阿求と食べた餡蜜はかなりの完成度で本当に美味しかった。
阿求も私と同じような感想を抱いていたようで、何度食べても飽きない本当に美味しい味と食感だと絶賛していた。
ちょっとした思い付きで訪れた人里だったが、結果としては本当に行ってよかったと思う。
こんなに良い食べ物があるなんてこれまでは知る由もなかったが、これからは暇がある時ぐらいなら人里に行ってみてグルメ開拓をしてみるのも一興かもしれない。
まあ、暇ができたらの話だけど。
「とても美味しかったですね。閻魔様」
「ええ、また時間があったら来てみるのも良いかもしれませんね」
私たちは餡蜜を食べ終わった後、お店から離れて歩きながら少しばかりの話をしていた。
阿求と会うのは久しぶりだったし、私の仕事場で働いていたこともあったので積もる話は色々とあった。
前回転生の手続きをしたのがもう片方の閻魔であったことも考えると、こうしてしっかり話すのは二百年ぶりくらいだろうか。
私個人としては毎日が仕事尽くしなこともあって面白い話など何一つできないが、阿求の語る話はとても興味をそそられるものだし、話し方もとても上手だった。
やっぱりというべきなのか、人間の二百年とそれ以外の者たち……つまり、私のような神や妖怪などのそれとでは
私たちからすると全く変わり映えのしない何百年は、人間からしたら変化の連続なのだ。
たった一年だけでも人間は必死に生きなければならないのだ。
私がこの姿になってからかなりの時間がたっている。もうとっくの昔に人間だったころの感覚は死んでいるといっても過言じゃないだろう。
四季映姫に転生してからすぐは、もちろん人間だったころの感覚との差異に苦しめられた。
だが、もう慣れてしまった。だからこそ、阿求のような人間と話していると懐かしさや人間の頃の感覚をぼんやりと思い出させてくれるのだ。
阿求との会話は毎回とはいかないものの、ちょっぴり不思議な気持ちを抱きながら聞いていることが多い。
「……そういえば、あなたが書いている幻想郷縁記の編纂は進んでいますか?」
「はい! おかげさまで順調です!」
阿求の幻想郷縁記に対する熱量は本物だ。それは人里の誰よりもであるし、遠い過去を含めて世界中誰よりもであるだろう。
何世代にもわたる書物の編纂。
常人では決して耐えられないその作業を自分から進んで望む子なんて彼女ぐらいだろう。
「それは良かった。……身体のほうも今は問題なさそうですね」
「あはは……みたいですね」
阿求は普通の人間よりも体が弱い。今となっては二、三十年ほどしか生きられないほどだ。
それはおそらく幾度となく転生を続けてきた弊害なのだろう。
しかし、残念なことにこの現象は私たちでは対処することができないため、阿求はその限られた人生を使って幻想郷縁記の編纂を行わなければならないわけだ。
そして、阿求と雑談をして分かったことだが、彼女はその見た目からは想像もつかないほどアクティブな性格と行動力をしている。
雅な少女、と誰もが第一印象として持つだろう。だが、実際はなかなかのお転婆娘だったようだ。
だから、その病弱な身体からは想像もつかないほど活動的になるときもあるみたいだ。
「仕方ないとはいえ体は大切にしてくださいね。自分の体に無理はさせないように」
「……はっ、はい。わかりました……」
……はっ! いかんいかん。無意識で説教をしてしまうところだった。
私がこの姿に転生してからというもの原作の四季映姫の説教癖が少しばかり移ってしまっているのだ。
極力しないように心掛けてはいるのだが、このようにちょっと気を抜くと始まってしまう。
まあ、原作の四季映姫がやっていたことだし別にやめるべきだとは思わないが、私は人に説教するほどできた人間……いや、閻魔じゃない。
無意識的に説教が始まったとしても、すぐに説教を終わらせることがほとんどだ。
「……分かったのなら良いですよ。……それにしても、あなたが書いているという幻想郷縁記は見てみたいですね」
「本当ですか!!」
私がそう言うと阿求はものすごい勢いで身を乗り出してきた。
その表情は本当に嬉しそうでキラキラとしており、まさにこの年頃の少女がしそうな無邪気で純粋なものだった。
阿求にとっては幻想郷縁記は人生そのもの。それを見せてもらいたいのだと言われたのだから嬉しくてたまらないのかもしれない。
「それじゃあ私の屋敷に行きましょう! 閻魔様に私の長年の成果を見てもらいたいです!」
阿求はこちらをさっきよりもさらにキラキラした目で見てくる。
私が見に行くだけでそんなに嬉しいのかな?
まあ、私としても幻想郷縁記を見ることは本望だ。
元の世界では存在自体は知っていたものの見ることは叶わなかった書物だ。何世代にもわたって編纂しているのを考えるとそのクオリティは私の想像をはるかに凌駕するだろう。
私は迷うことなく笑顔で答えた。
「ええ、ぜひ見せてほしいです。……それでは行きましょうか」
私がそう言った後、阿求は彼女の屋敷への道案内をしてくれた。
阿求の従者さんも後ろからついてきてくれている。その表情はまるで仏の顔のように穏やかで優しげなものだった。
▽
「あそこにあるのが鈴奈庵です! そして向こうにあるのが──」
阿求は私が幻想郷縁記を見たいと言ってからすこぶる上機嫌だった。
道案内の間もとても丁寧に、そしてテンション高めで説明してくれた。そのおかげで人里の地形も大方覚えることができた。
さすがに原作での重要人物にはまだ会えてはいないが、阿求と親交のある何人かの人物とは少しだけ関わらさせてもらった。
まあ今後会う機会があるかはわからないが、幻想郷の住民と、しかも人里に住んでいる人間と関わる機会なんて中々ない。ちょっとした好奇心で、だ。
「──そして、ここが私の屋敷です!」
おっと、どうやら阿求の家に辿り着いたみたいだ。
目の前にはとんでもなく立派な屋敷が佇んでいる。
さすが人里の中で一番のお嬢様だ。
「さあさあ、中に入りましょう!」
阿求は駆け足で彼女の屋敷の中へと入っていく。
阿求の屋敷の中にはかなりの人数の従者らしき人間がいており、急な見たこともない来客に困惑しているようだった。
「……あの、阿求様。この方は──」
「この人はあのお世話になっている閻魔様ですよ。今から幻想郷縁記を見せるんです」
阿求はそう言うとそそくさと自分の部屋のほうへ向かっていく。対して、阿求の従者はあまりにも衝撃的な内容に固まってしまっているようだった。
そんなことを知る由もない阿求はずんずんと自分の部屋の方向へ突き進んでいく。
長い廊下を渡った先、阿求の歩みが止まった。そして勢いよく扉を開けた。
阿求がいつも使っている部屋だろう。
「そして、ここが私がいつも編纂している書斎です!」
阿求は手を上げて自分の部屋を紹介した。
その部屋の中には大量の書類が並んでおり、どれもこれもものすごい歴史がありそうな古い書物ばかりだった。
「……すごいですね。これらは全部、幻想郷縁記にかかわる書物なのですか?」
「いえ、全部というわけではないです。閻魔様の近くにある書物は幻想郷とは関係ない歴史書がほとんどですね」
「なるほど……」
「幻想郷縁記を編纂するためにはいろいろな視点から紐解いていかないといけませんからね。こういう歴史書はそれを助けてくれるんです」
確かに妖怪の存在が大々的に信じられ、恐れられた時代は平安時代から江戸時代あたりまでだ。
特に平安時代なんて妖怪の全盛期だろう。
その時代も稗田家は存在していただろうが、彼女が確認できていない歴史もたくさんあるはずだ。それを補完する物として歴史書は大変貴重な存在なのだろう。
「そして、こちらが私が編纂している幻想郷縁記です!!」
阿求はそう言って本棚からある書物を取り出して私の方へ掲げてきた。
見たところ他の書物よりも明らかに新しく、現代の人でもとっつきやすそうなデザインになっているのがわかる。
「これが……」
私は幻想郷縁記を開いて、一ページずつ丁寧に見ていく。
阿求も私の雰囲気を察してくれたのか、静かにこちらの方を見てくれている。さすがに立たせたままにするのも何なので、近くにあった椅子に座って、阿求も座るように誘導する。
何分か経ったのち、私は一度読む手を止めて阿求に向き直る。
「……素晴らしいですね。今の人でも読みやすく、そして個々の妖怪についての詳細がしっかりしています」
「本当ですか!! ありがとうございます!」
阿求は目に見えて嬉しいそうだ。そんなに喜ばれるとこっちまで嬉しくなってしまうな。
私は目の前で喜んでいる阿求に微笑みを返しながら、幻想郷縁記をさらに読み進めていく。
はえー、本当にすごいな、これ。
私はパラパラと流し読みをしていると、ふとあることに疑問を持った。
そういえば、今の幻想郷って原作で言うとどのぐらいの時期なんだろう?
幻想郷縁記を見てみるとまだここに載っていない原作で出てきたキャラクターも結構いる。
……そういえば、この前白玉楼で何かしらのトラブルがあったと報告書に書いてあった気がする。ということは妖々夢は終わっているはずだけど……。
「…………?」
私がいろいろと考えると部屋の外から何やらざわざわと何人かの人の話し声が聞こえてきた。
さすがに何を言っているかまでは聞き取れないが一体どうしたのだろうか?
私が疑問に思っていると阿求は部屋の扉を開けて近くにいた使用人に話しかけた。
「うるさいですよ。どうかしたのですか?」
「あぁ、すみません。阿求様。何やら外で不可思議なことが起こっているようで……」
「……不可思議なこと?」
阿求は首を傾げて復唱した。
どうしたんだろう? 新たな異変だろうか?
私はそう思って庭の外を見てみる。阿求も同じように庭を……もっと細かく言えば庭に生えている植物を見ている。
「──!?」
「あれ? 春なのに……紅葉? それに桔梗も咲いています」
あれ? やばくない?
この異変って……。
「──花映塚」
嫌な予感しかしない。
「何が起こったのでしょう……閻魔様。どうかしましたか?」
阿求がこちらの方を向いて話してきているようだが何も聞こえなかった。
どうして……どうしてこんなに間が悪いのか。
異変が……東方花映塚が始まったみたいだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
とうとう映姫様は原作との邂逅を果たせそうです。ここから原作の人物とどんどん関わっていくことになると思うんで期待して待っていてください!