ドゥルガーの酒場は、いつも通り賑わっていた。時間が悪かったかな。今は夕暮れ時、迷宮に潜っていた冒険者が帰還する頃合いだ。
まあ昼間でも、休息中の冒険者がたむろしていたりするが。
「おう。起きたか、ねぼすけくん」
ひょいっと手を挙げて、セズマールさんが手招きした。鎧姿ということは、迷宮帰りかな。
「ご迷惑をおかけしました」
「大したことでもないさ。おまえさん、鎧も身に着けていないから軽かったしな」
一応、革鎧は着けていたんだが、セズマールさんにとっては大した違いではないらしい。まあ、あの体格だからな。
「しかし、珍しい組み合わせですね」
「そうか?」
テーブルを囲っているのは三人。セズマールさんと
「紹介は必要か?」
「彼は、知っています。そちらの子は、初対面ですね」
「ほう。イアルマスとは知り合いだったか。こいつは、ガーベイジだ」
「ガーベイジ」
「arf?」
名前を呼ばれたと思ったのか、少女は匙を止めてこちらを向いた。吸い込まれるような、蒼い瞳。
「ジョンだ。よろしく」
反射的に右手を出していた。ガーベイジはまじまじと俺の手を眺め、プイッと顔を背けて、匙を動かす作業に戻った。
セズマールさんがくつくつと笑っている。
握手の習慣がない……のか?
行き場のなくなった右手で、ガーベイジの髪を撫でる。
「woof!」
払いのけられてしまった。それを見て、またセズマールさんは笑った。
「女の髪に、軽々しく触れるモンじゃあないぜ」
「そうですね。ごめんな」
謝罪したが、ガーベイジからの反応はなかった。無言で匙を動かしている。
「……女?」
呟きは、小さいものだった。
「なんだイアルマス。気づいてなかったのか?」
まあ中性的な少年に見えなくもないが。正直俺も、どっちか判断に迷った。ただ、子どもであることはたしかだ。レーアやドワーフのような小柄さとは違う。
「まあ、どちらでも構わんさ」
「いやいや、大事なところだろ、そこは」
わははっと笑いながら、セズマールさんは
「で、話してくれるか? あの時のおまえさん、明らかに普通じゃなかった。何があった?」
エールの入った木杯を置き、まじめな顔で視線を向けられる。
あの時、セズマールさんは殴ってでも俺を正気に戻そうとしたらしい。だが、ホークウィンドさんに止められたようだ。
「そうですね。どこから話せばいいのか……」
「なら、最初から頼むぜ。まだまだ夜は始まったばかりだ」
セズマールさんが再びエールに口を付ける。まあ隠すようなことでもないか。なるべくわかりやすく、俺は思い出したことを語った。
セズマールさんは聞き入っている。イアルマスは無言のまま無反応だ。ガーベイジは食事を終えて、退屈そうにテーブルに突っ伏していた。
「……ふむ。なかなかに興味深い話だ。異界ねぇ。なにか、参考になったか? イアルマス」
「……どうだかな」
イアルマスは背もたれにゆったりと身を
「……魂が
「オイオイ、そりゃ本当か?」
「それなりにレアな
記憶喪失の割に博識だな。というか、ロストした魂すら復活できるって、それ死の概念が壊れちゃうだろ。裏技的なナニカなのか? 外法とかそういう類か? 寺院が激怒しそうだ。
「彼はそれに気づかなかったのかな」
「さてな。そう簡単に手に入るモノではないし、おまえの説明からすると、かなりの視野狭窄に陥っていたようだ。案外、手段と目的が逆転しちまったのかもしれんぜ」
異界に行くのは、アンナマリーさんを救うための手段だった。だが研究を続けていくうちに、異界に行くこと自体が目的になってしまった、というわけか。
まあ、ありそうではある。
「要するにおまえさん、中身は別人というわけだろ?」
「そうなりますね」
「なら、あの骨壺を持ってきたのは、余計なお世話だったか」
「骨壺?」
おそらくは、アンナマリーさんの遺灰だと思うが。
「アルテ嬢が持っているはずだ。魔導書はそのまま置いてきた。プロスペローがいれば、重要なものだけをより分けるってこともできたんだがな」
そう言って、セズマールさんは軽く肩を
魔導書の中には貴重なものもあるだろう。換金できるものもあるんじゃないかな。
「で、これからどうするんだ? 一応の目的は果たしたわけだろ?」
「とりあえずは、仲間の目的に付き合いますよ」
白金鉱とムラマサ。当面はそのふたつだ。
ムラマサは無理だとしても、白金鉱くらいは、と思っていたんだが、なかなか難航しているようだ。
商工組合が手に入れるのが先か、迷宮からポロッと出てくるのが先か。
ムラマサは、正直わからん。迷宮の奥に眠っているのか、侍系の怪物が持っているのか。
「おっ、連れが来たようだぞ」
入り口に目を向けると、見慣れた三人の姿が目に入った。
「ならば、席を空けるとしよう」
「気を遣わせてすまんね」
「大したことではないさ」
イアルマスはふっと小さく笑い、床に置いていた荷物を担いだ。それを見たセズマールさんが、意地の悪い笑みを浮かべる。
「死体と一緒に寝る気か?」
「死んでるなら怖くないだろ」
「まったくだ」
諧謔めいた会話を交わし、イアルマスは歩き出した。
「arf!」
その後にガーベイジが続く。
死体を横に置いて飯を食い、死体と一緒に寝る。ゾッとしない話だな。たしかに、死体が何かをするわけではないが。
死体より恐ろしいのは、生きた人間、か。それはこの世界でも同じらしい。
「さて、俺も行くぜ」
「一緒に食べないんですか?」
「もう食べ終わったさ。それに、今は俺がいない方がいいだろうよ」
セズマールさんが二ッと笑った。
がさつに見えて、気遣いのできる男なのだ、彼は。
「じゃあ、またな」
「ええ、また」
がちゃがちゃと音を立てて、セズマールさんは去って行った。
いつかは語るのかもしれない。セズマールさんや、仲間たちに。
というわけで完結です。
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