……と変なところで楽観的な
『誰よりも温かくて、誰よりも冷たい人』
『っ』
明らかに、
家族でさえ知らない───家族だからこそ知られてはならない───俺の抱える非人間性を、初対面のくせに感じとっていたのか。
これからの宇宙世紀の歴史を見てもニュータイプとしての特異点とも言える才能をもつ彼女。
血の気の引いた頭から、今度は一気に血がのぼる。
ポンプのように稼働する心臓は大忙しに駆動する。
……ああ、確かにこれは気分が悪い。
人に心に、土足で入ってくるな、なんて台詞。
こんな時期に口に出てしまいそうになるとは思わなんだ。
『大佐、そろそろ行きましょう。我々もこの後の予定が詰まっています』
と、シャアの車から出てきた三人目の男がこの場を収めた。
片目を隠す翡翠色の髪と鼻下から横に広がる髭。
そう、この幸薄そうな風貌の男こそ前世の知らない男。
シャアから勘付かれそうになったときよりも倍近くの戦慄を覚えた。
『それもそうだな。ララァ、不用意に人の心に踏み入るのは感心しないぞ』
『…………ええ、すみません。大佐』
『すまない。我々はこれで失礼するよ。大尉、ララァと運転を代わってくれないか? これでは行く先の対向車線を走る車を悉く泥まみれにしてしまいそうでな』
『もう、大佐ったら』
あれこれ考えているうちにジオンの三人は車を走らせてしまう。
誰だ?
……いや、本当に誰だ????
あんな特徴的な外見、原作に居たらわかるはずなのに、全く心当たりがない。この時期のシャアとララァ、二人とともに行動できる人間が他にいたのか?
『イセリアさん!』
『!?』
『……僕たちも戻りましょう』
『あ、ああ……』
前世が珍しく混乱しているためか、主導権のある今世も呆けてしまっていた。去っていくバギーを見たまま動けなくなったところをアムロが声をかけてくれたおかげで何とか立ち直れたが、気分は晴れない。これが、ガンダムが二機あったための弊害だというのか。
アムロも俺も、そう言った感情が出たのがこのコンスコン隊+@との戦闘だった。
戦闘の終わったガンダムのコクピットの中で手を重ねる。
考え込む、と言うよりは祈る動作に近かったのかもしれない。
どうか、この後は誰も死なないでほしい。
なんて烏滸がましい願望。
──────無論、そんな甘い考えは通用しないことを思い知らされた。
「坊主、あんま気負いしなさんな。
──────悲しいけど、これ、戦争なのよね」
「中尉ぃ!!!」
結局、スレッガー中尉の特攻も止められなかった。
出撃できないように周囲の人間に止めるよう働きかけても、ビグ・ザムの弱点を見抜いている、と言っても。
己の命の使い途を決めたあの人を止めることは叶わなかった。
「そんな、こんな時にガンダムが。動かないっ!」
「くそっ、なら俺が──────くっ、赤いガンダムか!」
ブラウ・ブロとの決着の瞬間もそうだ。
とどめを刺す直前に、ガンダムに限界が来てしまった。
直前、テキサスコロニーで遭遇したシャアの赤いガンダムとの戦闘が熾烈を極めたせいか。代わりに俺がとどめを刺そうとした瞬間、赤いガンダムの介入により仕留め損なってしまうことになる。
「ブライトさん、俺達はどこに向かっている? ソロモンに向かうんじゃないのか?」
「いや、我々が向かうのはルナツーだ」
「ルナツー? なんでまたそんなところに」
「アムロとお前のガンダムの改修を行う。動作系の不調も改善できるかもしれん」
「……マグネット・コーティングか?」
「なんだ、知っていたのか。その技術を持っているモスク・ハン博士がルナツーにいる。ホワイトベースを襲撃される前にどうにかしなければな」
「……そうだな」
本来、ソロモンで施工してもらうはずのマグネット・コーティングも、なぜかルナツーで行われることになる。些細な違いが積み重なった結果だろうか。
今頃、ララァたちはソロモンを襲撃しているはず。
……これならばララァをアムロが撃墜してしまう、なんてことは起きないのだろうか。
「ぼ、僕は、取り返しのつかないことを、してしまった……っ」
「アムロ……」
しかし悲しきかな。
歴史の修正力というのもまた存在しているようだ。
ソロモンの襲撃報告を受けてからすぐにルナツー付近でも戦闘に入る。
ララァのエルメスがこちらに来てしまった。
場所が変わっても、結果は同じ。
リュウさん、マチルダさん、スレッガー中尉。
ララァも例外ではなく、悲劇が起きてしまった。
皆、死神の鎌からは逃れられないのか。
諦観を抱えたまま、ホワイトベースはこのまま星一号作戦を迎えた。
前世が知る最終決戦の舞台、ア・バオア・クーへと乗り込むこととなる。
やっと、やっと戦争が終わるんだ。
今世が許容できない犠牲を払ってやってきたこの時。裏を返せば、ここまで来ればホワイトベースの皆は誰も失うことはなくなる。
最後の最後、気合を入れた矢先。
重なった小さな波紋から生まれた、大きな波紋がここに来て襲いかかる。
「ソロモンを、グラナダに落とす!?」
ブリッジでカイさんの大声が響き渡った。
全員が息を呑む。音がでないはずの動作を、ここまで音として聞こえてしまうほどに皆は驚愕していた。
一体、何を考えているんだ、この世界の連邦は。
「ア・バオア・クー攻略作戦と同時並行で行われる大規模な作戦。これが成功すれば、ジオンは事実上の壊滅状態になり、戦争が終結する……と考えているようだ」
「ようだ、じゃねぇよブライトさん! こんなの、コロニーを地球に落としたジオンと何が違うってんだよ!」
「そうですよ! ア・バオア・クーを堕とせば、ジオンも戦争は続けられないんじゃないんですか!」
「私達が戦果を上げているが、全体としての勢力図は拮抗している状態だ。ア・バオア・クーでの総力戦で少しでも勝率を上げるために、相手の戦力を分散させる狙いもあるだろう。
……だからと言って、こんな作戦がまかり通っていいものか、全く」
作戦を告げたはずのブライトさんも飲み込めていない様子だ。
ホワイトベース隊はア・バオア・クーの攻略戦に参加することになった。子供も乗せている中、コロニー落としの再演なんてとてもじゃないが見せられない、というせめてもの配慮だろうか。
「やられたらやり返す。こんな形で戦争を終わらせても、また繰り返しになるのがわからないのかしら」
「同感。やってられっか、こんな作戦」
セイラさんとカイさんの会話からもわかるほど、船内の士気が低い。
無理もない。俺だって頭を抱えている。
なんでこんなことになってしまったのだろう。
もう、
と、悩む暇すらなく、心臓を握り潰されそうなほどのプレッシャーが襲いかかった。
「大変です! ルナツーに接近する大型の熱源体を感知しました!」
「映像を出せ!」
画面に映るのは、緑色の楕円形の円盤。
記憶に刻まれた、スレッガー中尉の命を賭けて撃破の糸口をつかんだ大型
ビグ・ザム。
その、
さらには数々の
それらがルナツーの周りを包囲しようと四方八方から接近してきていた。
──────長い夜が、始まった。
「イセリアさん! しっかりしてください!」
「ぇ、ぁ、あむろ?」
揺さぶられて意識が浮上する。
呂律が回らない。熱に魘されていたように頭が働かない。
パイロットスーツのまま、ブリッジにへたりこんでいた。
なんでこんな恰好で呆けていた?
あの量産型ビグ・ザムは悪い夢だったのか?
朦朧とした意識の中、皆の顔を見渡す。
泥のように沈んだ表情。目元は赤く腫れあがっていた。
『総員、我々は大型
そうだ、ア・バオア・クーでの決戦前、無暗に兵力を減らすわけにはいかない。
取れる手段は他の艦隊を引き連れた強行突破しかなかった。
よって撃破の実績があるガンダムと強襲揚陸艦のホワイトベースを先陣にビグ・ザムと戦闘。撃破後にできる包囲網の穴を他艦隊とともに全速力で駆け抜ける作戦だったはず。
後世のモビルアーマーと比較しても超巨大であるビグ・ザムの早期撃破。
短期決戦を求められる中、ホワイトベース側で戦力を出し惜しむ余裕はなかった。
『い、イセリアさん、生きて』
「あ」
汗が吹き出す。
体温が一気に冷めていくのがわかる。
せりあがってきたものを口元で抑え、忘れていた鼻呼吸を必死に繰り返す。
そうだ。
そうだった。
そこで、
アムロと俺が前衛をして、他の皆は後方の援護とビグ・ザム以外のMSの相手をしていたはず。
だが、俺が避けたメガ粒子砲にガンキャノンが巻き込まれて中破したところを、他の
「……ハヤト以外は皆無事に包囲網を突破できた。お前のおかげでな」
「おれ、が?」
覚えていない様子の俺を察したブライトさんがモニターを映した。
変わり果てた姿のルナツーと、宙域に浮かぶ多数のくずや破片。
あまりに激しい戦闘により、元の光景を根底から覆すような新たなデブリ地帯が作られてしまった。
「──────」
ひゅ、と。喉から空気が抜ける。
確かに、これは
早送りの映像が頭の中で流れた。
まずはハヤトの命を終わらせた
次に、近くにいた緑の
それに反応して、別のが粒子砲を降り注いできた。とても目障りだったから近づいて砲口を捻じ曲げてやる。暴発して内側から煙が立ち込める。足のサーベルで踏みつけてから次の
ガンダムのエネルギーが切れそうだったから、ビームを使うのはやめた。そこら辺のヒートホークや、それこそ手に取りやすい形をしている尖った破片で充分だった。
──────もう、あいつらがどうやったら壊れるかは手に取るようにわかったから。
ハヤトが消えた瞬間、
躊躇いとか、同情とか、そんなものを一切考えずに目の前の障害を取り除くことしか頭にない。
まるでゲーム──────いや、楽しみすら見出していないゲーム以下の作業だ。
かと言って信念や生存本能なんて欠片も見当たらない。
近くにいた虫を踏み潰すような行為。
人の尊厳とか、今まで積み上げてきた想いとか、呼吸をするように踏み躙る。
否定したい。
こんなの、ホワイトベースの中で数々の苦難を乗り越えてきた仲間の一人なんて、とてもじゃないが言えない。
「はあ、はぁ、ぁ」
おれは誰だ?
そう、イセリア・ボゥだ。
サイド7に住んでいて、アムロやハヤトと平穏に暮らしていて。
それで、なんだっけ。なんだっけ。
「ふ、フラウ」
ああ、そうだ。
俺には妹がいる。産まれてからずっと一緒に暮らしてきた、かわいいかわいい俺の妹。
どこにも行かないよね、って言っていた。
もちろんだ。兄ちゃんはどこにも行かない。ハヤトが居なくなって、一番悲しいのは妹なんだ。
だから、俺がいっしょに、いないと──────
「っ」
「あっ」
伸ばした手に反応して、一歩、
「そっか」
だらりと腕が垂れる。
もう、目を逸らせない。前世のせいにできない。
これがもう、答えじゃないか。
「おれ、もう、
「イセリアさん、入りますよ」
一瞬、自分の名前が呼ばれたのかわからなかった。
重い重い扉を開けてアムロが入ってきた。
もう出撃の時間なのか、まだ外は静かだけど。
「静かって……外でフラウ・ボゥが泣いているじゃないですか。ごめんね、って、ずっと」
そうなのか。全然気づかなかった。
自分から入る独房が心地よくて、寝ていたのかもしれない。
悪いことしたなぁ。
これじゃあ尚更、兄貴なんて名乗れないな。ははっ。
で、それでどうしたんだ。
作戦まで時間があるならシミュレーターの相手でも探しているのか?
「いえ、そもそも……出れますか?」
出撃するさ、そりゃあ。
ここまで来たら最後まで付き合うつもりだし。
「……死ぬ気なんですか」
まあタイミングとしては一番かもなぁ。
でも、そんな簡単に捨てるつもりは更々ない。
スレッガー中尉のこと言えないけど、命の使い途って、案外わかるものらしいな。その時を待って──────
「痛っつ!」
右頬に強烈な痛みが走る。
何も身構えていなかったから、モロに入ってしまった。
歯は無事だが、おそらく人生で一番痛いストレートが飛んできた。
「ああ、人を殴るって、こんなにも痛いんですね」
「え、本当にアムロが殴ったのか。こう言うの、ブライトさんとか、セイラさんあたりが役目かと思うんだが」
「あの時のお返しです。殴り合いなのに一発も殴られてくれなかったじゃないですか。あと、セイラさんに怒られますよ。後で言っておきます」
「……今度は頭が痛くなってきたな」
あの人との関係は……簡単には説明できないし、今考えることではない。
仕切り直すように、アムロは真っ直ぐ俺の目を見る。
人と目を合わせることに苦手意識のあった頃とはすっかり別人だ。
「イセリアさん、貴方の苦しみは理解できます。僕だって、胸が張り裂けそうになるくらい辛い」
それはそうだ。
ハヤトを失った苦しみは俺だけが感じているわけではない。
それこそ、あったかもしれない未来では結婚までするフラウなんて、その悲しみは非人間なんかには計り知れない。
ただ、アムロが言いたいことの本質はそこではなかった。
「でも、
……ああ、息が詰まるのはこれで二度目だ。
とうとう、前世が暴かれる時がきた。
「話してください──────僕達の間に、もう隠し事は無くしましょう」
打ち明ける覚悟なんてない。
それでも、拒むこともできなかった。
「そうだったんですね」
ひととおり話をした後のアムロの表情は変わらない。いや、変えないように努めているのか。
なにせ、仲良くしていた友人が、いきなり前世の記憶が生えてきたなんて言われたら正気を疑うのが当然だ。
しかもその記憶には自分たちが創作として扱われているなんて冗談にもほどがある。そんなの到底信じられ──────
「信じますよ」
「嘘だろ」
「嘘です。でも、飲み込みます」
うん、そう言ってもらった方が話しやすい。
あくまでこれは前提の話だから。
そして、ようやく己の欠陥について告白した。
前世と今世の考え方の違い。
仲間が苦しい思いをしていても、結果的に成長に繋がるからなんて見放した考えを抱く自分がいる。
死にゆく運命にある人を力を尽くして助けようとも、助けられなかったことに「そりゃそうだ」なんて簡単に納得してしまう自分がいる。
……どんなに親しい仲間が死んでしまって、皆が悲しむ中でも、顔の知らない他人が死んだ時と同じ感想がわいてくる自分がいる。
半ば二重人格のように価値観も併せて存在する記憶との軋轢。それに伴い生まれる自己嫌悪の積み重ねが、とてもとても辛かった。
辛いだけならまだ良かった。
そんな感情を生む
「けど、ルナツーでの戦闘で、もう、言い逃れができなくなった」
今だったら鮮明に思い出せる。
強行突破という作戦を無視してまで、殺戮に身を傾ける自身の姿。義憤も悦楽も存在しない、単純作業のように人の命を摘む作業。その反復。
「ハヤトには戦争が終わった後も役目があった。ジオンとの戦いが終わった後に現れる敵へ、対抗する組織を立ち上げたりとか……いもう……フラウの夫とか」
「ああ、あの二人ってそういう……」
「俺もハヤトとは付き合いが長かったから、尚更悲しかったはずなんだ。間違いなく。
でも……今は自信がない。あのデカブツたちが許せないって思ったのは間違いないのに、なんというか……“本来まだ壊れないはずのものが早く壊れたじゃないか、許せない”って感情に近かった、と思う」
これではまるで、高い買い物をして手に入れた家電やおもちゃではないか。
どんなに身近な人でも、やはり画面の向こう側の出来事。そんな嫌悪していた
積み重なった軋轢への逃避なのだろうか。
もう、
極めつけには、今世が地球に居たときに欲していた“力”。
多分、
それを証明した先の戦闘。守るために焦がれていたものは、今では己の首を更に締める吊り縄と化していた。
想いは
これが人類の革新、なんて言われたのなら──────そんな人類、さっさと滅んでしまえ。
「こんなの、とてもじゃないけど人間じゃない。俺は、人間と呼びたくない」
話は終わりだ。
ここまで自分のことを話したことはあっただろうか。
かなり抽象的で何を言われるのか恐々としていると、アムロは腰を落として俺に目線を合わせる。
「貴方は化物じゃない」
今までで聞いたことのないくらい、優しい声色だった。俯いた顔をあげてみれば同じ目線で真っ直ぐに俺の目を見つめている。
ああ、これが成長の証だろうか。アムロの瞳が綺麗に見える。目を逸らしたくなるほどに。
「イセリアさんがやったこと、僕だったら同じことができると思います」
事実のように話すが……できるだろう、アムロなら。あんなビグ・ザムの大群が押し寄せても、消耗を顧みなければさして手こずらない。
「それだったら、僕も同じ化物とか怪物になってしまいます。イセリアさんは僕をそう思っていたんですか?」
「そんなわけっ!」
否定しようとすると、アムロが笑った。
期待どおりの回答だ、と瞳が語る。
しかしそれは落胆なんて感情は一欠片もない。
むしろ全幅の信頼を寄せていることが心に伝わってくる。
「ほら、貴方も人間ですよ。ちょっと考え方が違うだけ。でも、それは貴方だけじゃない。形は違えど、皆が抱えているものです
──────貴方が僕を人間と言ってくれるかぎり、貴方も人間ですよ」
「っ」
親しい人間が亡くなったことに対して、無配慮なことを思われたら怒るのは当然だ。
だけど、それを飲み込んだ上で、アムロは俺の欠陥を否定しなかった。
決して特別ではない、誰かが持つものとして。
そして、懐からアムロが取り出したもの。
散々俺達が弄くり回していた基盤やら部品やら。
……ああ、目が見えなくなってきた。
リュウさんが、マチルダさんが、スレッガー中尉が、そしてハヤトが。
皆が居なくなったあの時に流れるはずの涙が、今になって溢れて止まらない。
──────こうやって人に頼れれば良かったんだ。
話をしてみれば簡単なこと。
今世一人では絶対に思いつかない発想だ。こんな世迷い言、とてもじゃないが信じられないし、病棟送りされてもおかしくない、と我ながら思う。
だからこそ、こうして苦悩が伝わり、受け入れてくれたことが何よりも嬉しいし、救われる。
刻が見えなくたって、わかり合えるんだ。
一体、いつまで泣いただろうか。
いよいよ最後の作戦開始の時が来た。
泣き腫らした目元を拭い、独房の扉を開ける。
入る時はあんなに重かった扉が、今はこんなに軽々と開けられる。
「あ、お兄……」
「心配かけた。もう大丈夫だ」
フラウの頭に手を置く。
今はこれでいい。後でいくらでも話をしよう。
もうみんな生き残る未来なんて保証はできないけれど──────いや、俺が、俺達が切り開いてみせる。
「終わらせにいくぞ、アムロ!」
「はいっ!」
拳の側面同士を合わせながらドックへ歩みを進めながらヘルメットをつける。
黒いガンダムのコクピットで精神のスイッチを切り替える。
大丈夫だ。
ルナツーの時のようにならない。
俺の側にはアムロがいるから、人間でいられる。
独りじゃないなら、誰にだって負けないさ。
「ガンダム、発進する!」
射出の重力なんて慣れたもの。
ホワイトベースから飛び立った先。メインカメラに映る見えた宇宙要塞──────ア・バオア・クー。
試しに己の手と大きさを比べてみれば、握りつぶせそうなくらいに小さく見える。
途方もない気配があちこちに散らばっているが、俺達の行く手を阻むには塵芥同然。
無駄な消耗は避けたいが、ホワイトベースや後に続くセイラさんとカイさんに負担をかけてはいけない。
「アムロ、ライフルを使う時は一発で複数機巻き込めよ!」
「言われなくても!」
薙ぎ払うようにライフルを撃つ。
討ち漏らしはバルカンとサーベルによる近接戦闘。
物量だけはバルカン一発すら勿体無い。
討ち取ったドムのヒートサーベルを奪い、ザクを脳天から両断する。
持っていたヒートホークを手繰り寄せ、また別のドムに放り投げる。
……性懲りもなく出てきたビグ・ザムには死角である股下からビームサーベルを突き立て、出来上がった穴にライフルを撃ち込んでやった。
とはいえ、さすがは本拠地。
激しい戦闘が続く中、俺達含めホワイトベースに損傷はないが、数多く宙に浮かぶジムや軽キャノンの頭が戦局を物語る。連邦側のルナツー襲撃で消耗している分、押しにかけている。このままだとジリ貧か。
「イセリアさん、僕達は先行しましょう! 一気に本丸を叩きます!」
「っ、わかった!」
アムロは司令のザビ家を討つつもりか。
どうせ内ゲバで勝手に死ぬから放っておいてもいい、と
黙れ、と一蹴する。勝手に死ぬにしても、なら早ければ早いほど良いだろう。長引くにつれて連邦もジオンも無駄に兵士が死んでいく。なら、早く仕留めた方が断然いいに決まっている。その分戦争が早く終わるのならそれに越したことはない。
俺はアムロがやろうとしているから、それを全力投球でサポートする。わかったのならさっさと手伝えロクデナシ、と心中で怒鳴る。
ええ……、と珍しく
まあ良い。いつもいつも振り回されているのだから、今度は
それにしても、妙だ。
こんなにジオンの
出し惜しんでいるのか、それともシャアにガンダムを鹵獲されたことが何か影響を与えているのか。テキサスコロニーでもギャンを見なかったことから、連邦側に軽キャノンなんて量産機が生まれたように、ジオンの
それに、そのシャアの乗る赤いガンダムの姿も見えない。ララァの件もあって、真っ先にこちらと接敵することを想定していたのに。
……ここで、慣れた並列思考を打ち切り、戦闘に集中することにした。もう、ジオン側の事情なんて推し量ることなんてできやしない。
「……ん?」
ふと、世界から音が消えた。
宇宙空間とはいえ、あちこちで戦闘が行われている中でこんなに静かになるはずがないのに、急な静寂に襲われる。
鼓膜が破れたのか? 身体的な異常を確かめていると、今度は視界一面に広がる光が迫ってきた。
閃光弾なんかではない。
目は開いたままでいられるし、あらゆる色で彩られたそれは花火……いや虹か? 虹の中に飛び込んでいるような。
どれも、比喩としては正しくない。
これは、この世のあらゆる光とは本質からして明らかに異なるものだと本能が理解してしまったから。
そして ──────誰かがこちらを呼ぶ、“声”が聞こえた。
聞き覚えがあった。
あれは、ララァの操るエルメスから発していたような。
……いや、それより前に聞き及んだことがあったはずだ。
あれは、サイド7でザクの襲撃を受けた時のこと。
あの時から全てが始まった。
前世が今世の中に巣食うようになり、なぜかガンダムがニ機確認され、そして──────
思考が終わる前に、視覚と聴覚が回復する。
開けた先、今まで戦っていた戦場は一変した。
「なっ!?」
「ソロモン!? なんでここに!?」
ソロモン。
連邦によってコンペイトウと名称を変えられた宇宙要塞。月面にあるジオンの拠点の一つ、グラナダに落とそうとしているそれがある。
そして、赤いガンダムとジオング。
さらには、色違いのホワイトベースまでも。
鏡合わせのように、
「なんだ、これは」
アムロがうわ言のようにつぶやく。
俺も背筋が凍った。
この一年戦争、多くの矛盾に向き合わされた。
俺自身の矛盾。設定の矛盾。時系列の矛盾。
その影響は前世の知る筋書きの中で何かしらのバタフライ・エフェクトが発生してもおかしくはない。
ただ、これはただの矛盾として飲み込むことはできない。
明らかに、人間ができることを超えているではないか──────!
本当の敵は、あの重なって見えるア・バオア・クーの中にいるのはわかっている。
わかっていても、このまま赤いガンダムとジオングを放置して先に向かっても、ホワイトベースは無事では済まない。
「……シャア!」
何より、アムロとシャア。
宿命というべきか、白いガンダムと赤いガンダムはほぼ同時に前へと出た。互いに紙一重にライフルを躱しながら縦横無尽に宇宙を駆ける。
「くそっ、やるしかないのか!」
この二人が会ってしまったからには、もう戦うしかないか。加勢しに向かうと、行く手を阻む形で熱線が降ってくる。機体を斜めに傾けて通り抜けても、今度は死角から巨人の如き腕が襲いかかる。
迎え撃とうとサーベルで切り落とそうとした途端、意志を持っているかのように腕が静止し、有線の辿る先へと戻っていった。
腕が別の生き物のように動く。
ジオング。
本来であれば、決戦の場でガンダムと雌雄を決する機体が、数奇なことにガンダムと共に敵として立ち塞がっている。
赤いガンダムは十中八九、シャアが乗っているのは間違いない。
では、このジオングは誰が乗っているのだろう。このサイコミュの使い方は一朝一夕で培われたものではない。
ここまで来れば、パイロットも限られてくる。
「シャリア・ブルか……」
不意に、あの男の姿がイメージとして浮かぶ。
……ブラウ・ブロを取り逃した反動が、このタイミングで皺寄せとなってくるとは。相手が誰であろうと、戦闘を長引かせるわけにはいかない。
追撃に熱線を放ってきた腕をめがけ、全推力を込めて前進する。
傍から見れば自滅行為。だが、この程度の弾幕なら見てからでも軌道修正が間に合う。
まずは腕をいただく。
ライフルを手に取るよりも、近づいてサーベルで切り捨てた方が早い。ビームトンファーのように腕に取り付けたサーベルを起動させる。
こちらのサーベルを突き立てる瞬間──────後頭部に冷たいものを感じた。
「危ない!」
アムロが俺の盾に向けて放ったバズーカの爆風が、周囲を吹き飛ばす。
見れば、自立して動く瓢箪のような砲門。つい先日まで連邦を苦しめていた、エルメスの使っていたものと同じビット。いつの間にか俺のガンダムに取り付き、虎視眈々と命を狙っていた。
「悪い、助かった、アムロ。あれは……」
「ララァの真似事までするか、シャアめ」
姿勢制御のためのスラスターが細かく噴出する。
挑発するように目障りな動きをするそれは全部で4機。赤いガンダムの顳顬あたりに、俺達のガンダムではないサイコミュの交信装置のようなものが取り付いている。アムロの言うとおり、操っているのはシャアで間違いなさそうだ。
──────合わせろ、大尉!
──────はい! 大佐!
思念を感知すると同時にビットと腕部が飛来してくる。
ビットの細やかな動きから繰り出してくるビームは確実にこちらのコクピットに照準を定めている。
腕部の粒子砲は、指を動かす程度の感覚で簡単に照準を補正する。
単発で通過するビーム、というよりもはやカーテンだ。的確に逃げ道を塞ぐ範囲攻撃はじりじりと追い詰めていく。
オールレンジ攻撃の厄介なところだ。
巨大なメガ粒子砲のような単純な物量ではない。
あらゆる角度、タイミングで放たれる攻撃に絡めとられれば身動きが取れなくなる。女郎蜘蛛の巣に捕まった蝶のように。
「イセリアさん、お願いします!」
「任された!」
だが、突き抜けてしまえば解くのは容易い。
手に持ったライフルを捨て、背面のサーベルを引き抜き、二刀流になる。
そのまま行く手を阻む網を一直線に飛び込んでいった。
目指す先は、この包囲を形成する頭。
シャアの乗る赤いガンダムだ。
ビット、ジオングの腕によって誘い出された隙間。
そこにシャアの進行方向に
避けるなんて選択肢はないとも思われる袋小路。
腕でも捨てて飛び込んでくるつもりか──────なんて、向こうは思っているのだろう。
なんて、想定が甘い。
「当たらなければ、どうということはない!」
意趣返しのように、かつて口にしたであろうシャアの言葉をそっくりそのまま返す。
赤いガンダムのライフルはコクピットの側面すぐ──────俺のガンダムの脇を通過する。
俺のガンダムが、モビルスーツの動きが、機体の複雑な配線ひとつひとつが、自分の体のように繊細にわかる。機体の姿勢や関節の向き……傍から見れば誤差レベルとされる動作。
たとえ時速何キロで動いていようとも、それが人型であれば、決まった位置、決まった角度で機体を動かしてみせよう。
そして、どう動くべきかは
どこまでも、
ただ、こと戦闘においては利点に働く。
客観的にどう動けばいいか、俯瞰的に自分と相手の立ち位置がわかる。
忌むべき、あのビグ・ザム戦隊が作り出した海のような、波のようなビームの奔流を捌き切った要因はこれらの相乗効果によるものだった。
どんな隙間だろうとも見つけ出し、どんな隙間だろうとも通り抜ける。
これに関しては、アムロにさえ再現できまい。
……失敬、言い過ぎた。
できないと言い切れないのが俺のアムロである。
機体の運動性能さえ良ければ同じことやれそう……というか本来の歴史でもジオング相手にやってたな。こわ。
「ビットが来るな」
予感どおり、目の前に2機のビットが俺のガンダムに向けて飛び込んでくる。
ビームは同じ要領で回避できるが……この推進剤の使い方はビットそのものをぶつけてくる算段か。
なら、そのまま直進しよう。
スピードを落とす理由にならない。
俺にぶつかる直前──────見慣れた色のビームがガンダムの側面を焼きながらビット2機を同時に撃ち落とした。
「ふたつ!」
俺の捨てたライフルを二丁構えた、白いガンダムによる援護。
ミノフスキー粒子が散布される中、レーダーが制限された有視界戦闘において、視界に映っていなくても狙い撃ちができるのがアムロだ。
ジオングの腕が阻止しようとしても、迫りくる方向すら向かずに撃ったライフルが接触する。
咄嗟に手を引いたのか、腕そのものの破壊は免れたようだ。しかし5つ指にある砲門は削られた。もはや今までのようにオールレンジ攻撃は再現不可能だ。
「待たせたな!」
サーベル二本、十字に振り下ろす。
シャアもライフルを捨て、同じくサーベルを抜いて対抗してきた。
飛び散る火花は互いの機体の顔を照らす。
昆虫のような複眼の意匠。機体デザインはこの世界のどの
……あちらのガンダムは、一体どこから来たのだろうか。
だが、ここで堕とせばそんなことはもう関係なくなる。
接近戦は不利だと悟ったのか、距離を取るべく赤いガンダムから足癖の悪い蹴りが飛んできた。
目には目を。足には足を。
ならばこちらも回し蹴りを放って相殺させる。
くそっ、サーベルが爪先についているのが仇になったか。
脛部分にもつけておくべきだった! 止めるなアムロ! 俺にバズーカは不要だ!
反動に乗じて背後に下がろうとも逃しはしない。
シャアの操作が赤いガンダムに反映される瞬間には、既に
ガンダム同士、性能はほぼ均衡しているのなら離される道理はない。手が届く一定の距離を保ちながら宇宙を駆ける様子は社交ダンスのようだった。
しかし、流石は赤い彗星。
こんなに一気呵成に攻めても仕留めきれない。
「はっ、はっ、はっ」
ヘルメットの中が蒸れる。
そろそろ集中力が限界を迎える。
足りない残りの一手。
思いつくのは、アムロの狙撃だ。
アムロもわかっているはずだ。
この乱戦の中でも、あいつは狙い撃ってくれる。
当たる心配はない。
まあ、当たってもいいさ。
お前が俺を討ってくれるなら本望だから。
背後から気配がした。
白いガンダム、我らのガンダムのビームライフルだ。一瞬、タイミングが遅いと思ったのは気のせいか。しかし狙いは正確。吸い込まれるように、俺とシャアをめがけて飛来するそれ。
その閃光は──────間に挟まった
「ジオング!?」
心臓部を貫通──────いや、していない。
一歩間違えればコクピットのある頭部が蒸発してたというのに、なんて男だ。
吸収しきれなかった衝撃に乗じてバーニアを吹かすジオング。
呆気に取られた一瞬の隙を突かれた。
そのまま俺のガンダムと衝突して連れ回し、シャアとの距離をみるみる離していく。
「イセリアさん!」
「ぐっ……俺はいい! それよりシャアを! 絶対にホワイトベースに行かせるな!」
苦し紛れの通信を残し、この状況から脱出を試みる。
サーベルを持った両腕は動かない。
使えなくなったジオングの有線を巻きつけられ、身動きが取れなくなってしまった。
──────この黒いガンダムは私が相手をします! 大佐は白いガンダムを、ララァ少尉の……
──────大尉っ、すまない!
オープンチャンネルでもないのに聞こえる二人の声。シャリア・ブルがこのような決断をしたことに、シャアは何を思ったのだろうか。
あの二人の関係は、
そして気がつけば、
ジオングのバーニアも弱まってきた。エネルギーが残り僅かであることの証左。Gによって押さえつけられていた足の身動きが取れるようになれば、脚のサーベルで腕にまとわりついた有線を切り捨てれば脱出できる。
しかし、ジオングも黙っていない。
腹部から光が収束する。無事だったメガ粒子砲のチャージを始めていた。
時間稼ぎではない。この男はまだ諦めていない!
「う、ご、けええええええ!!!!」
慣性に逆らうよう、両足を動かして、爪先のサーベルを砲門に突き立てる。至近距離で暴発したエネルギーは、ガンダムといえど耐えられるものでない。
片足がもげてしまい、コクピットの外装が剥がれてしまう。
見上げると、ジオングの口から光を放つ。
今度は頭部のメガ粒子砲をお見舞する気だった。
対抗できるものはあるか!
腕を塞がれ、足も届かない。
こうなることなら頭にもサーベルつけておくべきだった!
それでも懸命に打開策を探す。
手札の差で俺が負けるなんてあってたまるか。
「あ、ああああああああああああああああ!!!!」
動けないはずの腕を、肩甲骨を剥がすような要領で
外側に動かす。背中に受けるGと、宙に固定化された有線、同時に残り少ないエネルギーを使ったジオングのバーニアに逆らわないよう上昇する力が作用し、ガンダムの両肩が胴体から千切れてしまう。
一瞬、己の背中の何かが取れたかのような幻肢痛に襲われる。生えているはずのない翼のようなものがなくなった気がした。
……ここまで戦ってくれた俺の愛機に謝罪を。
そして、最後まで応えてくれ、という僅かばかりの祈りをこめて。
「いっけえええええええええ!!!!!」
最後に残った足をジオングに向けて振り抜く。
頭部のメガ粒子砲が放たれる直前にサーベルが突き刺さった。
暴発する閃光。どちらの損傷によるものかわからない爆風が舞う。
視界が晴れる頃にはお互い満身創痍の姿が顕になった。
ジオングは胴体は健在なものの、腕部、腹部の武装を全て失った。
煙草の煙を吐き出すかのように黒い灰が立ち込めている。あれでは頭部のメガ粒子砲も使い物になるまい。
こちらの黒いガンダムは両腕両足を失い、超至近距離のメガ粒子砲暴発に巻き込まれ、頭部のバルカンも使い物にならない。膝の上まで残った足がなければ達磨と変わりない酷い有様だ。
両者ともに戦闘続行不能。
だが、戦いを諦める理由にはならない。
きっと奴も同じだろう。
白兵か、それとも何か隠し玉でも用意しているのか。
手段は限られているものの、条件は同じ。
こちらに残った手段は白兵と、ガンダムの残った足で宙に浮かぶヒートホークでも蹴り飛ばすか。コアファイターでの突撃か。
我ながら往生際が悪いが、それもお互い様か。
戦いの中で感じた。
事情は知らないが──────きっと根底は同じなんだ。俺とシャリア・ブルが戦う理由は。
失意の中にいた己を救い上げてくれた存在。彼が諦めないかぎり、止まるわけにはいかない。
痛いほどよくわかる感情だから、この後に取るであろう行動は推察できる。
意を決して、ガンダムのコクピットから身を乗り出す、その直前だった。
「また、
この辻褄が合わない状況になる前に聞いた、あの声。耳ではなく、頭に直接響いてくる摩訶不思議な音。また
光が、広がる──────。
この世のものでは形容しがたい色彩。
全てを包み込む闇夜の宇宙。それさえも広がる極光が周囲の空間を歪め、吞み込んでいく。
「あ、あ」
本能が悟る。
あれは、人の手に余るものだ。
後の世にはあったかもしれないアクシズショック。
人の心が見せる光、なんて温かなものではない。
その光の渦中に、赤いガンダムと白いガンダムの影。
「だめ、だめだ、アムロ」
空吹かしになるバーニア。
コアファイターに分離しようとしても言うことをきかない。
そうさ、誰よりも理解していた。
もう黒いガンダムに、白いガンダムを連れ戻す力は残されていないなんてこと。
「いくな、いかないで、おねがいだから、かえってきて」
それでも手を伸ばす。縋るように。
もう、伸ばす腕すら無いことはわかっていても。
だって、
「おれも、つれてってくれよ」
ただの、
「“刻”が、見える」
それが、アムロから来た最後の通信。
あいつと、あの“声”はもう、残響すら残らなかった──────
後に“ゼクノヴァ”と名付けられたサイコミュの暴走現象によって、第二次ソロモン戦、及び、星一号作戦は幕を閉じる。
ソロモンはゼクノヴァにより体積のおよそ三分の一が削り取られるように穴が空いたため、グラナダ衝突への軌道を外れ、連邦のソロモン落としは失敗に終わる。
一方、ア・バオア・クーもまたソロモンが削られた体積と同等の空洞が発生。その範囲には司令部も含まれ、ギレン総帥他、行方不明となる。
偶然にもソロモンと同時刻に、要塞内に用意されていたとされるサイコミュの暴走により発生したゼクノヴァに巻き込まれたのか。
それとも、不利を悟りあえて行方を暗まし、虎視眈々と再起を狙っているのか、答えは誰も知らない。
結果として、残されたジオンの艦隊はグラナダへ撤退。
想定しない形での連邦の辛勝で決着がつく。
このままグラナダでの決戦に向かうと思われたこの一年戦争は、水面下で進んでいた亡きデギン公王の和平交渉が停戦交渉へと形を変えて再燃し、戦争は終結することになる。
連邦はルナツーの襲撃により戦力及び最後の拠点を失い、代わりに得られたア・バオア・クーも拠点としての機能を果たせない程に酷い有様だったようだ。実質的に宇宙での活動は大きな制限がかかるのは明白だ。
ジオンもまた、最大の拠点であるア・バオア・クーも連邦の手に落ち、残る大型拠点はソロモン落としを免れたグラナダのみとなった。
……そう、双方とも、戦争なんてものをする余力なんて残されていなかったのだ。
地球連邦政府とジオン公国との間に結ばれた停戦条約の詳細については省くことにする。
ただ、この戦争の勝者はどちらなのか。
有識者の間でも論争になっているようだ。
得られたもの。失ったもの。
どちらも天秤にかけても、答えは見えない。
こうして、数多くの傷を人々に刻みつけた矛盾だらけの戦争は幕を閉じる。
──────宇宙世紀0080、1月3日の出来事だった。
アムロを乗せた白いガンダムはあのゼクノヴァの後から消息不明のままだ。
そもそもサイコミュなんてものを乗せていないあの白いガンダムは、シャアのガンダムが搭載していたサイコミュの暴走事故に巻き込まれる形でこの世界から姿を消した。
……あれから、およそ5年。
俺は連邦を離れ、サイド6のとあるコロニーを拠点にしていた。
奇跡的に酸素欠乏症から回復を果たしたテムおじさんの様子を把握するのにちょうど良かったから。
もし──────もしも、アムロが帰ってくるとしたら、サイド7か己の父親のいるこのコロニーではないか、と考えたからだ。
戦争の影響か、それとも中立コロニーのためか。
このコロニーは連邦やジオンよりも軍警察の権力が強い。
資金繰りのために払い下げられた
怪しまれないように、そして連邦への隠れ蓑として用意してもらったバーで、今日も勤務時間前の煙草を蒸す。
またオーナーに店内が煙草臭いと小言を言われる未来が見えたが──────構うものか。
こんな矛盾だらけの世界で、矛盾だらけの存在が何をしたってさして何かが変わるわけではないのだから。
獣が唸り声をあげるように肺から煙を吐き出す。
ぼんやりと、店内のガラスケースを眺める。
値段だけは立派な酒瓶よりも大きいスペースに飾られたもの。
「今日も帰ってこないな」
埃一つ許していない場所に鎮座するハロに向けて呟く。趣味に合わないジャズの音楽が静かに流れるだけで、俺の独り言に戦争の苦楽を共にしたハロは、何も答えることはない。
当然だ。壊れているのだから。
いつか元気に俺の周囲を跳ねまわる姿を見たいと願いながら、開店の準備をした。
……ああ、今日ばかりは機嫌は最悪だ。
何せ、よりにもよって“あの名前”で予約が入ったのだから。
この無法地帯に近い宇宙のご時世、“白い悪魔”の名を騙る阿呆は飽きるくらい見た。
しかし、これは違う。
確実に俺の存在を知った上で誘い出そうとしている意図を感じ取れた。
ホワイトベースの人達がこんなことするとは思えない。もっとシンプルに接触しに来るから。
連邦からの刺客とも考え難い。今の連邦の影響力で中立コロニー内のいざこざをどうにかする力なんて残されていない。そんな暇があるならジオンと同じく自国の立て直しを優先しろと言いたい。
……あれこれ考えたが、こんな回りくどい形をして会いに来るやつなんて、一人しか心当たりはない。
「予約していた、アムロ・レイです」
扉を開けて聞こえた声は、懐かしくもある低い声。
数年越しの旧友と再会したような笑顔浮かべる緑の男。
似合わない伊達眼鏡を外して入ってきた奴に、こちらも似合わない態度で返してやった。
「いらっしゃいませ。
精一杯の皮肉は、己の首をも締め付ける。
この苦しみにおいては、敵味方関係なくわかり合えていることは確信していた。
こんな、矛盾だらけの世界でも──────
ここで連邦に加湿器をひとつまみ……w