迷宮漂流記   作:乾燥海藻類

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第15話 「冒険は続く」

ドゥルガーの酒場は、いつも通り賑わっていた。時間が悪かったかな。今は夕暮れ時、迷宮に潜っていた冒険者が帰還する頃合いだ。

まあ昼間でも、休息中の冒険者がたむろしていたりするが。

 

「おう。起きたか、ねぼすけくん」

 

ひょいっと手を挙げて、セズマールさんが手招きした。鎧姿ということは、迷宮帰りかな。

 

「ご迷惑をおかけしました」

「大したことでもないさ。おまえさん、鎧も身に着けていないから軽かったしな」

 

一応、革鎧は着けていたんだが、セズマールさんにとっては大した違いではないらしい。まあ、あの体格だからな。

 

「しかし、珍しい組み合わせですね」

「そうか?」

 

テーブルを囲っているのは三人。セズマールさんと灰色の髪の男(イアルマス)、そして赤い髪の、血に塗(まみ)れた少女。痛がっている様子はなさそうなので、返り血だろう。首には、鉄製の首輪を付けている。

 

「紹介は必要か?」

「彼は、知っています。そちらの子は、初対面ですね」

「ほう。イアルマスとは知り合いだったか。こいつは、ガーベイジだ」

「ガーベイジ」

 

残飯(ガーベイジ)? ひどい名前だな。まああのお釈迦様も、自分の息子に障碍(ラーフラ)と名付けたくらいだから、なんらかの意味はあるのだろう。

 

「arf?」

 

名前を呼ばれたと思ったのか、少女は匙を止めてこちらを向いた。吸い込まれるような、蒼い瞳。

 

「ジョンだ。よろしく」

 

反射的に右手を出していた。ガーベイジはまじまじと俺の手を眺め、プイッと顔を背けて、匙を動かす作業に戻った。

セズマールさんがくつくつと笑っている。

握手の習慣がない……のか?

行き場のなくなった右手で、ガーベイジの髪を撫でる。

 

「woof!」

 

払いのけられてしまった。それを見て、またセズマールさんは笑った。

 

「女の髪に、軽々しく触れるモンじゃあないぜ」

「そうですね。ごめんな」

 

謝罪したが、ガーベイジからの反応はなかった。無言で匙を動かしている。

 

「……女?」

 

呟きは、小さいものだった。

 

「なんだイアルマス。気づいてなかったのか?」

 

まあ中性的な少年に見えなくもないが。正直俺も、どっちか判断に迷った。ただ、子どもであることはたしかだ。レーアやドワーフのような小柄さとは違う。

 

「まあ、どちらでも構わんさ」

「いやいや、大事なところだろ、そこは」

 

わははっと笑いながら、セズマールさんは麦酒(エール)を呷った。

 

「で、話してくれるか? あの時のおまえさん、明らかに普通じゃなかった。何があった?」

 

エールの入った木杯を置き、まじめな顔で視線を向けられる。

あの時、セズマールさんは殴ってでも俺を正気に戻そうとしたらしい。だが、ホークウィンドさんに止められたようだ。

 

「そうですね。どこから話せばいいのか……」

「なら、最初から頼むぜ。まだまだ夜は始まったばかりだ」

 

セズマールさんが再びエールに口を付ける。まあ隠すようなことでもないか。なるべくわかりやすく、俺は思い出したことを語った。

セズマールさんは聞き入っている。イアルマスは無言のまま無反応だ。ガーベイジは食事を終えて、退屈そうにテーブルに突っ伏していた。

 

「……ふむ。なかなかに興味深い話だ。異界ねぇ。なにか、参考になったか? イアルマス」

「……どうだかな」

 

イアルマスは背もたれにゆったりと身を委(ゆだ)ね、天井を見上げた。

 

「……魂が消滅(ロスト)しても、復活させる方法がないわけではない」

「オイオイ、そりゃ本当か?」

「それなりにレアな道具(アイテム)が必要だがな」

 

記憶喪失の割に博識だな。というか、ロストした魂すら復活できるって、それ死の概念が壊れちゃうだろ。裏技的なナニカなのか? 外法とかそういう類か? 寺院が激怒しそうだ。

 

「彼はそれに気づかなかったのかな」

「さてな。そう簡単に手に入るモノではないし、おまえの説明からすると、かなりの視野狭窄に陥っていたようだ。案外、手段と目的が逆転しちまったのかもしれんぜ」

 

異界に行くのは、アンナマリーさんを救うための手段だった。だが研究を続けていくうちに、異界に行くこと自体が目的になってしまった、というわけか。

まあ、ありそうではある。

 

「要するにおまえさん、中身は別人というわけだろ?」

「そうなりますね」

「なら、あの骨壺を持ってきたのは、余計なお世話だったか」

「骨壺?」

 

おそらくは、アンナマリーさんの遺灰だと思うが。

 

「アルテ嬢が持っているはずだ。魔導書はそのまま置いてきた。プロスペローがいれば、重要なものだけをより分けるってこともできたんだがな」

 

そう言って、セズマールさんは軽く肩を竦(すく)めた。

魔導書の中には貴重なものもあるだろう。換金できるものもあるんじゃないかな。

 

「で、これからどうするんだ? 一応の目的は果たしたわけだろ?」

「とりあえずは、仲間の目的に付き合いますよ」

 

白金鉱とムラマサ。当面はそのふたつだ。

商工組合(ギルド)も俺たちの稼ぎは無視できなくなった。白金鉱とムラマサの依頼は出してある。彼らは金になると判断すれば、方々(ほうぼう)から情報を集めて手に入れるだろう。

ムラマサは無理だとしても、白金鉱くらいは、と思っていたんだが、なかなか難航しているようだ。

商工組合が手に入れるのが先か、迷宮からポロッと出てくるのが先か。

ムラマサは、正直わからん。迷宮の奥に眠っているのか、侍系の怪物が持っているのか。

 

「おっ、連れが来たようだぞ」

 

入り口に目を向けると、見慣れた三人の姿が目に入った。

 

「ならば、席を空けるとしよう」

「気を遣わせてすまんね」

「大したことではないさ」

 

イアルマスはふっと小さく笑い、床に置いていた荷物を担いだ。それを見たセズマールさんが、意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「死体と一緒に寝る気か?」

「死んでるなら怖くないだろ」

「まったくだ」

 

諧謔めいた会話を交わし、イアルマスは歩き出した。

 

「arf!」

 

その後にガーベイジが続く。

死体を横に置いて飯を食い、死体と一緒に寝る。ゾッとしない話だな。たしかに、死体が何かをするわけではないが。

死体より恐ろしいのは、生きた人間、か。それはこの世界でも同じらしい。

 

「さて、俺も行くぜ」

「一緒に食べないんですか?」

「もう食べ終わったさ。それに、今は俺がいない方がいいだろうよ」

 

セズマールさんが二ッと笑った。

がさつに見えて、気遣いのできる男なのだ、彼は。

 

「じゃあ、またな」

「ええ、また」

 

がちゃがちゃと音を立てて、セズマールさんは去って行った。

いつかは語るのかもしれない。セズマールさんや、仲間たちに。

仮の名(ジョン・ドゥ)ではなく、この男の名前でもなく、俺の本当の、名前を――

 

 

 







というわけで完結です。
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