・温度
俊臣は、あんなに血色の悪い顔をしておいて、くっついているととても温かい。私の体温が高くて、その温度が移ってるんだと彼は笑う。それがまるで、自分に血が通っていないとでも言っているようで、私はそれが不服で仕方なかった。
だってほら、この人はこんなにも温かい。
・色
まどろみ、ぬくもり。外はいくら明るかろうと、この棺桶の中は暗い。そのはずなのに、どうしてだかまわりに明かりが射したような気がした。
夜を明かし、太陽がのぼると共に眠りに沈んだ意識はなかなか浮上せず、瞼を開くのも億劫だ。音だけが、意識の外に流れていく。
ふと、誰かが泣いているような声がした気がして、かと思えばまた違う誰かの笑い声がして。一体何を話しているのか、その内容までは頭に入ってこないけれど、俊臣以外の人間がこの場にいるのだと私は理解した。
俊臣と同じ職場の人たちにしてみれば、ここは不可侵領域だから、多分別のどこかから来たのだろう。ふわふわと頼りない意識の中でそんな予想を立てていたら、まるで隠されるみたいに俊臣の身体が寄ってきた。
びっくりして意識も覚醒してしまった。ただでさえ近い距離にいたけれど、これは、密着する面積の広さが比じゃない。
「『俊臣?』」
『ありゃ、起きちゃったね』
優しく囁くように、俊臣はそう言った。彼の背中で塞がれた視界に、私は周りなんて見えていない、けれど、俊臣が「誰か」と対面していて、その「誰か」と私を会わせたくないのかなと、なんとなく思った。
『色ボケしたか』
その「誰か」のものであろう声がする。
『色』……って、あれだよね、いかがわしいやつ。後の部分は拾えなかったんだけれど。えっ、何、セクハラ発言!? 落ち着いた声に反して言動がピンク色な人なんだろうか、俊臣も私と会わせたがらないはずだ。
「え、『えっちいのはよくないと思うます!』」
ぶほ、と俊臣が吹きだす。私はというと、セクハラ発言した奴の顔でも拝んでやろうかと、興味本位に俊臣の背からそろりと顔を出した。
鬼がいた。
間違えた。鬼と紛うくらいに威圧感ある仏頂面の人がいた。悲鳴を上げなかったことを褒めてほしい。セクハラ発言が脅しに聞こえる顔だった。
目が合う前に顔を逸らす。と、その場にいたらしい、もう一人が視界に入る。
どこかで見たことのある男の子、いや、女の子? 確か、前に……そう、言葉の練習中、見かけた時は男の子だった。男の子の親戚か何かだろうか。
その子は目を開けたまま固まっていて、こちらに反応の一つも示さない。表情から恐怖の色がみてとれるあたり、きっと仏頂面の人と目が合ってしまったのだろう。それってなんてメデューサ。
その場には、更にもう一人いるらしかったけれど、仏頂面の人と目が合うのが怖くて、私はすぐに俊臣の背に隠れてしまった。
・紅秀麗
どうやら、この間見たいつかの男の子そっくりさんは、私の受けなかった国試で受かった官吏さんらしい。男の人の中でバリバリ働いてるって! かっこいい!
そして、この前の『色なんとか』はセクハラ発言じゃなかったんだって。なんとなくそんな気はしてた!
・境界線
俊臣が私を寝床(棺桶)に入れてくれなかった。
「『何故! 何故に駄目?』」
『うん。心地よくてつい流していたけへど、やっぱりこのままはいけないと思って』
「『何ゆえ~っ!』」
棺桶のふちをドラミング抗議する私に、俊臣は呆れたような溜息を吐いた。
『そんなのでも君、女の子でしょう。そしてボクは男なの。一緒の場所で寝ていたら、またこの前みたいに誤解されることになる。だから、きちんと線引きしよう』
俊臣のそれは、男女きちんとした付き合い方をしようという提案だった。
いつかの余所余所しさを思い出して、私は首を横に振る。
「『やだ!』」
『かといって、このままもよくないと思うのだけれど』
「『他の人、誤解どうでもいい!』」
『ボクも、それはいいんだけれど。いつか、ボク達まで誤解してしまう日がくるかもしれない。その時に傷つくのはボク達だ』
「『怪我する私達の誤解?』」
『例えば、僕が君に男性として好かれていると誤解するかもしれない。君が僕に女性として好かれていると誤解するかもしれない。その誤解の上で、相手を好きだと錯覚して、一線を越えるようなことがあれば、目も当てられないことになるだろう?』
今の関係を壊してしまわないように、踏み越えてしまわないように、明確な線を引こうと俊臣は言う。越えてはいけないものをお互いの間に見える形にするというだけで、私にはそれが壁にすらなったように思えた。なんだその不可侵条約。
「『やだ、嫌だ!』」
なんか嫌だ、凄く嫌だ。だってそれでは、夢見ることも叶わなくなってしまう。
私だって、今が心地いい。けれど、でも、その心地よさの理由を知っているから、その線を引かれたくない。俊臣の口で、告げて欲しくない。
『それって、線引きがなくったって、越えることはないって言ってるの?』
そう言った俊臣は、いつもより少し強い語調だった。
『ボクだって、君のことは信頼しているし、ボクも大丈夫だと、思っているよ』
「……」
『けれども、人の気は変わるものだ、万が一を考えて──』
俊臣の言葉が止まった。私の顔を見たらしかった。
少しの逡巡の後で、俊臣が口を開く。
『……それとも、ボクが好きなの?』
それは、よく切れるナイフを、首にあてられる行為にも似ていた。
私は頷くのを酷く迷って。迷って、迷いながら、嘘はつけなくて。小さくこくりと頷いた。
俊臣が、閉口する。
……なんで、頷いちゃったんだろう。
強い後悔の念が湧いてきて、私はぼろぼろ泣きだした。
言わなきゃよかった、なんで言ってしまった。秘めて、閉じ込めて、そのままにしておけばよかった。
『ごめん』
謝られてしまった。私はさらに泣く。
『それって、ボクは君を好きになっていいって意味? ねえ? そういうこと?』
その手で涙を拭われる。
顔を覗きこまれて、息が詰まった。
何、何これ。惑わせないで。何言ってるの、何考えてるの。わかんない、わかんないよ、いいの、だめなの? わかんないの。
額にキスをおとされて。「二人用の棺桶って、どうかな?」なんて優しくきくから。もう、限界で。
だって、だってこれじゃあ、まるで。
いいよ、と。許されたようで。私は俊臣を好きでいいのだと、彼に認められたようで。
しゃくりあげた私の声は言葉にならなくて、ただただ、彼に抱きついた。背に回された彼の手が、私の身体を抱き寄せるのに、涙が止まらなくなって、私は彼の腹へと顔を押し当てた。
・鼓動
そのまま泣き続けていたら、俊臣にちょいちょいと服を引かれた。私が顔を上げると、彼は少し身を離してから、膝を屈めて微笑んだ。
俊臣はそのまま私を引き寄せる。彼の顔がそばにあって、私の頭は彼の胸に届く。この身長で諦めていたのに! いたのに!
引っこみかけていた涙が、また溢れてきてしまった。
彼の胸を借りて泣く。とくとくと一定のリズムを刻む彼の心臓の音が、私の中に落ちていく。彼がこうして合わせてくれるなら、身長が低かったっていいや、なんて思った。
俊臣は後で腰を痛そうにしていた。ごめんよ。
・目が覚めない棺桶
二人用の棺桶を提案しておきながら、俊臣は私と一緒に入る気がなかったらしい。私の方が長生きするでしょ、とか言ってた。ひどいや。私は後追いも辞さないっていうのにさ!
そんな私に、俊臣は酷く嫌そうな顔をしていた。ふーんだ、そんな顔しても私には知ったことじゃない。嫌なら長生きしてください。
・目を閉じる
正式にお付き合いを始めた、だなんて、むず痒くすぐったくなる言葉が、今の私と俊臣の関係だったりするわけで。
男女、とはいっても恋人同士が寝床を分ける必要はないわけですよ。
そんなこんなでこの際に、二人用の棺桶を用意しようという話になったのだけれど、いかんせん、この私に俊臣も入れちゃう二人用の棺桶は広すぎたようだ。
風通しのあまりのよさに、俊臣も『いつもの棺桶でいいか』との結論を出した。
『君小さいもんね』
その一言は余計です!
──そうして私と俊臣は、今日も棺桶で眠る。
(目が覚めたら棺桶・終)