空が夕闇に変わる頃   作:琥珀777

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第二十二章 【喋るコウモリ】

 

出勤したわたしは、更衣室で春香を見るなり後ろから抱きついた。

 

「わっ!ちょっと・・・イキナリ何!」

 

「・・・生きて帰ってきたよ、わたし」

 

「・・・何処から?」

 

「・・・死の世界?」

 

「全然意味がわかんないんだけど。てか離れて、着替えが出来ない」

 

「あい」

 

「アンタ、この前も変な事言ってたけど大丈夫?」

 

「うん、解決した」

 

「法事って嘘でしょ」

 

「・・・なんで?」

 

「いや、なんとなく。今ので確信したわ。わかりやす」

 

「・・・ちょっとね、いろいろあって。やっ!隠してたわけじゃないよ!心配かけたくないから言わなかっただけで!」

 

「別に聞かないわよ。言いたい事は言うだろうし、余計な詮索はしないから」

 

また、抱きつきたい衝動に駆られた。

 

「わたしが休んでる間、店どうだった?」

 

「メッッチャ忙しかった」

 

「え、マジ?」

 

「大マジ。一真くんにだいぶ助けられたわ」

 

「そっか・・・あ、はいコレ」持っていた紙袋を春香に渡すと、受け取った春香は腕をグンと下に持っていかれた。

 

「おもっ・・・何よコレ」

 

「お礼のビール」

 

春香が中身を確認する。「ビールって、500缶6本!?アンタ、こんな重い物渡されても・・・ありがと」

 

「一真くんに何あげていいかわかんなくて同じの買ってきたんだけど、今日出るかな?」

 

「今日は入らないわよ。次は明後日って言ってたわ。っていうか、アンタこれ何処で買ってきたの?」

 

「え?昨日スーパーで買って家に置いといた」

 

「家から持ってきたの?2つ?」

 

「うん」

 

「いいわね、怪力で」

 

「身体がなまってたからね、筋トレがてら」

 

「そしてビールって・・・こーゆう場合オシャレなお菓子とかじゃないの?」

 

「お菓子より嬉しいでしょ」

 

「間違いないわ」

 

「アル中には酒って決まってるから、こーゆう時楽でいいよね」

 

「いやん!雪音ちゃん、人聞きの悪いこと言わないでん!あたしは、ただのお酒好きな女子よん」

 

「それで言ったらわたしも当てはまるけど、一緒にはされたくないな」

 

「プレゼント貰って思い出したけど、アンタそろそろ誕生日よね。何欲しい?」

 

「お礼の品ね。んー、何もいらないけど、強いて言うなら・・・宝くじの当たり券」

 

「そんなのあたしも欲しいわ。早坂さんは何くれるのかしらね」

 

「何も無いよ。知らないから」

 

「何が?」

 

「え、誕生日。早坂さん知らないから」

 

「言えばいいじゃない」

 

「イチイチ言わないよ。プレゼントくれって言ってるようなもんじゃん」

 

「別に貰えばいいじゃない。過ぎてから知ったほうがショックだと思うけど」

 

「・・・別にめでたい歳でもないしね。ていうか、わたしも早坂さんの誕生日知らないし」

 

「聞けばいいじゃない」

 

「そしたら、流れ的にわたしの誕生日は?ってなって、実はもうすぐですって・・・やらしくない?」

 

「はあ?恋人同士で知らないほうがよっぽどおかしいわ」

 

「恋人同士じゃない!」

 

「はいはい。まあ好きにしてくれ。誕生日プレゼントはアナタのキスで♡とか可愛く言ってみたら」

 

 

──あの時の事が蘇り、着替えていた手が止まった。マズイ、考えるな。

 

「ん?どしたの?」

 

「いやべちゅに?」

 

「・・・なんで赤面してるわけ?」

 

察しのいい女と顔にすぐ出る女の組み合わせほど最悪なモノはない。

 

「あれれれれ〜?これは何かあったなぁ〜〜?」

 

「うぅ・・・」

 

「脱いだ服また着てどーすんのよ。それで!?何があった!?」

 

「・・・なにがって・・・」

 

「んん!?もったいぶらずに言えっ!」

 

「・・・あっ、あとで言う!もう開店だから!」

 

「ふっふっふっ、楽しみが出来たわ」

 

 

 

 

 

只今23時ジャスト。

 

本日の居酒屋TATSUは、猫の手も借りたいほど大盛況であった。3日間の運動不足が祟り、わたしの足腰は盛大な悲鳴を上げている。

 

 

「衰えを感じる・・・ここ最近、リアルに」

 

「歳じゃない?」

 

「否定は出来ない!20も後半になると、こんなに身体に出るものなのか!?」

 

「まだ前半でしょ」

 

「まもなく迎える!ダメだな・・・明日から毎日ランニングしよ」

 

春香は最後の食器を洗い終えると、腰に手を当て、身体を後ろに反らした。

 

「あ"〜、腰いた。あのね、人間は20歳超えた時点で日々衰えてんのよ。だから今のうちからケアが大事なの、わかる?」

 

「うん。やっぱり、ランニングは毎日欠かさずやらねば」

 

「・・・ま、アンタは体力重視か。アンタのそーゆうところが良いんだろうねぇ、早坂さんは」

 

ギクっとして、皿を拭くスピードが加速した。

 

「早坂さんと言えば・・・」

 

更に加速する。

 

「あの会話の流れで、アンタの反応を考えると・・・キスしたの?」

 

勢い余って皿が手から離れ、宙を飛んだ。わたしはそれをすかさずキャッチした。

 

「おー、さすが野生的反応。それで?」

 

逃れる事は、不可能だ。額に汗が滲む。

 

「・・・した」

 

「前に首にされた事あったじゃない」

 

「今回は・・・ちがう」

 

「どこ?」

 

「・・・くち」

 

「どっちから?聞くまでもないけど一応」

 

「・・・向こうから」

 

「セックスは?」

 

「ぶぁっ・・・かぁっ!なんでそーなる!」

 

「あそ。んで?」

 

「・・・んでって?」

 

「キスされて、そのあとは?」

 

「・・・何もない、けど」

 

「はあ?そこから愛の告白とかはなかったわけ?」

 

「あの時は、状況が状況だったから・・・告白とかそーゆうんじゃない」

 

「まあ、キスするってことはそーゆう事だろうけど、早坂さんもハッキリしないわね」

 

「あのさ・・・早坂さんって、わたしのこと好きなのかな」

 

「ノロケたいの?」

 

「いや、そーゆうこと、ハッキリ言われたことないから・・・」

 

「誰がどう見てもそうでしょ。てかあの人、アンタしか見てないじゃない。ちょっと怖いくらいよね」

 

「うん・・・早坂さん、わたしの事になると自分を忘れるから、そーゆう怖さはある・・・今のはノロケじゃないから」

 

「なーんか、羨ましいわぁ・・・」春香はシンクに腰掛け天を仰いだ。「あたしもそこまで想われてみたいもんね」

 

「想われてる、ねぇ・・・」

 

「なによ、不満気ね」

 

「いや、そうだとしても、そこまでなんだよね。そこで終わりっていうか。あの人は決定的な事は何も言わないから。たぶん、言うつもりもない」

 

前に、言っていた。自分にはさらけ出す勇気がないと。

 

「キスしといて?」

 

「うん」

 

「ずるい男よねぇ〜、まあ、遊び人とは思えないけど。見た目は置いといて」

 

「・・・ここだけの話だけど、早坂さん、前に付き合った人と何かあったんだよね。たぶん、相当辛い何かが。そーゆうのも関係してるんだと思う」

 

「トラウマになってるってこと?だから踏み出せないって?」

 

「うん」

 

「その割に、独占欲丸出しだけどね。ちゃっかりキスもして。ますますズルい男ね」

 

あれ、もしかしてわたし、早坂さんの株下げてる?

 

「アンタは?それでいーの?」

 

「え?」

 

「このままでいいのかって。ちゃんと付き合いとか思わないの?」

 

「・・・あんまり。わたしはただ、一緒にいられればいいかなって」

 

「かあ〜〜」呆れたように言うと、春香は腕を組み、目の前の冷蔵庫に足をかけた。「健気っつーかなんつーか、アホっつーか」

 

「おい」

 

「ま、アンタがいいならいいけど。たぶん、それだけじゃ済まなくなるわよ。この先もっと欲が出て、一緒にいるだけじゃ物足りなくなるはず」

 

この女が言うと、説得力が凄い。

 

「まあその時は、アンタからぶっちゅ〜ってしてやればいい」

 

拭いていた最後の皿を落としそうになり、ギリギリのところで掴んだ。

 

「出来るか・・・」

 

「なんでよ?それで早坂さんの気持ちも変わるかもしれないじゃない。受け身ばっかじゃなんも変わんないわよ」

 

脳内で、シミュレーションをしてみた。

早坂さんの前に立ち、わたしは背伸びをする。そして、早坂さんの顔に近づき、自分の唇を早坂さんの唇に──・・・

 

「無理っ!!」

 

「ビックリした・・・なんなのアンタ?」

 

「なんか!イロイロ思い出すと身体が燃えそうになるからこの話はヤメでっ!」

 

「ふぅーん、まあいいけど」春香がニヤリと笑った。「よっぽど激しかったのね」

 

その一言で、わたしは皿を割った。

 

 

 

 

 

その後、店を出たわたしは、あっ・・・と言いかけ、慌てて口を塞いだ。

しかし手遅れだったようで、店長がすぐに反応した。

 

「ん?どしたの?」

 

わたしは頭をブンブンと横に振った。

 

「なんでもありません!思い出した事があって!」

 

「そーなんだ。じゃあ俺は飲みに行くけど、行く人〜」

 

わたしは"状況的"に行けなかったが、珍しく春香も声を挙げなかった。

 

「行きたいところですけど、あたし明日朝イチで歯医者だからやめときまーす」

 

「雪音ちゃんは?」

 

「あ、わたしも今日はパスで」

 

店長はあからさまに肩を落とした。

 

「なーんか、最近付き合ってくれないよね。寂しいなぁ・・・」

 

「次は必ず」

 

わたしが言うと、単純な店長はすぐ顔を綻ばせた。

 

「じゃあ今度ね〜、2人とも気をつけて帰ってね」

 

「はーい、店長も飲み過ぎに気をつけて!」

 

店長は締まりの無い敬礼をすると、夜の街へ消えて行った。

 

「なんか、すでに酔っ払ってるような足取りよね」

 

店長の後ろ姿を見ながら春香が言った。

 

「いつもでしょ。てか春香っ!」 

 

春香の身体がビクッと跳ねた。

 

「・・・な、何よ」

 

「紹介する!」

 

「・・・何を?」

 

わたしは地面を見た。そこにいる、空舞さんを。

 

「空舞さん!春香です!わたしが見える事を伝えた友達!話の覚えてますか!?」

 

「それは覚えているけど、お友達は大丈夫?」

 

「えっ」

 

春香は口を開き、コイツ大丈夫か?というようにわたしを見ている。

 

「あっ、ゴメン!春香、この前言ったよね?空舞さんのこと!」

 

「アムさん・・・?ああ、喋る鳥のこと?」

 

「・・・あ、うん」

 

"喋る鳥" 他に説明のしようがないのは事実だが、言葉にされると、どうしても雑な感じに聞こえてしまう。

 

「何か気にしてるの?アナタだって、最初言ってたじゃない。喋る鳥って」

 

「や、そうですど・・・」

 

「えっ、待って、いるってこと?・・・その鳥が、ここに?」

 

「あ、うん!そーなの!ここにいるの空舞さんが!」

 

地面を指さし、興奮しているのはわたしだけで──当たり前だが、春香は全く状況を理解していない様子だった。

 

「ゴメン、そんな事言われても、見えないもんね・・・」

 

その時、空舞さんが予想外の行動に出た。

地面から飛び立ち、春香の肩に着地したのだ。

春香はビクッと反応こそしたが、声は上げなかった。

 

「・・・なに、今の」

 

肩をすくめ、目でわたしに訴える。

 

「あー、いるから、そこに」わたしは自分の右肩を叩いた。

 

「いるの?・・・鳥が?」

 

「うん。感覚あるでしょ」

 

「・・・うん。えっ、あたしも触れるの?」

 

「ううん。見えない人は実体に触れる事は出来ないんだ。向こうからは可能だけど。不思議だよね」

 

それを証明するように、空舞さんが突然、翼を広げた。

 

「ギャ──ッ!!」 春香はその場から逃げ出し、空舞さんはわたしの肩へ移動した。

 

「空舞さん・・・」

 

「証明してあげたのよ」

 

春香は数メートル距離を取った所で狂ったようにピョンピョンと跳ねている。

 

「今何か頬に触れたっ!!」

 

「うん、空舞さんの羽根がね」

 

──こんな春香は、滅多に見られるものじゃない。ニヤけてきた。

 

落ち着きを取り戻した春香は、遠目からわたしをまじまじと見た。

 

「ホントだったのね・・・アンタが言ってたこと」

 

「えっ!信じてくれたんじゃなかったの!?」

 

「いや、信じてたけど、実際体験するのとは違うじゃない・・・」

 

そう言う春香だが、まだ信じられないといった表情だ。

 

「よかった。一回会わせたかったんだよね、空舞さんと。まあ、会ってないけど・・・」

 

「なんか、アンタが神々しく見えてきたわ」

 

「ブッ・・・なんだそれ」

 

「雪音、行くわよ」

 

「・・・あ、はい。春香っ、帰ろう・・・大丈夫?」

 

「ええ・・・」

 

その後、春香はしばらく放心状態が続いた。

 

 

 

 

 

 

家に着くと、空舞さんはすぐにベランダに出た。

 

「空舞さん、どうですか?」

 

「いるわね、近くに。ここに来るまでもずっと気配はあったわ」

 

「わたしを追ってるってことですよね」

 

「間違いなく」

 

「でも、空舞さんにも認識出来ないほど素早い妖怪って、なんなんだろ・・・」

 

「わからないわ。とにかく、あなたが龍慈郎の所に行った晩から、この辺りを小さな何かがうろついてるのは確かよ」

 

「実は、妖怪でもなんでもない動物だったり?」

 

「それはないわ。わたしにはわかるもの」

 

「・・・あ、もしかして今日、心配して来てくれたんですか?」

 

「それがどうかしたの?」

 

「空舞さん・・・抱きついてもいいですか」

 

「断るわ。あなた、そんなに脳天気で大丈夫なの?危険が迫ってるかもしれないのよ」

 

わたしはベランダの手すりからダランと両腕を垂らした。

 

「なんか、危険察知能力が鈍ってるんですよね。1回死にかけたからかな・・・」

 

「だから遊里達にも言わないの?」

 

「・・・はい。もう何でもかんでも頼るのはやめたんです」

 

「それであの男が納得するかしら」

 

「アハッ、確かに。でも、いんです。この先長い目で見たら、わたしばっかり頼ってられないし。強くならねば」

 

「それでアナタが勝手に死んだら?」

 

「うーん・・・でも、わたしは死にません。その前提で動いてるんで」

 

空舞さんは頭を垂れ、フーッと息を吐いた。

 

「脳天気って言ったのは撤回するわ」

 

「えっ」

 

「馬鹿ね」

 

「えええ!?」

 

「でも、強くなったわね。会ったばかりの頃とは比べ物にならないほど」

 

「・・・それは、みんなのおかげです。てか、こんな事言えるのも正直、こうやって空舞さんが近くにいてくれるからですよ?」

 

「・・・わたしはいつだってここにいるわ。あなたが望むなら」

 

「・・・空舞さん・・・ずっとそばに・・・ブファッ」

 

抱きつこうとしたわたしの顔に羽根が叩きつけられた。

 

「こっちに来るわ」

 

「えっ?」

 

「中に入りなさい」

 

「えっでも・・・」

 

「早く!」

 

すぐに、反応したつもりだった。

でも、それ以上に向こうが早かった。

わたしが部屋に向くより先に、そこに現れた。

 

 

「大丈夫。安心してください」

 

今のは、空舞さんが言ったんじゃないというのはわかった。男の声だ。

 

「すみません。気づかれないように行動していたつもりなのですが、バレていたのですね」

 

「・・・え」

 

わたしの視界に見えるのは、手すりの上の空舞さん。

そして、その隣に── 「コウモリ?」

 

1度ギュッと目を瞑り、再度確認した。やっぱり、幻覚じゃない。

 

「空舞さん・・・見えてますよね」

 

「アナタ、何者?」 空舞さんに、それほど警戒心は感じられなかった。

 

「わたしはテルと申します。雪音さん、あなたの周りを監視するようにと財前さんから言われております」

 

「えっ!財前さんが・・・?」

 

「はい。あなたに危険が差し迫った場合、ここら一帯にいる仲間にわたしが合図を送り、財前さんへ知らせることになっています」

 

「そうなんだ・・・」 仲間って、同じコウモリだろうか。

 

「危険が迫ってから知らせても、遅いんじゃない?」

 

空舞さんはどこか喧嘩腰だ。

 

「その時は、近くにいるわたしの仲間が一斉に集まります」

 

「それで何か出来るの?」

 

間違いなく喧嘩腰だ。

 

「そう言われると言葉に詰まりますが・・・わたしたちの発する特殊な音波で足止めは出来るかと。わたし1人では、あまり意味を成しませんが」

 

「音波?ですか?」

 

「ええ、わたしたちコウモリが特有とする音波です」

 

超音波ということだろうか。

 

「それ、今やれと言ったら出来る?」

 

「空舞さん!?何をっ!」

 

「かまいませんが・・・何故ですか?」

 

「どんなものか見てみたいの」

 

「・・・では、軽くやりますよ」

 

そう言うと、テルさんは目の上から生えた大きな耳をピクリと動かし、上を向いた。その小さな口が開くと、空舞さんがすぐに反応した。よろめき、手すりから落ちそうになる。

 

「空舞さん!」

 

しかし、すぐに体勢を持ち直した。

 

「すみません、最小限に抑えたつもりですが。大丈夫ですか?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

「ビックリしたぁ・・・」

 

「安心したわ。群れになれば、かなり強力ね」

 

「・・・わたしには少ししか聞こえなかったな」

 

テルさんがわたしを見た。

 

「今のが、聞こえたんですか?」

 

「はい、少しだけですけど。キィーンって」

 

「驚いた。人間には聞こえるはずのない特殊な音波なのに」

 

「そーなんですか?」

 

「野性の部分が反応したのね」

 

──そんな、当たり前のように言われても。

 

「そうなると、少し困りましたね。群れでとなると、雪音さんにも影響があるかもしれない」

 

「あっ、大丈夫ですよ。その時は耳塞ぐので」

 

「・・・耳を塞いでも効果はないと思います」

 

「あ、そうですか・・・」

 

「そもそも、その状況になったらそれどころじゃないと思うけど、アナタは」

 

「・・・そうですよね」

 

──沈黙に包まれる、人間とカラスとコウモリ。

 

「わたしはこれで戻りますね。雪音さん、もし何かあった時は、迷わず叫んでください。そうならないようにわたしたちがいるのですが・・・万が一の時はそうしてください。数キロ範囲の声はわたしたちに届きますので」

 

「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」

 

「ではこれで」

 

テルさんは体より大きな翼を広げ、音も立てず一瞬で暗闇に消えた。

 

 

「・・・驚きましたね。まさか、財前さんの"知り合い"だとは」

 

「そうね。でも、良かったわ。これで少しは安心できるもの」

 

「そうですね・・・心強いです」

 

「1番は、"元凶"を見つけることだけど・・・」

 

「何処にいるかもわからない相手を探すなんて、不可能ですよね」

 

「そうかしら?人間の姿をしていても、ソイツは妖怪よ。わたし達にはわかるわ」

 

「・・・もし、本当にわたしの身体を狙ってるんだとしたら、また現れる可能性は大ですよね。ある意味、好都合だな」

 

「どーゆう意味?」

 

「いや、元々わたし達はその大蛇を探してたじゃないですか。向こうから接近してくれるなら手間が省けますよね」

 

「怖くないの?」

 

「怖い・・・ですけど、財前さんの事を思うならそれはそれでいいかなって」

 

「ソイツを殺さないと、龍慈郎は死ぬのよね」

 

「・・・はい」そんな事、絶対させない。

 

「じゃあ行ってくるわ」

 

「・・・えっ!今からですか!?」

 

「黙っているよりいいでしょ。わたしも行動範囲を広げてみるわ。じゃあね」

 

「あっ、気をつけてくださいね!」

 

 

──その大蛇を、みんなが探している。

前に早坂さんが言っていた、各場所に偵察係がいると。

わたしは何もせずにいていいんだろうか。何か出来る事はないのか?

 

ふと、思った。わたしを狙っているなら、自分から出向けばいいのでは?──でも、何処に?ソイツが何処にいるかわからない以上、こちらからは動きようがない。

 

自ずとため息が出た。何も出来ない自分が、もどかしい。

 

 

 

 

 

 

 

月曜日、午後7時。

 

わたしは近所のスーパーで、手に取った2つの物を吟味していた。

左はいつも買うチリ産の激安ワイン。右はイタリア産のこれまたリーズナブルなワイン。差額は400円ほど。いつも買うワインの隣にあったこのワインが、何故か目についてしまったのだ。

 

たまには少し高いワインもアリでは?しかし、高いからといって美味しいとは限らない。さて、どうしたものか。

5分ほど考え、右手のワインを棚に戻した。そもそも、偉そうに吟味するほどワインの味知らないじゃん?

 

無駄な時間を後悔しながらチーズ売り場へ向かう。今日は店の定休日=海外ドラマナイトだ。万全の準備をしていたつもりだが、冷蔵庫のワインが残りわずかな事に気づき、こうしてスーパーに出向いたのである。

 

この時間帯は仕事帰りのサラリーマンが多く見られる。面白いのは、買い物カゴの中身でその人の生活が垣間見れることだ。

左手の薬指に指輪をしているスーツ姿の男性のカゴには、割引の弁当や惣菜がいくつも入っていて、それは単身赴任だからと見ている。

 

同じくスーツ姿でジャガイモや玉ねぎを買っている若い男性は、一人暮らしだが倹約家で普段から自炊を心掛けているんだろう。

なんにせよ、わたしの勝手な想像でしかないが。

 

わたしも3割引きになったポテトサラダをカゴに入れ、レジへと並んだ。

1人、2人と進み、やっとわたしの番を迎えたその時だった──背筋に、冷たいものが走った。

 

「生き延びて良かったよ。やはり、素晴らしい身体だ」

 

──動けなかった。一瞬、金縛りにあったように身体が固まった。

我に返って振り返ったが、目が合ったのは後ろに並んでいた女性だ。辺りを見回しても、いない。混雑した店内では視力が機能しない。

 

「あの・・・」

 

「あっ・・・すみません」後ろの女性に声をかけられハッとしてレジへ進む。

 

 

──今の声、間違いない。

川で会ったあの女性(ひと)だ。右手の甲が疼く。

えっ・・・なんで・・・ここに・・・?わたしを追って来たの?

 

「あの、お客様、お支払いは如何なさいますか?」

 

「・・・あ、すみません、現金で」

 

 

 

 

 

急いでスーパーを出て、近辺を見回したが、それらしき人は見当たらない。

──・・・聞き間違いか?いや、あの"嫌な感じ"、それにあの台詞。

 

"生き延びて良かったよ。やはり、素晴らしい身体だ"

 

間違いない。あの人だ。あそこに居たんだ。

どうしよう──早坂さんに連絡するべき?いや、ダメだ。何でも頼るのはやめるって決めたじゃないか。

 

"何かあった時は、叫んでください"

ふと、テルさんの言葉を思い出した。

 

人気の無い所まで行き、わたしは息を吸い込んだ。

 

「テルさーん!いますかー!」 空に向かって、大声──とまではいかないが、叫んだ。

 

時間にして、僅か10秒。テルさんは目の前に現れた。驚いて開いた口が塞がらなかった。

 

「どうしました?何かありましたか?」

 

テルさんは羽根を上下に動かし、わたしの顔の前でホバリングしている。

 

「今、何処から来ました?」

 

「近くにいましたよ。あなたをずっと追っていたので」

 

「そうなんですか・・・あっ、あの人がいたんです!わたしが会った女性・・・大蛇!」

 

テルさんの耳がピクッと動いた。

 

「何処で?」

 

わたしはスーパーを指さした。「レジに並んでたら後ろから話しかけられて、すぐに探したんですけど、何処にもいなくて・・・いや、すぐでもなかったかも」一瞬、身体が硬直して反応が遅れてしまった。

 

「怪我は?この前のように何処かに傷などはありませんか?」

 

「あっ・・・いえ、何もないです」

 

「何と言われたのですか?」

 

「・・・生き延びて良かった、この身体が羨ましいって」

 

テルさんが突然、上を向き口を開けた。次の瞬間、強烈な耳鳴りに襲われる。

 

「ッ・・・」 思わず耳を塞いだが、効果は無い。

脳内に響き、頭痛と吐き気がしてきた。

しかし、それはすぐに収まった。

 

「雪音さん、大丈夫ですか?」

 

「だいじょぶ・・・です。凄いですね」

 

「今のは3割ほどの力です」

 

「あ、そうですか」

 

「わたしに気づいていますね。だから、店の中で声をかけたのでしょう。すみません、油断していました・・・前に会った時と姿は変わっていませんでしたか?」

 

「あ、はい、若い女性の姿でした」

 

その時、暗闇の空をこちらに向かってくる物体が見えた。1つじゃない、小さな物体が固まって飛んでいる。それはわたしたちの真上に来ると、四方八方に広がった。

 

「・・・コウモリ?」

 

「わたしの仲間です。雪音さんはわたしと一緒に自宅へ戻りましょう」

 

「あ、はい」

 

家へ向かって歩き出すと、テルさんもわたしの上を飛びながら付いてきた。

 

「あの、さっきのって仲間を呼ぶためですか?」

 

「そうです。わたしの仲間には、その女を探してもらいます」

 

「・・・見つかるでしょうか」

 

「・・・わかりません。今までの事を考えても、奴は周到に動いている」

 

「さっきだって、わたしを殺そうと思えば出来たのに・・・まだその時期じゃないってこと?」

 

前に、財前さんが言ったことを覚えている。数ヶ月に1度脱皮をして、別の人間を食らいまた姿を変えると。

 

「おそらく。雪音さんの身体を狙っているとしたら、次の脱皮を待っているのでしょう」

 

「その時に、狙ってくると」

 

「はい」

 

「ていうことは、それまではあの姿のままってことですよね」

 

「はい。他の者を喰らわなければ、ですが」

 

「だとしたら、やっぱりわたしを狙わせたほうがいいですよね」

 

「と、いうと?」

 

「いや、あの姿のままだったらわたしにはわかるし、姿を変えられてまた一から探すより、狙わせて接触したほうが早いですよね」

 

「しかし、それには危険が伴います」

 

「わたしを狙ってる時点で危険に変わりはないし。空舞さんにも言ったんですけど、これはチャンスだと思うんですよね」

 

「・・・恐れは、ないのですか?」

 

「怖いですよ」

 

「そうは見えませんが」

 

「怖いけど・・・その大蛇をどうにかしたいって気持ちのほうが勝つのかな、たぶん」

 

「財前さんが言ってました。雪音さんは、いざとなれば1人で動くだろうと。頭より先に身体が動く子だと」

 

みんなの言う、野生本能というやつか。自覚はないが、わたしよりわたしを知るみんなが言うなら、そうなんだろう。

 

「財前さんを、死なせたくないんです・・・ぜったい」

 

「わたしもです。ですが、あなたが1人で動いて何かあれば、財前さんは自分を責めるでしょう。わたしはそんな彼を見たくはありません」

 

──わかったことが、あった。テルさんは、わたしを守っているんじゃない、財前さんのために、わたしを守っているんだ。それほど、彼にとって大きな存在なんだろう。

 

「雪音さん」

 

「ふぁいっ!」

 

「あなたに会って日はまだ浅いですが、あなたという人間は理解しているつもりです。己を顧みない者は、その分返ってくる物も多い。ご自身、そしてあなたを想う周りの人間のためにも、決して無茶はなさらないでください」

 

「・・・テルさん」

 

「はい」

 

「って、何歳ですか?」

 

「・・・何年生きているかという話であれば、そうですね、100年は優に超えているかと。何故ですか?」

 

「いえ、ちょっと気になったもので」

 

財前さん同様、有無を言わせぬこの説得力。納得した。

 

 

 

 

 

 

その日、わたしの唯一の楽しみである海外ドラマナイトは中止となった。

あんな事があった後では集中出来るわけもなく、買ったワインだけしっかり頂いて眠りについた。

 

翌日は9時に目が覚めた。

まだ寝れたが、眠い身体を起こし、ブランケットを羽織ってベランダに出た。冷たい空気が一気に眠気を覚ます。

 

昨日はあれからどうなったんだろう。彼女を見つけられたんだろうか。でも、見つけたらわたしの所にも報告に来るよね。

気になって、仕方がない。テルさんを呼びたいところだが、何もないのに呼ぶのも気が引ける。

 

「・・・テルさ〜ん」

 

空に向かい、ほんの小声で呼んでみた。来るわけはないと思っていたが──テルさんは、来た。いつの間にか手すりにいた。

 

「どうしました?」

 

驚くのは、何処から来たかまったく見えない事だ。昨日同様、気づけば、そこにいる。

 

「・・・何処から来ました?」

 

「わたしは常に近くにいますので」

 

にしても、だが?

 

「あの、昨日はあれからどうなりました?」

 

テルさんは、小さな頭を横に振った。「見つかりませんでした。かなり広範囲まで探したのですが」

 

「そうですか・・・」

 

「雪音さん、携帯が鳴っていませんか?」

 

「えっ、うそ」

 

部屋に戻りベッドの携帯を見ると、本当だ。着信音は最小の設定なのに、さすが。

相手は早坂さんだ。応答を押し、ベランダへ向かう。

 

「もしもし」

 

「もしもし、おはよう。起きてた?」

 

「おはようございます。さっき起きたところです」

 

「今、家よね?」

 

「起きたところですからね」

 

「どう?何も変わりはない」

 

──ああ、これは絶対、怒られるパターンだ。

 

「変わりはないんですけど、昨日、ちょっとありまして。わたしはこの通り元気ですよ?」

 

「何があったの?」早坂さんの声のトーンが変わった。

 

「雪音さん、わたしはこれで」

 

「あっはい!またっ!」

 

そして、また一瞬で消えた。どの方向に飛んで行ったのかも見えなかった。

 

「だれ?」

 

「あ、テルさんです」

 

「・・・テルさん?」

 

「はい。財前さんの・・・え、知らないんですか?」

 

「財前さんの何?」

 

「何って・・・知り合い?」

 

てっきり、早坂さんも知っているものだと思ったが──意外だ。

 

「そこにいるの?」

 

「いえ、もう飛んで行きました」

 

「飛んで?」

 

「はい、コウモリなので」

 

「あー・・・なるほど。あの、"テル"ね」

 

「早坂さん?」

 

「ちなみに、コウモリの"まま"?」

 

「・・・まま?とは?」

 

「まあいいわ。それで、昨日何があったの?」

 

「あー・・・」

 

「何も省かずにね」

 

「・・・えーとですね」言われた通り、何も省かずに昨日の出来事を説明した。説明しながら、早坂さんの反応はだいたい予想できた。

そして予想通り、呻き混じりの溜め息が聞こえた。

 

「なんで昨日言わなかったの」

 

「ごめんなさい、言っても心配かけるだけと思って。それに、この通りわたしは何もされてないので」

 

「夜に出歩かないでって言ったわよね」

 

「それを言ったら仕事が出来ませんが?早坂さん、あまり心配しないでください」

 

「無理よ」

 

「・・・わたし、ビクビク怯えながら生活するの嫌なんです。昨日もすぐテルさんが来てくれたし、何とかなりますよ」

 

「ずいぶん呑気ね」

 

「それくらいでいいかなって」

 

また、溜め息が聞こえた。

 

「ほんと、どこかに閉じ込めておけたらいいのに」

 

「それは丁寧にお断りしたはずですが?」

 

「わかってるわよ」

 

しばらく、早坂さんの家に身を潜めるという早坂さんたってのお願いは却下した。仕事だってあるし、先の見えないこの現状でそれが得策とは思えない。加え、毎日店まで送迎するという提案も即却下した。

 

「大丈夫ですよ。前向きに考えましょう」

 

「・・・あなたって変なとこで前向きよね」

 

「えっ」

 

「お願いだから、無茶はしないで」

 

「・・・わたしって、そんなに危ないですかね?」

 

「え?」

 

「いや、テルさんにも言われたんですけど、そんなに無茶するように見えるのかな」

 

「・・・ずいぶん仲良くなってるじゃない」

 

──おっと、これは不機嫌トーンだ。なんで?相手はコウモリなのに?男だから?

 

「心強いですよ。すぐそばで見ていてくれてるので」

 

「部屋に入れたの?」

 

「部屋?いや、ベランダまでですけど・・・」

 

「ふぅん・・・とにかく、用心しなさいよ。また連絡するわ」

 

「わかりました」

 

 

通話を終え、わたしは首を傾げた。

今のは、ヤキモチ?なぜ?相手はコウモリなのに?

早坂 遊里。いまだによくわからない男だ。

 

 

 

 

それから2日後、その意味がわかった。

 

仕事を終えて店を出たわたしは、あるモノを見てしまった。ネオン街を歩く人混みの中に紛れている、妙な物体を。

なんだ、アレは──いや、何処からどう見ても──「骨?」

 

「ん?何見てんの?」

 

「あ、いや、ちょっとね」

 

「・・・まさかっ・・・」

 

「あ、うん。そのまさかだと思う」

 

「ギャーッ!」春香はこの前と同じようにピョンピョンと飛び跳ね、わたしの背中にしがみついた。「なにっ!今度は何なわけ!?」

 

「骨?」

 

「は!?」

 

「いや、人骨が歩いてるんだよね、あそこ。コスプレじゃないよね」

 

わたしが指をさすと、春香はわたしの背中から恐る恐る覗いた。

 

「そんなん見えないわよ!」

 

「だよね、やっぱそうか」

 

「なになに、どーしたの?」戸締まりを終えた店長がやってきた。

 

「骨が歩いてるんですって!店長!早く帰りましょう!」

 

「・・・なんの話し?」

 

「先に帰ってください。わたしはちょっと、寄り道して帰ります」

 

「えっ!?もしかして見に行くの!?」

 

「うん」

 

「大丈夫なの!?」

 

「大丈夫、早坂さんに連絡するから。心配しないで」

 

「おーい、話が見えないんだけど・・・」

 

「気をつけなさいよ!何がなんだかよくわかんないけど!」

 

「うん、じゃあまた明日。店長もお疲れ様でした」

 

「あれ?説明なし?」

 

すぐに早坂さんに電話をかけ、"骨"を追った。

 

「もしもし」

 

「はやっ!」毎度の事だが、何故こんなに早く出れる。

 

「どうしたの?」

 

「人骨が歩いてます」

 

「・・・はい?」

 

「そのまんまです。人骨が人に紛れて歩いてます。初めて見るんですけど」

 

「コスプレじゃないわよね」

 

「・・・被り物ではないです」

 

「あたしも初めて聞くわ。今どこ?」

 

「店を出て、追ってるところです」

 

「深追いは駄目よ。あたしも今自分の店にいるから向かうわ。電話はこのままで」

 

近くまで行くと、ハッキリと見えた。人骨そのものだ。理科室の骨格模型がキョロキョロしながら繁華街を歩いている。

 

後ろに回り込み、距離を取って気づかれないように跡をつける。

人骨はずっと、キョロキョロしている。それに心なしか猫背だ。

 

「雪音ちゃん、今どこら?」

 

「えっと、メイン通りを北に進んでます。あっ、路地に入った」

 

見失わないように、走った。人骨の後を追って路地に抜けると──「あれ・・・」

 

「どうしたの?」

 

「いない・・・」

 

何処に行ったんだ?ここに入ったのは間違いないのに。ビルの隙間の狭い通路は薄暗く、灯りは無い。

 

「雪音ちゃん、あたしが行くまでそこで待ってなさい」

 

「でも、見失うかも・・・」

 

「いいからそこにいなさい」

 

「・・・先に行ってます。角にワインバーと酒屋がある通路です」 それだけ言って、通話を終了した。

 

足音を立てないようにゆっくり進む。このまま行くとまた飲食店通りに抜けるのだが、左側のビルとビルの間に狭い通路を発見した。更に暗い。わたしは携帯のライトを点し、奥へ進んだ。

 

少し進んで見えてきたのは、フェンス。行き止まりだ。そして、──そのフェンスの下で体育座りをする人骨。頭を垂れ、丸っとした頭頂骨がライトに照らされる。

わたしはすぐにライトを消した。このまま早坂さんを待とうと思ったが、突然、バンッバンッという大きな音が響いた。

──なんだ?バクチク?大方、酔っ払った若者がふざけているんだろう。

 

そして、ハッとした。人骨を見ると、頭頂骨ではなく、大きな2つの窪みがこちらを向いている。目こそ無いが、確実にわたしを捉えていた。

 

「アンタ・・・オレが見えるのか?」

 

──・・・聞き間違いだろうか。振り返ってみたが、誰もいない。この骨、今、喋った?

 

「見えるんだろ・・・」

 

歯が上下に動いている。間違いない。声帯など存在しないが、声はこの骨から発せられている。

 

「なあ・・・見えるのか?」

 

──これは、応えるべき?

そうだ。"人"として、話しかけられたら応えるべきだ。

 

「はい、見えますが・・・」

 

人骨は口を開けたまま、動かない。これは、驚いているのか?すると突然、ポキポキと音を立てて人骨が立ち上がった。ギョッとして一歩後退する。

そうかと思ったら、今度は両手を広げわたしに向かってきた。

 

「助けてくれぇぇぇぇぇぇ」

 

「えっ・・・ギャ──ッ!」

 

 

その時、わたしの身体がグッと後ろに引き寄せられた。

一瞬の事で何が起きたかわからず、気づけば人骨は大きな手に頭蓋骨を掴まれ、壁に打ちつけられていた。

 

「いてぇ!いてぇよぉ!離してくれぇぇぇぇ」

 

人骨は手足をジタバタさせてもがいている。

 

──何が、起こった?

わたしの肩には、後ろから腕が回されている。早坂さん?

 

「大丈夫ですか?」

 

「・・・えっ」

 

違う。誰?──あれ?この声、どっかで聞いたような。

 

「何してるの?」

 

今度は早坂さんの声がした。顔だけ横を向くと、そこに居た。じゃあ、わたしの後ろにいるこの男は、誰?

振り向こうにも、身体を後ろからがっちりホールドされ振り向けない。

 

「何してるかって聞いてるの」

 

早坂さんは指をさした。わたしに回された腕を。すると、すぐ腕が離れた。

 

「失礼しました」

 

わたしはすぐに後ろを振り返った。

若い、男性だ。おそらく20代後半。身長は早坂さんと同じくらい。目にかかる髪の毛は少しうねっていて、暗闇ではハッキリと見えないが、おそらく"イケメン"。

 

「雪音さん、怪我はありませんか?」

 

「えっ」

 

今、わたしの名前言ったよね?それに、やっぱりこの声、ぜったい何処かで聞いたことがある。

 

「あの、もう1度なんか喋ってもらえませんか?」

 

「・・・何故ですか?」

 

ほら、この声。この喋り方──・・・「あっ!テル・・・さん!?」

 

「はい。気づきませんでしたか?」

 

「気づ・・・くわけないですよね?」

 

なんで、テルさんが人間なんだ?コウモリでは?

 

突然、腕を引っ張られ、テルさんから引き離された。早坂さんは後ろからわたしの肩に腕を回し、頭に顎を乗せた。

 

「ちょっと早坂さんっ」

 

「近いのよ」

 

──どっちが?

 

「遊里さん、ご無沙汰してます」

 

「そうね、100年ぶりくらいかしら?」

 

──あれ?電話じゃあテルさんのこと知らないような口振りだったけど、顔見知りなのか?それに、早坂さんの言い方には何処となくトゲを感じる。

 

「ていうか!なんでテルさんが人間なんですか!?」

 

「なに、興味あるの?」

 

「いや、あるでしょ普通!」

 

「それよりまず、そのカタカタ動いてるのから片付けましょ」

 

「あっ」

 

テルさんに気を取られてスッカリ忘れていた。人骨は頭を押さえつけるテルさんの手を剥がそうと必死になっている。

 

「離してくれ!頼む!」

 

いい加減、可哀想になってきた。

 

「テルさん、離してあげてください」

 

「・・・離しても逃げないと誓え。いいな?」

 

言い方は穏やかだが、威圧感が凄い。

 

「わかった!だから離してくれぇ!」

 

テルさんが手を離すと、人骨はその場にカタカタと音を立てて座り込んだ。

 

「面白いわね」

 

早坂さんが喋ると頭が揺れた。わたしは早坂さんの手から逃れ、人骨に一歩近づいた。

 

「あの、さっき言ってましたよね。助けてって・・・どーゆう事ですか?」

 

すると、人骨が顔を上げた。近くで見ると、不気味極まりない。わたしだって"肉の下"にはこれと同じ物があるのに、骨だけだとどうしてこうも恐ろしく見えるのか。

 

「アンタ・・・美人だなぁ」

 

わたしに手を伸ばす人骨の顔に、早坂さんのスニーカーがめり込んだ。

 

「ちょっ、何してんですか!」

 

「次触ろうとしたら、その首へし折るわよ」

 

「わかった!わかったから!暴力はやめてくれよぉ・・・」

 

なんていうか、臆病なんだな、この人骨。

 

「それで、助けてくれっていうのは何ですか?」

 

人骨はその場でまた体育座りをした。ちょっと、可愛いと思ってしまう自分がいる。

 

「オレの兄ちゃんが・・・消えちまったんだ」

 

「兄ちゃん?」

 

「昨日から家に帰ってこねぇんだ。何処に行っちまったんだか・・・」

 

「・・・家って、あるんですか?」

 

「ああ、この近くだ。アンタ、オレが見えるなら一緒に探してくれねぇか?頼む!」

 

「その前に答えろ」言ったのは、テルさんだ。「これまで、人間を傷つけたことはあるか?」

 

「・・・傷つけた?」人骨は口を開け、ポカーンとしている。

 

「そのままの意味だ。人間を襲った事はあるか?」

 

「ねっ、ねぇよ!オレも兄ちゃんもそんなことしねぇ!」

 

テルさんは早坂さんを見た。「どうします?」

 

「どうって?」

 

「始末しますか?」

 

人骨がビクッとして身構えた。「始末ってなんだよ!やめてくれよぉ!」

 

「・・・襲われる事はあっても、誰かを襲うようには見えないけどね」

 

「あの、とりあえず話を聞いてからにしませんか?困ってるみたいだし」

 

「アンタは・・・優しいなぁ」人骨はわたしに手を伸ばしかけたが、早坂さんを見てすぐ引っ込めた。

 

「コイツの頼みを聞くということですか?」

 

「まあ、話を聞くだけでも・・・」

 

「わかりました」テルさんが溜め息混じりに言った。納得してないのは明確だ。

 

「あの、名前はありますか?」

 

「オレか?オレは千代松(ちよまつ)だ。アンタの名前は?」

 

「わたしは雪音です。この人は早坂さん、テルさん」

 

「雪音・・・か。良い名前だなぁ、べっぴんだしよぉ」千代松さんはまた早坂さんを見て縮まった。

 

「その家って、何処にあるんですか?」

 

「この近くだ」

 

「連れてってもらえます?」

 

「ああ、ついてきてくれ」

 

千代松さんは立ち上がると、2人の前をビクビクしながら通り表へ向かった。

 

 

 

 

明るい通りに出て、わかった。

テルさんはやはり、グッドルッキングガイだ。切れ長な目に長いまつ毛、スッと通った鼻筋。白いワイシャツと黒のスラックスのシンプルな装いがスタイルの良さを引き立たせている。

黒かと思った髪の毛はよく見ると青みがかっていて、何とも不思議な色だ。

それに、あの耳。髪に隠れているが風が吹いた時に一瞬見えた。尖っている。"コウモリ"のように。

 

 

「なんですか・・・」

 

わたしの視界が、テルさんの背中から早坂さんの顔に変わった。

 

「何見つめてるの」

 

「見つめてません。前向いて歩いてください、転びますよ」

 

千代松さんの案内のもと、テルさん、少し離れてわたしと早坂さんが続いている。その家とやらは近い所にあるらしいが、いったい何処に連れて行かれるのやら。

 

「ずっと見てたじゃない」

 

「・・・なんか、驚くことばっかだなって」

 

「テルのこと?」

 

「も、そうですけど。千代松さんも」

 

「千代松さん、ね。面白いわ、なんであんなに猫背なのかしら」

 

「悪い妖怪じゃあないですよね」

 

「判断材料がないけど、おそらくね。人間を襲ったことがないってのは本当だと思うわ」

 

「よかった」

 

「"千代松さん"がね」

 

「え?」

 

「あなたがいなければ、とっくに始末されてるわよ」

 

「・・・どーゆうことですか?」

 

「あの男」早坂さんが顎でさしたのは前を歩くテルさんだ。「誰も信用してないから。財前さん以外」

 

「ええ・・・?」

 

「何も反論してこないのが証拠よ。あの耳は、あたし達の呼吸だって聞こえてるわ」

 

テルさんは、こちらを振り向くこともなく静かに歩いている。というか、聞こえてるなら尚更こんな話はしたくないのだが。

 

「呼んだらすぐ来てくれるし、心強いですよ」これはフォローではなく、本心だ。

 

「へえ・・・あたしのことは呼ばないくせに」

 

「それとこれは話が別です」

 

「同じよ。迎えに行くって言っても嫌がるし」

 

「言ったじゃないですか、わたしは出来るだけ普通にしていたいんです」

 

「あたしがおかしくなりそうだわ」

 

「・・・そこは、どうにかしてください」

 

「あたしの言うことなんて1つも聞かないんだから・・・そう!さっきもよ!」

 

ああ、このまま触れずに終われると思ったのに。

 

「あたしはそこで待ってなさいって言ったわよね?どうして待てないの?」

 

「・・・もう、慣れたのでは?」

 

「開き直るんじゃないのっ。危ない奴だったらどーするの?襲われてたかもしれないのよ?まったく、いつも後先考えずに動くんだから」

 

わたしは前に観た、主人公の女性が嫁いだ先で口うるさい小姑に悩まされるドラマを思い出していた。

早く着いてくれないかなと思ったところで、千代松さんが足を止めた。

 

「ここだ」

 

「えっ・・・ここ!?」

 

それはなんと、公園だった。都心部にあるこの公園は広々とした芝生や運動用具が備えられ、春になると広場を囲む桜が開花するため、花見に訪れる人も多い。

 

 

「そうだ。ここがオレの家だ」

 

「家っていうか・・・まあいいや。ここにお兄さんと住んでいて、突然いなくなったんですね」

 

「そうだ。起きたらいなかった」

 

「どっか遊びに行ってるんじゃない?」 早坂さんは心底どうでもよさそうだ。

 

「いや、おかしい。こんなに帰ってこねぇのは初めてだ。何かあったとしか思えねぇ・・・」

 

「何かって、何がある?ガイコツに」

 

「オレに何も言わず消えるわけねぇんだ!」

 

テルさんは辺りを見回しながら、芝生がある方へと歩いて行った。わたしも後に続く。

そしてピタリと足を止め、その場に膝をついてしゃがんだ。

 

「匂いが残っている」

 

「匂い、ですか?」

 

「ええ、コイツと似た匂いが残っています」

 

「そこだ!いつも兄ちゃんが寝てる場所!」 千代松さんが、テルさんの足元を指さした。

 

ふと、浮かび上がった疑問。お兄さんも骨なんだろうか。

 

「それともう1つ、別の匂いが」

 

「別の匂い?どーゆうことですか?」

 

「此処に、別の何かが居たようですね」

 

「別の何かって・・・妖怪ってことですか?」

 

「ええ」

 

「お兄さんがいなくなったのと、関係者あるのかな・・・」

 

「あああああ」千代松さんは頭を抱え、膝から崩れ落ちた。「どうしよう・・・ソイツに食べられたんじゃあ・・・」

 

「そんな物好きいるかしら?」 早坂さんは頭の後ろで手を組み、つまらなそうにしている。

 

「早坂さん、真剣に考えてあげてくださいよ」

 

「て言っても、あたしらには何も出来ないわよ。テル、あなたの嗅覚で探せないの?」

 

「そうですね、匂いが残っていれば追うことは可能ですが」

 

「お願いします!」

 

テルさんは無表情でわたしを見つめた。「何故ですか?会ったばかりの妖怪に何故そこまで?」

 

「・・・それを言うなら、テルさんとわたしだって会ったばかりじゃないですか」

 

「あなたは人間です」

 

「・・・人間だろうと妖怪だろうと、困っていれば同じです」

 

「コイツが本当は、危険な妖怪だったらどうするんですか?何か恐ろしい事を企んでいたら?タイミングを考えても、コイツがあの女と関わりがないとは言い切れない」

 

「それはさすがに、考えすぎじゃあ・・・」

 

「コイツを使って、あなたを陥れようとしていないと、言い切れますか?」

 

──穏やかな口調なのに、この圧はどこから来るんだ?

 

「そうだとしたら・・・その時、対処しましょう!」

 

テルさんは表情を変えず、わたしを見ている。

 

「何言ったって無駄よ。猪突猛進だから。放っておけば1人で動くわ」

 

──この男、さっきの事根に持ってるな。

 

「わかりました、やってみましょう。ついてきてください」

 

そう言うと、テルさんは公園を突き抜けるように歩き始めた。そして公園を出た所で止まり、嗅覚を研ぎ澄ませる。

 

「こっちです」

 

それから、20分は歩いた。テルさんは所々で立ち止まり匂いを確認しながら進み、最終的に辿り着いたのは───「神社?」

 

「ええ、この先に続いてますね」

 

鳥居の向こうには傾斜がそこそこの長い階段が続いている。

 

「これ・・・上るのか?」 千代松さんが不安そうに言った。

 

「上れますか?」

 

「オレ、階段は駄目なんだよ。すぐ疲れちまう」

 

わたしは早坂さんを見た。

 

「なに、その目。あたしは嫌よ」

 

「わかりました。千代松さん、わたしの背中に乗ってください」

 

千代松さんに背中を向けると、早坂さんがすかさず千代松さんの頭を掴んだ。

 

「わかったわよ。やればいいんでしょ」 溜め息混じりに言い、早坂さんは千代松さんに背を向けて屈んだ。「5秒以内に乗らないと引きずって連れてくわよ」

 

「すまねぇ、助かる」

 

千代松さんは早坂さんの背中に乗り、手足を巻きつけた。その姿が妙に可愛くて、笑えてきた。

 

「今笑ったわね」

 

「いえまったく」

 

「ちょっと、あんまりしがみつくんじゃないわよ」

 

「あんた身体がでけぇから、そうじゃねぇと落っこっちまうよ」

 

早坂さんはうんざりしたように天を仰いだ。

 

「ったく、なんであたしがこんなこと・・・」

 

 

階段を上りながら、2人は何度か言い争っていた。顔が近いだの、首に骨が当たって息が出来ないだの、それを聞きながらわたしは笑いを堪えるのに必死だった。

 

 

 

階段を上り切り、参道を少し進んだところでテルさんは足を止めた。

 

「匂いはここで途切れてますね」

 

「えっ、ここで?」

 

参道の先には小さな社殿が見えるが、この周りには何も無い。わたしたちを囲むように木が生い茂っているだけだ。

 

「いつまで乗ってんのよ。さっさと降りなさい」

 

「あ、すまねぇ」 千代松さんは早坂さんの背中から降りると、辺りをキョロキョロと見回した。「兄ちゃん、何処に行っちまったんだ・・・」

 

「とりあえず、先に進んでみますか?」

 

「兄〜〜〜ちゃ〜〜〜〜ん!!」

 

突如発せられた叫びに、肩がビクッと跳ねた。

普通の人間には聞こえないからいいものの、心臓に悪い。

 

「何処にいるんだぁ〜〜!居るなら返事してくれぇ〜〜〜!!」

 

その返事が返ってくることを願ったが、何も聞こえてこない。

 

「兄ちゃ〜〜〜ん!オレだぁ〜〜〜ッアガッ・・・ガッ・・・」

 

千代松さんの兄に対する呼び掛けは、テルさんによって遮断された。

 

「黙れ」 

 

千代松さんは、喋ろうにも喋れない。テルさんによって口を塞がれているから。この人、やっぱり怖い。

 

しかし、それにはワケがあったようだ。テルさんは千代松さんを離すと、上を向いた。

つられてわたしも上を見る。何か、見えるのか?

 

 

「お〜〜い、ここだ〜〜」

 

──ん?今、声が?

 

「ここだよぉ〜〜、助けてくれぇ〜〜」

 

間違いない。とても遠くから聞こえる。

 

「今、聞こえました?」

 

「ええ、いますね」

 

そう言ってテルさんが指さしたのは、空だ。

 

「え?どこに?」

 

「木の上です」

 

「・・・・・えっ!」

 

参道を囲うように生えている杉の木。高さは20メートルはあるだろう。暗闇でわたしの目には何も見えない。

 

「木の上にいるんですか?お兄さんが?」

 

「コイツの兄かは知りませんが、骨ですね」

 

いや、絶対そうじゃん。

 

「兄ちゃんだ・・・お〜〜い!兄ちゃ〜〜ん!オレだ!千代松だ〜〜!」

 

「・・・千代松か!?頼む!助けてくれぇ〜〜」

 

「・・・なんで、木の上にいるんだろう」

 

「木登りでもしてたんじゃない?」早坂さんは帰りたいオーラ全開だ。

 

「それはねぇ!兄ちゃんは臆病なんだ、そんなことするはずがねぇ・・・」

 

それに関しては、非常に説得力があった。

 

「でも、自分で登ったんじゃないとしたら・・・」

 

「"誰か"に連れて行かれたのね」

 

「そう考えるのが妥当ですね。今のところ、近くに妖怪の気配はないですが」

 

「じゃあ、今のうちにお兄さんを助けなきゃ」

 

──でも、どうやって?あんな高い所にどうやって行けば。

 

「ジャンプして降りればいいじゃない」

 

「この高さですよ、骨がバラバラになっちゃうんじゃ・・・」

 

「くっつければいいじゃない」

 

「・・・そんな、プラモデルじゃないんだから」

 

あの高さまで行く方法 ──・・・「あっ!テルさん、コウモリの姿だったら行けますよね?」

 

「行くことは可能ですが、そこからはどうしますか?」

 

「・・・そっか、コウモリの姿じゃ運べないか」

 

「上まで行ったら人間になってロープで降ろせば?あなたはそのあと戻ってくればいい」

 

わたしは思わず、早坂さんの肩を掴んだ。

 

「早坂さん、天才」

 

「・・・そお?じゃもっと褒めて」

 

早坂さんはわたしのウエストに腕を回し、抱き寄せた。

 

「ちょ・・・っと!何してるんですか!」

 

「ご褒美よ」

 

わたしの頭に自分の頬をグリグリと撫で付ける。

 

「ちょっ・・・離してくださいっ」

 

「しかし、そのロープは何処から?」 テルさんが冷静に言った。そして心なしか、凄く嫌そうだ。わたしは早坂さんの身体を押しやった。

 

「そこですよね・・・この時間だと店も閉まってるし、何かないかな」

 

「もう明日でいいんじゃない?」

 

「そっ、そんな・・・頼む!助けてくれ!この通りだ!」

 

千代松さんは掌を擦り合わせ、頭を下げた。

 

「あー、コンビニに紐なら売ってるんじゃない?」

 

「紐?」

 

「ほら、段ボールとか括るビニールの紐あるじゃない」

 

「ああ、なるほど!でも、耐久性大丈夫かな・・・」

 

「大丈夫よ、その骨、アホみたいに軽いもの」

 

「・・・よし。ここに来る時、コンビニ何軒かありましたよね、わたしちょっと行って買ってきますね!」

 

「あー、あたしが行くわ。あなたはここで待ってなさい」

 

「や、でも・・・」

 

早坂さんは、わたしをジッと見据えた。顔に書いてある、言うこと聞けないの?と。

 

「じゃあ、お願いします」

 

「あいあい」

 

「待ってください」

 

わたしと早坂さんは、同時にテルさんを見た。

 

「どーしたんですか?」

 

「何か、来る」 テルさんは空を見上げ、険しい顔をしている。

 

それから数秒も待たずして、その何かが姿を現した。暗闇の中でも、シルエットは見えた。大きな翼を広げ、空を飛行する生物。見た目は鳥そのものだが、その大きさは普通ではない。この距離でも、それがわかった。

 

「連れ去った張本人のお出ましってわけね」

 

その鳥が木に留まると、そこだけ小石や小枝が落ちる音がした。

 

「ぎゃああああ!来るなっ!あっち行けぇぇぇ!」

 

遥か上から、悲痛な叫び声が聞こえた。

 

「兄ちゃん!だっ、誰か、助けてくれぇ!」

 

「テルさん!上で何が起きてるんですか!?」

 

「おそらく、食べようとしていますね」

 

「えええ!?何をそんな冷静に言ってるんですか!どうにか出来ませんか!?」

 

「出来なくはないですが・・・」

 

なぜだ、なぜ、この男どもはこんなに冷静でいられるんだ?相手が妖怪だから?

 

「じゃあやってください!」

 

「遊里さん、あとはお願いします」

 

「あいあい」

 

早坂さんに目を向けた一瞬、テルさんはその場から消えていた。気づけば、テルさんの着ていた服だけがその場に落ちている。

 

「あれ!?テルさんは!?」

 

早坂さんが木の上を顎でさした。「行ったわよ」

 

「・・・何するんだろう、大丈夫かな」

 

すると、早坂さんがおもむろに背中からナイフを取り出した。革張りの鞘をわたしに預ける。

 

「何するんですか?」

 

その時、耳に激痛が走った。──これは、テルさんの超音波だ。凄い、これだけ離れているのに、なんて威力だ。

早坂さんも片耳を押さえ、わずかに顔をしかめている。

 

「お前ら、どうしたんだ?」

 

一方、千代松さんは何も感じていないようだ。鼓膜が無いからか?

 

すると突然、早坂さんがわたしの腕を掴み自分に引き寄せた。

すぐに後ろを振り返ると、空から落下してくる大きな鳥が見えた。

 

「ギャ──ッ!」ハモったのは、千代松さんの声だ。

 

ドスンッと鈍い衝突音と共に風が押し寄せた。

しばらく、その場から動けなかった。

 

「・・・鷲?」

 

「巨大な鷲ね」

 

巨大なんてもんじゃない、仰向けに翼を広げ、ピクピクと痙攣している鷲の全長は5メートルはあるだろう。見開いた目は赤く、巨大なクチバシから泡が噴き出ている。

 

「ぎゃああああああ」

 

今のは、わたしでも千代松さんでもない。

声のするほうを向くと、空から何かが降ってくるのが見えた。それは巨大な鷲の腹に落下した。

 

「兄ちゃん!」

 

まったく同じ見た目の、人骨だ。

 

「いててて・・・ッ・・・ぎゃああああ!!」自分の状況に気づいたお兄さんは鷲から飛び退き、四つん這いで逃げた。

 

「兄ちゃん!無事でよかった!」

 

「千、千代松〜〜!」

 

千代松さんはお兄さんの元へ駆け寄り、熱い抱擁を交わした。こうして2人は感動の再会を果たしたのだった。

骸骨同士のハグは、なかなか拝めるものではない。

 

「遊里さん、今のうちにお願いします」

 

気づけば、テルさんがそこに居た。

 

「ああ、そうね。茶番劇に気を取られてる場合じゃなかったわ」

 

茶番劇って、2人の事か。酷い言い様だ。

 

「その短刀では心臓まで届かないでしょう。頭を狙ってください」

 

「あいよ」

 

早坂さんは鷲の頭へ回り込み、その短刀を躊躇なく頭へ突き刺した。鷲の翼が1度、大きく動いた。それからは微動だにせず、頭から徐々に白く染まり、最後は塵と化して消えていった。

 

 

「図体の割に、あっけなかったわね」

 

「・・・気絶してたのって、テルさんがやったんですよね」

 

「ええ、わたしの音波は飛翔生物には効果覿面なんです。特に、ああいった鳥類には」

 

「なるほど・・・凄いですね」

 

「雪音さん、後ろを向いてもらえますか」

 

「後ろ?」

 

「人間の姿になるので」

 

わたしは首を傾げた。何のことだ?

 

「服がそこにあるでしょ」戻ってきた早坂さんが、わたしの肩を掴み後ろを向かせた。そのままわたしの身体越しに短刀を鞘に納める。

 

「あ、そっか。服がそこにあるってことは、人間に戻ったら・・・」その先は、あえて言わなかった。

 

「さっ、帰りましょ。疲れたわ」

 

「遊里さん、雪音さんをお願い出来ますか。わたしはコイツらに話があるので」

 

「はなからそのつもりよ」

 

「あのっ」振り返り、思わず目を逸らした。まだ、シャツのボタンをとめていなかった。「話っていうのは・・・」

 

「安心してください、何もしません。ただ1つ伝えておきたい事があるだけです」

 

「・・・わかりました。じゃあ、千代松さん・・・とお兄さん、これからは気をつけて!」

 

 

千代松さんはわたしの近くに来ると、突然、土下座をした。

 

「・・・え"っ」

 

「雪音、ありがとうな!お前は優しい女だな。感謝してもしきれねぇよ」

 

「なにこの骨、あたしらの存在は無視なわけ?」

 

「・・・優しくしないからですよ。また会えたら会いましょうね」

 

千代松さんはパッと顔を上げた。「また会ってくれるのか?オレたちはあの家に居るから、いつでも遊びに来てくれよ!」

 

「行かないわよ」

 

「こんな事があったし、家は変えたほうがいいような気もするけど・・・わかりました」

 

「わからなくていいのよ」

 

「ほら、兄ちゃんも雪音に礼を言えよ」

 

「とことんあたしは無視なのね」

 

お兄さんはおずおずと近くに来ると、わたしに手を伸ばした。

 

「兄ちゃん駄目だっ・・・」 千代松さんの呼びかけも虚しく、お兄さんの顔に早坂さんの足が

めり込んだ。

 

「ぎゃあああ!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

お兄さんは千代松さんの背中に隠れた。

 

「はーやーさーかーさん!!」

 

「帰るわよ」しれっと言い、早坂さんはわたしの手を掴んだ。

連行されながら振り返り、手を振ると、千代松さんの背中から顔を覗かせたお兄さんが控えめに手を振り返した。どうやらお兄さんは、臆病に加え、シャイならしい。

 

 

 

 

階段に差し掛かったところで、早坂さんは突然わたしの前にしゃがんだ。

 

「なんですか?」

 

「乗って」

 

「はい?」

 

「骨の感触が残って気持ち悪いのよ。あなたで上書きするわ」

 

これまでのわたしだったら、絶対拒否していた。しかし今は、この人に触れたいという純粋な気持ちが何よりも勝る。

わたしは無言で早坂さんの背中に乗った。

 

早坂さんはフッと笑い立ち上がった。「素直ね」

 

 

 

──早坂さんの背中に身を預けながら、わたしは思い出していた。あの"キス"の事を。あれ以来、早坂さんはその事にまったく触れてこない。

"文句は起きてから聞くわ"。あの時、そう言っていたけど、わたしは何か言うべき?

時間が経つにつれて、あのキスが無かった事のように感じて、それが少し辛い。

 

 

「静かね。考え事してる?」

 

「・・・早坂さんこそ」

 

「あたしは噛み締めてるのよ。あなたの体温と柔らかさを。フフ」

 

柔らかさ──・・・そういえば、早坂さんの唇も柔らかかったな。柔らかかったし、激しかった。

頭に血が上り、わたしは早坂さんの首に顔を埋めた。

 

「あの、雪音ちゃん。嬉しいんだけど、首に息はやめてほしいわ・・・」

 

早坂さんの戸惑い口調に、ニヤリと笑みが出た。

 

「首、弱いんですね?」

 

わたしは早坂さんのうなじに向かって思い切り息を吹きかけた。

 

「ぎゃっ!コラっ、やめなさい!階段なんだから危ないでしょ!」

 

わたしが優勢に立てることなんて、まずない。ここぞとばかりに"攻撃"してやった。

すると早坂さんは駆け足で階段を下り始めた。それがジェットコースターのようで、わたしはバカみたいにテンションが上がった。

 

「ひゃっほ〜〜」

 

 

程なくして下に到着した早坂さんは、今まで見たことがないくらい息が切れていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ハァ・・・ハァ・・・大丈夫じゃないわよ」

 

降りようと脚に力を入れたが、ガッチリと押さえられ動かせない。

 

「あの、降りるんで」

 

早坂さんは半分振り返り、ニヤリと笑った。

 

「おしおきが必要ね」

 

「だ──っ!ごめんなさい!」

 

「許さないわ」

 

早坂さんは背中にいるわたしを力ずくで前へと移動させた。

なんだ?今のどうやった?わたしは、あっという間に抱っこされていた。そして、早坂さんの唇が首に押しつけられた。身体がビクッと反応する。それで終わると思いきや、早坂さんはププププッと息を吹きかけた。まるで赤ちゃんのお腹にするように。くすぐったくて身体が捩れた。

 

「アハハハハ、ちょっ、無理!勘弁ー!」

 

早坂さんの唇がわたしの首を這い、下がっていく。早坂さんはわたしを抱いたまま、片手でスウェットの襟を下げた。鎖骨が露わになり、その中間に唇が押しつけられた。強く吸われ、身体がまたビクッと反応する。

 

「あのっ、早坂さん・・・」

 

唇を離した早坂さんは、最後にそこをペロッと舐めた。この前、わたしの唇を舐めたように。

何かと限界を迎えようとしていたわたしは、そのまま力なく早坂さんの首にしがみついた。

 

「ごめん。タガが外れた・・・」

 

そう呟き、早坂さんはギュッとわたしを抱きしめた。

 

 

死にそう。そして、顔を上げたわたしは本当に死んだ。

 

「なんだ、お前らアベックだったのか」

 

チーンというおりんの音が聞こえた。千代松さんとお兄さんが階段を下りてきたのも気づかなかった。早坂さんの肩にダランと垂れる。

 

「ちょっと、雪音ちゃん?大丈夫?」

 

お願いだから、このまま意識をなくしてください神様。

唯一救いだったのは、テルさんがいなかったことだ。

 

 

 

 

 

その日、家に帰ったわたしが鏡にうつる自分の鎖骨を見て発狂しかけたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

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