無個性と呼ばれた提督   作:HYDRATION

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第十四話

 試験当日の朝。

 納屋の中は、いつもと違う、静かな緊張感に包まれていた。

 僕は、きちんとアイロンがかけられた、中学校の制服に袖を通した。その手伝いを、吹雪が少しだけ、もどかしそうにしてくれている。ポケットの中には、妖精たちが作ってくれた、三つの不格好な、しかし温かいお守りが握られていた。

 

「司令官。朝食です。しっかり食べてください」

 吹雪が、おにぎりと、温かいお味噌汁の入ったお椀を、お盆に乗せて持ってきてくれた。その顔は、笑顔を作ろうとしてはいるけれど、僕以上に緊張しているのが分かった。

「うん。ありがとう」

 僕は、そのおにぎりを、ゆっくりと、一口一口、確かめるように食べる。

 

「提督」

 僕が最後の一口を飲み込んだ時、それまで黙って壁に寄りかかっていた加賀さんが、静かに口を開いた。

「これまでの訓練の成果を、信じなさい。あなたは、もう、ただの”無個性”の少年ではないわ」

 その、いつもと変わらない、冷静な声が、僕の昂った心を、すっと落ち着かせてくれる。

 

「うん。分かってる」

 僕は、立ち上がった。

 吹雪が、僕の制服の襟を、優しく直してくれる。そして、「いってらっしゃい、司令官」と、僕の背中を、ぽん、と軽く叩いた。

 加賀さんが、玄関の扉を、静かに開けてくれる。

 

 外は、まだ薄暗い。冬の朝の、突き刺すような冷気が、僕の頬を撫でた。

 僕は、二人の顔を、そして、僕の周りを心配そうに飛び回る妖精たちを、ゆっくりと見渡した。

 僕の戦いは、決して、一人じゃない。

 

「……行ってくるよ」

 

 僕がそう言うと、二人は、同時に、力強く頷いた。

 

「はい! 司令官! 武運長久を、お祈りしています!」

「ええ。……私たちの誇りを、見せてきなさい」

 

 二人と、妖精たちに見送られ、僕は、納屋を後にした。

 目指すは、雄英高校。

 僕の、人生を賭けた一日が、いよいよ、始まろうとしていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 電車の中は、同じ制服を着た、見慣れない顔で溢れていた。誰もが、少しだけ強張った表情で、しかし、その瞳の奥には、期待と自信をギラギラと輝かせている。彼らもまた、僕と同じ、雄英高校を目指す受験生なのだろう。

 吊り革を握る指先から、微かな電気を放電させている少年。教科書のページを、指を触れずにめくっている少女。

 車内の至る所で、”個性”の片鱗が見え隠れしている。その光景が、僕がこれから挑む場所が、どれだけ異次元の世界なのかを、改めて突きつけてきた。

 

 僕は、ポケットの中のお守りを、強く握りしめた。

 大丈夫だ。僕には、”個性”はない。でも、僕には、僕の力を信じてくれる仲間がいる。あの日々を、無駄にはしない。

 

 やがて、電車が目的の駅に到着する。

 人の波に流されるようにして外に出ると、目の前に、それはそびえ立っていた。

 

「……これが、雄英高校……」

 

 ふと、視線の先に、僕と同じくらい、いや、僕以上に緊張した面持ちで、校門を見上げている緑がかった髪の少年がいた。彼は、何かをブツブツと呟きながら、自分の手のひらをじっと見つめている。彼も、大きな不安を抱えているのだろうか。

 その隣では、刺々しい金髪の少年が、自信に満ち溢れた、不遜な笑みを浮かべていた。彼こそが、この場所の主役にふさわしい、とでも言うように。

 

 多種多様な個性と、希望と、不安。

 あらゆる感情が渦巻く場所。それが、僕の目指す、ヒーローの世界の入り口だった。

 

 筆記試験の会場は、巨大な講堂だった。

 何百人もの受験生が、等間隔に並べられた机に座っている。僕も、自分の受験番号が書かれた席に着いた。

 やがて、試験官であるプレゼント・マイクというプロヒーローの、ハイテンションな合図と共に、試験が開始された。

 

 問題用紙をめくる。

 国語、数学、理科、社会……。中学の範囲を超えた、応用的な問題が並ぶ。

 でも、僕は落ち着いていた。加賀さんと一緒に、この傾向はとっくに分析済みだ。

 

 そして、最後のページ。ヒーロー史。

 加賀さんの予測通りだった。出題されているのは、個性黎明期の、非常にマニアックな法改正に関する問題。普通の受験生なら、まず手も足も出ないだろう。

 でも、僕たちの勉強会は、この日のためにあった。

 

 ──『提督。この時代の法改正の背景には、常に、市民の個性に対する、期待と恐怖があった。その二つの感情が、どう法律を動かしたのか、その流れを理解しなさい』

 

 加賀さんの、冷静な声が、頭の中に響く。

 そうだ。これは、ただの暗記問題じゃない。歴史の大きな流れを、その本質を理解しているかどうかを問う、思考力のテストだ。

 

 僕は、ペンを握りしめ、解答欄を埋めていく。

 吹雪とのトレーニングで得た、集中力。加賀さんとの勉強会で得た、分析力。

 そして、妖精たちがくれた、温かい応援。

 その全てが、僕の力になっていた。

 

「──そこまで! ペンを置けー!」

 

 プレゼント・マイクの声が、会場に響き渡る。

 僕は、静かにペンを置いた。やりきった、という確かな手応えがあった。

 だが、本当の戦いは、まだ始まってもいない。

 

 講堂から、次の会場へと移動する受験生たちの流れの中で、僕の耳に、彼らの会話が飛び込んでくる。

 

「筆記なんて、どうでもいいよな」

「ああ。問題は、この後の実技だ。派手にやって、目立ってやろうぜ!」

 

 僕は、その言葉を聞きながら、静かに、しかし強く、ポケットの中のお守りを、もう一度だけ握りしめた。




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