この矛盾だらけの世界で貴方を待つ   作:練り物

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5話視聴前私「うう、ニャアンの過去が明かされるのかなぁ……クラバも無理矢理出されてないかなぁ……黒い三連星相手に生き残れるのか心配だよぉ……ふええ……」

5話視聴後ぼく「シェフを呼べ」




新しい絆

 

 まず、真っ先に連れていったのは服屋だった。

 女の子──────ニャアンと言う名前らしいが、ニャアンのブレザーの袖がどうしても気になって仕方がなかったからだ。

 

 ここだけの話、どうやら俺は潔癖症のきらいがあるらしい。

 フラウやホワイトベースの面々から散々言われていたが、正直心外である。

 せいぜい靴下を裏返しで履く奴とか、ネクタイの小剣が長いまま結ばれているのを見ると正気を疑うし、料理人や家族以外の他人が握ったおにぎりとかは好きじゃない程度のもの。キッカの作ってくれた塩でジャリジャリのおにぎりは何とか食べられるくらいには許容できるのに。

 

 アムロ? あいつはいいよ。オフの時は柄パン一丁で家中練り歩くところが良いんだよ。

 目が曇っているだと? わからんのか、この素人が。

 

 ただ、ニャアンの袖だけは地球の人口の半分が許そうとも俺は許せない。怒りのあまり軍警の本庁にアクシズを落とすことも躊躇わないくらいに我を忘れていたと思う。

 

 怒りに身を任せて連れていったのは量販店──────ではなく古着屋。

 古着屋と聞くと洒落た印象があるが、用があるのは年季の入った雑居ビルの一画にある、気軽に入店するのが躊躇われるような店だ。

 

 学校の制服、というのは卒業すれば自ずと着なくなるもの。この手の衣類を入手するには地域に密着した店舗か、女性一人が入るには勇気のいる特殊な“癖”向けの専門店に行くしかない。

 今回は甚だ不本意だが……後者の店で入手する他ない。ニャアン自身、背が高いためサイズのあったものが手に入る保証がなかったし、その手の店はニャアンと同じような難民が経営しているため、ある程度事情を通しやすいのもある。

 

 読みどおり、サイズの合った制服の用意があった。デザインは今まで着ていた紺色を基調としたものだった。本人的にはあの色合いのものに愛着があったようだ。

 

 

「ケケケ、お兄さんもお好きですね……」

 

「は?」

 

「スミマセン、ナンデモナイデス」

 

「あの、私、お金が……」

 

「は?」

 

「ひぃん……」

 

 

 ああだこうだ言う奴らは凄んで黙らせる。

 寝不足で面倒だったため、懇切丁寧な説明は省かせてもらった。

 その手の下心はないぞ、俺は。俺の好みは男勝りな性格の金髪女性だ。

 

 そんなどうでもいい話はさておき、続いて連れていったのは都市部の美容室。

 これは元々俺が行く予定だったため、あくまでついでだ。俺が数年間伸ばし続けた後ろ髪をバッサリと切り、前髪が目にかからないくらいの長さに全体を切り揃えてもらいたかった。MS(モビルスーツ)に乗る以上、ノーマルスーツを着ることもある。ホワイトベース時代に近い風貌になってしまったため、顔見知りが見ればバレてしまうかもしれないが、合理的に考えて長髪のせいで戦闘に支障が出る方が不味い。どちらを優先するかなぞ態々説明する必要もない。

 

 

「……ぐう」

 

「あの、お客様? えっと……」

 

「起こさないでやってくれ、死ぬほど疲れている」

 

 

 ニャアンはカラー、パーマを除くフルセットで受けさせることにした。初めは抵抗していたものの、散髪前のシャンプーを受けた途端にこのとおり。借りてきた猫のように完全に()()になった。

 お互い寝不足だったとは言え、こんなに簡単に堕ちるとは。このカットが終わったらヘッドスパとトリートメント、さらにマッサージも待っているぞククク……。

 

 俺も僅かばかりの仮眠を取ったものの、男性の方が先に施術が終わるのは当然で、心地よい微睡みを惜しみながら手放す。

 ヘッドスパで蕩けているニャアンを置いて、やってきたのは自転車の専門店。既製品は勿論のこと、有難いことに自分でも組立できるように各種部品を取り揃えている。元々ニッチな趣味を持つ人向けの商品なのか、それとも防犯登録ができない難民向けの品揃えなのかは知らないが、己の頭に入っている規格に合う部品たちを迷うことなく選んでいく。

 

 

「さてと」

 

 

 昼下がりなのに人気の無い公園で、件の盗難車の整備を始めた。

 どうせやるなら色々改造したかったが、残念なことに時間が限られているため、ダメになっている部品の交換と塗装剥がしに重点を置くことにした。この手の作業は突き詰めようと思えばいくらでも突き詰められるものだ。

 それはそれとして物足りない、と言うよりは味気ない。メカニックの端くれとして、せめてアクセント的な何かを付けてやりたいのは山々なのだが……何がいいだろうか。

 

 

「やはりビームサーベル──────ん、終わったか」

 

 

 思考が明後日の方向に全力疾走しそうになりながらも淡々と整備を続け、ちょうど塗装を剥がせたタイミングであちらの施術が終わった気がした。勘だが。

 こんなの、ニュータイプ能力の無駄遣いだ、と前世から言われるが、人殺しより遥かに有用な使い方だろう。

 

 実際に勘は見事に的中し、美容室に戻ってきたら支払いができずにオロオロしているニャアンの姿が。

 可哀想かもしれないが、実はスタイリストには代金を支払済である。ニャアンが勝手にどこかに行かないよう一芝居うってもらっているだけだ。ノリがいいな、この人たち。

 あまりに狙いどおりの構図にもう少しだけ見守っていようか、と前世が囁くが、これ以上店に迷惑をかけてはいけない。

 早々にネタばらしをすることにした。

 

 

「…………」

 

「何か文句があるのか?」

 

「別に……」

 

 

 釈然としない様子でむすっとしたままだったが、小奇麗になった自転車を見ると目を真ん丸にして驚愕していた。

 なんということでしょう。盗難した粗大ゴミがまたたく間に錆のひとつもない新車のような輝きを取り戻したではありませんか。

 

 

「本当なら塗装までしておきたかったが、さすがに乾燥させる時間がない。我慢しろ」

 

「そこまでしてもらわなくたっていい。やってくれそうな人に心当たりあるし。

 ……食べ物で釣ればいけるかな

 

「大丈夫かそいつ」

 

 

 少し不安になったが、まあ当人がそう言うならいいか、と身を引くことにした。

 

 改めてニャアンの姿を見る。

 サイズのあった制服。

 切り揃えられた頭髪。

 それでいて元から纏っていた幸薄そうな雰囲気。

 どこからどう見ても配達バイトしている苦学生だ。

 

 我ながらコーディネートの才能が恐ろしくなる。

 後は挙動にさえ気をつければ軍警に職質されることは早々ないはずだ。

 最後にダミーの防犯登録シールだけを渡そうとすると、受け取らずに恐る恐るとこちらを見てきた。

 

「何だ、文句があるなら言ってみろ。あ?」

 

「……何が目的なの?」

 

「声ちっさ」

 

 

 完全に萎縮していた。脅しすぎたか。

 少し悪いことをしたと思いながらも、辛うじて聞き取れた言葉に対して思案する。

 目的……目的か。

 

 

「そんなものはない。単に目障りだっただけだが?」

 

「め、目障り……」

 

 

 実際、見苦しかったし。

 可哀想とか、そんな憐れむ感情よりも先に苛立ちの方が勝手に体を動かした。終始、衝動的な行動なのは認める。

 ……何だ、前世(おれ)。感情を処理できない奴はゴミだと教えたはずだ、だと? 

 黙れストレスの癌細胞め。お前と話するくらいならシャリアの奴の方が何億倍もマシだ。

 

 

「何の問題もないだろ。俺が勝手に連れ回して、勝手にやっただけ。何かして欲しくてやったわけじゃない」

 

 

 ただ、これは紛れもない本音だ。

 別に見返りなんてものは求めていない。

 元々何も持っていない奴に何を求めるというのか。

 

 

「ここまでしてもらって、返せるものがない」

 

 

 しかし、ニャアンの方は納得しない。

 気の弱そう……いや、気の弱い彼女としても貰いっぱなしなのは気が済まない様子だ。

 

 ……こちらも善意を押し付けた側だ。

 であればニャアンからも押し付けられても文句は言えないか。その押し付けるものすら思いつかない癖によく吠える。

 

 煙草に火をつけながら思う。

 会った時にも思ったが、運び屋なんて闇バイトをしている割に性根が善良すぎる。自転車の件といい、生きるために仕方ないと言っても良心の呵責に苛まれ続けてきたタイプと見た。

 普通なら悪事を続けるにつれて慣れていき、何も感じなくなるのが人間というものだろうに。

 

 エグザべ君といい、最近は根が善良な人間と縁ができるものだ。

 

 

 

「単刀直入に言うが、お前には()()()()()()()()

 

 

 完全に成り行きだったが、利用させてもらうことにしよう。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 立ち止まって鏡を見たのはいつぶりだったか。

 毎日見ているはずの鏡の中には、別の世界の自分がいた。

 

 丈の足りなかったブレザーは手首まで届いたものに。

 自分で切っていた髪は360度どの角度から見ても長すぎるようなものはなく。

 

 ……もし、両親たちと戦争に巻き込まれなかったら、こんな風にちゃんとした学校に通えていたのだろうか。

 

 感傷を胸に抱きながら自転車を走らせる。

 注文よりも遥かに派手すぎるデザインになってしまったものの、今は何だかんだ気に入っている。

 

 

『ニャアンさ、最近笑ってくれるようになったよね』

 

『前向きなのは良い事だ、と、ガンダムが言っている』

 

 

 ふと、そんなことを言われたことを思い出す。

 クランバトルで順調に勝ち星をあげている二人。地球に行くためにお金を貯める必要のある彼らは今日も戦いに身を投じている。

 危険だから辞めさせたいと思いつつも、行動に移せない自分は友達、と言っていいのか困る関係だ。

 

 けれど、あの二人と一緒に地球に行けたらいいなと思っているのは本音だ。

 そのためには当然資金が必要になる。日々の生活でさえ苦しい中で、そんな金をどこから捻出できようか。

 

 元からないのであれば稼ぐしかない。

 リスクはあるが、運び屋のバイトを増やそうかと考えていた矢先。渡りに船と言わんばかりに良い話が舞い込んできた。

 

 

「お疲れ様です。今日もよろしくお願いします」

 

「ああ」

 

 

 とあるビルの一角。なぜか今の自分には縁のなさそうな格式の高そうなバーのカウンター内でぎこちなくシェイカーを振るっている。

 どうしてこうなったか、と聞かれると、これも説明に困る。

 運び屋のバイトが明け方まで続いていた時に運悪く軍警に絡まれてしまった時があった。

 

 

「別に格好良く振ろうとしなくていい。目的は客に注文どおりの酒を提供することだ。落ち着いて、ゆっくりと、ひとつひとつ手順を踏んでいけ」

 

「は、はい」

 

 

 そんな時に助けてくれたのがここのバーのマスターだった。室内でも決してサングラスを外そうとしない、薄い茶髪の男の人が瞬く間に軍警をのしてしまった。

 ……その後、なぜか自分にダメ出しをされたが。

 生き方が下手だと。

 有無を言わさず、あちこち連れ回されてしまった時は、軍警よりもおっかない人に目をつけられてしまったと泣きたくなった。

 

 しかし、連れて行かれたのは古着屋と美容室。

 状況が飲み込めず、流されるままにしていたら己が魔法にかけられたかと錯覚するほど綺麗になっていた。

 それだけに留まらず、今乗っている自転車も整備してくれた。これも自分のように粗大ゴミに埋もれていた時とは見違える姿にしてくれた。

 

 

『学生だと怪しまれないなんて話する前にちゃんと学生らしい格好をしろ。多少なりとも丈が合わなくなるのは成長期と言って誤魔化せるが、ここまで足りないとかえって違和感しかない』

 

『……そんなに違和感あったかな』

 

『あるに決まってるだろ鏡を見ろ馬鹿野郎。

 ……わかっていると思うが、人の印象は見た目が九割だ。ただでさえ難民は目の敵にされるんだ。誤魔化すためなら先行投資と思って金に糸目をつけるな。あんなトラブルに巻き込まれることがなくなれば、その分の時間を有効に使えるだろう』

 

 

 見た目の話は人のことを言えないんじゃ……と思ったら更に睨まれた。

 思考が読めるのかな。すごく怖い。

 

 なんでここまでしてくれるのか、と聞いた。

 すると、目障りだとか、気に食わないとか酷い言葉が返ってくる。

 あんまりな答えだったが、それでも不思議と自分に悪い感情を向けられているわけではないと、当時は直感的に感じていた。

 

 言っていることは尤もだし、結果で見れば親切にしてくれたのは確か。

 しかし、このままだと気が済まない……と言うより、後から変な要求をされないか不安で一杯だった。

 

 上手く言えたかわからないが、その旨を話した結果──────このバーでアルバイトをすることになった。

 何を言っているのかわからないだろう。

 実際、自分も何を言っているのかわからない。

 

 

『この店、今まで俺一人で回していたんだがな。ちょっと事情があって外出する必要がありそうで、時々店を空けることになりそうなんだ。そのあたりの裁量は任せられているんだが、あまり営業していないと怖ーいオーナーから厳しい指導が待っている。

 そこで考えたんだ──────バイト、雇おうって』

 

 

 募集をかける手間が省けてよかった、と語る当時のマスター。

 ……こんな難民の自分なんかより、このコロニーの現地の人を雇った方がいいのではないか、なんて言ってみる。

 すると、やれ背が高いからバーの制服が映えそう、だとか、やれ受けた恩を返そうとするモラルがあれば充分、だとか選考理由が淡々と出てきた。

 

 

『ちなみに、条件はこれだ。何か足りなければ言ってみろ』

 

『……えっと』

 

『ああ、悪い。口で説明する。

 時給10ハイト*1

 残業、深夜手当あり。

 週3〜5日シフト応相談可能。

 有給休暇あり。

 交通費全額支給。

 ─────────賄い、あり』

 

『やります』

 

『声でっか』

 

 

 即決してしまった。

 求人サイトにある世間一般的なアルバイトとは比較にならないほど待遇が良い労働条件には勝てなかった。

 ……それに、真っ当な仕事ができるのであればそれが一番良いに決まっている。

 

 

『物を渡して金を受け取ってくるだけ。ガキでもできることだろ』

 

 

 あの元締めはそんなことを言っていたが、実際に核心をついていると思う。

 勿論、運び屋の闇バイトの方が割がいいのは確かだが……そもそもな話、難民かつまともな教育を受けられなかった人間なんて、まともなアルバイトにすら就けないからやっているだけ。

 ちゃんとした“普通の”仕事ができるなんて有難い話、飛びつかないわけにはいかなった。

 

 ……それに、バーの勤務は夜が中心だ。

 昼間は運び屋、夜はバーのアルバイト。

 掛け持ちをすれば、クランバトルの稼ぎには及ばないにしても収入は遥かに増える。

 地球へ行くための資金も何とかなりそうだ。

 

 こうして始まった新しいアルバイトは順調……とは言えず、あらゆる壁に立ち向かうことになる。

 

 

『──────私に一切の相談もなしにアルバイトを雇うのはどういう了見でして? 私、貴方の口からはっきりと理由を聞きたいわ』

 

「い、いや、その」

 

『声が小さいようですが。もう一度仰ってくださらない?』

 

「スミマセン、ナンデモアリマセン」

 

 

 まずはこの店のオーナーにマスターがこっ酷く怒られているところを目撃したところが最初の苦難だった。リモート通話の画面越しからでもわかるくらいの生糸のようにサラリとした金髪の綺麗な大人の女性なのに、貼り付いた笑顔のままマスターを詰めている。画面の端から オーラのようなものが垣間見えるほど怒っていた。

 あの時、軍警を一掃したマスターの姿は見る影もなく、しゅんと縮こまってしまっていた。

 

 見ているだけで恐ろしい光景は今思い出しても戦慄する。幸い、事情を説明されたオーナーは労働条件を変えることなくアルバイトを認めてくれたため事なきを得た。

 

 そして次の壁は……接客業に付き物である、癖のある客の存在だった。

 

 

「いやいやいやいや。“黒い天使”って軍の規律を守らせるための迷信というか、怪談みたいなものですよね。

 “白い悪魔”も同じですけど、そんなフィクションみたいな戦果をあげられる人がいたら戦争なんてあっという間に終わっていないとおかしいじゃないですか。正直、真に受けるのはどうかとおもいます! 

 あ、マスター、同じのもう一杯ください!」

 

「こ、コモリしょ……ん゛んっ、ちょっと言葉を謹んでくれないかな!? 迂闊なことを言うと何されるかわかったものじゃ……」

 

「ふふふ。確かに、そんな人がいたらジオンはとうに敗北してますよね? イセリア君はどう思います?」

 

「うーん、“アレックス君”もそう思いますねー。

 ……今からあのパチモンのホワイトベース堕としてやろうかな

 

「おっ!? おちおち落ち着いてくださ……」

 

「ふふっ、あわてていてもかおがいいなぁ…………♪ 

 あ、ますたー、おなじのもういっぱいくらさーい」

 

「口に出てますよ、コモリ君。さてはかなり酔ってますね?」

 

「ちゅうさがいつもむちゃくちゃやるからじゃないれすか! わたしのいやしは、えぐざべくんのかおのよさしかないんれす! このまえなんて──────」

 

「もうお前ら居酒屋行けよ」

 

 

 客足が多いとは言えないため、特徴的な客はすぐに覚えられる。特に、やけにクラバの戦術に詳しい緑のおじさん一行はかなり印象的だった。

 マスターとは旧知の仲のようで、泣きぼくろが特徴的のお姉さんや苦労してそうな顔の整ったお兄さんを連れてやって来ては、クランバトルの中継を観戦するのが通例となっていた。

 興味本位でどんな人なのかマスターに聞こうとすると、すごい嫌な顔をするので踏み込めていないが。

 

 まあ、あのおじさんたちはマスターが相手する方針になっているため、自分に害が及ぶことはなさそうだが。

 それでも接客業は苦手意識はある。しかし割のいい時給に見合う仕事をしなければならない以上、頑張ろうとも思う。

 そして、最大の壁はやはり……知識の方だった。

 

 

「酒の種類が覚えられない、か」

 

 

 閉店後の店内でそんな相談を持ちかけると、マスターは小さく唸る。

 

 

「そもそも飲めないから……すぐにはちょっと」

 

 

 言い訳のように聞こえてしまうかもしれないが、仮に飲んでいいとしても、時間がかかってしまうことだろう。

 私自身、物覚えがいいわけではない。

 その上で、バーボン、スコッチ、ラム……酒の種類だけでも多いのに、銘柄まで覚えるとなると頭が痛くなってくる。マスターとしては、店を空ける時があるから雇った、と言っていたのに、店を任せてもらえるのはいつになることか。

 

 

「……コツとかありますか?」

 

「味がわかれば一番良いんだが……こればかりはな」

 

 

 近道はないと、マスターは語る。

 投げ出したくなるほどの途方もない道のりに肩を落としてしまう。

 ……ああ、また役立たずとか、言われてしまうのだろうか。

 

 

「……別に今日明日で覚えろなんて無茶を言うつもりはない。こればかりは時間がかかるものなのは百も承知だ。こっちも長い目で見ているから安心していい」

 

 

 しかし、それは杞憂だと。

 マスターは的確に私の心配事に寄り添ってくれた。

 ゆっくりと、自分のペースで構わないと言ってくれる。

 

 

「それに、覚えていて損はないからな」

 

「……どういうこと?」

 

「どうもこうも──────酒や煙草と言った嗜好品として愛用されているのは旧世紀からずっと変わってない。

 宗教とかで規制が厳しい国とか、飢饉にあっている国とかでなければ、この手の商品は中々食いっぱぐれることはないんだ」

 

 

 ……宗教とか、飢饉とか。

 難しい話はよくわからないけれど。

 つまり、嗜好品に関する知識があれば、どの時代でも商売をやっていけるらしい。歴史がそれを示している。

 ……と言われるがあまりピンと来ない。

 ただ、マスターがそう言うならそうなんだろうな、と漠然と想像することしかできないのが悔しかった。

 

 

「ちゃんと勉強していたら、違ったのかな」

 

 

 蓋をしていた想いが少しだけ溢れた。

 仕方ない、と割り切ったつもりでも、己の学のなさが露呈してしまう場面に遭遇するといつも考えてしまう。

 ぐるぐる、ぐるぐる、堂々巡り。

 考えたところで何かが変わるわけではないのに、もしものことが頭から離れない。

 

 

「……今からでも、遅くないんじゃないか」

 

「えっ」

 

 

 そう言って差し出されたのは、今では珍しい紙媒体の書物。誰かが使い込んだのか、ページの端にいくつか折り目がついていた。

 

 

「この前、オーナーが持ってきてくれたんだ。訳あって引き取っている戦争孤児の子が使っていた参考書なんだが……使うか?」

 

「えっ、その、いや」

 

 

 何度めかわからないほど、返答に困る。

 マスターが持っていても仕方のないものだとわかっていても、疑問の方が先立ってふつふつと湧いてくるから。

 何だってこんなものが出てくるのだろうか、とか。

 自分なんかにそこまでして貰う理由がない、とか。

 

 いや、そもそもだ。

 ……出会ったばかりの時のように、なんでこの人はここまで面倒を見てくれるのだろうか? 

 

 

『難儀な性格なの、あの人』

 

 

 ふと、オーナーであるあの金髪の女性が面接のときに口にしていた言葉を思い出す。

 マスターにはあれこれ怒っていたが、面接が始まると雑談も交えた、こちらを緊張させないような話を振ってきてくれた。

 専らの話題はやはり共通の知り合いであったマスターの話で持ちきりになる。本人が席を外しているうちに“ここだけの話”を色々と話してくれた。

 

 その中で、彼のひととなりの話は最も印象に残っていた。

 

 

『昔、戦争中に色々あって、自分のことを化け物とか、人間じゃないとかよく口にするようになったの』

 

 

 そう口にするオーナーは遠い目をしていた。

 もう二度と戻らない何かを見ている。

 

 ……マスターも時折そんな表情をする。

 店の中で一番異質に飾られているハロを見ている時。どれだけ高そうな酒瓶よりも大切に扱って、遠目で見ても埃一つない。

 祭壇のように掲げられたそれを見る時、あの人は誰を思っているのか。

 

 

『けれど、性根はあの頃と全然変わってないわ。

 どんなに悪く振る舞おうとしても、困った人を放っておけない、()()()()()()()()()()()()()()な“お兄ちゃん”なのが彼なの。

 だから、めいいっぱい甘えてあげなさい。その方が彼──────イセリアにとっても良い影響になると思うから』

 

 

 そのオーナーの笑顔が忘れられない。私はその顔を知らなかったから。

 純粋に他人の幸せを願っている人の顔。難民にはほとほと縁のない表情だ。

 こと自分のことで精一杯な難民たちには到底できない表情から、マスターがどれだけ愛されているのかは聞くまでもないだろう。

 

 ……だからこそ、一歩踏み込むことができた。

 

 

「………………あの、勉強、教えてくれませんか?」

 

 

 こういう時、調子に乗って全部駄目にするのが悪癖だというのは自覚している。

 結局何もかも全部上手く行かなくて、辿り着いたのが運び屋の仕事だった。

 

 本当なら、これも蓋をしていなければならない欲求だ。

 誰も彼も余裕のないこんな時代。自分のことは自分で何とかしなければ生きていけない。

 甘える、ということは己の弱みを見せること。

 その行為自体に勇気のいるものなんて今になって知ることになろうとは思わなんだ。

 

 

「っ」

 

 

 必死に頭を下げた。

 

 ……断られたらどうしよう、なんて考えが頭に過ないわけでない。

 その時はもう、他人に期待するのをやめるだけ。

 前に進むために下げた頭は、起こす事すらできそうにないくらいに重く感じる。

 

 心臓の鼓動は忙しなく動く。

 締め付けるくらいに苦しい胸を解放してくれるのは、

 

 

「……家庭教師の真似事で良いならな」

 

 

 そんな、柔らかい声が降りかかった。

 

 恐る恐る、頭を上げてみる。

 いつも見せるような引き攣った皮肉交じりの笑顔ではなく……オーナーが見せた時のような、純粋に他人の幸せを願うような笑顔がそこにあった。

 

 そして、とうとう外されたサングラスの奥に眠っていた瞳に、つい、見惚れてしまった。

 

 ああ────────────

 この人は、なんて優しい瞳をしているんだろう、と。

 

 

「っ、ありがとう。マスター!」

 

 

 会った時からとうに出遅れているかもしれないけど。

 いつか、マチュやシュウちゃんの隣にいても、胸を張れるようになりたい。

 そんな願いを胸に、卸してくれた制服に身を包み、外へ飛び出した。

 

 明日は何をしようか、と胸を膨らませながら、自転車のペダルを軽々と押し込む。

 

 翌朝も。きっと、その次の日も。

 昨日の自分なんか、今日の自分にとって足元にも及ばないんだろうな。

 今日もその自転車のフレームは、そんな全能感を現すかのように、キラキラと輝きを放ちながら高架上を駆け抜ける。

 

 

 

*1
1ハイトあたり200円前後と仮定





■イセリア(主人公)【今世】
 誰も偽名の方を呼んでくれないし、自分の拠点がジオンの溜まり場にされている哀れな男。
 深夜テンションの勢いで犬猫のような人を拾ってきて怒られる二十代の成人男性の図がここに。
 ちゃんと面倒見るから! 毎日散歩もやるから! 
 ……と、必死の説得により何とか認めてくれた様子。
 本当に大戦の英雄の姿か……これが……? 
 そんな姿も後々の戦いに向けてすっかり整えられ、ホワイトベース時代の風貌に近くなった。
 5年間も放ったらかしにされているのだから流石にもう大丈夫でしょ、とある種の油断もあったようだ。
 ……ム? 人妻の気配がするな?


■ニャアン
 厳しい環境に身を置かれながらも自暴自棄にならず善良さを失わずに生き抜いてきた。(今のところ)イセリアポイント+2億点。
 調子に乗ると上手くいかない、常に抑圧されていきてきた彼女だったが、調子に乗っても受け入れてくれそうな居場所を見つけられて少しだけ肩の力を抜いて生きていけそうになれた。よかったね。
 しかし闇バイトからは簡単に足を洗えない模様。纏まったお金が必要だからね、しょうがないね。
 皆と一緒に地球に行く資金が欲しいから掛け持ちで頑張りマチュ! クラバも勝てたから賞金も貰えた! やったよ、マチュ! え……マチュ? なんで怒ってるの……? 
 なお、自転車は知人によって“キラキラ”にされた模様。最近の若者はこれくらいが普通、とガンダムは言っているらしい。


■緑のおじさん
 クラバの戦術に自信ニキ。
 ニャアンに対してはクラバの戦術でわからなかったところがあれば私に聞きたまへ……と親切に解説おじさんとして接しているものの、ポメラニアンズの試合を固唾を飲んで見守っていた様子を見逃さなかった。抜け目のないやつ。
 同じ瑕を抱えるもの同士でも、後方腕組み理解者面しながら何か企んでいるのが何か気に食わない。イセリアポイント-100億点。



■泣きぼくろが特徴的なお姉さん
 赤い彗星に脳を焼かれている上司の無茶振りにいつも辟易しており、上司に対して容赦なく皮肉を浴びせる謎のバーマスターを心の中で応援している。やめておけ、そいつも立派な加湿器だ。
 あのマスター、頑なに取らないサングラスを外したらどんな顔しているんだろう、と思いながらも二日酔いと戦い続けるのであった。
 ニュータイプだの黒い天使だの抜きに等身大の人間としてフラットに接してくれる。イセリアポイント+1億点。



■顔が良いお兄さん
 同じ階級の同僚があまりにズバズバと物事を口にするため、エグザべ・オリベは加速度的に胃痛が進行して廃人と化した。
 厳しい環境に身を置かれながらも良識や善良さを以下略。さらに相手がどんなに恐ろしくても立ち向かう勇気を持ち合わせている。イセリアポイント+3億点。



■オーナー
 一年戦争でその名を轟かせた白い悪魔と双璧をなす連邦のエースである“黒い天使”を尻に敷くパツキンのチャンネー。天使の方は戦争中よりも性格は尖って擦れているはずなのに、彼女にはどうしても逆らえない様子。
 一体、何者なんだ……? 




 ポイント制!?
 ポイントが貯まると困った時に助けてもらえる。マイナスを振り切ると唾を吐かれる。それだけ。
 ちなみにワースト1位は大切な妹に癒えない瑕を負わせた採点者本人。1秒ごとに-9,999無量大数点のダメージを与えられている。

 それはそれとして、シュウちゃんって何よ!?
 貴方たちいつのまにそんな仲良くなったのよ!?
 私とは遊びだったの!?

 ニャアンの戦い方がこう……野蛮で興奮しましたね。
 色々と上手くいかないことばかりでも、MSを動かす才能と人○しの才能あるよお前……そんな才能幸せになるために不必要だよちくせう……
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