満月の光が、静かに納屋の屋根を照らしている。
僕は、卓袱台の上に広げた町の地図とノートを睨みつけ、ごくりと唾を呑んだ。手には、先日完成したばかりの、妖精印の無線機が握られている。心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
『こちら吹雪。海岸線にて待機中。いつでも動けます』
無線機から、吹雪の緊張を帯びた、しかしクリアな声が聞こえる。僕は、もう一つの無線機を口元に寄せた。
「了解。そのまま待機してくれ」
そして、納屋の屋根の上にいるはずの、もう一人の仲間に呼びかける。
「加賀さん、聞こえる?」
『ええ。問題ないわ、提督』
静かで、落ち着き払った声が返ってきた。
作戦は、僕が立てた。でも、その骨子は、ほとんどが加賀さんの知識と経験に基づいている。僕がやるべきことは、三人の”目”と”耳”と”頭脳”を、この納屋で一つに束ねることだ。
「作戦を開始する。加賀さん、偵察機の発艦を!」
『了解』
短い返事と共に、納屋の屋根から、数条の光が夜空に放たれるのが窓から見えた。それは上空で実体化し、妖精たちが操縦する小さな偵察機となって、音もなく霧の立ち込める海域へと吸い込まれていった。
ここからが、本当の戦いだ。
納屋の中では、別の妖精たちが、持ち出した古いブラウン管テレビか何かに、偵察機からの映像を不鮮明ながらも映し出す、という離れ業をやってのけていた。
『こちら加賀。第一次偵察隊より入電。目標海域、やはり広範囲に渡って濃霧に覆われているわ。通常のレーダーは機能しないでしょうね』
無線機から、加賀さんの冷静な分析が聞こえてくる。
「吹雪、そのまま待機。加賀さん、霧の濃度が特に高いポイントは特定できるか?」
『ええ。三時の方向、距離およそ五千。熱源反応も微弱ながら感知できるわ』
「了解した」
僕は、二人の報告を元に、ノートに書き込んだ地図の上にコンパスと定規を走らせる。風向き、潮の流れ、そして加賀さんからの情報。今はまだ、吹雪を動かす時じゃない。まずは、この断片的な情報を繋ぎ合わせ、敵の全体像を把握することに全力を注ぐ。これこそが、僕の戦場だ。
僕は、ノートに情報を書き込みながら、モニターの砂嵐と、無線機から聞こえる二人の声に、全神経を集中させる。
『……! 提督、何かいるわ』
加賀さんの声に、緊張が走る。
『第二次偵察隊が、敵の哨戒機と接触。数は、二』
「迎撃は可能?」
『不要よ。こちらの速度が上。振り切って、偵察を続行するわ』
テレビの画面の隅に、一瞬だけ、鳥とも魚ともつかない、異形の影が映り込んで消えた。
静かな緊張感の中で、時間は過ぎていく。
そして、作戦開始から一時間が経過した頃だった。
『……提督、これは……』
加賀さんの声が、初めて、わずかに揺れた。
「どうした、加賀さん!?」
『第三次偵察隊が、霧の中心部に到達。……信じられない。こんなものが、海の中に……』
テレビの画面が、激しいノイズの後に、一瞬だけクリアになる。
そこに映し出されていたのは、海の中から天を突くようにそびえ立つ、巨大な黒い「何か」だった。
それは、まるで生物の骨と、錆びた鉄骨を無理やり融合させたかのような、禍々しい建造物。無数の砲台が、威嚇するように空を向いている。あれが、深海棲艦の……巣。
『敵対空砲火! まずいわ、偵察機が──』
加賀さんの叫びと共に、テレビの映像は完全に途絶え、砂嵐に戻った。
◇ ◇ ◇
撃墜されたのは偵察機一機だけだった。しかし、加賀さんの表情は険しい。
「……私の艦載機が、やられたわ。こちらの索敵能力が、相手に劣っていた証拠ね」
彼女にとって、自分の目が潰されたことは、自身が傷つくのと同等か、それ以上の屈辱なのかもしれない。
彼女は、残りの偵察機を速やかに帰還させ、僕たちは再び卓袱台を囲んでいた。そこには、作戦開始前とは比べ物にならないほどの、重い空気が流れていた。
「……間違いありません。あれは、深海棲艦の前線基地です」
吹雪が、青い顔で呟く。
「我々の現在の戦力では、あの基地の攻略は不可能よ」
加賀さんが、ノートに書き留められた基地の見取り図を指でなぞりながら、冷静に、しかし厳しく言った。
「防衛戦力も、規模も、何もかもが未知数。無策で手を出せば、返り討ちに遭うだけ」
「でも、このまま放っておいたら、被害が……!」
「だからと言って、無謀な攻撃はできない」と、僕は二人の言葉を遮った。「僕たちの目的は、勝つことだ。無駄死にすることじゃない。……継続的な監視を行って、敵の戦力と目的を探る。それが、今の僕たちにできる、最善策だ」
それから数日、僕たちは次の作戦を練りながら、息を潜めて情報を集めていた。
しかし、事態は僕たちの知らないところで、勝手に動き出していた。
海上保安庁や、偵察系の”個性”を持つヒーローたちも、あの巨大な建造物の存在を認知したのだ。
テレビやネットは、連日その話題で持ちきりだった。「謎の海上要塞出現!」「大規模なヴィラン組織による海上要塞か?」といった憶測が飛び交い、メディアも連日この話題を取り上げ、ヒーロー社会全体が、この正体不明の脅威に対して、対応を迫られていた。
そして、運命の日。
僕たちが納屋で次の作戦を練っていると、テレビから、けたたましい緊急速報のアラートが鳴り響いた。
『──緊急速報です! 現在、沖合に出現した謎の建造物に対し、複数のプロヒーローが、今、攻撃を開始した模様です! 現場からの中継です!』
画面に映し出されたのは、ヘリコプターから撮影された、荒れ狂う海と、黒い要塞。そして、そこへ向かって突撃していく、見知った顔のヒーローたちの姿だった。
「そんな……無茶だ!」
僕の叫びは、けたたましい爆発音にかき消された。テレビの中では、ヒーローたちの放つ”個性”が、要塞に次々と着弾し、凄まじい爆炎を上げていた。装甲の一部が吹き飛び、砲台が沈黙する。確かに、ダメージは与えている。しかし、数秒後には、まるで時間を巻き戻すかのように、破壊された箇所が黒い靄と共に再生し、再び砲門をこちらに向けるのだ。ヒーローたちの攻撃は、決定打には、全くなっていない。
勝てるはずがない。そこにいるのが、どんなトップヒーローであろうと、関係ない。
魂を持たない力では、あの怨念の塊には、決して届かないのだから。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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