この矛盾だらけの世界で貴方を待つ   作:練り物

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天使再臨(前編)

 昨日も一昨日も見上げる空は変わらない。天井は空のような様相をしていても、俺らと同じく人が住む街が広がっているだけ。

 視界いっぱいの街並みを見たいのに、天を這う電線が邪魔だな、とぼんやりと煙草から抽出される快楽物質が脳内に行き渡る。

 本日もコロニーは快晴──────

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

 しかし所により、時々イケメンが降り注ぐでしょう、と言ったところか。

 夜は雨の予定と聞いているから早めに帰りたいと思いながら、宙に浮かんで足元に転がる顔がいい男を眺める。

 

 見事に自慢の顔面から地面に滑り込む。

 ギャグかよと思いながら煙草をふかす。

 追いかけて囲んできた柄の悪い男たちは、そこら辺のゴミ捨て場に投げ捨てておいた。

 

 

「わざわざ殴られてやるなんて律儀だな。好きなのか?」

 

「……痛いのは嫌さ。けど、相手は民間人だ。軍人の俺が手を出すわけにはいかないよ」

 

「だからって大人しく殴られなくてもいいだろうに」

 

 

 そのために支給された私服でいるのだから、もう少し上手く立ち回っても良いだろうに。

 本人の気質なのか。それとも軍人としての誇りか何かなのか。

 その愚直さは嫌いではないが、こと潜入任務に関しては不向きな質かもしれない。

 

 さて、なぜ今日も昼から街に繰り出しているかと言うと……エグザべ君の付き添いである。

 

 

『エグザべ少尉がジークアクスの捜索に志願しましてね。貴方が同行していただけませんか?』

 

 

 いつも通り店を開けたらすぐに来るシャリアから突然そんな依頼が投げ込まれてきた。

 彼は一度警察に目をつけられてしまった身。

 単独行動により再び因縁をつけられる可能性もあるため、面倒をみてやってほしいと頼まれたのだ。

 

 

『いや、お前の部下だろ。上司なんだから部下の面倒くらい見てやれよ。夜いつもこっちに来るくせに、昼間何してるんだ?』

 

『私は私でやることがありまして。貴方が依頼した調べ物など色々。

 ……あと少しばかり暗躍を、ね?』

 

『面と向かって「怪しいことしてます」って口にする奴、初めてで対処に困るんだが。

 ……拘束しておいた方が良いか?』

 

『うーん。それは困りますね。ずっとこの店にいないといけないなんて。いやあ、困りますね。ははは』

 

『キッショ、なんで嬉しそうなんだよ』

 

 

 店に居座られても困るので仕方なく引き受けたわけだ。

 あの緑のおじさん、誇張抜きで毎日来るから困ったものだ。オーナーと鉢合わせないように抑えておくこともそろそろ限界なんだが、エグザべ君の方で何とかしてくれないかな。

 ……いや。マジでアイツ、オーナーのこと勘付いてないよな? 

 さすがに神輿にしようとするなら黙っていないぞ。俺もそうだが、何よりお前のMAVがな。

 色々好き勝手やっているけど、あの人に対する姿勢は常に一貫している。大切に想っていることは間違いないのだ。なお、当の本人の意思はガン無視しているから余計に拗れてしまっていたのだが。

 それも時間が解決してくれるはずだったのに……。

 

 ……話が反れてしまった。

 そんな彼の御守りをしているわけだが、ちなみにもう答えはもう知っている。

 地下に忍ばせていたクロウの撮影したデータからジークアクスは確認済だ。貨物用エレベーターで登った先にはカネバンの敷地内──────完全に()()であることの裏は取れた。

 

 無論、これはシャリアから口止めされている。

 初めから答えを教えては本人の成長につながらないとのことだ。

 泳がせているような心象がしてあまりいい心地はしないものの、言っていることは尤もだ。

 クラバに出ているだけで、実際ジークアクスによって何か被害が出ているわけでもない以上、強行して確保しにいく理由もない。

 故に、ここはエグザべ君の手腕に任せることにしたのだ。

 

 

「だめだ。全然進歩がない」

 

 

 結果はご覧の有様。

 午後の半分を使ったにもかかわらず手がかりすら掴めていない。

 決してサボっていたわけではないのは俺が証明する。純粋に頑張ってこれなのだ。

 

 

「そら、一息ついた方がいい」

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

「だから敬語はいらないぞ。歳近いんだし」

 

「……わかっているけど、やっぱり慣れないな」

 

 

 あんな正攻法な聞き込みを何度か続けるにつれて、本人も徒労だと悟ったのだろう。

 広場のベンチに項垂れて天を仰ぎ見る。

 差し入れのコーヒーを渡すと一気に飲み干して盛大な溜息をひとつつく。

 

 

「やり方が悪いのかな。方向性は間違っていないと思うんだけど」

 

 

 項垂れる彼の姿はとても小さく見える。

 柄の悪い奴らからの暴行を恐れずあちこち足を運ぶあたり、行動力の問題ではないのにどこか報われない。そういう星の運命に生まれてきたのかと疑うくらいの不憫さだ。

 

 ……まあ、これくらいはいいだろう。

 少しばかり助言をしてみることにした。

 

 

「いや、やっていることが真面目すぎだ。隠す側としては真っ先に対策するようなところを当たっても、いたずらに時間がかかるだけだぞ。

 相手はアウトローなんだから、正攻法じゃなくて相手が思いつかないようなところから切り込んでみるのもひとつの手だと思うが」

 

「む……例えば?」

 

「それを考えるのが君の仕事……と言いたいところだが、今回は特別にひとつアドバイスだ。

 一度、自分の勘に身をゆだねてみるといい。一見、非合理に見える行動でも、偶然が重なって結果的に近道につながることもあるからな」

 

「それで見つかれば苦労しないんだけど……」

 

 

 実際それで見つけたんだけど、俺。

 どうやら感覚よりも論理を重視するタイプらしい。個人差はあれど、勘が優れているニュータイプなのに勿体無いような。

 本人の気質にとやかく言うこともない。活かすか活かさないかは自分次第。もう少し見守るとしよう。

 

 

 その後もネノクニを中心にあちこち回っていると、

 

 

「あ、そこの黒い服の人。封筒落としましたよ」

 

「ん、ああ。すまない。助かったよ」

 

 

 通行人の落とし物を拾ってあげたり、

 

 

「これ、取ろうとしてました?」

 

「あ、ありがとうございます。背、高いですね。羨ましいなぁ」

 

「いえいえ。役に立てたようで何よりです」

 

 

 工具店で手の届かないところに置かれた商品を取ろうとしていた背の低めな金髪の男の代わりに取ってあげたり、

 

 

「可愛いですね、ちゃんと手入れされて毛並みもツヤツヤだ」

 

「ワンッ」

 

「へへ、わかってるじゃねえか。実はブラシはこだわりがあってな……」

 

 

 散歩中のポメラニアンとじゃれあったりしていた。

 

 

 

 

「はあ、駄目だ。手がかりすら掴めない」

 

「あのさ、帰っていい?」

 

「……な、なんで殺気出てるんです?」

 

 

 いかん、つい駅のホームにいるから本音が出てしまった。

 今、彼が善行をした相手、三人ともカネバン──────ひいてはポメラニアンズの関係者だったのに。

 まさかチャンスが三回も転がってきたのに全てスルーするとは思わなんだ。

 

 こちらはあらかじめ答えを知っている身。

 身辺調査までしているからこそわかった情報だ。

 それを勘で察しろと言うのは到底無理な話だ。

 でもせめて……せめて、クラバの話とかを出して揺さぶりをかけて欲しかった。

 これでは道化……いや、ただの親切なお兄さんだよ。

 

 誰がこんな性根の真っ直ぐな子に育てた。名乗り出ろ。

 フラナガンか? うるせえ座ってろハゲ。

 

 そのくせこちらの殺気には敏感なのは何なんだ。

 せっかく砕けたコミュニケーションができていたのに、萎縮してまた敬語が出てきているし。

 誰のせいだ? 俺だ。ごめん。

 

 しかし困った。この調子では捜査が終わりそうにない。俺にはこれからニャアンの教育という重要な役目があるというのに。

 ……こうなったら自然な流れで誘導させて、手柄を取らせるか? 

 マッチポンプじみていて気は乗らないが、限られた時間は効率的に使いたい。こうなったらニュータイプの勘といってゴリ押ししようと画策したその時──────

 

 

「……あれ、マスター?」

 

「ん、ああ、ニャアンか」

 

 

 ちょうど考えていた人物の声が聞こえてきた。

 振り向けば大きめのショルダーバッグを抱えながら小走りで近づいてきた。

 

 

「なんか店の外で会うなんて新鮮だね」

 

「そうか? 

 ……ああ、確かにエグザべ君と一緒なのはそうだな」

 

「ん……ああ、バイトの。確かに奇遇だね。今日はどうしたの? 結構大きな荷物だけど」

 

「大した用じゃないですよ。バイト行く前に友達とランドリーに寄ってて……」

 

「そっか。この後、雨の予定だからか。大変だね」

 

 

 途方に暮れていたエグザべ君の笑顔が戻る。

 彼とニャアンは戦争で難民になった点において似通った境遇を持っている。エグザべ君は難民の苦労を知っているし、ニャアンは難民からジオン軍学校首席卒業というシンデレラストーリーの持ち主として、お互い話題には欠かない関係だ。

 

 俺とシャリアがアムロとシャアの話をしている時、大抵この二人は別の話題で話をしている。

 面識のない人間の話を長々と語り合っても、窮屈でしか──────ん? 

 

 

「? マスター、どうしたの?」

 

「いや、俺とシャリアって、相当気を遣われているな、と。二人とも、俺達が話している時って居心地悪くならないか?」

 

「………………」

 

「………………」

 

「否定して欲しかったな」

 

 

 今度は俺が頭を抱えてしまう側になってしまった。

 何ということだ。まるでおじさん二人が盛り上がっている中で取り残される若者の構図ではないか。

 待て、俺とエグザべ君の年齢はそこまで変わらないぞ。

 勝手におじさんの枠に入れるんじゃない。おじさんはシャリアだけでいい。あっち行け、シッシッ。

 

 

「あ」

 

「………………」

 

 

 居たたまれなくなって視線を外した先に、例の赤毛の女子高生──────マチュがいた。

 会話の輪に入れず、ずっと待ちぼうけのままだったのが不満なのか。不貞腐れた視線が突き刺さる。

 

 

「なんだ、居たんだ。お前」

 

「居たんだ、って何よ! 二人して盛り上がっちゃってさ! ニャアン、コイツと知り合いだったの!?」

 

 

 コイツ、って。

 高いパフェを奢った上に懇切丁寧に地球の話をしてあげた相手をコイツ呼ばわりして指差すとは驚いた。

 まあ、プライドとか無いから別に構わないが。

 ()()()の相手は慣れているし、別に気にしてないが。

 

 

「だって、私の新しく始めたバイトのマスターだよ?

 マチュこそ、マスターと面識あったんだ。すごい偶然だね」

 

「……()()()?」

 

「げっ!」

 

 

 と、エグザべ君の顔が怪訝なものに変わる。

 ようやく探していた本人との対面が叶った瞬間、ジークアクスを奪った人間の特徴はおぼろげでも、ここまで情報が出揃えばさすがに答えに辿り着くだろう。

 やはり偶然というものは馬鹿にならない。最後の最後で巡り逢ったチャンスが──────

 

 

「いや、待て」

 

 

 ──────瞬間、閃きが走る。

 

 マチュは“今度友達と地球に行く”と言っていた。

 ニャアンも“友達と地球に旅行に行く”と何度か口にしていた。

 だから、シフトも多く入れるように調整していた。

 そして、ニャアンはマチュのことを友達と言っていた。

 つまり、マチュがジークアクスでクランバトルに出ている理由は──────

 

 点と点が綺麗に繋がる感覚。

 邪推と断じる理由を探す方が難しいほどに出来すぎている。

 この勘が正しければ……本当に、偶然というものは馬鹿にならない。

 

 

「おい、そこの四人」

 

 

 タイミングが良いのか悪いのか。

 会話に割り込む形で軍警二人組がこちらに向かってきた。

 駅の中で長居し過ぎたのが不審に思われたのか。

 特にやましい事はしていない以上、堂々としていればいいのだが。

 

 

「お前、()()()()()()()()?」

 

「っ」

 

 

 不幸なことに、ここでも面識のある人間同士が再会することになる。

 ニャアンの服装に既に怪しまれる要素はない。

 しかし、顔に関しては普段通りのまま。一度取り締まったことがある人間を忘れずに覚えているなんて、なんとまあ見上げた執着だ。

 ……さすがに成り行きを見守るわけにはいかない。

 大事なアルバイトに何かあっては困る。軍警とはいえ、二人であれば“穏便”に済ませることは容易だ。

 

 

「エグザべ君」

 

「止めないでくれ……俺も付き合うさ」

 

「……わかった。場所を変えてからやるぞ」

 

 

 エグザべ君も顔を顰めていた。そう言えば、彼も軍警に身柄を抑えられていた時は痛い目に遭わされたと聞く。地位協定があるとしても、彼も黙っていられないのだろう。

 まずは人気のないところに誘導するために、俺達二人が、ニャアンとの間に立とうとする──────

 

 

「ふんっ!!!!」

 

「おごっ!?!?!?」

 

 

 ──────前に、マチュが軍警の股間を蹴り上げていた。

 

 不覚なことに、一瞬気を取られた。

 ……いや、本当に何をしているんだ!? 

 駅のホームなんて出口が限られている場所で、しかもこんなに一般人がいる中で騒ぎを起こしたらどうなるかなんて想像できるだろうに。

 さてはコイツ──────何も考えていないのか!? 

 

 

「走って!」

 

「ちっ、行くぞ!」

 

 

 ニャアンの手を引っ張ってホームを駆ける。

 入り組んだ迷路でも、地図は頭に入っている。

 改札を抜け、積極的に分かれ道のある通路を選び、どうにか退路まで辿り着く。

 なんてエキセントリックな奴なんだ、マチュめ。

 前世が、カミーユみたいな奴だな、などと宣う。

 そのせいで俺達まで追われることになっているのだから他人事じゃないだろう、と言っても今更か。ケタケタ笑うんじゃない、いいから黙れ。

 

 

「あ、マスター……マチュが……」

 

「む、ロッカーの方か」

 

 

 物影から身を乗り出して見れば、大型荷物のコインロッカーに隠れた二人と、その周りを張る軍警たち。

 気がつけば人数が増えている。俺達が逃げている間に応援を呼んだのだろう。

 

 ……別に、あの人数でも鎮圧すること自体は可能だ。生身の白兵でもランバ・ラル隊と戦った経験のある俺にとっては軍警なんて束になろうが相手にならない。

 しかし、見つからないという条件付では時間がかかり過ぎる上に、こちらにはニャアンもいる。ここで助け舟を出すのは得策ではないか。

 

 

「まあ、隠れる場所としては悪くない。エグザべ君が上手いこと誘導してくれた。放っておいても時間をかければやり過ごせる」

 

「…………」

 

 

 そう口にしてもニャアンの顔は真っ青のままだ。

 呼吸は安定している。走り疲れた様子でもない。

 しかし、尋常じゃない焦りの感情が伝わってくる。マチュのことが心配なのは確かだろう。

 しかし、まだ俺の知らない別の事情がある。

 

 

「ニャアン」

 

「っ、な、何?」

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 喧騒の中でも息を呑む音が聞こえる。

 どうやら図星だったようだ。

 ……勘が鋭い、というのも考えものだな。

 人間、隠し事のひとつやふたつあるもの。それは誰しも抱える自然なことであり、咎めることでもない。

 こうして言い当てられると、相手にとってはまるで思考を読まれているように思われて気味悪がられるのは当然のことだろう。

 

 今回の件も同じだ。

 マチュとニャアンは何か事情を抱えている。

 女の子同士の秘密に介入するつもりはないが、ニャアンがジークアクス……ひいては、あの“赤いガンダム”が関わっているのであれば事情が変わってくる。

 

 

「話してくれ。その悩み、俺が解決できるかもしれない」

 

 

 ……サングラスを取り、ニャアンの瞳を真っ直ぐと見つめる。

 

 ふと、前世が囁く。

 ここまで踏み込む理由はないだろう、と。

 

 ニャアンとはほぼ毎日顔を合わせているが、付き合い自体は二週間にも満たない。

 手を差し伸べたのもあくまで気まぐれと勢いによるものだった。

 

 それでも俺は見てきた。

 根の深い諦観を抱えながらも、懸命に生きる彼女の姿を。

 待つ、という後ろ向きな生き方しかできていなくなった俺にとっては眩しいものだった。

 

 ……眩しいのは嫌いだ。

 俺の希望(アムロ)を奪っていったから。

 

 でも、彼女の眩しさは、とても細やかであっても、どこか温かかくて好きだった。

 いつしか手放せなくなったサングラスを、少しは外してもいいと思えるほどに。

 

 そんな光を見せてくれた彼女に肩入れするには──────充分すぎる理由だろう? 

 

 

「実は──────」

 

 

 そんな想いが少しでも伝わったのか。

 数巡、考えた末。

 ニャアンはぽつりと語り始めた。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「違約金、か」

 

 

 マスターは私が頭を抱えている悩みを復唱した。

 

 全て話してしまった。

 マチュと、ジークアクスのこと。

 そして、シュウちゃんと、赤いガンダムのことも。

 

 地球に行きたい、と言っていたのはシュウちゃんの方で私とマチュはそれについていきたいだけ。

 当の本人は“ガンダムが言っている”と口にしていたけど、それは口癖のようなものなので置いておく。

 

 ガンダムを地球まで連れて行くにはスペースシャトルが必要で、そのためにマチュとシュウちゃんはクランバトルに参加して、命懸けで戦っている。

 

 元々察しの良いマスターはいずれ辿り着くと思ったから、なんて心の中で言い訳をする。

 ……いや、それも違う。

 この人がこんなにも自分のことを案じてくれているのに、黙っていることなんて不義理ができなかったから。だから話してしまった。

 

 

「話してくれて感謝する。赤いガンダムの話は、隠れ家の場所までは聞かないし、関わりがあることも誰にも口外しない。神に誓って……なんて言ってもアレか。

 じゃあ、あれだ。オーナーに誓って約束する」

 

「ふふっ、なにそれ」

 

 

 こんな状況なのについ笑ってしまった。

 マスターとしては冗談を言ったつもりはない。

 この人にとってオーナーは非常に大きな存在だ。

 逆らえない、という意味もありながら、その裏で大切に思っていることも含め、最大限の表現なのだ。

 

 そして、本題はここからだ。

 今日もクランバトルの予定がある。

 しかし、不幸なことに軍警に絡まれ、マチュは身動きが取れない状態になってしまった。

 このままではクランバトルに間に合わず、参加できなかった場合は多大な違約金を払わねばならなくなる。それは今までの稼ぎが水の泡になるような──────莫大なものだった。

 

 

「で、お前はどうするつもりだった?」

 

「……マチュの代わりに、私がジークアクスに乗って参加する。後はシュウちゃん──────赤いガンダムが何とかしてくれるから」

 

「やめておけ」

 

 

 マスターにしては珍しく全面的に否定する物言いだった。

 確かに、クランバトルは危険だ。

 それでもシュウちゃんとガンダムであれば一人でも戦える。

 

 マスターだって、あの常連のシャリアさんだって太鼓判を押すほどの腕前なのだから。前回のバトルでもゲルググをニ機相手に奮戦──────しかも一人は連邦の撃墜王だったと聞く。そんな相手でも勝利を納めた、彼なら今回も大丈夫なはず。

 

 

「今回はそう上手くいかないだろうな」

 

「どういうこと?」

 

 

 そう言ってマスターが差し出したスマホには今日の相手のクランの情報が映し出されていた。

 前回と同じく民間軍事会社(PMC)が広告として運営しているものの、その評判は口を揃えて“大人気ない”と称しているものばかりだった。

 

 一年戦争において最も苛烈な地上戦と言われた“オデッサ”での戦闘。

 その中で両陣営のガンダムとは別の戦闘地域であったものの、戦果でいえば彼らに負けないエース級の活躍を果たしたパイロット。

 奇しくも、それは連邦、ジオン双方にいたと言う。

 しかも彼らは今ではMAVを組んで、上位クランでその名を轟かせていた。

 

 

「こんな人たちがどうしてクラバなんか……」

 

「戦時中、彼らの素行に関してはいい評判を聞かなかったようだ。連邦とジオンが遠くない未来で再び戦争をすることになるとしても、軍は彼らの在軍を許容できなかったのかもしれない。

 ……いや、あるいは彼ら自身がそれすら待てなかったのかもしれない。クランバトルなんて危険な娯楽は、そんな戦場でしか生きられない人間の受け皿としてあるのかもな」

 

 

 事情に関しては推測の域を出ないが、とマスターは呟く。

 しかし、腕は確かなのは結果が全て証明している。今回のバトルも一筋縄ではいかなさそうだ。

 ただ、それでもあの“魔女”と比べれば相当に目劣りする。たとえ民間軍事会社が武装を整えて挑んでいたとしてもポメラニアンズ──────いや、シュウちゃんと赤いガンダムが遅れを取るなんて思えなかった。

 

 

「ああ。それだけなら別に良かった。

 ──────けど、本当の問題はこれだ」

 

 

 しかし、マスターが最も危惧していたのはそれではない。

 新たにスマホに映し出した画像データは暗く、影のようにぼんやりとしている。

 輪郭だけで判断しようにも、何も連想することができない。

 

 

「何、これ?」

 

「どこかの頭がおかしいバカが木星圏のMS(モビルスーツ)をこの会社に横流ししたらしい。

 実際に()()()()()()()()()()()()が手に入れた情報だ。確度は高いだろう」

 

 

 思わず目を見開いてしまった。

 改めて画像を見返すと、確かに背景はMS(モビルスーツ)を格納するドッグに見えるし、さらには整備する人影がちらほら見受けられる。

 

 

「嘘……なんでそんなこと……」

 

「バカの考えなんて到底わからないが……まあ試作機のテストか、それとも後々の大きな戦いに向けたある種の囲い込みなんだろう」

 

 

 とにかく理由なんか今は考えるだけ無駄だ、とマスターは切り捨てる。

 

 

「この一年戦争、MS(モビルスーツ)が想定よりも激化したことに伴って、それを動かす上で必要不可欠なヘリウムは特需だった。そのせいで俺たちの想定よりも木星の奴らはむしろ金なんてドブに捨てるほど稼いだのかもしれない。

 ……実際、一部の奴がドブに捨てている奴がいるかもしれないな。ただでさえ資源不足な星なのに無駄遣いするなよ、本当」

 

「?」

 

「いや、何でもない。悪かった。

 そして、木星圏は高重力下で動けるような独自のMS(モビルスーツ)開発が進んでいる。しかも、それは連邦やジオンのように戦争で疲弊した状態ではないまま、滞りなく……いや、予想よりも遥かに進んでいるかもしれない。

 さて、それなりに強いパイロットと未知のMS(モビルスーツ)が出てくる今回のクランバトル……赤いガンダムだけで上手く勝ち進められるか?」

 

 

 そう問われると確かに即答できなくなってしまう。

 いくらシュウちゃんが凄腕のパイロットでも、赤いガンダムは数年前の機体だ。

 今までは払い下げされた型落ちのMS(モビルスーツ)たちが相手だったために直面しなかった問題が、今になってやってきてしまった。

 こうして、事実だけを単純に見比べると、ポメラニアンズ側が不利なのは明らかであった。

 

 

「……正直、あの赤いガンダムとジークアクスが万全なら充分やれると思っていたんだがな」

 

 

 マスターの言うとおり、その差を埋められるのがジークアクスの存在なのに、肝心のパイロットが満足に動かせないとなるとお話にならない。

 足手まといになって狙われでもしたら、逆にシュウちゃんに迷惑がかかってしまう。

 

 そして、間違いなく─────────

 

 

「っ」

 

 

 寒気がした。もし無策で飛び込んだらどうなったものか想像すらしたくない。

 震えが止まらない肩を、マスターの手が添えられた。温かい気持ちが、そっと心に流れてくる。

 

 いつもシャリアさんの相手をしている時は刺々しいし、初めて会った時の軍警を相手にしていた時は、女の子ですら躊躇いなく殴りそうな風貌だった。

 けれど、それはあくまでこの人自身がそうあろうと、無理に背伸びしているだけ。

 サングラスをかけて誤魔化してるけど──────オーナーが言っているとおり、この人は()()()()()()()()()()()()なんだ。

 気がつけば、震えは止まっていた。

 

 

「違約金さえかからなければいいんだな?」

 

 

 確認するように口にした言葉に、ゆっくりと頷く。

 落ち着いて話を聞けるようになり、直面している問題に向き合えるようになった。

 

 そう、問題の本質はその違約金だ。

 別に勝てなくてもいい。また稼げばいいのだから。

 でも、あの二人の今までの頑張りがなかったことになるのはどうしても耐え難かったから──────私はジークアクスに乗ろうとしたのだ。

 

 

「……なあ、ハロ」

 

『?』

 

「俺、今度は上手くやれるかな」

 

 

 ふと、マスターは鞄に入っていたハロに向けて小さく呟いた。

 ……気のせいだろうか。

 その声はどこか泣きそうで、すぐに消えてしまうほどの儚いものに感じたのは。

 

 

『ヤッテミセロ! ヤッテミセロ!』

 

「……ありがとう。勇気を貰えた」

 

 

 顔を上げた彼の表情は──────どこか晴やかなものだった。

 こうして、私とマスターの作戦は開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりの宇宙だなぁ」

 

 

 外から眺めるコロニーの表層。

 規則正しく並べられた太陽光パネルは、時折角度を変えながら星のように反射光を瞬かせる。

 作戦どおりに動いてくれたジークアクスの中から見える宇宙は前と変わらない光景だった。

 

 

「あれ〜、今日は君が一緒なのかぁ〜」

 

 

 通信から聞こえるシュウちゃんの声はいつもよりぼんやりとしている。

 ガンダムのことに関してはハッキリとした口調になるはずなのに、どこか様子が変だった。

 

 

「うん。そうなの、シュウちゃん。でも、今日は私達の出番はないかも」

 

「?」

 

 

 聞き慣れた機械音はコンチの駆動音。

 いつも留守番をしているはずなのに、どうやら今日は一緒に出撃しているらしい。

 意志のあるように動く彼のことだ。どういうことだ、と言わんばかりに体を傾けていることだろう。

 

 ……バトル開始まで残り約1分半。

 相手も時間までこの宙域で待機していることだろう。

 

 深呼吸をひとつ。

 決して不安がないわけではない。

 しかし、結局やることは当初の想定と変わらない。

 私はここに居さえすればいいのだから。

 

 ひとつ違うこととを挙げるとするなら。

 戦いは、既に始まろうとしているという点だけ。

 

 

「綺麗だ、って、ガンダムが言っている〜」

 

 

 通信からそんな浮ついた言葉が聞こえてきた。

 シュウちゃんには一体何が見えているのだろうか。

 

 

「あ、流れ星」

 

 

 そしてコクピットから見えた流星。

 願い事をする間もなく姿を消す。

 次に流れたら何を願おうか、なんて思いながら、広大な宇宙を眺めていた。

 

 しかし、その流れ星の様子がどうもおかしい。

 消えるはずの流星は尾を描き続け、一直線にどこかへ向かっていた。

 

 カメラを望遠にしようとしても操作がわからず、オロオロしていると──────勝手にカメラが対象をフォーカスしてくれた。

 ジオンの最新のMS(モビルスーツ)はオートで操作をしてくれるのか、と感心しながら覗き込む。

 

 

 

 

 それは、異形だった。

 頭を肩部は一体化した輪郭。

 頭部から突き出るように飛び出した鋭い金属部は角というよりは牙に近い。

 腕と脚には所々、小さな空洞が弾痕のように空いており、手は熊を彷彿とさせるように肥大化している。

 

 極めつけには、背後に背負う四対の翼。

 背面から頭部にかけて鋭利な二本の杭のような何かが放射状に広がっている。これではまるで鳥をそのまま背負っているようではないか。

 

 生理的な嫌悪感を生み出す造形に、顔らしき胴体から赤い光が点滅する。

 ニャアンはそれを見てどこか見覚えがあった。

 確か、ジオン工科大学の赤本を眺めていた時に見たことがあったような。

 MS(モビルスーツ)開発史の問題で、水陸両用のMS(モビルスーツ)の中で実戦に導入されなかったものはどれか選ぶ問題があった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、()()()()だ」

 

 

 他と比べてあまり特徴的な形だったために、印象に残っていたそれ。

 日頃の勉強の賜物か、意外にも記憶の引き出しから簡単に取り出せたニャアンであった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 クランバトルはニ対ニのMAV戦。

 開始時間までに指定されたポイントに到着し、五分の間に敵機の頭部を破壊すれば、そのクランの勝利となる。

 なお、時間までに参加表明したクランのMS(モビルスーツ)が到着しなかった場合は不戦敗扱いになり、運営に対し莫大な違約金を支払わなければならない。

 

 他にもMA(モビルアーマー)の参加は禁止されている等の細かいものはあるが、大まかなルールは以上のとおりだ。

 そんなルール下において、ニャアンたちが戦わず、かつ負けないための方法。

 

 それは─────────その()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 

 第三者の介入によりバトルに参加する予定だったMS(モビルスーツ)が破壊されてしまったなど、不慮の事故があれば勝負どころの話ではなくなる。

 

 結局、ニャアンにはジークアクスで現場に来てもらうことは避けられなかった。

 後になって現場にいないことを盾に違約金を請求されないように、そして、マッチポンプを疑われないようにする工作をするために。

 

 尤も、過去のバトルを調べても、一度もそんなことは起きてない。何せ、バトル直前にならないとミノフスキー粒子は散布されず、参加予定のMS(モビルスーツ)は姿を現せないからだ。

 バトル開始までの待機時間はおよそニ分にも満たない超短時間。こんなの、余人にとっては邪魔しろなんて無理な話だろう。

 

 

 

「バトル開始まで残り一分半──────()()()()

 

 

 

 まあ、()()()()()()()()()()()()()

 こんな無茶な作戦なんて、かつて数え切れないほどこなしてきた。今は一人であっても、たかがMS(モビルスーツ)二機程度にそんなに時間をかける必要もあるまい。

 

 正直、この介入は悩みに悩み抜いた結論の末の行動だ。木星圏のMS(モビルスーツ)の横流しなんて、見え透いた挑発に過ぎない。そんなのに乗ってしまえば、ヤツに俺の存在が悟られてしまう。

 むしろ、このまま静観を続けて、試作機のデータを集めていればこちらにアドバンテージが生まれるのに。

 

 やる前から明らかにわかっている悪手。

 それでもやらねばならない、と背中を押してくれたのは、今、コクピットにぶら下がっている一枚の紙切れだった。

 

 それは、“シイコ・スガイ”と記された名刺だった。

 喫茶店で会った時に受け取った、民間軍事会社の社員である身元を偽装するためのものだろう。

 ……あのクランバトルが終わって後から気づいたが、名刺には丁寧な字で小さく、こんなことが記されていた。

 

 ──────私は好きにした、と。

 

 死人が後から後悔はない、なんて口にするなんてあり得ない。

 

 しかし、ふとこんなことを思う。

 あの時、俺を必要以上に挑発したのは、いつまでも足踏みをしている俺に対し、思うところがあったからではないか、と。

 

 ……なんて、これも都合のいい幻想か。

 ああ──────いつもいつも、もっと話をするべきだったと思う頃には、その人は居なくなっている。

 

 

「……さて」

 

 

 ちょうど敵機の位置を大まかに感じることができたため、余計な感傷を切り捨てた。

 全天周囲モニターに映るのはこの時代において異形ともいえる特異な造形のMS(モビルスーツ)が二機──────あれらが本作戦の目標である。

 

 元から画像データである程度想像していたため、大方どのような機体かは見当はつく。

 

 円形に背負う大型のミサイルが特徴的なシルエットから察するに、一機は推定“()()()()()()()”。

 そして、もう一機は腕部を覆う大きな鉤爪を見る限りは“()()()()()()()()()()”だろう。

 

 試作機ゆえか、所々カラーリングや細部の形が前世の知るものとはことなっているものの、特徴はおさえているあたり予想は間違いはないはず。

 向こうもこちらの姿を捕捉している様子だ。

 試合前だというのに敵意を察して迎撃の態勢を整えている。今にも警告なしに粒子砲を放とうとしている。

 事前情報どおりのパイロットは好戦的な人間性なのだろう。

 

 ああ、良かった。

 俺の大嫌いなタイプの人間のようで──────

 

 

「行くぞ、キマイラ──────狩り時間だ」

 

 

 愛機は応えるように血走った単眼を煌めかせる。

 血に餓えた化物は、獰猛に獲物へと飛びかかった。

 

 




《おまけ》

「アムロがァ……アムロでェ……」

「大佐がァ……大佐でェ……」

「……ああ、また始まった。大変だね、君も」

「いえ、いつものことですし……あっ、そういえばフラナガン・スクールってどんなところなんですか?」

「まあ、普通の軍学校だよ。校長がさ……」





■《ゾゴック》
 アッグシリーズの一機。
 ズゴックよりも陸戦戦闘を重視された機体で、ジャブロー攻略戦を想定して開発されたMSであったが、あまりのピーキーさ故に本作でも実戦投入は叶わず使用されないまま埃を被り、払い下げられたのを主人公がティンときて購入。
 後、テム・レイを主導とした金を積まれた雇われ技術屋のチームによって一度解体され、再度組み上げられたため原型とは骨格レベルで別物になってしまった。元が水陸両用の機体なので宇宙での戦闘に適応していないためか。搭乗者が愛して止まないビーム兵器を携行できるようにするためか。それとも他に何か別の理由があったのか……開発に関わった技術士は皆、固く口を閉ざす。

 ただ、皆、口を揃えて言葉にするのは、

「元も今もコンセプトからしてアホの考える機体」
「考えた奴はビームサーベルだけで教育を終えている」
「軍の基礎教育の重要性を身をもって体感した」
「テム・レイ班長が終始キレ散らかしていた」

 以上である。武装の話は追々。
 なお、初出はMSVであるが、ZZおよびUCにて映像化されている。
 皆、観よう!(提案)


■《Gアタッカー》
 ゾゴックの背面にドッキングしている四対の翼を携えた支援機。本来は別の名称があるものの、搭乗者の意向により本来のコンセプトとは真逆の方向性に着地してしまったため、今の名称に改められた経緯がある。
 支援機であるため独立したコクピットが存在しており、単独でも高い戦闘能力を有しているものの、基本はゾゴックの機動性をカバーするためにドッキングした状態がデフォルトとなっている。
 こちらも武装は追々。軽くネタバレをすると唯一遠距離兵装を有している。
 ……ん? 唯一と言ったか、貴様? 


■《キマイラ》
 ゾゴックとGアタッカーがドッキングした姿を指す。搭乗者本人が呼称しているだけで、正式名称は《ゾゴック・カスタム》である。



 主人公のMSが出るまで7話かかるとかガンダム小説向いていなさすぎワロタ。
 それはそれとして、やっとロボやメカが書けるぞぅ! 
 長くなりそうなので前後編に分けます。
 あらかじめ言っておきますと相手のパイロットは原作ネームドキャラではないのであしからず。

 ドゥーちゃん、結局火曜日にお墓とゲーツごとGジェネ送りされそうで草。まだGジェネに来ていないから生死は不明ということで。
 Gジェネ参戦を訃報と言ったか! おのれええええ! 
 実装されたらシイコさんと一緒にブルーディスティニー1号機に乗せてあげるからね……
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