「カイザーってさ、何に金使ってるんだ?」
始まりは何てことの無い雑談からだった。
まるでバイトで得た給料を扱うような軽い話題。しかしその起因となったのは
少し前まで普通の高校生であった者が大半である
どれだけ少なくとも数百万、多ければ億にも昇るそれを見て、一体何に使えば良いのかを話し合おうとするのは自然の流れであった。
そんな雑談をしている面々の傍を、ミヒャエル・カイザーは偶然通りかかった。
ブルーロックスにしてみればサッカーで大金を得ている人間からのリアルな声を聞くことの出来る絶好の機会。逃す手は無かった。
「は?」
「いやだから。お前の年俸三億は何に使ってるんだって聞いてんだよ」
「……んなこと聞いてどうすんだクソ世一」
カイザーは心底不愉快そうに眉を顰める。
ついさっき最終戦が終わったばかり。彼にしてみれば潔に敗けた直後ということもあり、このタイミングで年俸の話を切り出されるのは喧嘩を売っているとしか思えなかった。
「大金手にしたっつうマウントでも取りに来たのか?」
「そうじゃねぇよ。ただ純粋な興味だっつーの」
「くっだらねぇ」
心の底から本音が出る。
この手の質問は初めてではない。チームメイトや取材で時々聞かれることだ。
その度に同じようなことを返しているのだが、そういった質問をしてくるのは決まって俗で下らないゴシップを求めている記者であり、そこまで大きな話題にもならない。
一瞬苛立つが、海を越えてアジアの島国にまで届くなんてことはありえないか、と彼は一人納得する。
仕方がない。これ以上纏わりつかれても面倒なだけだ。
溜め息と共にカイザーが口を開く。
「……適当だ。飯とか本とか、後は体調崩さないようにとか。そういうのにしか使ってねぇよ」
「は? それだけかよ」
「そうだ。何か文句でもあんのか」
「いや、そういう訳じゃないけど……。何か普通だなって」
平和な日本で生きてきたが故の甘ったれた言葉が潔の口から零れ出る。
父親からの暴力を浴び続け、その日食べる飯にも苦労したカイザーにしてみればそれだけでも相当に重要なことなのだが、それでも期待されていることはわかる。
要は贅沢しないのか、と言いたいのだろう。
確かに億以上を稼いでいる選手には遊んでいる者も多い。
一時期のスナッフィーなんてわかりやすい。女・酒・車・時計等々……。
大金を手にして贅沢の限りを尽くす者など枚挙に暇がない。
だがカイザーはそういうものに昔から興味を持てなかった。
捨てられて壊れた父親を見て育ったからか、昔から女遊びというものに興味を持てない。
酒もそうだ。壊れ、堕ちた人間が溺れるのは決まってアルコール。薬にまで手を出せばもうお終い。
装飾品には一度手を出して見たことがある。服も買った。数百万する時計をつけて、街を歩いて、美人な女性に声をかけられたこともある。幼少期に街を歩いていた頃とは向けられる視線が180度違っていたことはよく覚えている。
だがそれが良いものだとはどうしても思えなかった。優越感を感じなかったとは言わない。そこらを練り歩く有象無象とは違う。何も出来ないクソ物から脱却し、成り上がってみせたという思いは確かにあった。
だがそれも所詮は一時のもので、すぐに飽きてしまった。
その時からカイザーは察したのだ。
「そもそも、
「え?」
「俺達はサッカー選手だろうが。フィールドには時計も宝石も持ち込めない。自分を飾るのはその場で出した実績だけだ」
ストライカーならゴールを奪うこと。ディフェンダーならボールを奪うこと。ミッドフィールダーならフィールドを制し、キーパーならゴールを護る。
出来れば宝石、出来なければゴミ。結果が全て。それがプロスポーツの世界。
そして年俸とはその価値を可視化するためのものに過ぎない。
「俺にとっちゃ
ミヒャエル・カイザーにとって年俸は愛の大きさの証明だ。
ゴールによって浴びせられた
「だから更新し続ける。より高みを目指す。数値ってのはそういうもんだろ」
そう言ってカイザーは去って行った。
潔及びその他の面々はその背をジッと見つめる。
ハッキリ言って、ブルーロックスにとって彼という男は心底気に食わない。
試合中に邪魔はする。気取った言い方で煽ってきたかと思えばある時を境に無表情になっていつも不機嫌だ。あれだけ相手にしたくない人間はそう居ない。
だが。
ミヒャエル・カイザーという選手のエゴには興味を惹かれた。
「数値か……。ま、らしいっちゃらしいな」
「せやなぁ。僕もまだまだ低い方やし、もっと更新してかないとあかんわ」
「俺も俺も。結局百万しか上がらなかった」
「俺もだ。もっと上げてかないと。このままで満足なんて出来ないね」
監獄の選手達に闘志が宿る。
ゴール、勝利、プロデュース。己が思い描く未来を掴み取るため、彼等はこれからも戦い続ける。