目が覚めたら棺桶   作:おいしいおこめ

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目が覚めたら棺桶2

・スイスでの生活

 スイスでは日が沈んでから活動するらしい。確かに今の暑い季節にはいいのかもしれない。けれど人間ってのは、基本的に日中に活動するようにできているものだ。スイス人は確実に体内時計がくるっている。なんとかしないと。

 

 

・いいスイス人と残念なスイス人

 日本人にもいろんなタイプがいるように、スイス人にもいろんなタイプがいるらしい。大まかには、いいスイス人と残念なスイス人に分かれる。『しゅんしん』は残念なスイス人だ。

 

 

・言葉のお勉強①

 基本的に、新しい言葉は現物を見て、声を出して練習する。今日新たに覚えた言葉は『男』、これは「人間」を表している。……多分。

『しゅんしん』が、私を指して、自分を指差して、周りの人たちを指差して『男』と言っていたから。単体でも複数でも、『男』というからには、それの属するものであったり性質であったりするのだろう。そこから思いついた。きっと当たっているに違いない、我ながら名推理だ。

 

「『男』、『男』」

 

 うんうん、と横では俊臣やその他スイス人が頷いている。ここ数日で、すっかりお馴染みとなった光景だ。

 

「『男』、『男』、『男』」

 

 廊下を忙しそうに歩く人達は少し不審そうな顔をして、それでも仕事が忙しいらしく慌ただしげに去っていく。

 

「『男』、『男』……? 発音できてる?」

 

 こてんと首を傾げて『しゅんしん』を見れば、ぽふぽふと頭を撫でられた。

 廊下を丁度通りかかっていた、熊のようなも風体の男と、まるで女の子のような可愛らしい少年は、私の言葉を聞いて、なぜか慌てていた。スイスの人にとって聞きなれない日本語は、きっと奇妙な音に聞こえたのだろう。私も、スイスの言葉は奇妙だと思うよ。

 

 

・気付き

 スイスは、スイスじゃなかった。……うん、知ってた。

 

 事の起こりは数時間前。そろそろ滞在先に一報いれねばと、身振り手振りで外に行きたいことを伝えたら、『しゅんしん』が街を案内してくれることになった。

 何を言っているかは相変わらずさっぱり分からない。けれども、きっと彼のことだから、熱心に街について説明をしてくれていたんだろうなと思った。

 街並みをみて、さすがにここまでくれば、いくら日本ではない、スイスであるとしてもおかしいことくらいはよく分かった。受け入れざるを得なかった。

 

 最初から、全部、おかしかったのだ。

 

 

・言葉のお勉強②

 漢字が通じた。意思疎通が随分と楽になった。ここはスイスではなく、彩雲国であることも、『しゅんしん』は『俊臣』と書くことも、私の素性はここでは不確かで、彼が私の身柄を預かっているということも、知った。話すことは、まだまだできないけれど。これから上手くなるだろう。話せることは、増えるだろう。

 このまま、帰れないかもしれないことは、考えないことにした。

 

 

・誤解

 ずっと男だと思われていたらしい。『男』が「男」の意味であることを知って、気付いた。

 子供だと誤解されているであろうのは、ばっちり把握していたが、それは予想外だった。そんなにレディーとしての魅力がないか私は! 確かにレディーの象徴はつるぺただけども! 

 ちなみに。片言ながら女だと言い張ってみたものの、冗談だと思われて、信じてもらえなかった。南無三。

 

 

・手伝い

 語彙も増えてきたので、俊臣の仕事の簡単な手伝いをすることになった。手伝いといっても、雑用だが。

 彼らが夜型なのは、何とかならないんだろうか。彩雲国のお国柄とも思ったが、他の職場では昼間仕事をしているらしいし、ここの仕事が夜やらねばならない仕事というわけでもない。

 ああ、もしかしてもしかしなくとも、俊臣は変人なのか。……今更だわ。

 

 

・あかいの

 あかいのがやって来た。彗星ではない、やたら真っ赤な服を着ていたのだ。彼は、俊臣の知り合いらしかった。『同期』といっていたけれど、同じ……何だ? まあ何か、何かが俊臣と同じだったらしい。

 その俊臣の知り合いさんは、まだ私の覚えていない言葉ばかり使うので、何を言っているのかは分からない。けれども、話している内容は私に関することで、その内容は決して私に好意的なものではないことだけ、よく分かった。

 

『いいか、外朝で見たしゅ……ゲフン。侍童のことは黙っていろ。もし他人にでも話してみろ、血祭りにあげてやる』

 

 聞き取れたのは、『黙る』『話す』の二語だけだ。黙ればいいのか話せばいいのか、どっちなんだよ。

 聞き取れなかった部分はよく分からないけれども、物騒なことを言っていそうだなと思った。

 

 

・ばれた

 俊臣に、私が女だとばれた。

 いやまあ、最初から隠してなかったんですけれどね! 俊臣が信じなかっただけなんですけれどね!! 

 

 この間来た赤い人の指摘で、認めることになったらしい。ただし、私が女性であることが表沙汰になると都合の悪いことがあるらしく、女であることは黙っておいて欲しいと頼まれた。何故だろう。男ばかりの職場だからかな? 

 

 頼まれただけじゃない。俊臣には、たまに抱き枕代わりに私を棺桶に連れ込んでいたことを謝られたし、私を男扱いしていたことには頭を下げられた。

 他人の目があるところでは、これまで通りの態度だが、二人きりになると、前までは彼から距離を詰めてきていたところで、今は少し離れるようになった。

 私は、女の子扱い、されているらしい。なんだか、調子が狂う。これはいけない。妙な気持ちになってしまう。

 距離が前より離れたってのに、前よりずっと意識している。今まで、どうして平気だったんだろうか、分からない。

 

 

・日本語

 あかいのがやってきた。俊臣に用なのかなと思い、俊臣を呼びに行こうとしたら、止められた。

 

「おい、お前。其処のお前だチビ」

「誰がチビ……って、に、日本語だ!?」

 

 自分以外の口からは、もう一生きかないと思っていたその言葉を聞いて、目をまるくする。あかいのは、フンと澄まし顔で述べた。

 

「お前の独り言を記録させておき、それを元に言葉の法則を推測、組み立てている」

「天才か」

「それは新しく聞く単語だな」

 

 字を多少書けるのだったか、と、どのような字を書く語なのか問われ、地面に木の棒で書かされる。あかいのはそれを見て、苦いものでも食べてしまったような顔をした。

 

『場所は違おうと、同じような者はいるということか』

「……何て?」

「気にするな」

 

 気になるわあ。

 

 

・あかいの

「ねー、あかいの。あかいのは彩雲国語分かるんでしょ。んで、日本語もできる。なら、あかいのが彩雲国語私に教えてよ」

「何故そんな必要がある。私は可愛い『姪』を見守るのに忙しいのだ」

「『姪』?」

「『兄』の『娘』だ」

 

 脳内で関係図を書いてみる。

 

「姪か」

 

 ああ、これは相当可愛がっている叔父さんの顔だな。

 

「姪っこさん、年お幾つよ」

「『十六』だな」

 

 数は最近、おぼえたところだ。記憶をまさぐり、一から数えて数字を確認する。

 

「16歳か。わあ、私と近い」

「は? ガキが、お前は精々『十二』だろう」

「『十八』なんですけど」

 

 鼻で笑われた。悔しい。これも身長がこんなだから。いや、今はそんなこと考えている場合ではない。

 

「その姪っこさんの近い年頃の女の子と話し慣れておくと、姪っこさんとも仲良くお話できるとは思いませんか!」

「………………『秀麗』と……仲良く、お話」

 

 ぼそりと呟いて。あかいのは黙り込んでしまった。おーい、もしもーし? 

 話しかけても無反応。意識をどこかへ飛ばしているらしい。マズイこと言ったかなとこの場から逃げ出したくなったところで、逃がさんぞとでもいうように肩を掴まれた。

 

「十日に一度、来てやる」

 

 顔が怖かった。

 

 

・名前①

 俊臣に、このところ何かを訊かれているのは分かったのだが、何を訊かれているのかが、分からなかった。困った時のあかいのというやつで、問いの意味を尋ねる。

 

 俊臣は、私に名前をきいているらしかった。

 

 今まで名乗っていなかったのか、と、あかいのは鼻で笑っていたが、私は俊臣が名を尋ねてくれたということが驚きで、無性に嬉しくて、何故だか、泣きそうだった。

 

 

・名前②

 気持ちに押されて駆け出した。このまま叫び出したいくらいの熱が身体を巡っていた。嬉しい、嬉しい! こんなにも嬉しいんだよと、湧き出す気持ちを全身から発散しているような気がしてくる。

 

「『俊臣! 俊臣がきいた、私の名前!』」

 

 子供みたいに飛びついて、私は名を告げた。

 

 

・下心

 俊臣と二人きり。空いた距離。今日はそれに、もの申すことにした。

 

「『今のものは、私照れるます! 居れば許可よ、前いた場所。居たい望むに』」

 

 雀の涙ほどしか知らないこの国の語彙を必死に並べて、考えたこの言葉。伝わっているだろうか。

「今の扱われ方は恥ずかしいから、以前のようにしてほしい。いたい場所にいてほしい」と、言っているつもりなのだが。要は、「こっちにおいで」だったりする。

 

 私は、彼との空いてしまった距離に、不覚にもときめく羽目になったわけだけど。ときめく故に、それをちょっと詰めてもみたくなるわけで。

 

 表向きは、女性扱いされているようで恥ずかしいことにして。いや実際恥ずかしいから勘弁願いたいとも思うんだけれどさ。それと同じくらい嬉しくもあるから、困る。あ~こまっちゃうなあ~。ふへへ。

 おっと話が逸れた。まあつまり、これは、表向き「意識しちゃって恥ずかしいよ」と告げつつ、「意識しないために」と言いながら接近するという、完璧な作戦なのだ。

 ……下心たっぷりなのを知らん顔するなんて、後ろめたさがマッキンリーだけど。

 

 さて、ここから俊臣がどういう反応、行動をみせるか。ああ、なんか緊張してきた。

 

 俊臣は、暫く私を見つめてから、ふうんと不思議な笑みを浮かべた。

 

『それじゃあ、お言葉に甘えて?』

 

『言葉』に『甘える』、これはもしや。

 作戦成功ではー! と、目を輝かせた私に近付いた俊臣は、ぽすんぽすんとまるで子供にするように、私の頭を撫でた。

 

 ひぎぃー! 

 あんまりな刺激に卒倒しそうになり、頭に乗せられた手も払い除けてしまう。ああ、私の馬鹿! 

 

『……そういうところ見てると、本当に女の子みたいだよね』

 

 ちょっと。今のはだいたい意味がとれたぞ。『女の子みたいだね』って、女の子ですからね? 

 抗議の意も込めて、俊臣の横腹をぺちぺち叩いた。

 

 

・夜型

 夜型生活を更生させるべく、俊臣を棺桶から引き摺りだしてみた。日光を浴びてこの世の絶望のような顔をしているのをみて、ヴァンパイア伝説というのは俊臣のような夜型人間の噂が元になっているんではないかと思った。

 

 

・夜型②

 ヴァンパイア伝説を俊臣にしたところ、大変興味深そうにしていた。似たような類の話はこちらでもあるらしく、大蒜も一種の魔除け厄除けグッズらしい。

 信心深い人は多いようで、各地の伝承伝説は、今尚信じられているものが多いのだとか。彩雲国の建国話にも、仙人が出てくるらしいしね。なんてふぁんたじぃ。俊臣自身は信じているのかどうなのか訊いたら、曖昧に笑って誤魔化された。

 

 しかし、文明にしろ国にしろ、私の知らないモノだ。似たようなものなら知っているとはいえ、あれは大昔のことで。なら、此処は一体『何』なのだろうか。そして私は、どうすればいいのか。

 そんな不安が顔に出ていたらしい。俊臣に心配された。一生の不覚だ。ずっと不覚をとっている気もするけれど。

 ゆっくりでいいと言われた。相談にも乗るからと、一人で考えることはないと言われた。そうして、彼が背中をトントンと優しいリズムで叩くので、うっかり涙がポロリと落ちた。

 ああ、優しさが、なんて、なんて。こんなのって狡い。こんなの、縋ってしまうに決まってる。

 俯いて、静かに、泣いた。

 

 後になって、あのリズムは彼が木魚を叩くリズムと同じであることに気付いた。私の涙を返せ。

 

 

・膝

 俊臣の仕事に付き合って夜更かししているせいで、昼間起きるのが辛くなってきた今日この頃。

 ホァッ。ね、寝かけてた……いかんいかん、いけないぞー、私。起きろー私。

 頬をつねり膝をつねりしてみるけれど、痛いと眠いはジャンルが違うらしい、うう、瞼が……あふん。

 

 …………、……。

 

 はっ、寝てた! 寝てた寝てた! あああ、どれだけ時間が経った!? 

 

『おはよう』

「な、は、ひゃっ……『おひゃりょうごじゃります』」

 

 待て、何故俊臣の顔が目の前に? いや、何だか覗き込まれているような感じだけれど。そして私の後頭部にあたるこれは何? 

 えっ、えっ、これってまさか。

 

「……膝枕?」

『疲れていたんだね、忙しかったものね。まだ寝てていいよ』

 

 ぎゃーっ、膝枕だ! もういいですもう充分だから! 寝させようとしないで! 

 膝に何度か座らされていたから、かたいのは知っていたけれど! ああやっぱり男の人だなあなんて思っちゃったじゃないか、もう! 

 

「『無問題大丈夫! 元気よ私!』」

 

 そこで芽生えた出来心。おかえし、という体をとれば、俊臣に膝枕できるのではないか? 

 私の提案は、あっさり受け入れられた。

 

 膝の上に、俊臣の頭が乗っている。俊臣は目を閉じて、ごろんと横になっている状態だ。

 

「……ううう」

 

 ……あかん、これはずかしい。

 私のおばか……いくじなし……かんがえなし……

 自分でやっておいて……恥ずかしくなるとかもう、馬鹿なの……。私のっ、お馬鹿さんっ……! 

 

 くすくすくす、と俊臣が笑う。

 

 気づかれてるしいいい! 

 頭を抱え悶える私を、俊臣は更に笑う。

 

 むぐぐ。だって、恥ずかしいものは恥ずかしいものでしょう? それだけよ、それだけ。

 そうして、つーんとそっぽを向いてみせたら、俊臣はまた、堪え切れないとでもいうように身体を捩って笑って、私の頬を撫でた。

 

 だからそういうの、やめよう? 

 勘違い、しちゃうでしょ? 

 

 この間から、ちょっと、このままじゃあまずい気がしてばっかりだ。彼からの親愛が心地よくて、その距離感が好きで、温度に安心するのに、どうしてだろう。私はこんなにも満たされているのに。彼が、それ以上をくれるから、あんまりにも優しいから。期待してしまって、勘違いしそうで、怖いや。

 

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