あの日、僕が途方もない決意を口にしてから、僕たちの日常は、新たな目的を得て、より一層密度の濃いものへと変わっていった。
季節は、夏から秋へ。僕の、人生で最も過酷で、そして最も充実した数ヶ月が始まった。
平日は、夜明けと共に始まる。
「司令官、足が止まってます! あと一周!」
吹雪の声が、まだ薄暗い住宅街に響き渡る。僕たちのトレーニングは、納屋の中だけでは収まらなくなり、近所の河川敷を走るのが日課になっていた。
体力がつけば、次は近接戦闘訓練だ。
「司令官。私たちが教えるのは、型や礼儀を重んじる武術ではありません。ただ、目の前の敵を、最短で行動不能にするための、”技術”です」
吹雪は、それまでとは違う、冷徹なほどの真剣な目で僕に告げた。
「人体の急所。重心の崩し方。関節の外し方。……これらは、美しい動きではありません。ですが、生き残るためには、必要です」
訓練が始まると、彼女の動きは変わった。それは、ダンスのような華麗さとは無縁の、ただひたすらに合理的で、一切の無駄がない、殺意すら感じさせるほどの連動だった。
彼女の指先が、僕の喉元や、目の前で、寸止めされる。僕が反撃しようと振るった腕は、巧みに体勢を崩され、いとも簡単に関節を極められる。
その動きは、本物の”戦い”の冷たさと、厳しさを、僕の身体に直接叩き込んでくるようだった。
訓練の様子を腕を組んで見ていた加賀さんが、静かに口を開いた。
「提督。今の動きでは、格上の相手には通用しないわ」
「え……」
「あなたの動きは、あまりに素直すぎる。戦いとは、騙し合いよ。相手が予測できない動きで、いかに隙を作り出すか。正々堂々など、ただの綺麗事」
加賀さんの言葉に、吹雪が「ですが、それは……」と、少しだけ戸惑ったように口ごもる。
「卑怯? そうね。でも、生き残るのは、いつだってそうやって相手の裏をかいた者よ。そうでしょう、提督?」
加賀さんの冷徹な視線が、僕を射抜く。そうだ、僕たちの戦いは、スポーツじゃない。
「……教えてくれるか、加賀さん」
「ええ。いいでしょう」
その日から、僕の訓練に、新しい項目が加わった。
目潰しを狙うフェイント。相手の武器を逆用するカウンター。意図的に隙を見せて誘い込み、体勢を崩したところを確実に仕留めるだまし討ち。
加賀さんの教えるそれらの技術は、どれも合理的で、極限まで無駄が削ぎ落とされた勝つための”技術”。僕は、その全てを、スポンジが水を吸うように、貪欲に吸収していった。
学校の授業が終わると、僕はまっすぐ図書館へは向かわず、一度納屋に帰るようになった。
そこでは加賀さんが、僕が集めてきた雄英高校の過去問題集を、静かに読み込んでいる。
「提督。今年の筆記試験、出題傾向が変わる可能性があるわ」
「え?」
「過去五年のデータを見ると、出題範囲のパターンが、三つの周期で変動している。今年のあなたは、その周期の変わり目に当たる。……おそらく、ヒーロー史における、より古い時代の法改正に関する問題が出題されるはずよ」
彼女の分析は、予備校の有名講師も舌を巻くほど、的確で、鋭かった。
「この参考書の、この部分を重点的に。無駄な勉強をしている暇はないのだから」
「……はい!」
吹雪が僕の「肉体」を鍛える相棒なら、加賀さんは、僕の「頭脳」を鍛える、最高の参謀だった。
そして、夜。三人が卓袱台を囲むと、最後の訓練が始まる。
それは、実技試験対策。僕が、たった一人で、あの仮想ヴィランがひしめく試験会場を生き抜くための、シミュレーションだった。
「1ポイントヴィランは、この関節部分が比較的脆い。ここを、鉄パイプのようなもので強く叩けば、行動不能にできる可能性があるわ」
加賀さんが、僕がネットで集めた画像を指差す。
「でも、加賀さん。この敵の動きは、結構速いみたいだけど……」
「そこは、吹雪の出番ね」
「はい! 私が、この敵のスピードと攻撃タイミングを再現します! 司令官、私の動きを完璧に見切って、カウンターを叩き込む練習です!」
そう言って、吹雪は納屋の前の広場で、仮想ヴィランの攻撃を想定した高速の模擬戦を、僕に仕掛けてくるのだった。
肉体を鍛え、知識を詰め込み、戦術を練る。
その全てを、吹雪と加賀さんが、それぞれのやり方で支えてくれる。
僕の孤独な戦いは、いつの間にか、三人で一つの目標に挑む、熱い挑戦に変わっていた。
そんなある日、僕が学校の進路指導室に、第一志望として「雄英高校ヒーロー科」と書いた調査票を提出すると、担任の先生は、案の定、ひどく困惑した顔をした。
「……碧海。気持ちは分かるが、現実を見なさい。君は、無個性なんだぞ」
「はい。分かってます」
「雄英のヒーロー科が、どんな場所か分かっているのか。全国から、選りすぐりの”個性”を持ったエリートたちが集まる場所だ。記念受験というには、あまりにも無謀だ」
先生の言っていることは、正論だった。正論すぎて、返す言葉もない。
でも、僕の心は、もう折れなかった。僕には、僕の力を信じてくれる仲間がいる。
「先生。僕は、僕にしかできないやり方で、ヒーローになってみせます」
僕がそう言うと、先生は呆れたように、大きなため息をついた。
季節は巡り、冬が来た。
受験本番まで、あと二ヶ月。
僕たちの、たった三人の鎮守府の、静かで、しかし熱い挑戦は、まだ続いていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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