本の中の聖剣士   作:旦夜治樹

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 「痛ってぇなぁ………その剣、持ってなくても効果発揮するんだ……へぇ」

 キラーはよろめきながら笑った。

 「そういえば思い出したよ、チハヤって子。あの子にも顔を蹴られたんだ。だから、最初に足を切り落としてあげたんだよね。『迷魂』にまでなって、もう一度俺に会いに来てくれたの、嬉しかったなぁ」

 「……足を、切り落とした…?お前、何を…」

 聞いたことがない『理久』の声がした。

 「うん?俺のお気に入りだったオモチャのこと?お兄ちゃんお兄ちゃんって最後まで泣いてたんだよねぇ。可愛かったなぁ」

 「そんな子を、お前は殺したのか……?」

 「もう5年も前の話だよ?そう怒るなって。ユウヤ君に出会ってから、他の子と遊んでもつまらなくて辞めちゃった。前にちょこっとだけユウヤ君と遊んだ時の感覚がもう、俺の書いたユウヤ君とは違って素晴らしかったよ!」

 現実で殺した子達は時効だろう、と笑うキラー。

 俺の異変にビレーはすぐ気づいてくれた。

 自己治癒能力も最大まで引き上げているから、剣の柄で殴られたダメージは回復出来ている。

 けれど、問題は俺にとって『息ができない』という状況と、キラーの作る特有の笑みが呼び起こす心的外傷(トラウマ)。

 「ユウヤ…?お前………」

 「………へ、い…き…」

 幼い頃に家政婦から受けた『躾』 もといい『虐待』は受ける心配が無くなった今でも俺を支配する。

 体に力が入らない。

 俺の心的外傷のトリガー、虐待の内容を、この『契約者』は恐らく理解している。

 『呼吸が出来ないときに、笑顔を向けられる』それだけで、俺は動けなくなる。

 「ユウヤ君って酷いんだよォ?危ないから剣を取り上げてたった数日、俺の用意した部屋に居てもらったんだけど…ユウヤ君、生身だと凄く脆い子なんだ。沢山聞きたいことあったのに、すぐ砂になっちゃったの!酷くない??何も話してくれなかった!」

 「………ユウヤ、剣貸してくれるか?」

 聖剣をビレーの手に握らせた。

 あの『契約者』の前で剣が手元から無くなるのはすごく怖い。

 すごく怖いけれど、どんなに身体能力を強化したところで俺の身体はもう動きそうにない。

 ビレーが剣を構えたのを見て、キラーは怒鳴り始める。

 「なんでお前なんだ!なんで!!!なんでユウヤ君が俺の隣に居ないんだ!!」

 「お前が人間のクズだからだろ」

 「はははは、そうかもな。その剣ってさぁ、身体能力強化も自己治癒も所有者以外は使えないように出来てるだろ?たくさん試したから知ってるぜ?」

 例外的にペアであれば俺と同じように使えるが、ビレーは何も答えず跳躍すると剣を振った。

 俺の聖剣の能力を上手く使いこなしながら相手の意識を先読みする戦闘は『理久』が編み出した方法。人間相手なら単純な聖剣の能力で押し切る俺より遥かに強い。俺も真似してやってみようと思ったが出来なかった戦い方だ。

 ……まさか、本当に『契約者』を相手に引けを取らないとは。

 二人分の『契約者の能力』の組み合わせは、物語の登場人物『器が持つ補正』を上回るようだ。

 「クソが!!なんで『無名を借りた無銘』のくせに……まさか、ユウヤ君とペアを…?」

 「だったらどうした?」

 キラーが信じられない、といった表情をした。動きが鈍くなる。

 彼自身も『契約者』としてペアで長期間活動しているから、きっと気付いたのだろう。

 必ずといっていいほどに直面する問題と、そうなれば次に起きる問題も彼はきっと理解している。

 「ユウヤ君から、提案されたのか?まさか、なんでそこまで──」

 「……お前には関係ない」

 ビレーがキラーの首を切り落とした。

 キラーの姿が消えて、周囲に砂が舞った。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 砂が消えて俺の呼吸が安定した頃、ビレーは優しく訊ねてきた。

 「なあユウヤ。お前がペアを組むのはおかしいことなのか?」

 「永く続けてきた『契約者』から初心者へペアを頼むケースは少ないと思う。かなり強い能力を持ってるとかなら別だけど……」

 「あいつは俺が最近契約したことは知らないだろ。他にあるんじゃないか?」

 ………誤魔化しは効かないか。

 「ペアは魂の契約だから。一度栓を交換したら、もしも相手の瓶が割れても残された方は他の人とは契約できないのは覚えてる?」

 「覚えてる」

 「それは砂を片方が貯めきっても同じ。貯めきって『契約者であることをやめる』選択をしても、残された方は他の人と契約はできない。だから、砂の溜まる速度が同じ人同士でペアを組むことが多いんだ」

 俺が今、言えるとすればこれくらいか。『迷魂狩り』は危険でもあるから、叶えたい願いを叶えた後も『契約者』であり続ける必要は無い。

 「なんだ、そんなことか。それなら、砂を貯めきって願い叶えたら、俺はまた最初から砂を貯めながら、お前の手伝いしてやるよ!」

 にっこりと笑ってくれた。ああ。『理久』は優しいな。大好きだな。

 「ありがとう」

 「ユウヤがいっぱい助けてくれたように、いっぱい助けてやるからな!」

 「うん。ありがとう」

 ビレーに抱きついた。泥の臭いも混じってはいるけれど、『理久』のいい匂いだ。

 「……ね、ここで寝たら危ないし……街で借りた宿で、一緒に寝ない?」

 「昼寝か?気持ち良さそうだな!」

 

 街の宿で、大きいベッドの部屋を借りる。

 風呂付きのいい宿だった。『借りた器』の登場人物、返されたあと出費に頭を抱えそうだな。

 そっと周辺の魔物を狩り倒した時に出た魔石のようなものを鞄の中に入れておく。これで許してください。相場を調べたけれど、多分今まで使った分以上の価値はあるはず。

 さて、風呂にも入ってさっぱりしたからお布団へ。布団は硬くてあまり気持ちよくなさそうだ。

 少し深呼吸して、マットレスと布団を召喚した。

 初めて俺が寝具を出した瞬間を見たであろうビレーは、目を丸くしながら出てきた毛布を触っていた。

 「これどうなってんの?」

 「それ、馬車で毛布を出した時に聞いて欲しかったかなぁ……ここ、一応俺の夢の中でもあるから、これくらいならできるよ。寝具限定ですけども」

 俺は昔、毎回砂を使って寝具を出すのが面倒で、寝心地が悪すぎる場所でも寝るために自分が所有している寝具を出し入れ出来るようにして欲しい、なんて願ったことがある。

 通常、そんな能力を願うようなものは砂の量が足りなくて叶わないらしいが、俺の砂はとても沢山貯められるし、本の世界は俺にとっては夢の世界でもあるから、現実世界で自分が所有している寝具であれば、好きな時に好きな数を出し入れ可能なのだ。

 「俺の持ってるものの中で、一番気持ちがいいものだから、気に入って貰えると嬉しいな」

 ビレーが横になった。

 「うわっ、マジなにこれ気持ちいい……」

 「でしょ?」

 隣に失敬し、横になっているビレー…理久に身体を寄せる。

 上空に薄手の毛布を召喚した。ふわりと俺と理久を包んでくれた。

 理久がそっと抱き寄せてくれる。頭も撫でてくれる。

 身体能力強化を全て切る。自己治癒は申し訳程度でいいや。

 「おやすみ、優也」

 「おやすみ、理久」

 ああ、理久のいいにおい。今度こそ、おやすみなさい。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 目を開ける。

 すぐ近くに、理久の顔があった。

 まだ寝ているみたい。

 しっかりと寝た時と同じように俺は抱きしめられていて、頭は優しく手が添えられている。

 理久の体温が暖かい。理久の匂いが心地よい。

 部屋はだいぶ薄暗くなってはいるが、灯りはまだ必要なさそう。

 まだ理久の腕の中に居たいけれど、流石にやる事がある。

 名残惜しくはあるが、そっと離れようとしたその時、理久が寝言を言った。

 「いかないで…チハヤ……おにーちゃん、ひとりに…しないで………」

 考えないように、していたこと。

 理久の、願い事。

 昔出会った『人型の迷魂』の名前はチハヤといった。

 死んだ時期と原因、あと名前が分かれば現実でその事件を見つけるのは簡単だった。

 

 『斉藤千隼(さいとう ちはや)』という名前の、生きていれば俺と同い歳の男の子。

 理久のフルネームは『斉藤理久(さいとう りく)』だ。

 時々、理久が俺に誰かを重ねている様子から何となく分かっていた。

 理久のフルネームを聞いた時から、頭の隅にはあった。考えたくなかった。認めたくなかった。

 そして今日、少しだけ賭けをした。理久の願い事を把握するために。

 理久の願い事は恐らく《斉藤千隼を生き返らせたい》だ。

 それなら今の砂の溜まり具合も納得だし、多分来年には叶う。叶ってしまう。

 胸が苦しくなる。

 理久にとって俺は、亡くなった弟の代わりなのかもしれない。

 それでも、本気で心配してくれたり、優しくしてくれるのは代わりだからではないと思っている。

 弟と重ねながらも、ちゃんと『峰岸優也』として、親友として見てくれていると思う。だから、それだけで十分なのだ。

 たとえ、二度と訪れない幸せになろうとも。

 このままもう一度寝てしまおうか、なんて思いながら理久の腕から抜け出し、白紙の本を開く。

 他に『迷魂』が居ないかクリスに確認したが、居ないらしい。

 どうやら物語は終盤のようで、僧侶アンナ含む主人公達がこの街に到着していた。それどころか問題も解決してしまっている。

 だいぶ寝ていたみたいだ。

 おかげで街全体がお祭りムード。ああ、ここを理久と一緒に歩きたい。

 起きるまで待とう。

 そして、おはようって声をかけるんだ。

 

 

 

 

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