※Skebにてリクエストいただいたものです

“白鳥”の水晶彫刻をめぐる回の、ほんの少しだけ原作と違う展開。
セイント・テールを捕まえていいのか悩むアスカJr.と乙女心の間で揺れるセイント・テール。

1 / 1
第1話

「──主よ、タネもしかけもないことをお許しください」

 

 夜の教会に祈りの声が静かに響く。

 輝きが一瞬、窓から外へと漏れ出して。

 ワン、ツー、スリーー!!

 

 大きなリボンにポニーテール。

 バニーガールのような、燕尾服をイメージしたような──ぴったりした大人っぽい黒の衣装。

 聖ポーリア学園中等部二年、羽丘芽美。

 夜の彼女は街を騒がす怪盗『セイント・テール』へと変身する。

 

 セイント・テールは「迷える子羊」を救う正義の怪盗。

 今宵のターゲットはこの度、聖華市の市立美術館に展示されることになった“白鳥”の水晶彫刻。

 “白鳥”を聖華市に貸し出した桜丘市の市長は、盗難に見せかけて彫刻を私物化するためプロの窃盗犯を差し向けようとしている。

 

 ──おまけに、セイント・テールを装った予告状まで。

 

 このままでは悪人が至福を肥やし、聖華市の市長は責任を取らされることになる。

 

 聖華市のため、セイント・テールの名誉のため、一度“白鳥”を確保し、窃盗犯──矢部が捕まった後で美術館に返却する。

 自慢の運動神経を使って夜闇を駆け、いざ市立美術館へ──!

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 夜だというのに、聖華市立美術館には物々しい警備態勢が敷かれていた。

 

 “白鳥”が展示されているのは広いホール。

 彫刻に合わせて造られた円形の池の中央、短い柱の上に台座とケースで固定されている。

 普通なら中に入るだけで一苦労。

 盗み出すなんて夢のまた夢──決して彼らが油断しているわけではない。

 

 ──けれど、セイント・テールなら。

 

 人一倍運動神経の良い彼女は黒の衣装を活かし、夜闇に紛れて美術館に接近した。

 芽美の父は手品師。

 親譲りの手品は何度も彼女のピンチを救ってきたし、今回もそれが力を発揮する。

 

 館内の照明を落とすと同時、甘い香りを持つ花をホールに散布。

 香りの効果で警備員たちが眠りに落ちると──ひらり、窓から池の傍へと降り立った。

 

 しん、と静まり返ったホール内。

 

 池の中心にはきらきらと輝く“白鳥”。

 矢部はまだ彫刻を盗んでいない。

 少しほっとしながら、セイント・テールは冷たい池の中へと足を進ませる。

 花の効果はあまり長くない。

 競争相手までいる今回の状況が、もしかすると──彼女に僅かな焦りを与えてしまったのかもしれない。

 

 セイント・テールは気付けなかった。

 “白鳥”へと近づいたまさにその時を狙って、一人の少年が潜んでいたことに。

 

「そうはさせるかっ、セイント・テール!!」

「っ!!」

 

 警戒するべき相手は、矢部一人ではなかった。

 

 今まで何度も立ちはだかってきた相手。

 先日は本当にいいところまで迫られてしまった好敵手、あるいはお邪魔虫──探偵志望の熱血少年、アスカJr.。

 芽美の同級生でもある彼だが、特別な許可によってセイント・テール対策に参加している。

 今回もそうしてじっと彼女を待っていたのだろう。

 

 ケースと池の隙間に隠れて。

 子供の身体と、並大抵じゃない根気がないとできない不意打ち。

 まさか、そこまでしてくるなんて。

 

 ──セイント・テールも、中身は普通の女の子だ。

 

 驚けばどうしても動きが止まってしまう。

 ましてアスカJr.は複雑な因縁のある相手。

 飛びかかってきた彼を避けられず、腕を掴まれ池に押し倒されてしまう。

 

(冷たい……!)

 

 足だけなら我慢できても全身となれば別だ。

 長く浸かれば風邪を引いてしまう。そうでなくとも手足が冷えて細かい手品が差し支える。

 

 もがき、なんとか離れようとするセイント・テール。

 

 けれど、なかなかチャンスを掴めない。

 羽丘芽美の時はつい憎まれ口を叩いてしまう。失態を笑われれては芽美と喧嘩をしているアスカJr.だが、彼も男の子。

 普段の印象とは違う力の強さにどきりとして。

 きゅっ、と、唇を強く結んだ──。

 

 

 

 

 

 一方、アスカJr.もまた必死だった。

 

(このまま現行犯で捕まえて、正体を暴いてやる!!)

 

 セイント・テールは女の子とは思えないほどすばしっこくて、力も強い。

 おまけに彼女には手品がある。

 大の大人が何度も出し抜かれてきたのはそのせいだ。

 だからこそ辛い持久戦にも耐えたし、そのお陰で彼女の動きを制限できた。

 

 本領発揮させないためにはこうして押さえつけておくしかない。

 

 滑りやすく踏ん張りにくい美術館の床と違い、池の中なら動きも限られる。

 いける。

 きっと、今日がチャンスだ。

 

 ──最近、アスカJr.には迷いがあった。

 

 セイント・テールは本当に悪いやつなのか。

 彼女を捕まえていいのか。

 先日はその迷いから、せっかく掴んだ手を離してしまった。

 

 今日、ここに来たのはそうした思いを晴らすためだ。

 “白鳥”を盗むのは間違いなく悪事。

 だからこそ、現行犯で捕まえないといけない。

 決着をつけるためにも水中に押し込める。

 両腕を封じたまま、濡れるのに構わず馬乗りに。

 

 じたばたするセイント・テール。

 手の甲を引っかかれそうになっても、身体を蹴っ飛ばされそうになっても慌てず押さえ込む。

 このじゃじゃ馬にはこれ以上なにもさせてはない。

 彼女のことを一番良く知っているのは他でもない、アスカJr.だ。

 

 だから彼は油断をしなかった。

 数十秒か、一分か。

 根気と体力を比べあって──ようやく、少女の力が弱まり始めた。

 やった。

 これで本当にセイント・テールを捕まえられる。

 何度も逃げられてきた相手への勝利に高揚を覚えると同時、不思議な寂しさをも覚えて。

 

「け、ほ……っ!!」

「っ!!」

 

 はっとした。

 

 苦しそうに首を振り、僅かな空気を求めて喘ぐ少女。

 そうだ。

 池は、横になれば十分、人が浸かれる深さ。

 無理矢理押さえつけられれば当然、顔も水の中に浸かってしまう。

 

 人は、水中では息ができない。

 

 セイント・テールが弱ってきた理由。

 捕まえることに夢中で気づかなかった。

 

(っ、オレは──っ!?)

 

 罪を犯そうとしている相手とはいえ、女の子を溺れさせようとしていた。

 

 

 

 

 

 セイント・テールは呼吸にあえいでいた。

 苦しい。息ができない。

 必死にもがいて顔を上げ、一瞬、水面に出たチャンスに僅かな空気を吸い込む。

 でも、足りない。

 考える力が急速に失われて、意識が遠のいていく。

 半開きになった口から池の水が入り込んでくる。

 

 ──アスカJr.はこのまま溺れさせるつもりなのか。

 

 人助けと言っても、彼女のやっていることは盗み。

 捕まることや罰を受けることをまったく覚悟していなかったわけじゃない。

 それでも、よりによって彼とこんなふうになるなんて……!!

 そんなにセイント・テールが嫌いだったのか。

 

(あたしは、アスカJr.のこと……!)

 

 涙は、池の水に混じって彼に伝わらない。

 だんだんと、もがく気力もなくなってくる。

 必死にこちらを見下ろす少年の顔。

 執念を感じるその顔は、格好いい、と思わなくもないけれど。

 もう、二度と見られないのか。

 寂しいな──と、セイント・テールは、芽美は意識を手放そうとして。

 

「っ!!」

 

 その時、不意に彼の力が緩んだ。

 

 最後の力を振り絞って顔を上げる。

 口が水面から出るや否や、セイント・テールは激しく咳き込みながら水を吐き出し、肺に新鮮な空気を送り込んだ。

 両腕はそれでも掴まれたまま。

 濡れた衣装が肌に張り付くのさえ気にする余裕もないまま、至近距離から少年と目を合わせて。

 

 はっ、と、瞼を開いた。

 

(いや……!!)

 

 見られたくない。

 セイント・テールの正体が羽丘芽美だとバレてしまったら、すべてが変わってしまう。

 

「……見ないで」

 

 気づけば、そんなふうに本音を吐き出してしまっていた。

 

「あたしの顔を見ないで、お願い……っ」

 

 

 

 

 

 懇願するセイント・テールにアスカJr.は大きく動揺した。

 窒息させるつもりなんてなかった。

 罪の意識に弱った彼女の態度が加わり、再び迷いが生まれてしまう。

 

 彼女を、捕まえて本当にいいのか。

 

 水に濡れたセイント・テールは髪をおでこに張り付かせ、特徴的なポニーテールをずっしりと重くさせていた。

 空気に喘ぐ表情はどこか色っぽくて──それとは別に、助けてやりたくなるようなか弱さも持ち合わせていた。

 

 こんな子を、警察に。

 迷いを振り払おうと大きく首を振って、

 

「──へへ」

「っ!!」

 

 二人の脇を、一つの影がすり抜けた。

 桜丘市長から依頼された窃盗犯──矢部だ。

 彼は、ちらりと二人を横目にしてから“白鳥”を抱え上げる。

 

「しまった!」

 

 セイント・テールは囮だったのか。

 迷いなく遠ざかっていく矢部と、少女と繋がる手。

 一瞬だけ迷ってから、彼は“白鳥”を追いかける方を優先した。

 

 アスカJr.は、矢部の素性も桜丘市長に雇われたことも、予告状が偽物であることも知らない。

 それでも、セイント・テールが成人男性と組むことに一抹の疑問を覚えながら──。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 遠ざかっていくアスカJr.の背中を、セイント・テールは呆然と見送った。

 

 ──まさか、こんなことになるなんて。

 

 矢部にまんまと“白鳥”を奪われてしまった。

 全身はずぶ濡れ、冷えたせいで身体も重い。

 今すぐにでも二人を追いかけたかったが、押し倒された時に足をひねったのか、痛みでいつものように動けそうにない。

 

 さらに、花の効果の切れた警備員たちが目を覚まし始めている。

 

 一瞬迷いつつもワイヤーを使って二階に逃れ、窓から脱出。

 外から中の様子を窺いながら濡れた髪と服をしぼり──息を吐く。

 幸い、足の痛みは大したことない。

 一晩も経てばなんともなくなるはずだ。

 けれど、

 

「……アスカJr.」

 

 身体にはまだ、彼の力強さが余韻として残っている。

 可愛いけれど格好良さもある彼の顔と、キスできそうなくらい近づいたことも。

 

 真剣な彼の顔を思い出したセイント・テール──いや、芽美は思わず頬を赤らめて。

 

「どうか無事でいて、アスカJr.」

 

 

 

 

 

 この一件は、芽美とアスカJr.の関係に大きな影響をもたらすことになった。

 

 羽丘芽美としては喧嘩ばかりの相手。

 セイント・テールとしては厄介な商売敵のはずのアスカJr.。

 なのに、セイント・テールは何度も彼に予告状を出してきた。

 そんな必要はなかったはずなのに。

 

 まるで彼と、セイント・テールとして会いたいと望んでいたように。

 芽美は自分の気持ちをはっきりと自覚することになり。

 

 ──セイント・テールは今度こそ本物の予告状をアスカJr.に贈った。

 

 桜丘市長の手に渡った“白鳥”を手に入れると。

 今度こそ成功させてセイント・テールと聖華市を守る。

 そして、正義感の強い彼ならきっと来てくれると。

 

 敵同士のはずのセイント・テールとアスカJr.の、ある意味での共同戦線。

 

 密かな想いに胸を踊らせながら、今宵も怪盗は夜の闇に身を翻した。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。