皇帝の小剣   作:橡樹一

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 今回から大征戦編突入の予定だったのですが、冒頭に入れた短編集が膨らみすぎてしまいバランスが悪くなったのでさらに膨らませて一話としました。
 次回からこそ大征戦編に入りますが、私用が立て込んでしまっているため更新は遅れることになりそうです。


小剣と統治

 プロパトルが帝国へと帰参し、彼は惑星総督の立場と共に帝国貴族へと列せられた。それは長年の忠義に対する陛下からの恩賞であり、彼は恭しくもそれを受け取った。

 彼の統治は帝国全土を見ても並ぶものが少ないほど理想のものと言われており、それを皇帝閣下から下される多くの任務と並行して行ったことは彼の非凡さの表れと言えるだろう。

 我々は彼の統治を継ぐ者として、帝国に誇る惑星運営を心掛けなければならない。

 

――帝国行政局、レギュラリティ支部心得より抜粋

 

 

 

 ・帝国技術局(カルト・メカニカス)の受入

 

 プロパトルが帝国へと合流してから数年が経ったが、その期間は彼の予想通り並大抵の密度ではなかった。

 まず最初の大仕事が、早急にと送られる帝国技術局の技術司祭たちを受け入れるための準備だ。

 皇帝の意向により召集されるのは、カウルを筆頭とした改革派と呼ばれる者たち。彼らは火星教団の本流である教義の保全よりも、技術の進歩と発達を優先とする異端の集団だ。彼らの活動を支援すれば、STC端末に納められたデータを元により改良された技術を新たに発(・)見(・)できるだろう。

 そんな集団を受け入れる以上、彼らの住居は相応のものでなければならない。安普請など用意すれば、彼らどころか機械教団そのものを軽んじていると捉えられる。それだけでなく、改革派と敵対する者による暗殺の危険も増大することは容易に想像ができる。

 

「……以上の点を鑑み、機械教団に提供する居住地を今現在STC端末が安置されている要塞周辺とする」

 

 プロパトルの発表に、会議室はざわめきが止まらない。

 

「我らの至宝を部外者に差し出すのか?」

「だが、我々と彼らが持つ技術の差は圧倒的だ。彼らの戦艦を傷つける前に、都市どころか大陸が焦土と化すぞ」

「技術者を受け入れるのはいいが、技術交流はできるのか?

 聞いた限りでは、どうにも技術者というよりも宗教の伝道師のように感じたが」

「それよりも、技術者同士で内乱があるとはどういうことだ。

 議論が高まった結果の殴り合い程度ならわかるが、議論内容を理由に異端だの禁を破っただの言われて攻撃されてはたまらんぞ」

 

 常識外からの来訪者についての情報を受けたことで、行政の傑物たちも混乱を抑えられていない。口々に疑問や不安が漏れ出し、自然には止まらないであろうそれをプロパトルが手を打って押しとどめた。

 

「諸君らの不安もわかる。だが、これはチャンスでもある。

 進んだ技術を取り入れ、なぜ彼らが宗教的な儀式を行っているのか。そしてそれにどのような理由があるのかを解明すれば、ともに高め合う道が見えるだろう。

 もちろん、不合理だったとしても嘲笑や否定することは許されんぞ」

 

 念のために釘を刺すことも忘れない。たとえ異端であっても、機械教団の信奉者であることに変わりはないのだ。不用意な発言で、争いになどなられてはたまらない。

 

「それでは、要塞の改修工事を改案する。

 具体的に内容を詰めていこう」

 

 幸いな点として、件の要塞は元々STC端末保護のために改築工事の計画が立てられていたことが挙げられる。今回の案はそれに手を加え、要塞としての防衛力を底上げしようというものだ。

 とはいえ、大規模改修を行うだけの時間があるわけではない。レギュラリティはテラと火星からそれほど離れているわけではないのだ。今ある防衛設備をなんとか改良し僅かな装備を追加したところで、帝国行政局から技術司祭の到着が近いと連絡が入った。これ以上の改築は時間から考えて不可能と判断したプロパトルは、周辺の整備をするよう指示を出す。

 などとしている間に、機械教団の船が衛星軌道に到着する日が通達された。宇宙船との連絡を可能とするために新設された宇宙港の座標を送ると、数時間後には着陸可能との返信がなされる。

 

「できることならば、数日前には連絡が欲しいものですな」

「なんでも、ワープの最中は通信が不安定になるらしい。物質宇宙に出たタイミングで通信をする以上、余裕が無いのは諦めるしか無いさ」

「ならば出発の時点で連絡をよこすべきでしょう。それである程度の予定は立てられる」

「繰り返しになるが、ワープ自体が不安定な代物だそうだ。安定をとって短距離ワープを連続しても、数日のずれは出る。

 あくまでも移動方法の問題なのだから、彼らの責任というわけではないだろう」

 

 苛立つ部下をなだめつつ、プロパトルは来賓を出迎えるため宇宙港へと向かう。

 発着場で歓迎の準備をする一同の前へ、赤地に機械とドクロを融合させた紋章を掲げたシャトルが着陸した。圧縮空気が漏れる音と共にスロープがせり出し、皇帝直々に選出された技術司祭が姿を現す。

 深紅のローブを翻しながら大地に降り立つ司祭は、人と機械の融合した奇怪な姿を隠すことなく衆目に晒している。見たことのない異様な姿に、レギュラリティ政府の人間は怯えを隠すことが精一杯だ。

 しかしプロパトルは怯える様子も無く、一歩進み出て一礼する。

 

「ようこそ、火星の技術司祭の方々。私は惑星総督、プロパトルと申します。

 皇帝陛下からの命により、遺物が存在する建物周辺はあなた方の土地として提供されます」

 

 恭しいプロパトルの態度に、技術司祭たちは目に見える反応を出さなかった。文字通り機械的に眼やアイセンサーを動かし、代表である一人が声帯代わりのスピーカーを震わせる。

 

「歓迎:感謝。

 要求:案内

 行先:遺物安置施設」

 

 チャット画面を声に出すような会話方法に面食らうが、それを表に出す惑星総督ではない。

 

「こちらです。車を待たせていますので、お乗りください」

 

 笑顔を崩さず、導入されたばかりの公用車へ移動を促した。

 機械化された部位が扉に詰まる些細なハプニングはあったものの、一行は大きな問題なく車に揺られ道を進む。

 しばらくの時間が経ち、プロパトルが車外を指し示した。

 

「この地面に敷かれた赤い石畳からが、あなた方に提供される土地になります。できうる限りの機材は運び込んでありますが、不足があれば遠慮無く伝えてください」

「厚遇:感謝。

 疑問:到着時間」

「もう着きます。

 見えてきましたね」

 

 ガラス越しに見えるのは、防衛を強化するために改築された要塞だった。尖塔には周囲を監視するレーダーが備え付けられ、装飾に紛れ対空砲や光学兵器がハリネズミのように周囲へと向けられている。

 入り口広場に到着した車から一行は降車し、複合装甲製の扉を通る。厳重に警護された広間で、STC端末は安置されていた。

 

「確認:目視にて」

「感嘆:STC端末の現物」

「感動:万機神の御業」

「010001110000100」

「101100011011001」

「110001100101100」

 

 照明に照らされ鈍い輝きを放つSTC端末を前に、機械教団の司祭たちは興奮冷めやらぬ様子で言葉を漏らしている。数人は興奮のあまり、バイナリ語で議論を交わすほどだ。

 機械を信奉しかつての人類の技術遺産を尊ぶ彼らにとって、その結晶ともいえるSTC端末は神の奇跡そのものと呼べる存在。現存する奇跡を目にした信奉者である、彼らの胸中は部外者であるプロパトルに推し量ることはできない。

 

「それでは、我々はこれで失礼いたします。

 何かあれば、ヴォクス通信で連絡を」

「手段:納得。

 感情:感謝」

 

 興奮状態で議論を交わす技術司祭の中で、代表の男は自らを律しプロパトルとのやり取りに応じていた。だがそう見えるのは肉体の多くを機械に置き換えたからであり、カメラアイでは片時もSTC端末に合ったピントをずらさずに観察し続けていることをレギュラリティの人間が知ることは無い。

 

「では、現時点をもってSTC端末調査のための案内及び土地提供を完了とします」

「受領:完了」

 

 互いに一礼し、踵を返した。プロパトルは要塞の外へ、代表の男はSTC端末を囲む同僚たちへと足早に歩を進めた。今後物品請求等の交流を通じ、プロパトルと技術局の異端者たちは関係を深めていくことになる。

 技術の発展を志すもの同士の交流が異端ともとられかねない新たな潮流の源泉となっていくことを、今はだれも知らない。

 

 

 

 ・総主長の教育

 

 帝国技術局の受入を行いつつも、プロパトルは皇帝直々の依頼を遂行していた。すなわち、総主長たるアルファリウス、オメゴンの精神的教育である。

 彼らが育ってきた環境は、帝国でも指折りだ。多くの賢者や武人から教えを受けた二人は帝国内でも有数の俊英であるが、その環境下では人間としての一般的な倫理観を教えることができる人材だけはいなかった。偏った思考の持ち主しかいなかったというわけではなく、単に戦争や統治といった人間の情を思考に入れることがない考え方を基本とする者からしか、教えを受けられなかったのだ。

 皇帝やマルカドールもそれを問題であるとは認識していたものの、彼らもまた人の心を十分に理解しているとは言えない側の存在。どのような教育体制をとるべきかと頭を悩ませていたところに、まるで計ったかのように帰還した男がプロパトルだ。

 殺戮機械であるサンダーウォリアーを人を思いやる集団に育て上げた実績を買い、皇帝は息子とも呼べる二人の情操教育を任せることに決めた。

 皇帝とマルカドールからすれば降って湧いた幸運とも呼べる采配だが、任されたプロパトルからすればついでとばかりに投げられた重責に他ならない。とはいえ、臣下である以上勅命を断るという選択肢は存在しない。

 問題として、プロパトルは教育に関して学んだことがあるわけではない。だが自らの経験から伝えられることがあるはずだと、サンダーウォリアーへの教化を思い出しながら最低でも日に一度教鞭を執っていた。

 

「……ということもあり、我が配下であったサンダーウォリアーはミリタルムに迫るテクノバーバリアンを押さえ込むことに成功しました」

 

 この日の教材として取り上げたのは、背後に現れたテクノバーバリアンの群を強行突破しミリタルムを守った戦いだ。自らの拘りを元にした無理な指揮で部下を数人失った苦い経験だが、教える立場でいる以上自らの失敗から目をそらすわけにはいかないとプロパトルは考えている。

 

「この時私がとった指揮は、戦術的戦略的に見てあまり意味がなかったと言えます。無理な敵中突破の結果、私は数人の部下を失いました。ですが結果は、他のサンダーウォリアー部隊と比較して戦死者こそ少なかった。

 さて、何故私はこのような指揮を執ったのか、わかりますか?」

 

 問いかけに、双子の総主長はわずかに首を傾げた。

 

「より効率的にテクノバーバリアンを仕留められるからでは?

 結果から見ても、自軍の被害を抑えテクノバーバリアン部隊を殲滅しています」

「もしくは、ミリタルムの援護を受けやすくするためでは?

 サンダーウォリアーからすれば取るに足らないとはいえ、数が揃えば侮れません」

 

 アルファリウスとオメゴンが、順番に自らの考えを口にする。それは指揮官の視点であり、そのときプロパトルが抱いた感情を読み取ろうとはしていないものだった。

 

「残念ながら、二人とも不正解です。

 私はあのとき、ミリタルムの死傷者を抑えることしか考えていませんでした」

 

 プロパトルの答えに、総主長たちは眉を顰めた。

 

「それは、あまりにも感情的ではありませんか?

 率いたサンダーウォリアーの損害が多ければ、それを理由に処断されていた可能性があります。

 せめて遠距離からの支援に留めるべきだったのでは無いですか?」

「ミリタルムよりも、サンダーウォリアーと指揮官の価値が高い。

 ミリタルムを囮に、テクノバーバリアンを挟み撃ちにした方が良かったのでは?」

 

 口にされるのは、感情を廃した合理的な戦術論だ。どこまでも正しく、人を数字としか見ていない。

 プロパトルは内心の溜息を、眼前の超人たちに悟られないよう押し殺した。

 

「お二人の意見は、軍事的には正しい判断です。

 ですが、人の感情が考えられていません」

 

 プロパトルの指摘に、総主長たちは不思議そうに首をかしげた。

 

「通常時ならわかりますが、戦場で情を計算に入れる必要がありますか?」

「被害を抑えることこそ優先するべきであり、終わった後にメンタルケアをすればいいのでは?」

 

 二人の反論で、プロパトルは理解した。総主長たちは、人の心を一つのリソースとして捉えているのだ。

 教育を任された理由を肌で感じ取り、プロパトルは思考を切り替えた。

 

「お二人の考えは間違っておりません。戦場では、最も必要とされる考えといえるでしょう。

 しかし、それは正しさしかありません。人は正しさだけでは動かない、動けないものなのです」

 

 訝しげな二人の超人を前に、教育係は気を引き締める。

 

「感情は、人の動きを縛ります。しかし、理屈を超えた力を出す源泉にもなります。

 最初に、私が戦場で見たいくつかの例をお話しします」

 

 生まれながらに感情をコントロールする者に囲まれて育った総主長が、真の意味で人の心を理解することは困難を極めるだろう。故にプロパトルは、始めにロジックで感情の動きを教えようと青写真を描いた。

 総主長が戦いを遂行する機械になるのか心を配る指揮官になるのかを決定する試みが、一人の胸中で始まったのだ。

 

 

 

 ・倫理監視部隊(エシカル)育成

 

 火星の技術者受け入れを無事に済ませ、総主長の教育方法を決定したプロパトル。彼はもう一つの指令をこなす足がかりを前に、内心で安堵の息を吐いた。

 

「ここが、倫理監視部隊の本部となるのか」

 

 都心の行政府からほど近い郊外で、真新しい建物を見上げながらプロパトルは呟く。

 

「明日には内装が揃います。

 受け入れには間に合わせますぜ」

 

 建築担当者が、どこか疲労を滲ませながら笑う。現時点で複数の星系を支配する超巨大国家、それが人類の帝国だ。その主戦力であるスペースマリーン全軍に配備する人員を管理する施設と考えれば、それがどれほど巨大なものになるかは想像に難くないだろう。

 STC端末の力を借りてなお一年に近い時間をかけ、倫理監視部隊本部と名を打った巨大要塞は建造された。帝国行政局から連絡された第一の候補生到着予定日の、3日前である。

 

「なんとか間に合ったか。諸君らの尽力が無ければ、選抜された者たちを青空の下学ばせることになっていただろう。

 感謝と敬意を」

「よしてください。我々は貴方の命令に従っただけです。

 それもこれほど重要なものとなれば、気合いの入れどころですよ」

 

 礼を口にする自らの指導者に、建築担当者は笑顔で返答した。今も背後を往復する者たちも、笑顔を浮かべている。

 

「そう言ってもらえると気が楽になる。

 給与査定は期待してくれ」

 

 そう言い残し、プロパトルは建築現場を後にした。

 

 

 

 数日後、ワープの都合で到着が遅れた倫理監視部隊候補生が宇宙港で整列していた。帝国行政局が選抜した者に相応しい、意志の強さを瞳に宿している。

 居並ぶ若者へ向け、プロパトルが口を開いた。

 

「ようこそ、候補生。私が倫理監視部隊責任者のプロパトルだ。諸君らには、これから力無き者を守る法を学んでもらう。

 これにより守られるのは、民草だけでは無い。強さだけを求めた者は脆く、自らの傲慢により倒れるだろう。

 諸君らは学び取った知恵と規則で、民草だけでなくマリーンをも守るのだ。彼ら自身の傲慢からな。

 ここでは法だけではなく、生き延びるための技術も知ることになる。学びはけして無駄にはならず、必ずや自らを助けるものとなるはずだ。

 諸君らの成長を期待する」

 

 挨拶を聞いた候補生たちが居住まいを正すと、プロパトルは瞳を細めた。

 

「誤解を恐れず言おう。君たちは、並の戦士よりも死に近い場所へ踏み入るためにこの場所にいる。

 この場所での教育を終えた君たちは、倫理監視を目的としてマリーンの兵団へと編入される。つまり、超人兵士の行動を精査し時には言動を諫める必要がある。猛り、獰猛な兵士を相手にだ。

 もちろん、帝国から諸君らの身分について伝達はされるだろう。だが、それが厳格に順守されると考えているのならば甘いと言わざるを得ない。そう、偶(・)然(・)異種族の暗殺者が君たちを狙撃するのかもしれない。そうなれば、戦場での不運な事故として処理されるだけだ。

 それでも、この役目は誰かがやらなければならない。我らの一言が、結果として多くの者を救うことになるからだ。民を救い、戦士を救い、巡って帝国を救うことになる」

 

 プロパトルの眼前には、希望と野心を瞳に宿していた若者はもういない。死の危機を認識し怯え、しかしどこか覚悟を心に秘めた護国の卵が並んでいる。

 

「ようこそ、候補生たち。諸君らには戦士を諌める者として、誇りと覚悟を求める」

 

 そう言い残し、プロパトルは踵を返した。

 陰から帝国を守る忠義の士。そう呼ばれることになる倫理監視部隊は、この演説と共に始まったのだ。

 

 

 ・始まりの召集

 

 皇帝直々の仕事を請け負うプロパトルだが、帝国貴族や惑星総督として発生する業務は待ってくれない。レギュラリティに駐屯する火星技術局からの報告書に目を通し、サインをしながら首都郊外の開発業務報告書へと視線を移す。それが終われば帝国に納める税の収支報告をチェックし、同時にアルファリウスとオメゴンに出していたペーパーテストの採点を進める。さらに倫理監視部隊(エシカル)の教育内容の精査報告を受け取ると、惑星の腐敗調査報告書をファイルから取り出し順に並べる。

 

「……帝国に復帰してから戦場に立っていないが、サンダーウォリアー時代よりも改造された身体能力の恩恵に与っているかもしれない」

 

 事実、強化改造された肉体が無ければこの激務を捌くことはできなかっただろう。レギュラリティだけを治めていたころであれば補佐をするための人員はそれなりにいたのだが、帝国傘下として活動するにはいまだ教育が足りないのだ。

 幸いなことに、教育段階で数名の優秀な補佐官が見つかった。彼らの働きもあり、なんとか惑星総督兼帝国貴族兼総主長教育兼倫理監視部隊(エシカル)教導といった気狂いの兼任をこなしている。

 ノックと共に扉が開き、伝令の青年が珍しく明るい表情で入室した。

 

「閣下、喜ばしい報告です。

 文官の大半が、帝国から提供された熟慮機(コジテーター)の取り扱いをマスターしました。明日からは、業務負担のさらなる減少が見込めます」

 

 その一報に、執務室内の空気が沸き上がった。帝国から提供された計算機である熟慮機は、性能こそ高かったものの彼らの技術体系とは異なる操作性のため扱えるものが少なかったのだ。

 故に業務負担を覚悟し扱えない者に専用の講習を行っていたのだが、それがついに実を結んだ形となる。

 

「素晴らしい知らせだ。

 諸君、この過負荷業務も今日までだな」

 

 万感の思いと共に、プロパトルが同志へと語りかけた。疲労を滲ませた補佐官たちの目にも光が戻り、感極まった者は涙すら滲ませている。

 適性があったのか、熟慮機の取り扱いを理解した少数の文官でも日常業務を消化できていたのだ。その数が増えるとなれば、数名が長期の休みを取っても問題なく業務を行うことができるだろう。

 

「復帰した者たちが問題なく業務を行うことができると確認でき次第、先行業務を行っていた者たちには長期休みを取得してもらう。

 もうひと踏ん張り、頑張ってくれ」

 

 明言された報酬に、その場の事務員たちの目の色が変わった。気が早い者は、復帰した者に効率よい引継ぎができるようマニュアルを作成している。

 そんな弛緩した空気の中、鋭いノックが響いた。返事を待たず、扉が開かれる。

 

「失礼します。プロパトル様、マルカドール閣下より通信がありました。大征戦について意見を求めるため、ブケファロスへ召集するとのことです」

 

 その指令に、プロパトルは目を固く閉じた。吹き出しそうになる感情を押し殺し、静かに呼吸を整える。

 

「……計ったようなタイミングだ。

 諸君、私は一足先に長期休暇を取らせてもらう。申し訳ないが、君たちの長期休暇は私が戻るまで待ってくれ」

 

 不満がないといえば嘘になるが、絶対権力者からの呼び出しとなれば文句も言えない。周囲の文官たちもそれは理解しているため、表立った不満を見せる者はいなかった。明日以降の見通しが立っていたという点も大きいだろう。

 

「了解しました。お気をつけて」

 

 代表して答えた文官長に頼むと声をかけ、プロパトルは足早に執務室から駆け出した。




 ウォーハンマー40K用語解説

 あいうえお順

 ・改革派 かいかくは
 機械教団の中でも、技術の発展を是とする集団の総称。
 特に有力な者としてベリサリウス・カウルの名が挙げられるが、彼が派閥のトップというわけではなく有名な構成員というだけである。
 あくまでも技術の発展に寛容というだけであり、本質は機械教団と大きな差があるわけではない。

 ・技術司祭 ぎじゅつしさい
 機械教団構成員の総称であり、転じて帝国では技術者を指すことが多い。
 技術者であり機械を信奉する宗教家でもある機械教団は例外なく機械神の教えを心に刻んでおり、それは異端と言われる改革派であっても例外ではない。
 彼らの中にも階級があり、修めた技術や奉仕した年月において細かい呼称が変化する。

 ・熟慮機 じゅくりょき
 コジテーターとも呼ばれる、帝国で一般に使用されているコンピューターの総称。
 文明崩壊を原因とする技術の暗黒期を経由しているが、そもそもの技術レベルが高かったため我々が使用するPCと比べて性能は段違いだと考えてよいだろう。
 機械の使用と宗教行事が融合しているため、モニター周辺に大量の蠟燭や香炉が配置されているちぐはぐな光景は一見の価値あり。

 ・バイナリ語
 火星の技術司祭が使用する独自の言語であり、機械のビットを言葉で再現したもの。
 短い時間で大量の情報をやり取りできる効率的なものであり、習得したもの以外には機械的な補助なしに会話内容を聞き取ることができない秘匿性を持ち合わせている。
 人の耳には異音の合唱のように聞こえるため、不愉快に感じる者も多い。

 ※倫理監視部隊本部 りんりかんしぶたいほんぶ
 レギュラリティ首都に設立された教育機関であり、惑星に対する襲撃が起きた際に対応するための軍事拠点の一つ。
 現代の総合大学に比肩する規模の建築物であり、多数の地下壕によってすべての建物が往来できるため相互的な防衛を可能としている。
 大多数が研修中の軍人である上、教育係として駐留する教師陣もそのほとんどが軍人のため印象と比べてはるかに防衛力が高い。

 ・惑星総督 わくせいそうとく
 帝国における役職の一つであり、権力構造において上位に位置する称号。
 文字通り一つの惑星を支配する権利を与えられており、帝国への反逆行為等の僅かな例外を除いて内政的には完全に独立を許されている。
 場合によっては一人の惑星総督が複数の星系を支配することもあり、テラの高位貴族に匹敵する影響力を手にすることも難しくない立場。
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