灰の海を越えて   作:赤穂あに

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言い訳だけさせてほしい、おそろしく難産だったのだと。


Do or Die

 とりあえず小康状態ということで、と翌日テツコは普通に奉仕活動に出掛けてしまった。

 リカルドは珍しく声を荒げて引き止めたし、クレアは縋り付いて泣きついてドクターストップを訴えたが、テツコはすまないの一言で出立した。深刻な機密を一方的に背負わされた二人は相談して、一つの合意に至った。

 

 夜、クリサンセマムに帰還したテツコを出迎えたのはアインだった。大層ブチギレていた。

「おかえり、ツラ貸せ」

 アインの挨拶を最後まで聞くことなくUターンし逃走を試みたテツコの行く手をルルとニールが塞ぐ。足が止まりかけたところを横からシュヴァルとジークが押さえつけにかかり、それをテツコは右手の神機ケースを振り回して牽制する。

 全員問題なく避けられるだろうことを見越して、避けたついでにできた隙間からとんずらする。というのがテツコの想定だったのだが、その当ては外れた。

 ルルは身を低くしてそのままテツコの懐に潜り込み、ジークは真正面からケースの横っ面を受け止めたのである。ぐえっという鈍い声を漏らしながら、両腕でがっしりとしがみついて離す気配がないジークを確認して、ルルはケースの持ち手を目掛けて右足を真上に蹴り上げる。

 テツコは彼らが何を狙っているのかを正確に理解し、抵抗を止めた。

 ゴッと音がして、ルルの蹴りがテツコの右手に当たった。痛みはあるが、それだけである。てっきり手を離してくれるものだと思っていたルルは、サッと足を引いて謝罪をした。

「す、すまない……!」

「いや、いい。誰かさんの入れ知恵に従っただけだろうし、謝ることはないよ」

 実際、蹴られた部分は痣の一つもできていなかった。これはもう神機かアラガミ以外では傷もつけられないだろうな、という確信は心の中に留めておく。

「ジーク、離してくれ」

「絶対に離すな。油断した隙にまた逃げ出す可能性がある」

「信用されてないな、泣いてしまうぞ?」

「信頼しているさ、誰よりもな」

 ジークは微動だにしない。ルルも謝罪はしたが警戒は解いていない。ニールは変わらずテツコと外への扉の間に立ち塞がっており、シュヴァルはこれ以上抵抗するならフィムを召喚すると脅した。

 はあ〜〜と長く深く大きなため息を吐いて、テツコは神機ケースから手を離した。すかさずジークはテツコからパッと離れて、アインの横をすり抜けてロビーから出て行く。

「あれをどう扱うかを聞いてもいいか?」

「キースに任せる。事前に誰も持ち出せないようにセキュリティを強化するように頼んでおいた。あくまで最終手段だ」

 あんなのを視野に入れるんじゃない、という言葉をテツコだけは言えない。

「逃げるなよ、リーダー」

 過去の自分が、四方八方から現在のテツコの逃げ道を塞いでいく。手詰まりだ。

 テツコが両手を挙げて降参のポーズを取ると、シュヴァルとルルが両サイドからその腕にがしりとしがみつく。なるほど、全く信用されていない。

 

 拘束されたテツコは感応レーダーまで連行され、航海士の席に押し込まれた。座り心地には特に配慮されていない座席に叩きつけられた臀部がほんの一瞬だけ痛みを訴え、すぐに引く。

 押し込んだアインは両手をテツコの肩に置いたまま、言ってなかったがと口を開いた。

「お前がこちらにくる少し前、俺はアラガミ化が進行して死にかけた」

 それにテツコが何か返す前に、アインはシュヴァルたちに助けてもらったからもう問題ないと話を終わらせる。テツコは言いたいことが山ほどあるような気がしたが、黙ってアインの言葉の続きを待った。

 アインは自身の身に起きたことを淡々と語った。フィムとシュヴァルが起こした奇跡が、存在するだけでしかなかった内なるアラガミの自我を呼び起こしたこと。その自我がアインをアラガミへと変貌させようとしたこと。結果として、アラガミの自我の協力とシュヴァルの助太刀で一命を取り留めたこと。

 要点だけを並べたアインの簡素な説明がテツコに与えた感想は一つだった。

 似ている。かつて自らが引き起こした奇跡と。

「今から同じことをする。可能性は充分にあるはずだ」

「お前の言いたいことはよくわかった」

 アインの説得は、シュヴァルたちには「自分が助かったのだからテツコも助かる可能性はある」という意味に聞こえているだろう。

 しかし、テツコにだけはそうはならない。神機を取り上げて、それを使わないと宣言して、今の話だ。要するに、テツコのような無茶をせずに同じ結果を得ることができるのだと告げている。

「わかった上での返答だ。断る、やめてほしい」

 対するテツコの返事はノーだった。確かにアインの言うとおり再現性が認められる手法ではある。それが確認できたからこそ、自分には当てはまらないだろうというぼんやりとした確信がある。

 リンドウを助けたのはレンだった。であればアインを助けたのも、名前もないアラガミの意思なのだろう。そして、それに当てはまるものがテツコにはない。

 頭の中の覗かれ損をするのは嫌だった。

「断るのを断る、拒否権はない、他にあてがあるなら話は別だが」

「あてはないが嫌なものは嫌だ。命よりも重いものはある」

 言外に死ぬほうがマシだと言われたアインは、そうかと小さく返事をして、仕方がないなとテツコから離れた。

「俺も、お前を死なせるくらいなら恨まれた方がマシだ」

 静かに二人のやりとりを見守っていた面々のうち、ユウゴとニールがテツコの両手脚を座席に固定する。おそらく今日のためにあらかじめ改造しておいたのだろう。始めからテツコの答えなど聞く気はなかったのだ。

「シュヴァル」

「なに?」

「君は拒絶を示す相手の中に無理やり入り込むということが、どんなことかわかっているか?」

 シュヴァルはうーんと少し悩んで、正直に答える。

「ちょっと悪いとは思ってるけど、僕にできることが他にないし」

「そうか、できると思っているのか」

 テツコは僅かに腰を浮かせて深く座り直し、背もたれに背中をべたりとくっつけて目を閉じて鼻で笑った。

「好きにしろ。死んでも文句言うなよ」

 それきりテツコはうんともすんとも言わなくなって、神機を片したキースとジークが合流したのち速やかに感応領域への接続がおこなわれた。

 

 初回の、まだ浅い階層でシュヴァルが見たのは薄暗くだだっ広い空間だった。幾度となく繰り返し見てきた光景と似てはいるが、徹底的に何もない。

 記憶の片隅に積み重ねた建物がぐちゃぐちゃに混ざり合って廃墟になったような風景もなく、深淵の先に薄ぼんやりと照らし出される思い出の断片もない。

 ただただ広く、そしてどこか暗い。記憶の結節も見当たらず、ここの主人であるはずのテツコもいない。

 どうしたものかと頭を悩ませていると無線からキースの声がした。

『先輩、どう? こっちからは正直なんの反応も感知できなくてアドバイスのしようもないんだけど』

「どうって」

 言われても。言い切るより早く背中がぞわりと粟立ち、シュヴァルは反射的に神機を振り抜いた。

 慣性に任せて後ろを向くと、二つに割れた灰色の塊が塵となって霧散しており、その霧の向こうでは夥しい数の同じものがぶくぶくと地面から噴き出している。

『敵性反応多数! 急になんで?!』

「わかん! ない!」

 一つ二つと取り除く間に、三つ四つと増えていく。あっという間に四方を囲まれ、死んでも文句を言うなと嘲笑っていたテツコの言葉を思い出す。

 シュヴァルは記憶の結節が敵性反応として現れる条件を知っている。被観測者が見られたくないもの、知られたくないことに観測者が触れた時、邪魔するように出現する。防衛本能とか、そういう類だ。無意識下で起こることなので制御もできない。

 だからこれはテツコが意図して起こしているわけではない。しかし、テツコはまるでこうなることがわかっていたかのように警告をした。

 無心で神機を振り続けるシュヴァルにお構いなしに、敵性反応は湧き出し続ける。個々の能力は高くないが、多勢に無勢、捌ききれない物量に押されてじりじりとスタミナも体力も削られていく。

 何度か力尽きて、ついにはうつ伏せのまま立ち上がれなくなった頃。じわじわと視界の縁がぼやけていき、強制的に切断シーケンスに移行したことを理解する。

 汗だくで息も絶え絶えとなりながら、なんとか寝返りをうって天井とも呼べない真っ暗闇を仰ぐ。侵入者がもう立たないと理解したのか、敵性反応もいつの間にか消えている。

『できると思っているのか』

 テツコの煽りを思い返して、シュヴァルはちくしょ〜と情けない声を漏らす。できると思ってるよ、過去形じゃない、やってやるからな。

 虚空を力なく睨みつけながらそんなことを思っていると、ほとんど閉じかけた視界に何かが入り込んできた。

「あなたじゃ駄目。ちゃんと友達を連れてきて」

 直後、ぶつりと意識が途切れた。

 

 次にシュヴァルが目を開けたのは、医務室のベッドの上だった。むくりと上体を起こして周りを見回すと、部屋にはユウゴとアイン、いつの間にか帰ってきたらしいクレア。そして、隣のベッドに横たわるテツコがいた。

 クレアはシュヴァルの脈を取り左右の目にライトを当てながら、グレイプニルからテツコの奉仕活動の一時休止を取り付けたことを報告した。当然、事情は伏せている。しかし、特に深く突っ込まれることもなかった。

「あの人を見ていれば休めと言いたくなる気持ちもわかる、ですって」

 クレアはペンタイプのライトの背をノックして、それでも時間が無限にあるわけじゃないと言った。その大きな目はシュヴァルを正面から見据え、時間がないことを告げる。

「グレイプニルに知られたら、ほぼ間違いなくテツコさんは処分されるわ。そして、小康状態だったアラガミ化は感応領域への接続テストで悪化を始めた」

 説教している時間も惜しいとクレアは切り捨て、やるしかないとシュヴァルの右手を取った。

 シュヴァルの視界の少し端、クレアの後ろではユウゴが気まずそうな顔をし、アインが視線を斜め下に落とす。事態は相当悪いらしい。そうでなくても、やることは変わらない。

 シュヴァルはまっすぐクレアを見つめ返し、任せてくれと返事をする。

「ただ、たぶん僕だけじゃ無理なんだよね」

 どういうことだとユウゴが聞く。シュヴァルはベッドから降り、裸足のままアインの前に歩み寄る。テツコか、テツコの中のアラガミかはわからない。しかし無意識の中での出来事なのだから、偽りでないことは確定している。

「アイン、じゃなくてこの場合はソーマ・シックザールかな。テツコがあなたを呼んでる」

 手を貸してほしいと右手を差し出したシュヴァルに、アインは一つ深呼吸を挟んで応じた。

「俺が、アイツにしてやれることがあるのなら」

 

──シュヴァル・ペニーウォート/倉橋テツコ 感応同期率0%

 




まさか3のゆめしょうせつで無印自機の過去話を展開することになるなんて思ってなかったよな。ほんとうに思ってなかったよ。
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