この矛盾だらけの世界で貴方を待つ   作:練り物

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 Beginningやるじゃないですかーっ! やったーっ!



再会、宿敵よ

 

 連邦によるグラナダへのソロモン落下作戦。

 その恐るべき作戦を阻止するべく、ソロモンを内部から爆発させるため、連邦の軍勢を強行突破する。成功率の低い作戦でも、無事にソロモンへと辿り着くことに成功した我らソドン隊。

 

 

 その先に、奇しくも目の前に現れたガンダムたち。

 キシリア閣下の突然の本土召集に意気消沈していたシャア大佐にとっては運命だと思ったことだろう。

 

 ララァが導いてくれた。

 

 戦闘前、そのように大佐は結論づけていた。

 ……ア・バオア・クーと重なって見えるソロモンの異様さに目をつぶりながら。

 

 当然、私も大佐のお心のまま、キケロガの代わりに拝受したジオングで戦闘に参加した。

 キケロガと比べ機体サイズはコンパクトなものの、出力はかなりのもので、サイコミュの動作もスムーズだ。キケロガとエルメス、双方の戦闘データが反映されたキシリア閣下秘蔵の決戦兵器と言えるだろう。

 

 大佐のガンダムにも新しい武装が追加された。

 ララァ小尉が使用していたアルファサイコミュ。

 エルメスの残骸から辛うじて無事であったそれを、無理矢理詰め込んだ。

 

 史上初ともいえる、サイコミュ搭載機2機のM.A.V。

 戦力的に圧倒的に不利だったソロモンへの殴り込みも、無謀にならない水準まで難易度を下げるほどの効果があった。

 

 事実、ここまで大佐も私もほぼ損傷なし。

 懸念はエネルギーの残量だけ……のはずだった。

 

 

「ええい、奴らは化物か!」

 

 

 大佐の苛立つ声が、この状況を端的に示していた。

 山のように屍を積み上げた赤いガンダムとジオング。その2機が同時にサイコミュ兵器を展開し、波状攻撃を仕掛けている。

 にもかかわらず、相手は的確に身を躱して未だ健在。まだ、反撃に転ずる暇はないようだが、隙あらば飛んでくる殺気に何度戦慄させられたことか。

 

 やがて、ガンダムたちは動き出す。

 黒いガンダムがビームのカーテンをくぐり抜け、一直線に大佐の赤いガンダムへと接近する。

 

 真っ向から突撃する黒。包囲網に残された白。

 どちらを先に堕とすべきか、という二択の判断要素が生まれた時点で、我々はもう後手に回っていた。

 

 

「……」

 

 

 一息、呼吸をして、状況を俯瞰する。

 

 黒を見る。

 ビームの雨をすり抜けるように次々と躱していく。無重力の宇宙、自由といえど制限の多い空間においてミリ単位の精密に動く様は、まさに旧世紀におけるフィギュアスケートのよう──────機体の運動性能を超えた動きは、人間業を遥かに超えている。

 

 白を見る。

 機体を操作した瞬間には、もう進路方向上に相手の射撃が置かれている始末。

 数瞬の判断ミスをしてみろ──────あれはそれを見逃さない。

 二丁手にしたビームライフルはビットのついでに他のザクやドムを二・三機撃ち抜いているように、簡単に命を落とす未来が想像できてしまう。

 

 ……大佐は言っていた。

 彼らは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 この光景がその証左だとまさに見せつけられている。

 

 こんな芸当ができる者が。

 こんなにも民衆たちにもわかりやすい戦果を上げれば。

 ニュータイプに待っている未来は知れている。

 

 才能を利用され、恐れられ、蓋をされる。

 きっと、尊厳すらも度外視に重力に縛り付けられてしまうことだろう。

 彼らの進化は、今の人類にとっては()()()()のだ。

 

 大佐の目指す未来は、彼らやララァ少尉のような存在が先導して人類の未来を切り拓くこと。

 しかし、その彼らが大佐に牙を向いているのは何と皮肉なことだろうか。

 

 と、視界の端に輝く閃光。

 指先に熱い感触。咄嗟に手を引くような動作を取ってしまう。

 

 

「くっ! 腕が……」

 

 

 一瞬にも満たない感傷を、白いガンダムが放ったビームライフルが貫こうとする。寸でのところで引き寄せたが、ジオングの指の砲門がライフルの熱で蒸発する。

 黒いガンダムは大佐の赤いガンダムへ殺陣の如き猛攻を繰り出す。

 大佐の蹴りにも鏡のように全く同じ動作で切り返し、後退するにも正確無比に同じタイミングでバーニアを吹かしながら取り付いて離れない。

 

 趨勢はあちら側に傾き始めた。

 大佐のガンダムも目立った外傷はないものの、このままでは勢いに押し切られてしまう。

 こちらのサイコミュは封じられてしまった。

 

 ……であれば、やることはひとつ。

 覚悟を決めろ、シャリア・ブルよ。

 

 ジオングの全推力を持って黒いガンダムへと接近する。途中に置かれた白いガンダムのライフルは甘んじて受けよう。ザク一機を一発で仕留める火力でも、コクピットのある頭部と動力に当たらなければある程度は耐えられる。

 

 

「大佐っ!」

 

 

 強引にガンダム同士の間に挟まる。

 黒いガンダムのビームサーベルはジオングの胸部を貫く。致命傷ではないが、動力に引火して爆発してもおかしくない状況にある。頭部と分離させるのが、ここで下せる合理的な判断であろう。

 

 ……だからなんだと言うのだ。

 相手は、非合理の権化たる悪魔と天使。

 

 であれば──────こちらも非合理を押し切るしか勝ち目はあるまい! 

 

 ビームは撃てないが、サイコミュはまだ動く。

 肩と腕をつなぐ有線ケーブルを黒いガンダムの腕に巻きつける。

 

 

「この黒いガンダムは私が相手をします! 大佐は白いガンダムを、ララァ少尉の……!」

 

「……大尉っ、すまない!」

 

 

 壊れかけのジオングに鞭を打ち、その場を離脱する。

 保ってくれ、という願望が届いているのか、ジオングはガンダムを離さず、食らいついて離さない。

 白いガンダムからの殺気を感じるが、大佐のビットが身を挺して庇い、無事に難を逃れた。

 

 駆ける。

 駆ける。

 できるだけ遠く、あの白い悪魔の魔の手が届かないところまで。

 

 機体のエネルギー残量が残り僅か。

 ……甘く見積もって、あと粒子砲を2、3発放つのが限界だろう。

 であれば、ここから先は執念の戦いだ。

 

 腹部のメガ粒子砲を展開する。

 ──────突如、両足から生えたビームサーベルが砲門を貫いて暴発させる。

 

 頭部のメガ粒子砲の照準を合わせる。

 ──────拘束されている両腕を、自ら捥いで回避する。道理という、扉をこじ開けるように。

 

 腕を失ったガンダムの回し蹴りが迫る。

 

 もはや驚くことではない。

 目の前のガンダムはそういう存在だ。

 わかっていたからこそ、間に合った。

 

 メガ粒子砲とサーベルの衝突により、目が眩むほどの爆発と閃光が広がる。

 視界が回復した頃には、満身創痍のガンダム。

 何とか同じ条件に持ち込ませたものの、こちらの残りの手は白兵か、それとも残り一発残った暴発覚悟のメガ粒子砲。あちらも同じような状況だろう。

 

 生死の境をわけた、分水嶺。

 ……にもかかわらず、私の心は戦場にいるとは思えないほどに凪いでいた。

 

 

「……貴方も、同じなのですね」

 

 

 戦う理由が。

 大佐はザビ家に板挟みにされて苦悩する私に手を差し伸べてくださった。共に未来を歩もうと引っ張ってくださった。

 あの方の理想とする未来を、叶うことならば、お側で見届けたい。

 大佐が戦い続けるのであれば──────私が先に諦めるわけにはいかないのだ。

 

 ……あの黒いガンダムのパイロットも、同じ方向の感情を抱きながら戦っている。先の攻防から伝わった感情は痛いほどによくわかってしまう。

 

 故に、この後、彼が取る行動は理解していた。

 このような形で出会わなければ……いや、このような形で出会ったからこそ、こうして互いにわかり合えたのかもしれない。

 柄ではないが、数奇な運命に僅かばかり頬が緩み、意識を集中させる。

 

 意を決して、最後の一手を切ろうとした──────その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……誰だ。誰が呼んでいる?」

 

 

 声のような音が、頭に響く。

 音がする方向に視線をやり、即座に目を奪われる。

 

 滾々と広がる極彩色の光。

 それが、遠くにあるみるみるソロモンを飲み込んでいく。

 かつて居た木星であろうとも、斯様な光景を目にすることはない。

 

 発生源は──────我らが赤いガンダムだった。

 

 

「大佐! 何があったのですか!」

 

「……なんということだ」

 

 

 シャア大佐からの返事。

 信じられないものを見たような、感嘆のような、歓喜のような声色だった。

 

 こうしている内にも光は広がり続け、サイコミュ特有というべきか、ララァ小尉のエルメスからも発せられた音──────声が頭に響く。

 

 

「っ、今そちらへ向かいます!」

 

 

 ジオングを頭部を分離させたものの、もう推力は残されていない。

 とうに限界を迎えていたこの機体には、もう前に進む力なぞ、残されていなかった。

 

 視界の横で、黒いガンダムもあの妖しい光へと向かおうとする。

 推進剤も底をつき、もはや棺桶同然となったガンダムでも。

 藻掻いて、藻掻いて、どうにかあちらへ向かおうとする。

 

 

 

 大佐を連れて行ったあのゼクノヴァ。

 最後に残した、刻が見える、というお言葉。

 五年の歳月を経ても、未だに鮮明に思い出せる。

 

 そして、あの黒いガンダム……いや、彼の姿も目に焼き付いて離れない。

 親に置いていかれた迷子の子供のように。無いはずの手を伸ばす姿。

 

 ……まるで、鏡を見せられているような気分だった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「ははは、見てのとおり2名ですよ。その似合わないサングラス、視界悪そうですね。外したらいかがです?」

 

「おっと、失礼。幽霊かと思ってつい。不快にさせたようでしたらお引き取りを。当店、ジオン星人の入店は固く禁止しておりますので」

 

 

 ──────え、このバーテンダー態度悪すぎないか? 

 

 エグザべ・オリベはもう帰りたくなっていた。

 ニュータイプでなくとも、まともな感性を持っている者であれば、今のやり取りだけで踵を返すことだろう。

 

 しかし、上官は店の中へと入っていく。

 言葉の棘とは裏腹に、足取りは軽く。

 それこそ、スキップを踏んでいるかのように幻視する程の軽やかさだ。

 

 対するバーテンダーは隠すつもりのない不機嫌さ滲み出ている。声は底冷えするほどに低く、カウンター越しでも今すぐに殴りかかりそうに見える。

 

 

「まさか貴方がバーなんてやっているなんて夢にも思いませんでした。オススメは何ですか? あと、敬語やめてください。擽ったくて叶いません」

 

「そうか、なら帰れと言っている。オススメはこのガラス製の灰皿だな。脳天にガツンと来るぞ」

 

「おお、怖い怖い……ほら、エグザべ()。店の入口に立っていると迷惑ですよ」

 

「すみません。先に艦へ戻ってもよろしいでしょうか。急に体調が優れなくなり……」

 

「大丈夫です。貴方、ニュータイプですし」

 

 

 一体何が大丈夫なんだろう。

 いつものニュータイプ・ハラスメントを受けたエグザべは断れない。戦争は終わったが、軍人であることは変わりない。上官命令は絶対なのだ。

 決して悪いことはしていないはずなのに、できるだけ物音を立てないように恐る恐る椅子に座る。

 

 ……ちらりと、バーテンダーの男を見上げる。

 

 

「はあああぁぁぁぁ……」

 

 

 あからさまな溜息のように煙草の煙を吐いていた。

 

 怖い。サングラス越しの眼光が突き刺さり、反射的に萎縮してしまう。

 

 別に見た目が、ではない。見たところ、年齢は自身と然程変わらないだろう、とエグザべは第一印象として思っていた。

 それに身なりはきっちりとしている。色素の薄い茶色の長髪は後ろで束ねられ、服装も皺一つない。室内でサングラスをつけて煙草を吸っていること以外は比較的格式の高いバーに居ても遜色はないだろう。

 

 ただ──────彼自身の勘が常に警鐘を鳴らしている。

 ()()()()()()

 こいつは必要があれば女子供を殺めることすら躊躇わないぞ。

 

 そう言って本能が言って自制を効かなくさせようとする。

 人間が毒蛇や毒蜘蛛を恐れるような、根源的な恐怖が心を支配しておかしくなりそうだった。

 

 GQuuuuuuX(ジークアクス)を盗まれた件、実は許されていなかったのだろうか? 

 もしかして、中佐は俺のことを秘密裏に始末しようとしているのではないか? 

 

 思考がまとまらず、取り留めのないことがエグザべの頭をかけ巡る。

 そもそも、なんでこんな雰囲気のある店で客がいるのに煙草なんか吸っているんだ? 

 ここはバーではなく、スナックか何かなのか? 

 

 

「ところで、なぜ客がいる中で煙草を? ここはスナックか何かなのですか?」

 

「ちょっ!?」

 

 

 代弁するかのように隣の上官が口走っていた。

 一年戦争の英雄、肝が座りすぎていると言うべきか、それとも座りすぎて逆におかしくなっていると言うべきか。

 

 ……それにしても、中佐はなぜ今日に限ってこんなにも煽るのだろうか。

 エグザべは見たこともない上官の一面に戸惑うしかない。察するに、シャリアと目の前の男とは旧知の仲なのだろう。友人と形容するには些かお互い刺々しい。しかし、シャリア側は終始笑顔を浮かべている。

 一言では語れない奇妙な関係。それもまたエグザべの居心地を悪くさせていた。

 

 

「……ちっ」

 

 

 指摘された男は舌打ちとともに灰皿へ吸い殻を押し付ける。

 煙が完全に消えたところで、ようやくエグザべの方へと視線を向けた。

 

 

「で、お前は()だ?」

 

「──────」

 

 

 またもエグザべの心臓を鷲掴みにされる。

 彼の黒いレンズの奥にはまだ火が灯っている。

 いつまでも燻って、消えない灯火。しかしそれはいつでも業火となり焼き尽くす勢いを隠している。

 

 口を開こうにも、上手く動かない。

 こんな経験は初めてで、エグザべ自身も困惑を隠せない。

 呼吸すら忘れそうになる空気の中、助け舟を出したのはシャリアだった。

 

 

「私の部下です。フラナガン・スクール首席の成績を誇るニュータイプ。我らがソドンクルーの期待の新人です」

 

「ふらながんすくーる」

 

 

 急に、素っ頓狂な声が目の前から溢れる。

 それを皮切りに呼吸が許されたエグザべは思いっきり息を吐いた。

 

 

「え、なんだそれ。今のジオンはそんな頭のおかしい学校作ったのか? フラナガン機関とかでは?」

 

「失礼ですね。元は研究機関でしたが、一応真っ当な軍学校ですよ。でなければこんなに真っ当な性根を持ったニュータイプが育ってくれません。

 ……むしろ、この手の話では連邦の方が黒い噂を耳にしますが?」

 

「……やるだろうな。あいつらなら」

 

 

 先程までの張り詰めた空気はどこに行ったのか。

 殺気は嘘のように霧散し、緊張感が遥か彼方へと飛んでいく。

 

 

「それに、貴方の殺気にあてられてこのような有様になるまで耐えていたじゃないですか。

 ──────彼、優秀でしょう?」

 

「……あっ、すまない。大丈夫か?」

 

「あ、ああ……」

 

 

 差し出された水を一気に飲み込む。

 人肌ほどの温度の水が心地よく、エグザべはようやく一息つくことができた。

 

 同時に、至極真っ当な疑問が湧いてくる。

 ……何なのだろう、この人は。

 今にも銃を引き抜いてもおかしくない形相から一転。急に物腰が柔らかくなり、今度は困惑が勝る。

 人間、ここまで早く感情の切り替えができる生き物ではない。これではまるで別人と言われても納得できてしまうほどの変わりようだ。

 

 

「中佐。そろそろ説明してください。そちらの方は?」

 

「エグザべ()。外では階級で呼ばないように……と言いたいところですが、ここなら良いでしょう」

 

 

 咳払いをするシャリア。

 ここに来てから感情の振れ幅がおかしくなっているが、何が飛び出てももう驚くまいとエグザべは心を鎮める。

 

 この遠慮のない関係性。

 せいぜい、中佐が木星にいた頃の友人だろう、と、無意識に高を括っていた。

 いや、想像力が足りていなかった。

 

 しかし、この宇宙世紀、いつも現実は非情なもの。

 エグザべはこの時の感情を何時になっても忘れることはないだろう。

 

 

「教本にも載っていたでしょう。一年戦争において決戦のひとつとされるルナツー攻略戦。そこでビグ・ザム一個戦隊をほぼ全滅に追い込んだ連邦の“黒い天使”。

 ──────そう呼ばれた黒いガンダムのパイロットです」

 

 

 頼む。助けてくれ、コモリ少尉。

 ──────中佐は、俺を秘密裏に始末しようとしている。

 

 このイズマ・コロニー中心に浮かぶソドンに向け、心の中で叫ぶエグザべであった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「本当にその呼び方やめろ」

 

 

 体中、びっしりと鳥肌が立つ。

 今すぐ叫びたい衝動に駆られながら、目の前の男を睨みつけた。

 

 シャリア・ブル。

 一年戦争、最後の決戦で戦って以来の再会だ。

 生真面目というか、幸薄そうな風貌だったあの男が、イタズラ好きのおじさんになって現れた。

 ……アムロの名前を使って予約するとかいうふざけた真似をしてきたあたり、初めは偽物の可能性を疑っていた。しかし、今世/前世()の勘が、正真正銘の本人であることを示している。

 

 こいつ、あのジオン版ホワイトベースで無理矢理入国してきたんだよな? 

 軍警に通報したらワンチャン拘束してくれないかな? 

 まあこいつのことだから抜け目なく手を打っているんだろうけれど。

 

 そんなかつての宿敵だった男は、グラスに入った洋酒を傾けながらくつくつと笑う。

 

 

「いいじゃないですか。貴方の特徴を端的に表していると思いますが」

 

「どう考えても嫌がらせだろう。耳にしてこんなにキツいものがあるか」

 

 

 黒い天使。

 白い悪魔と対を成す、黒いガンダムは安直にもジオンの中でそのように呼ばれていたようだ。

 よりにもよって、なんでその二つ名になるのだろう。

 

 何が不快か、と聞かれれば。

 “全部”と今世/前世()は答える。

 

 まず──────痛い。色々と。

 特に、前世(じぶん)が頭の中で悶てのたうち回っている。

 チュウニだとか何とか言って物理的にガンガンと。

 人が死んでも何とも思わない前世(じぶん)が、ここまで羞恥の感情を出すなんて余程のことだ。その感情が今世までフィードバックされて、余計恥ずかしくなる。

 

 前世(これ)とも、何だかんだもう五年の付き合いだ。

 しかし、この感覚にはどうしても慣れない。

 本当に恨むぞ、と今世()前世(じぶん)は奥歯を噛み締めて平静を保とうとしている。

 

 ……それはそれとして、シャリアの隣に倒れた長椅子に視線を落とす。先程まで座っていた彼……エグザべ君とやらはどこに行ったのだろうか。

 

 然程広くはない店内。誰であろうと見渡せばすぐに見つけられた。

 

 

「────────────!!」

 

 

 というのも、俺の忌み名を耳にした途端、部屋の隅で頭を隠して縮こまってしまった。

 まるで地震の時に身を守るための行動だ。長身の男が部屋の隅に縮こまっているのはなんとも言えない存在感を放っている。

 視線を向けると、体を大きく跳ねさせて震えている。小動物か? 

 

 

「……彼、大丈夫か?」

 

「いえ、失礼。驚くと思いましたが、まさかあそこまでとは思いませんでした。今、連れてきます」

 

 

 真っ青な顔でこちらを見ているとなんとも言えない気持ちになる。

 しかし、バーに来たOL客にいきなり「どうも俗物、ハマーン・カーンだ」と言われるようなものだろう。想像しただけでも同情してしまう。

 

 何とか落ち着かせるために秘蔵のウィスキーを開けた。目の前で毒味をしてあげてようやく口をつけてくれたものの、表情はみるみる柔らかくなっていく。

 アルコールの力というものは偉大なものだ。

 

 

「落ち着いたか?」

 

「え、ええ、まあ……これ、口当たり良いですね。何て銘柄ですか?」

 

「ああ、オーナーが蒸留所を買収して作ったオリジナルなんだ。“()()()()()”って銘にしたよ」

 

「何だかそそられる響きですね。私にも一杯いただけますか?」

 

「……エグザべ君。こいつ、一度酷い目に遭った方がいいと思わないか?」

 

「……えっ、俺!?」

 

「ふふ、残念でしたね。もう間に合ってますよ」

 

「もう駄目だ。救いようがない。さっさとザビ家の政治争いにでも挟まれてしまえばいい」

 

「は、はは……」

 

 

 笑えない冗談にエグザべ君が苦笑いを浮かべる。

 上司の話に合わせないといけないのは部下の辛いところだろうな。

 ホワイトベースに居た頃を思い出す。

 ブライトさんとは年齢が近かったから、その苦労はイマイチわからなかった。

 

 この世界では、連邦は宇宙の拠点を全て失ってしまった。

 それとともに宇宙にいる俺達は、彼らとの接点も失われてしまった。

 

 今頃、地球でミライさんと結婚して、子どももいるのだろうか。前世の知っている連邦よりも大変だろうが、少なくともティターンズは組織されていないはず──────だと思いたい。

 

 

「ところで、“黒い天使”の話に戻りますが」

 

「戻るな。やめろ。その話は終わりだ」

 

「この際ですし、なんでジオン内で貴方がどんな扱いになっているか話しておこうと思いまして」

 

「……」

 

 

 毛ほども興味ない、と言いたいがそうもいかない。

 交流が途絶えてしまった人たちの例として、ブライトさんとミライさんを挙げたが、地球と宇宙を行き来しているカイさんや、他にも宇宙にいるホワイトベースの面々とは交流は続いている。

 例えば、セイラさん。カツ、レツ、キッカ。

 ……そして、フラウ。

 

 自身の影響力を自覚しておかなければ、皆に危害が及ぶ恐れのある時に適切に動けない。

 気は進まないが、聞くしかない。

 シャリアは決まりだと言う言葉を省略して口を開く。

 

 

「貴方、ご自身の戦果を理解していますか?」

 

「数字上はな」

 

 

 嘘である。

 半ば無我夢中だったが、あの時の映像は目に焼き付けるように何度も観た。何度胃の中を空にしたことか。

 かの御仁のように、名前と人数を全て記憶する、なんて真似は到底できない。しかし、奪った命に報いるためにも、目を逸らすことはしたくなかったから。

 

 

「部隊としては半壊と言ったところだろう。現にルナツーは堕とされている」

 

「数字上は確かにそのとおりです。しかし、現実として損害は、半壊では済みませんでした」

 

 

 その心は、と聞く前にシャリアは言葉を続けた。

 グラスを傾けるその表情は、先程までの薄ら笑いとは違う、何とも言えない複雑なものであった。

 

 

「生き残ったビグ・ザムの搭乗者は皆、重度のPTSDを患っていました」

 

 

 心的外傷後ストレス障害。

 前世の知る現代日本でも計算上は100人に1人はいる心の病。命のやり取りをする戦場では大なり小なりあれど、どれだけありふれているものかは想像に固くない。

 しかし、例外なく、という表現は些か誇張が過ぎるのではないか。

 

 

「例外なく、です」

 

 

 その意図を汲んだのか、さらに強調して話を続ける。

 

 

「当時のMS(モビルスーツ)では成し得ない動きを可能とする貴方の異常なまでの操縦技術。同胞が降伏しようとも容赦なくサーベルを、サーベルがなければ宙に浮いていた破片を突き立てる。その姿が相まって、皆、うわ言のように口にしていました」

 

 

 天使が迎えに来た。

 彼のガンダムは、平等に、無慈悲に裁きを下す。

 なぜなら、この苦痛を解放してくれるために舞い降りたのだ──────と。

 

 

「きっと、彼らにとっても心的負担は計り知れないものだったのでしょう。戦争とはいえ、ボタン一つで何百、何千人の命を奪うものに乗せられて、正気でいられる人は限られてきます。

 ……あの中には多くはありませんが、学徒兵も居ましたからね」

 

 

 その言葉を持ってシャリアは締めくくる。

 

 学徒兵、と聞くと、当時のジオンも余裕がないことを実感する。

 連邦側も、俺やアムロたちのような軍としての教育を受けていない避難民や学生を戦場に出すような時代だ。ジオンにとっても対岸の火事ではなかった。

 

 そんな彼らをビグ・ザムに乗せた理由は他でもない──────その方が生存率が高いから、だ。

 スレッガー中尉が、ガンダムが居なければMA(モビルアーマー)を打破するのは困難を極めたことだろう。連邦にとって唯一の優位性であった“数の暴力”を根底から覆すものなのだから。

 

 どこかの世界では、連邦が学徒兵をエースパイロットの盾にする、と考えると、まだ良心的な話だ。

 それが心に大きな傷を負わせることになろうとも。

 

 

「確かに、あんなの、人間がやることじゃない」

 

 

 それは敵地の最前線にビグ・ザムに学生を乗せることに対してか。

 それとも、当時の今世と同い年の学徒兵の命を、降伏しようとも踏みにじった化物に対してのものか。

 

 口にした言葉は、一体誰に向けたものだろうか。

 

 ……ただ、これだけは正直な感想を言うべきだ。

 

 

「それにしても天使か。

 やっぱり──────頭がおかしい奴らの戯言じゃないか」

 

「……何だと」

 

 

 エグザべ君が敵意を向けてきた。

 なるほど、彼は相手が強大であっても立ち向かえる人なのか。

 もしかしたら、その学徒兵の中に彼の友人でも居たのだろうか。

 ああ──────眩しいくらいの善人に見えるよ。君は。

 

 

「悪魔の名を背負うのは俺であるべきだった」

 

 

 天使の名なんて、アムロにでもくれてやれ。

 そんなものいらないよ、なんて言うだろうけど。

 

 でも、俺を救い上げてくれたのは他でもないあいつなんだ。

 なら、少しくらい背負ってくれても良いじゃないか。

 代わりに、悪魔は俺が背負うから。

 

 あと、どうしても気に食わないことがもうひとつ。

 

 

「どいつもこいつも、天国に行けるものだと思っている。俺はそれが心底気に食わない」

 

 

 そうだ。何が“天使の迎え”だ。

 

 きっと辛かったのだろう。頑張ったのだろう。

 生き残るために仕方なかったのだろう。

 生きてほしい家族や仲間、恋人がいたのだろう。

 

 ()()()

 人の営みを。命を。

 奪っておいて、なんて都合のいいことを考えている。

 

 

「国のため、平和のため、なんて大義名分を掲げているが、やっているのは所詮人殺し。

 皆──────地獄に堕ちるべきなんだよ。俺含めて。例外なく

 

 

 幸せになるな、なんて言わない。

 懸命に生きて掴んだものを手放せ、なんて言わない。

 

 ただ、奪ったもの、踏み躙ったものを無価値にしないためにも。

 せめて、俺らの最後に待っているのは、地獄であるべきだ。

 

 カイさんからは潔癖すぎると苦言を呈されたことがある。言い方はいつもどおり皮肉っぽかったが、もっと肩の力を抜いて生きろ、なんてことを言われた記憶がある。

 今世でもそう思う。そう生きられたらどれだけ良いか、と。

 

 故に──────俺は、この忌み名が大嫌いなのだ。

 

 

 

 

 流れていたジャズのBGMが止まる。

 次は気まぐれで差し込んだラブソングでも流れるころだろうか。

 

 ……少し、思想を話しすぎてしまった。

 一瞬ヒートアップさせてしまったエグザべ君も黙ってくれたから結果オーライか。

 

 で、何の話だったか。

 ジオンでの俺の扱いだったか。

 まあ、忌み名はともかくジオンからは目の敵にされていることはわかっているつもりだ。

 

 

「とにかく、自身の影響力に関しては自覚している。だから連邦から逃げてここまで来たんだ。偽名まで使ってな」

 

「ほう、では何とお呼びすれば?」

 

「アレックス。アレックス・ディノだ」

 

「そうですか。由来はわかりませんが良い名前ですね、()()()()()

 

「呼ばないならなんで聞いた」

 

 

 聞いておいて無視するとは何と無礼な。

 まあこの男とはもはや真っ当な付き合い方なんてできないのだから、一々腹を立てるのも非生産的だ。

 

 と、シャリアの手持ちの携帯端末が鳴動する。

 ミノフスキー粒子が散布されることがなくなったため、普及した小型の端末。

 前世の知る“スマホ”のようなものを手にして数回の相槌をうつと、シャリアはわかりましたと通話を切る。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なっ!?

  つまり、ジークア──────あっ!」

 

 

 今日一、大きい声がエグザべ君から放たれる。

 煩いと視線を送るとみるみると縮んでいく。すまん。

 シャリアからのアイコンタクトをもとにテレビをつける。映るのはジャンク屋たちが興じている“クランバトル”なるものが繰り広げられていた。

 

 頭部を破壊されたら敗北、というのが前世(じぶん)の興味をそそったが、想像と違うと勝手に宣って観るのをやめた記憶がある。

 

 今更このようなものを観ても、と思った矢先。

 思わず目を見開いた。

 そこに映るのは──────己の半身とも言える存在だったから。

 

 

「……ガンダム」

 

 

 異形とも言える見覚えのない造形。

 しかし、一際目立つ特徴的なアンテナと眼光は自身の存在証明たる象徴。

 間違いない、あれはガンダムだ。

 

 そして、背後にはシャアが使っていた、あの細身の赤いガンダム。

 パッチワークのように機体のあらゆる部分に散りばめられて付けられた()()()()と、どこか手に馴染みそうな見覚えのあるハンマー。

 

 異色のタッグが画面の中で縦横無尽にかけ巡る。

 僅か五分にも満たない戦闘は、瞬く間に終わってしまった。

 

 最初のような目を当てられない動きはあったものの、最後は連携は取れていた。総合的には悪くなかったようにも思える。

 驚くべきことに……あの“ジークアクス”と呼ばれたあのジオンのガンダム。

 閃光弾を放たれるまでマシンガンの直撃を回避し続けたあの動き。飛来するヒートホークの軌道を読み、敵機を軌道上に誘い込む。それを、サイコミュのみで機体操作しているという事実。

 しかも、このコロニーに住む、女学生が動かしているという。

 エグザべ君が迂闊に滑らせた言葉が最も心を動かせられた。

 

 ……前世(じぶん)の記憶によると、ガンダムというのは常に民間人が巻き込まれてから物語が動き出す。

 つまり、これから事態が大きく動き出す前触れ──────いや、もう始まっているのだろう。

 新しい時代の“うねり”が。

 

 

「さて条約違反。弁明を聞こうか?」

 

 

 それはそれとして、だ。

 目の前にいる責任者に話を聞かねばなるまい。

 あのサイコミュの暴走現象……ゼクノヴァを目の当たりにした連邦とジオンは停戦協定の中にある文言を入れた。

 

 サイコミュの研究およびそれに関連する実験の禁止。

 ゼクノヴァは事故として認識されており、その兵器転用ならびにその危険性のある兵器を使用を強要される兵士の保護を目的とした文言だ。ソロモンやア・バオア・クーを半壊させる規模のゼクノヴァを()()()なぞしたら、どんな未来が待ち受けているかなぞ、想像もしたくない。

 合意は早々に行われたものの、両陣営は水面下で開発や研究は進められているのだろうが。そんな形骸的なものであることはわかっていても、目の当たりにしては指摘せざるを得ない。

 

 そのゼクノヴァにより、俺達は互いの大切な存在を失ったのだから。

 

 

「聞かれてしまったからには仕方ありませんね」

 

 

 シャリアは焦った様子もなく。

 手に持っていたグラスをテーブルにそっと置いて、こちらを見る。

 

 腹を括ったのか。

 違う、やっと本題に入れると言わんばかりの表情だ。

 エグザべ君の失言はあったものの、機密情報であろう情報をペラペラと話しすぎだ。実にわざとらしくて逆に清々しいくらいだった。

 

 この店に来た目的とは。

 新たなガンダムの存在。赤いガンダムの出現。

 あの2機を巡る、これから起こるであろう戦い。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ──────貴方にも是非協力いただきたい」

 

 

 それに俺を巻き込みたいのだ、この男は。

 

 

 




【おまけ】

「ところであのクランバトル、どうでした?」

「……見応えはあったんじゃないか」

「不満そうですね。何が足りなかったと思っています?」

「ビームサーベルが足りない。マイナス二億点」

(……俺が赤いガンダムとの戦闘で壊したなんて言ったらどうなるんだろう)

「……今、サーベルのこと馬鹿にしたのか?」

(思考が読まれているっ! ま、マズイッ!)


 エグザべ・オリベは上司のハラスメントと国内で危険人物として扱われている男の殺気に板挟みになり続け廃人と化した。







 映画勢としてはミッドナイト・リフレクションがEDになると思っていました。「近くにいるよ」のフロア熱狂を知る身としては、もう、どうなってもいいやは処刑用の劇中歌か何かだと。
 あの映像、楽しそうで好きだけど、ルームシェアで女子会やっているだけだよね!?
 コンチは部屋にいるけどシュウジは空気読んで外にいるんだよね!? ヤダーーーー!!!!
 頼むからずっと三人で一緒にいてくれ………………………。
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