空間騙   作:ベンゼン

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5.2

 

 

 

 男は迷っていた。

 

 

 見慣れている筈の地形かと思えばそうではない。

 

 自分がただの東京の、銀座にいるわけではない事を、遅まきながら理解していた。

 

 

 

 

「ここも違っている……」

 

 

 

 

 記憶を頼りに進んだ先は、またも食い違っていた。

 何度か訪れた事のある目立つショッピングセンターの建物はどこにもなく、貸し駐車場と空き地しかなかった。

 

 そして、そのどれにも言えることだが、人の姿はまるでない。

 

 

 

「何故だ……何故誰も会わない」

 

 

 まるで、人が何かの営みのために造り上げたとしか思えないビル。

 

 物を売買していそうな商店街のような通り。

 

 車が停まった駐車場。

 

 ガソリンスタンド。

 

 

 それらは、自分にとって身近であり、何ら驚きを発するようなものではないのだが。

 どれだけ歩いて、建物に入り声を掛けようと、人の気配がまるで感じられないという一点をもって、異常と断じる他に無かった。

 まるで、どこかの日常風景から人が活動していたその最中に、人の存在だけ切り取られて、それでいて辻褄が合うように丸ごと修正されてしまったかのような。

 

 この街にいる人間は自分ひとりしかいない──そんなあり得ない想像ですら現実味を帯びているのが、自衛官の男、草壁段蔵の今の状況であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すぅううう」

 

 

 

 息を整える。

 何故周りに人がいないのか、連絡が取れないのか……何故知っている町の風景が、微妙に建物の配置であるとか店の名前なんかが変わっているのか、その上で、何故誰一人自分以外の人物の姿が見えないのか。

 いや、人の姿がどう、という以前に、この町は何かがおかしい。

 人が住んでいたのならばあってしかるべき、雰囲気、というべきか、そういう気配が微塵も無い。

 

 

「(……人の住んでいた痕跡はある、はずなんだが)」

 

 

 自分は最初、ここが銀座であると判断したが、今では得体のしれない異世界のようにすら思えている。

 これの前にも"異常な出来事"はあったが、ひょっとすると目の前に広がるこの異常な光景よりは現実味があると言えるやもしれない。

 気が付いたら自分は、直前まで搭乗していたヘリコプター機内から硬い地面の上にいたという事、これは確かなことだ。

 

 

 

 機内には他に同僚がいて、ある任務の遂行中であった。

 突如として現れ、日本国民の安全を脅かした憎むべき侵略者、その一団を追跡し、時には機銃による射撃も行われた。

 それにより、着実にその戦力を削ぐ事に成功していた。

 問題は……ある多数の侵略者の集団を空中から追跡していた時に起きた。

 

 

 

「化け物」──そう形容する他にない、上空から銃弾を浴びてもなお行進を乱すことなく、前進し続ける神話の不死者のような兵士。

 その数は目視でとても計りきれないくらい。

 

 その姿に動揺しながらも、俺達は上空からその姿を観察しながら、様々な手段を試してみたがどれも有効ではなく、手詰まりに近い状況に陥っていた。

 

 そんな折に起きた緊急事態、それは同僚の一人──ヘリの運転をしていた鷹村という男が錯乱を起こした事に端を発した。

 なんと、あろうことかまるで地面に激突しに行くかのように機体の操縦を始めたのである。

 当然、飛行する機体の運転中にそんな事をされれば溜まったものではないと、傍にいた他の隊員達も協力して何とか男を無力化して制御を取り戻そうとしたが、それらの試みはどういうわけか全て失敗した。

 鷹村は驚くべき膂力で、しがみつく周りの人間をひょいひょいと投げ飛ばし壁に叩きつけ、やがて機体は猛烈な勢いで地上へと突き進んでいき――

 

 

 

 

 

「──っっッ!!??!」

 

 

 

 ガタガタと歯が震える。

 

 自分はあの時、とんでもない勢いで地上へ激突し、あの機体と運命を共にしたと思っていた。

 いや実際の衝撃は無かったが、あの状況で回避する手段を実行に移すことはできなかった。

 

 しかし生きている──俺は何故死んでいない? 

 

 

 

 

 おかしいのと言えば、目覚めた時飛行機の破片も人の姿も無かったのは妙だ。

 もしあの場所が現場であるならば──自分が奇跡的に投げ出されて助かった等であれば──百歩譲ってその場所の周囲に痕跡はどうやったって残るだろう。

 そもそも墜落現場は多くのビルに挟まれた、大量の人間が行進していた場所であるのだから、あんなアパートの屋上にいたこと自体がおかしい。

 もしも後から応援が来て救出されたにしてもおかしい、自分はなぜ野ざらしであんな場所にいた? 

 

 何もかもがおかしい、辻褄が……合っていない。

 

 

 

「もう……わからんよ」

 

 

 

 

 何か思いつかないものかと考えてみたがより一層解けない謎の存在が明確になったように感じる。

 

 この謎を解消する安直な方法として、ここが死後の世界でありだからこそ常識が通じないという結論にしてしまおうかとも考えたが、それはきっと最終手段とするべきなのだろう。

 

 やけになるのはいつだってできるのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 大通り(?)を道なりに進むと、開けた場所に出た。

 

 自分はこの場所を知っている気がした。

 少し考えればすぐに分かった、ここは謎の侵略者どもが最初に現れた……とされていた、あの場所。

 

 

 謎の侵略者──奴らについてはまだ詳しいことは何も分かっていない。

 突然現れ、古めかしい中世のような装備を身に着けていたとか、伝わらない言語で話しかけたとか叫んだとか。

 

 通りを歩いていた平和な市民を紙でも引きちぎるように乱雑に、残酷に、殺害し、その様を誇示するようですらあったという。

 聞けば聞くほど頭のおかしいテロ集団、いや軍隊……か。

 

 21世紀に生きる同じ人類なのかと疑いたくなる蛮行だが、周辺諸国のどの軍隊にも特徴が一致しないようだった。

 

 

 

 

 

 

「(俺の記憶がどこまであてになるか分らんが……)」

 

 

 

 似ていると思った。

 

 ヘリで上空から見た景色や、作戦前に僅かに見た映像、そして記憶にあった東京の地理の情報と照らし合わせて。

 ここはあの、謎の建造物と軍隊が最初に現れたという場所ではないか……と。

 

 しかし、似ているからといって何があるわけでもないようだ。

 現に見回しても巨大な謎の建造物らしき姿は無く、それでいて人の姿は相変わらず無く、がらんとしていた。

 ひょっとしたらと思ったが、どうやら無駄足に終わったらしい。

 また探索し直しか──そう思い足を動かそうとした俺の目に、ふと何かが映った。

 

 

 

 

 

「(あれは)」

 

 

 

「(鳥居……か?)」

 

 

 

 

 

 

 不自然な静寂で溢れかえる、誰の姿も無い道の真ん中に。

 

 よく目を凝らすと見える、朱い色の特徴的な形。

 

 

 日本人なら馴染み深いもの、神社によくある"あれ"だ。

 

 

 

 

「神社……あんなところにあったか? 鳥居……」

 

 

 

 

 

 不思議と、吸い寄せられるように足は動き、アスファルトの上を静かに叩く音が響く。

 

 速足で歩けば目的地にはすぐたどり着いた。

 

 

 

 それは何の捻りも無い鳥居──よくある形、よくある色合いをしているだけのものに見える。

 

 強いておかしな事を挙げるなら、その置き場所が車道の明らかに邪魔になる中央にあったことだが。

 

 元々こんなおかしな場所で気にする事ではないようにも思う。

 

 

 

「……」

 

 

 

 

「何じゃ、辛気臭い顔をした輩がおるわ」

 

 

 

「!?」

 

「まるでついさっき死んだような顔じゃわい」

 

 

 

 にゅっ──と鳥居の何も無い空間が歪んだかと思えば。

 

 その女は目の前に立っていた。

 

 やけに浮世離れした服装、珍妙な……。

 

 なんというか、見たことのない恰好だった。

 

 

 

「外来人とは珍しいの」

 

「外来人?」

 

「この地は隔絶されておるゆえ、入ってくることなどできんはずじゃが……」

 

 

 

 

「まぁ、色々あったのじゃろうな、運が悪いことよ」

 

「はぁ」

 

「では、ここから出してやろうか?」

 

「……え? できるのか?」

 

「うむ、但し何の代償も無しとはいかん……」

 

 

 一瞬目を輝かせるが、代償と聞いて俺は身構える。

 

 年寄り臭い口調の女は言った、自分が何かをもらうわけではないと。

 

 

 

「先に言ったであろう、この場所は隔絶されていると」

 

「それはこの場所が、簡単に踏み入ってはならない歪みの地であるから」

 

「そして、この地に入り込んだ以上はその身に歪みが残り続けることになろうぞ」

 

 

 

「"歪み"だと?」

「うん」

 

 

 

 

「まぁ、どうなるかは出てからでないと分からんが」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ……話が分からん、せめてもっと話を」

 

 

 

 

「後戸開くぞー」   パカッ 「え?」

 

 

 

 

 

 

「達者でな~」

 

 

 

 

 

 

 ヒュォオオオオ

 

 

「うわああ   あ   あ     あ        あ──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ちていく――背中から何かに吸引され、何かの枠を潜り抜けたと思ったら。

 

 そのまま真っ逆さまに落ちていく。

 

 

 遠くに扉が閉まった音を聞いて、そのまま俺は落ち続けていった。

 

 

 

 

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