無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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第十話

 テレビの画面の中で、一人のプロヒーローが撃ち落とされた。爆炎を上げる海面に、その姿が消える。アナウンサーの絶叫と、他のヒーローたちの怒声が、納屋の小さなスピーカーから響き渡っていた。

 

「司令官、助けに行かないと!」

 吹雪が、悲痛な声を上げる。彼女の瞳には、かつて仲間を失った時のものと同じ、深い悲しみの色が浮かんでいるように見えた。

「待ちなさい、吹雪」

 冷静な、しかし有無を言わさぬ声で、加賀さんがそれを制した。

「無策で突入するのは自殺行為よ。それに、私たちの力を公にするのは、あまりに危険すぎるわ」

「でも、このままじゃ、あの人たちが!」

「だからと言って、我々まで共倒れになるわけにはいかない」

 

 二人の間で、意見がぶつかる。どちらの言っていることも、正しい。僕たちの力を明かせば、どんな騒ぎになるか分からない。でも、目の前で、助けられるはずの命が消えていくのを見過ごすことなんて、僕にはできなかった。

 画面の中で、僕も知っている、この地方で活躍する若手ヒーローの一人が、集中砲火を浴びて動けなくなっているのが見えた。

 

「……作戦を立てる」

 

 僕の声に、二人がはっとしたようにこちらを向く。

 僕は、目の前のテレビ画面と、卓袱台の上の地図を交互に見比べながら、震える頭を必死に回転させた。

「目的は、敵基地の殲滅じゃない。今、動けなくなっているヒーローたちを救出し、撤退させるための血路を啓開する!」

 

 僕の言葉に、加賀さんがわずかに目を見開く。

「……正気? 我々の戦力で、あの弾幕を突破すると言うの?」

「突破するんじゃない。こじ開けるんだ。一瞬でいい」

 僕は、地図の一点を指差した。

「加賀さん、航空隊、発艦! ありったけの艦載機で、基地の対空砲台を、南側から攻撃。陽動をお願いしたい」

「……なるほど。敵の注意を、ヒーローたちのいる正面から逸らすのね」

「うん。そして、吹雪」

 僕は、無線機を手に、吹雪の目をまっすぐに見た。

「君は、海岸線から最大戦速で突入。陽動で敵の迎撃が手薄になった一瞬を突いて、ヒーローたちを拘束している小型の深海棲艦だけを叩く。いいな?」

「はい、司令官!」

 吹雪の顔に、決意の色が戻っていた。

 

 作戦は、数分後に開始された。

 納屋の屋根から、加賀さんが放った艦載機が、再び夜の闇へと飛び立っていく。

 僕は、無線機を握りしめた。

「加賀さん、第一次攻撃隊、攻撃開始!」

『了解』

 

 遠くの海上で、閃光が迸るのが見えた気がした。加賀さんの艦載機が投下した爆弾が、敵基地の装甲を叩いているのだろう。テレビの映像の中でも、基地の砲台のいくつかが、明らかに上空へと向きを変えた。

 

「今だ! 吹雪、行け!」

『一番艦、吹雪、抜錨です!』

 

 無線機の向こうから、勇ましい声が響く。

 海岸で待機していた吹雪が、海面を滑り始めた。彼女の速度は、テレビのヘリコプターが追いきれないほど速い。画面の端に、白い航跡だけが一瞬映り込む。

 

『敵駆逐艦、三隻を発見! ヒーローを包囲しています!』

「よし。そのまま、蹴散らせ!」

『全砲門、開いてー!』

 

 次の瞬間、テレビの画面が、凄まじい閃光で白く染まった。

 ヒーローたちを囲んでいた三体の駆逐イ級が、吹雪の放った砲雷撃によって、一瞬で鉄屑と化して爆沈したのだ。

 

 その光景に、救出されたヒーローたちが呆然としているのが、画面越しにも分かった。

『な、なんだ、今のは……!?』

『どこから……!?』

『女の子……?』

 

「吹雪! よくやった! すぐに離脱しろ!」

 僕が叫ぶ。これ以上、姿を見られるのは危険だ。

『了解!』

 

 吹雪が反転し、再び戦場から離脱していく。陽動を行っていた加賀さんの艦載機も、役目を終えて次々と帰還していく。

 

 テレビの中では、アナウンサーが興奮したように叫んでいた。

『た、たった今、正体不明の、セーラー服を着た少女のような人影が現れ、ヒーローたちを救いました! 彼女は一体何者なのでしょうか!? まるで、幽霊のように現れ、そして、嵐のように去っていきました!』

 

 僕は、椅子に深くもたれかかり、大きく息を吐いた。ひどい汗だった。心臓が、まだバクバクと音を立てている。

 でも、僕たちはやったんだ。

 

 後日、この事件は、世間を大きく騒がせることになる。

 救出されたヒーローたちの証言から、彼女は”海の幽霊”と呼ばれ、ヒーロー社会における、最大の謎として語られ始めることになるのを、僕たちはまだ知らなかった。




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