無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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第十一話

 ヒーロー救出作戦から、一夜が明けた。

 納屋の中の空気は、まだどこか張り詰めたままだった。テレビをつければ、どのチャンネルも昨夜の事件のことで持ちきりだ。

 

『専門家によりますと、今回の襲撃を行った謎の海上要塞は、従来のヴィランとは全く違う、組織的な軍事行動であった可能性が高いとのことです。現在、ヒーロー公安委員会が、その正体と目的について、最優先で調査を進めています』

 

 ”海の幽霊”の存在も、もちろん憶測と共に報じられてはいた。けれど、世間の最大の関心事は、あくまで「謎の要塞」という、目に見える脅威の方だった。そのおかげで、僕たちの正体が、それ以上深く詮索されることはなかった。

 

「……完全に、捕捉されていましたね」

 隣で同じニュースを見ていた吹雪が、心配そうに呟く。

「仕方ないわ」

 卓袱台で、黙々と自分の弓の手入れをしていた加賀さんが、顔を上げずに言った。

「あれだけの数のプロヒーローと、報道ヘリの目の前で戦闘を行ったのだから。むしろ、情報がこれだけで済んでいるのが幸運なくらい。提督の指示通り、即座に離脱したのは正解だったわね」

 

 彼女の言う通りだった。僕たちがやったことは、それだけ大きなことだったんだ。

 僕は、ノートを開き、二人に改めて向き直った。司令官として、これを疎かにはできない。

「今回の作戦の報告と、反省会を始める」

 僕の言葉に、二人の表情が引き締まる。

「まず、成果。ヒーローの救出と、撤退経路の確保。これは、ほぼ完璧に達成できた。吹雪、加賀さん、本当にありがとう」

 僕が頭を下げると、吹雪は「そ、そんな、司令官の指示があったからです!」と慌てて、加賀さんは「提督の指示を、滞りなく遂行したまでです」と、表情を変えずに答えた。

 

「次に、問題点」

 僕は、ノートの一点を指差した。

「敵の規模が、僕たちの想像を遥かに超えていること。そして、僕の指揮能力の、完全な不足だ」

 昨日の戦い、僕ができたのは、大まかな指示を出すことだけだった。細かい戦術も、臨機応変な判断も、何もかもが足りていなかった。

「いいえ」

 僕の言葉を、加賀さんが静かに遮った。

「提督の判断は、的確だったわ。あの状況で、目的を『ヒーローの救出』一点に絞り、そのための最短手順を導き出した。それは、歴戦の指揮官でも、混乱の中では難しいことよ」

「でも……」

「足りない、という自覚があるのなら、それを埋めればいい。ただそれだけのこと。違うかしら?」

 加賀さんの言葉は、厳しく、しかし、どこかに確かな信頼が込められているような気がした。

 

 その日の午後、僕は一人で図書館にいた。

 いつものように受験参考書を広げるのではなく、パソコンで、ある学校のホームページを開く。

 

 ──雄英高校。

 

 日本最高峰のヒーロー育成機関。トップヒーローを何人も輩出し、その情報網と分析能力は、政府機関にも匹敵すると言われている。

 僕が、”海の幽霊”としてではなく、碧海鎮として、この戦いを続けるには。

 忘れられた歴史の謎を解き明かし、深海棲艦という脅威に、本当の意味で立ち向かうには。

 もう、ここしかない。僕の頭の中では、答えはとっくに決まっていた。

 

 納屋に帰ると、吹雪と加賀さんが、僕の帰りを待っていた。その雰囲気で、僕が何か特別な決意をしてきたことを、二人とも察しているようだった。

 僕は、二人の前にまっすぐに立つと、深く、深く息を吸い込んだ。

 

「吹雪、加賀さん。聞いてほしい」

 

 僕の、いつもと違う真剣な様子に、二人の表情が引き締まる。

 

「僕は、雄英高校へ行く。ヒーロー科を受験する」

 

 その言葉に、吹雪が息を呑んだ。加賀さんの眉が、わずかにぴくりと動く。

「司令官……でも、あなたは……”無個性”では……」

 吹雪が、一番言いにくいであろう事実を、気遣うように口にする。分かってる。僕が、ヒーロー社会では、落ちこぼれの烙印を押された存在だってことくらい。

「無謀な挑戦だということは、分かってる。笑われるかもしれない。絶対に無理だって、言われるだろう。でも、僕は行かなきゃいけないんだ」

 僕は、二人の目をまっすぐに見て、言葉を続けた。

 

「陰で戦い続けるだけじゃ、何も変わらない。僕たちは、いつまでも正体不明の”海の幽霊”のままだ。情報を得て、僕たちの戦いを、いつか正しい形で認めてもらうには、ヒーロー社会の内側に入るしかないんだ。それに……」

 僕は、一度言葉を切り、自分の拳を強く握りしめた。

 

「もう、吹雪や加賀さんだけに、戦わせたくない。僕自身も、みんなの前に出て、胸を張って戦える力がほしい。そのための、最初の一歩が、雄英なんだ」

 

 僕の決意を聞いて、吹雪の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。

 隣で、それまで黙って聞いていた加賀さんが、静かに口を開いた。

 

「……いいでしょう。提督がそこまで覚悟を決めたのなら、私たちが止める理由はないわ」

 彼女は、僕の目を見て、はっきりと告げた。

「一航戦の誇りにかけて、あなたのその道を、私たちが切り拓いてあげる」

 

 それは、僕の人生で、最も無謀で、そして最も大きな挑戦が決まった瞬間だった。

 僕と、吹雪と、加賀さん。たった三人の鎮守府の、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。




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