最後微ホラーっぽく終わります。
お気を付けて。
おねーちゃんが死んだ。
交通事故だった。
飲酒運転のトラックが信号無視をしたらしい。
轢かれそうになったあたしを庇ったから。
目の前でおねーちゃんがトラックに撥ねられ潰されていくのが、スローモーションのようにゆっくりと目に写った。
桜がもうすぐ芽吹く頃。あたしの、あたしとおねーちゃん誕生日の出来事だった。
春に着るためのお揃いのカーディガンを買おうねって。
家を出て一緒に暮らすための家具とか買おうねって。
色んなことを話しながら、ワクワクしながらショッピングモールに向かってたのに。
目の前が、真っ赤に染まった。
ただ、おねーちゃんの腕が、あたしに向かって伸ばされていた。
それが目に焼き付いて、離れなくて。
おねーちゃんそっくりな姿を見る度に真っ赤な光景を思い出して、部屋にあった鏡は全部割ってしまった。
それでも外に出なきゃいけなくて、仕事もあるし、嫌でも鏡を見なきゃいけないのがしんどかった。
「おねーちゃん……」
桜が満開になった頃、ようやくあたしは外に出て仕事ができるほどになった。
彩ちゃんや千聖ちゃんにも心配されたけど、いつまでも閉じこもってるわけにはいかないから。
「ねぇ……本当に大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫だよ!それに、おねーちゃんがあたしを助けてくれた分、おねーちゃんの分までたくさんがんばりたいんだ!」
千聖ちゃんは複雑そうな表情を浮かべる。
「……練習しよ!あたし準備始めちゃうね!」
そんな顔を見たくなくて、あたしは顔を背けるようにギターの準備を始める。
みんながあたしに聞こえないように、コソコソと何かを話していたけれど、きっとあたしを心配してるだけ。
だから何も考えずに、チューニングを始めた。
練習の時もみんな少し暗い顔をしていたけれど、あたしにはそんなのを見る余裕もなかった。
事故のショックなのか分からないけど、全然曲を覚えられてなくて。
譜面を追いながら必死にギターを弾いた。
「ストップ!さ……日菜さん、少し焦ってませんか?ちょっと休憩しましょう」
「え……?」
麻弥ちゃんが演奏を止めた。
あたし、焦ってたかなあ。
「そうですね!ヒナさん、少し休んでからやりましょう!」
イヴちゃんもそう言ってたから、お言葉に甘えちゃって少し休むことにした。
水を飲んでから、スマホを見る。そこには、Roseliaのみんなからの連絡が来ていた。
『本当にサポート頼んでいいんですか?』
『日菜、疲れちゃわない?』
『無理しないでくださいね』
おねーちゃんがいない分、あたしがRoseliaもサポートしたいって申し出たから、みんな心配してるみたい。
おねーちゃんがいなくなってから一月も経ってないから、確かにまだ本調子では無いけれど。
『大丈夫だよ!まかせて!』
そう返して、あたしは練習に戻った。
次の日、あたしはRoseliaの練習のためにCircleに来ていた。
初めてだったのに不思議と懐かしい気持ちで、大きなミスもなく何曲か合わせて演奏した。
「氷川さん……無理はしないでくださいね」
それでも疲れが顔にでてたのかわかんないけど、燐子ちゃんがそう声をかけてくれた。
やっぱりみんな心配そう。あこちゃんなんてずーっと目の色くるくる変わってるし。
「もう大丈夫!おねーちゃんの分までサポートしちゃうから!」
みんなが気まずそうに目を合わせた。
おねーちゃんはもういない。だからその分私が頑張らなくちゃ。
私が頑張らなきゃ、私が……
「さよさん……」
ぽつり、とあこちゃんがそう呟いた。
「あこ……紗夜は、もういないのよ」
あたしが思ってたことを友希那ちゃんが言ってくれた。
あこちゃんは泣きそうな顔をしてるし、友希那ちゃんも目を伏せてぼうっとしている。
燐子ちゃんも、キーボードに手をかけたまま俯いていた。
リサちーだけは、あたしの背中を優しく撫でてくれていて……
「……日菜、ちょっと外の空気吸いに行こ」
リサちーはそう言ってあたしを外に連れ出した。
「リサちー……どうかしたの?」
あたしの手を握ったまま、外のカフェテリアの傍で立ち止まってもう5分近く経つ。
あたしの方は見向きもせず、ただ地面を見つめているリサちーが、なんとなくだけれど何を思っているのかは理解できてしまった。
「紗夜」
リサちーがあたしに向き合って、おねーちゃんの名前を呼んだ。
「どうして日菜のフリをするの?」
そのひと言で、あたしはハンマーで頭を殴られたような衝撃が走った。
「え……リサちー、なにを言ってるの?あたしは、日菜だよ?おねーちゃんじゃないよ」
声が震える。喉がぎゅっと締まったかのように、掠れた声しか出ない。
「紗夜、もういいんだよ」
そう言ってリサちーは私を抱きしめる。
「もういいんだよ、紗夜。1人で苦しませてごめん、ごめんね」
肩が温かく濡れる。不思議と心地良さがあった。
「今井……さん……」
私は、日菜なんかじゃなかった……?あの日死んだのも、"おねーちゃん"なんかじゃなくて、日菜だった……?
頭の中がぐるぐると回り出す。視界も歪み始めて、呼吸もままならない。
「……がう」
「紗夜……?」
「違う、違う違うちがうちがうちがう!!!!!」
気付けばリサちーを突き飛ばしてそう叫んでいた。
「ちがう、あたしは日菜なの!紗夜なんかじゃない!!あたしは、私は、日菜を殺してなんかない!!」
「紗夜……!」
体を起こして伸ばしてきたリサちーの手を振り払う。
「紗夜!!」
「紗夜さん!!!」
「氷川さん……!」
3人が駆け寄って来て、湊さんが腕を思い切り掴んだ。
「やめて、離して!私は、私は……!!!」
周りの人の悲鳴が遠くから聞こえる。まりなさんの声も聞こえる気がする。でも私は日菜なの、"紗夜"は、私が……
「私が、"紗夜"を殺したんだ……っ!だからもう……もういないの!!!」
そう言った瞬間、ぷつんと何かが切れた音がして、視界が真っ黒に染まった。
「紗夜!!!」
最後に聞こえたのは、"私"を呼ぶ声だった。
目を開けると、真っ白な世界が広がっていた。
……違う、これって真っ白な天井……?
「紗夜、目を覚ましたのね」
声を欠けてくれたのは、お母さんだった。
「お母……さん……」
そう言った途端、思いっきり咳き込んでしまった。
喉がカラカラに乾いている。
「紗夜、大丈夫!?ほら、お水飲んで」
そう言われて水の入ったペットボトルを差し出された。
私は水を喉に流した。
「……お母さん、みんなは……?」
「夜遅いから、もう帰ったわよ。明日また来るって」
「……そう」
時計を見ると、11時を回った頃だった。
カーテンは閉まっているが、隙間から見える外の景色は真っ暗。
「……お母さん、私、いつから日菜だったの?」
私はずっと聞きたかったことを聞いた。
お母さんは少し考えて、口を開いた。
「日菜が死んでから、2週間くらいした頃だったかな。お葬式が終わった後からずっと部屋に籠りっきりだったのに、突然『おかーさん、お腹空いた!』って出てきて。ビックリしちゃった、まるで日菜のように髪を短くしていて、日菜のような素振りを見せるから。あの時髪の毛適当に切ったんでしょ?ボサボサだったわよ」
私は黙って俯く。
「私が『紗夜?』って聞いたら、あなた、『違うよ、あたしは日菜だよ、おかーさん』って言うんだもの。お父さんも、驚いて固まってたわ。……でも、あれが紗夜なりの立ち直り方なんだって、落ち着いたらきっと元に戻るって思ってた」
私の手に、お母さんの涙がこぼれた。
「本当は、自分のせいで日菜が死んでしまったって思いたくなかったのよね。ずっと苦しかったのよね。部屋はグチャグチャ、鏡は割れてるし、ずっと自分を責めていたのね」
私も、涙がこぼれた。
「ごめんなさい……紗夜の苦しさに寄り添えなくて、ごめんなさい……!」
お母さんはワッと泣き出した。
「お母さん……お母さんは悪くないの、私が、私が悪いの。私のせいで、私があのトラックを見て動けなくなってしまったから、日菜が私を庇ったの、私のせいなの!」
「違う!」
お母さんは声を荒らげた。
「紗夜のせいじゃない、日菜が悪いわけじゃない。あの運転手が悪いとは思うけれど、それでも紗夜は悪くないわ」
泣きながら真っ直ぐ私を見つめる。
「ねえ紗夜。こんな姿を見たら、きっと日菜は悲しむと思うの。日菜は紗夜に、罪悪感を抱いて欲しいって思って助けたわけじゃないはず。もっと生きて欲しいって、ただそう思って咄嗟に体が動いたのよ」
私はハッとした。
「だから、もういいの。日菜の人生を生きるんじゃなくて、日菜の分まで、紗夜のまま生きて。日菜のために……いいえ、何よりも、あなたのために」
私は大泣きしていた。日菜を殺してしまった罪悪感を抱えていた。日菜はきっと無念だっただろうって、私を助けたことで私を恨んでいるだろうって。だから日菜の人生を生きようって、そう思ってしまった。
本当は分かってた。気付いていた。それでも私は日菜に生きていてほしかった。
「ごめんなさい、お母さん……。私、私……」
「いいのよ、紗夜。もう日菜はいないけれど、これからの人生、まだやり直せるから」
私は何度も頷いた。
これからの人生、日菜のために捧げるつもりだったけれど。
もう私は私のままで、日菜の分まで生きてみせる。
それから数日して、私は退院した。
精神の問題ではなく、単純に疲労で絶対安静と言われてしまったから。
私は日菜が眠っている地に足を運んだ。
線香を焚いて、まだ新しく綺麗な墓石に頭から水をかける。
静かに手を合わせて、そっと目を瞑った。
ねえ日菜、私、どうかしてたみたい。
日菜の代わりに日菜として生きるなんて、あなたは望んでいなかったわね。
日菜が私を大切に思っていて、だからこそ助けてくれた。
それと同じくらい、私は日菜に人生を捧げても良いって思うほどにあなたのことを大切に思っていたの。
……やっぱり、私は日菜にはなれなかった。
あの数日私は本気で自分が日菜だと思っていたけれど、心のどこかであなたの考えてることが分からなくなってた。
自由奔放で突拍子もない発言、奇抜な発想。
全て私にはないものだった。
だからこそ、あの時今井さんがああやって真っ直ぐ向き合ってくれたおかげで、目を覚ませたのだと思うわ。
……いいえ、あの時は私が向き合うのを拒んでしまって、覚ましかけていた私をまた閉ざしてしまったけれど。
あの後しっかり向き合った。みんな分かってくれた。
ちゃんとPastel*Paletteのみんなにも謝りに行った。
そうしたら、今度は"紗夜"としてサポートをしてほしいって言われたわ。
日菜は、素敵な仲間に恵まれていたのね。知ってはいたけれど、改めてそう感じた。
私も、かけがえのない仲間に恵まれていることを心から感じられた。
日菜、私を助けてくれてありがとう。
傍にいてくれてありがとう。
どうせ今も傍にいて見ているんでしょう?
だから、これからもずっと見守ってて。
氷川紗夜として、生きて行くから。
私は顔を上げた。
桜はもう完全に散っていて、葉が風に揺れている。
そっとカバンの中のものを見る。
-あたしは、ずっと私の中にいるものね。
日菜があの日着けていたリボンのヘアゴムを握りしめて、私は未来へ向かって歩き出した。
あーあ、おねーちゃん、やっと前を向いたと思ったのになあ。
なんであんな血がこびり付いたヘアゴムなんて持ち歩いてるの?
……そっか、
あはは、すっかり忘れてた。
おねーちゃん、まだ勘違いしてるよね。
あたし、ずーっとおねーちゃんの中にいるんだよ。
あたしだってまだ生きてたかったもん。
別におねーちゃんを助けて死んじゃったことを後悔してるわけじゃないんだけどさ。
それでも生きてたかったんだよ。
ごめんね、おねーちゃん。
あの長くてきれいな髪の毛切っちゃったのあたしなんだ。
鏡を割って、部屋をグチャグチャにしたのもあたし。
だって鏡なんて見ておねーちゃんが写ってたら、あたしが動けなくなっちゃうもん!
また今度、次は2ヶ月後くらいにしようかな、おねーちゃんの体借りるね。
ずーっと一緒だよ、おねーちゃん