無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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第十三話

 季節は、すっかり冬へと移り変わっていた。

 僕たちの、たった三人の鎮守府での、静かで、しかし熱い挑戦が始まってから、数ヶ月が経っていた。

 

 その日、僕は学校から、一枚のパンフレットを持ち帰った。

 雄英高校の、来年度入学試験の募集要項だ。願書の受付期間が、いよいよ来週から始まる。

 

「……これか」

 卓袱台の上に、取り寄せた真新しい願書を広げる。僕と、吹雪と、加賀さん。三つの視線が、その一枚の紙に注がれた。

 そこには、僕の人生をずっと縛り付けてきた、あの言葉があった。

 

「”個性”申告欄……」

 

 ここに、役所に登録されている、僕の公式な情報を書かなければならない。

 今の僕の登録は、『無個性』。

 このままでは、スタートラインにすら立てない。

 

「……行ってくる」

 僕は、決意を固めて立ち上がった。

「司令官?」

「市役所に、行ってくるよ。個性の、登録変更をしてくる」

 

 僕の言葉に、吹雪は息を呑み、加賀さんは静かに僕の目を見つめていた。二人とも、何も言わない。これが、僕が、僕自身の意志で、社会と向き合うための、最初の一歩だと分かってくれているからだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 市役所の待合室は、暖房が効きすぎていて、少しだけ息苦しかった。

 僕は、プラスチックの硬い椅子に座り、「個性登録変更届」という、一枚の書類をじっと見つめていた。

 周囲の人々は、僕のことなど気にも留めない。当たり前だ。僕は、この社会では、その他大勢の、何の力も持たない、ただの中学生なのだから。

 

 ペンを握る。

『変更前の個性』という欄に、僕は、これまでの人生を思い出しながら、少しだけ震える指で、三つの文字を書いた。

 

 ──無個性。

 

 たった三文字。でも、それは、僕という人間を定義し、可能性を奪い、心を縛り付けてきた、重い重い鎖だった。

 

 そして、僕は、その下の欄に、ペンを走らせる。

 吹雪と、加賀さんと、三人で考えた、僕の、僕たちの、新しい力の名前。

 

『個性名:具現化』

 能力詳細:過去に存在した艦艇の魂を宿した、物理的実体を持つ存在を具現化する。

 

 一文字、一文字、確かめるように、丁寧に。

 書き終えた時、僕は、ほんの少しだけ、心が軽くなったような気がした。

 

「……次の方、どうぞ」

 番号を呼ばれ、僕は窓口に向かう。書類を提出すると、職員の人は、特に驚く様子もなく、事務的な手続きを進めていく。

「はい、碧海鎮さんですね。変更理由は……後期発現、と。珍しいケースですが、前例はありますので」

「はい」

「では、こちらで受理いたしました。後日、正式な登録証が郵送されますので、確認してくださいね」

 

 手続きは、驚くほど簡単だった。

 社会的な手続きは、こんなにもあっけない。でも、僕の中で、何かが、そして世界との関わり方が、確実に変わった。その事実だけが、確かな重みを持っていた。

 

 役所から出て、冬の冷たい空気を吸い込むと、頭がすっきりした。

 僕は、もう『無個性』の碧海鎮じゃない。

『個性:具現化』を持つ、雄英高校ヒーロー科志望の、一人の受験生だ。

 

 納屋に帰ると、二人が、何も言わずに僕を迎えてくれた。

 僕は、ただ、静かに頷いてみせる。

 それだけで、十分だった。

 

「やりましたね、司令官!」

 吹雪が、満面の笑みで僕に駆け寄る。

 隣で、加賀さんが、ほんの少しだけ、本当に、ほんの少しだけ、口元を緩めたのが見えた。

「結構。それでこそ、私の提督よ」

 

 僕の、たった一人の受験戦争は、いつの間にか、僕だけのものじゃなくなっていた。




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